つかみ取った夢の舞台への挑戦権 MF小倉陽太の成長の軌跡

ア式蹴球男子

 武器は「中盤での守備と運動量」と語る小倉陽太(スポ3=横浜FCユース)。戦況を見つめ、的確なポジショニングでバランスを取り、中盤の底からチームを支えている。ユース時代には届かなかったプロの世界。大学に入りさらなる飛躍を遂げた小倉は、サッカー人生の思い出の地である横浜で、プロキャリアをスタートすることを決めた。

3年生の代で最初にJリーグ内定を決めた小倉は何を見据えているのか

 小倉がサッカーを始めたのは4歳頃から。通っている幼稚園にたまたまサッカースクールがあり、友人もそこに入っていたことがきっかけだった。小学5年生から横浜FCのクラブの一員となり、ジュニアユース、ユースと順調に駆け上がったが、目標であるトップチームへの昇格はかなわず。夢に手が届かない現実にも、小倉は冷静だった。「今のままでは上がれないだろうなというのは思っていたので、すんなりその結果を受け入れました」。課題は明白だった。コンディション維持と試合中のコミュニケーションだ。「そこの2つがなくて(プロに)上がれなかった」と当時の自分を分析する。目標であるプロのピッチに立つため、次なる舞台には早大を選択した。

前線へとパスを送る小倉

 「自分が1年生の時の4年生は、誰がというよりもみんなすごかったです。自分が持ってないものを持っている。プロになれなかった時に言われたコミュニケーションの部分やコンディションが安定しないというところを、4年生は普通に、当たり前のようにやっていた」。早大入学後、4年生の姿に小倉は大きく影響された。1年時から頭角を現し、上級生とともに関東大学リーグ戦を戦い続ける中で確かな成長を見せていく。

 特に変化を感じるのはメンタル面。「試合中の気持ちの持ちようが楽になった」。高校までは試合中、自分だけで精一杯だった。現在は「自分を持ちつつ周りにも目を配りながらやれている」と余裕を持ってプレーができているという。

キックモーションに入る小倉

 24日、横浜FCへの2024シーズン加入内定が発表された。早大でも1年時から持ち味である中盤での守備力を存分に発揮し、チームに貢献してきた。「チームに欠かせない選手になりたい」とプロでの目標を語った小倉。プロでも1年目から遠慮せずにやっていきたいと気概は十分だ。

 「プレースタイルは自分は自分だと思っている」。ついに手にした夢の舞台への挑戦権、自分を貫き横浜の地での活躍を誓う。

(記事 栗田優大、写真 水島梨花、宮島真白、前田篤宏、栗田優大)

 

プロへの意気込みを書いてくださいました!

◆小倉陽太(おぐら・ひなた)

2001(平13)年5月3日生まれ。183センチ。横浜FCユース出身。スポーツ科学部3年。関東大学リーグで、1部通算41試合出場1得点。

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