副将として「泥くさく」努力を続け、チームを支えてきた山根潤太郎副将(教4=神奈川・鎌倉学園)。入学当初はAチームの選手たちのレベルの高さに圧倒されながらも、目の前の一球に食らいつき、着実に成長を重ねてきた。「早慶戦がこの代の完成形」と語る山根に、今季の振り返りとともに、4年間の歩みと副将としての役割、最後の早慶戦に懸ける思いを聞いた。
※この取材は10月28日にオンラインで行われました
「ここぞ」というところで結果を出し切れないのが課題

ーー秋季リーグ戦を個人として振り返って
秋は春に比べて出場機会は減っているのですが、その中で自分の役割は、春に比べて出せているのかなと思います。課題は春と変わらず、もう少しバッティングで打てたらよかったと思っています。
ーー自分の役割とは
自分の強みは守備と走塁なので、その面に関してはしっかりできているかなと思います。
ーーチームとしての収穫と課題は
春は前半に突き放されて、後半もそのまま逃げられる展開がありました。この秋は粘り強く終盤まで持っていって最後に勝ち切れたり、春のように取られたまま終わることがなかったりしたのが、春と比べて成長した部分だと思います。一方で、立教戦の大事なところでミスが多く出たり、最後の「ここぞ」というところで結果を出し切れなかったりしたのは、甘さなのか分からないですが、課題だと思います。
ーー特に印象に残っている試合は
法政の3回戦です。珍しく点差が(開いていた)というか、勝ちの流れの中で徐々に詰められて、最後はピッチャーも野手も崩れてしまいました。最初のカードで、勝ち切れた試合だったので、そこで落としてしまったのはもったいなかったと思います。リーグ戦を通して一番印象に残っている試合です。
自分が一番練習する
ーー夏のキャンプで、チームとして成長できた点は
春のリーグ戦が終わって、みんなの中でもう1回しっかり全力で、という原点に立ち返って、言葉を選ばずに言うと、死ぬ気でやろうというところで再スタートしました。夏の厳しい状況の中でやり切れるかが課題で、本当に完璧にできたかと言われたら、まだ疑問が残るところはあると思います。ただ、自分たちのできることに一生懸命取り組んだ結果が、秋のリーグ戦の粘りや、勝ち切れたところにつながったのかなと思います。
ーーチームの雰囲気や、選手同士の関係に変化は
春のリーグ戦で負けを経験して、みんな勝ちたいと思っていたので、一人一人が勝つことを強く意識するようになっていったと思います。仲の良さだけではなく、グラウンドの中と外では関係性が変わってくると思うので、グラウンドでは厳しくというか、そこは意識していました。
ーーキャンプ中に副将として意識していたことは
ずっと心掛けていたのは、一番自分が練習する、じゃないですが、グラウンドの中で自分が一生懸命やることです。これは新チームになってから自分が掲げていたことでした。達成できたかは分からないですが、そこは意識的にやるようにしています。

ーー入学当初はBチームで過ごしました。当時どのような気持ちで練習に取り組んでいましたか
入学した時に4年生やAチームの選手たちを見て、本当にレベルの高さを痛感させられて、この人たちと同じ舞台でプレーできるのかな、というところから始まりました。ただ、覚悟を持って大学野球に挑んだので、一生懸命取り組んで、必死に食らいついていった結果、少しずつではありますがレベルアップして、もしかしたら(Aチームに入れる)というところまで行けるようになって、徐々にAチームが近づいてきたのかなと思います。
ーーBチームでの経験が、今のプレーや野球への考え方に与えている影響は
うまくやろうという気持ちがなくても、必死にボールについていく。そこにBチームでの経験が生かされていると思います。そういう経験があったから、必死に目の前の一球に食らいついていく(ことができる)というところだと思います。
ーーAチームを目指す中で、特に苦しかった時期や転機は
苦しかったのは、人数が多いので、ずっと結果を残し続けないといけなかったことです。結果を残す大変さを改めて感じましたし、これまで200人弱のチームでプレーしたことはなかったので、その中で生き残るのはすごく大変でした。転機は、チーム状況的に二遊間が足りなくて、そこでチャンスが転がってきたことです。最初のほうは、岩﨑遼(スポ4=広島・広陵)という同学年に先に(Aチームに)行かれてしまいました。それもあって、そこから負けていられないという気持ちを持つようになったのが大きかったかなと思います。
ーー当時と今とで、Bチームの見え方に違いはありますか
Bチームにいた頃は、正直、自分が上に上がることしか考えていませんでした。今見ると、Aチームに上がりたい選手が多くいる中で、置かれている状況は一人一人違います。自分たちはチームをつくる側なので、どういう人がチームにとってプラスになるのか、Aチームに必要なのかを考えます。その上で、それぞれがどういった強みを持っているのか、という視点で見るようになりました。
ーー当時の自分のような立場にいる後輩に伝えたいことは
早稲田大学で野球をやろうと思った、その思いをずっと忘れずにやっていってほしいです。そうしたら、徐々に見えてくるものも変わってくると思います。いきなりステップアップするのは難しいので、一つ一つ。多分長い道のりにはなると思うのですが、一歩一歩進んでいってもらいたいと思います。
「本当に勝ちたい」という気持ちを全員が持つ

ーーこの1年間、副将としてどのような役割を果たしてきましたか
グラウンド内で自分が一番声を出したり、一番ボールを追ったりすることは心掛けてやっていました。副将は3人いるので、そこが自分の役割かなと思ってやっていました。
ーーチームを運営する中で特に難しかったことは
試合で結果が出ないと何も意味がないので、そういう面では、春のリーグ戦で結果が出なかったのはすごく難しかったです。その中で、人を動かす、じゃないですが、結果を残すためにどうアプローチしていったらいいのかを考えながらやっていました。ただ、なかなか結果に結び付かなかったというのが現状です。
ーーチームの一体感を高めるために意識していたことは
一球に対してどれだけ入り込めるかが、早稲田大学野球部として大事にしている部分です。そのため、グラウンドの中では厳しく指摘して、一球をすごく大切にやってきました。その中で、「本当に勝ちたい」という気持ちを全員が持ってやれていたのかなと思います。
ーー後輩との接し方で意識していた点は
思ったことは伝えるようにしています。全体の中でも個人的なところでも、気付いたことは言うようにしていました。
ーー4年間で最も成長したと感じる部分は
メンタル的なところは大きいかなと思います。最初は本当に上だけを目指して、結果を求めていく大変さの中でのメンタルの強さ。今はチームを運営する中で、ほかの人より見えるものが多い分、言われることもありました。そういう中での立ち居振る舞い、じゃないですが、そういった部分でもメンタルが強くなったかなと思います。
ーー4年間で最も印象に残っている出来事は
入学した時に見た4年生やAチームの人たちがすごく印象に残っていて、圧倒されたというのが一番です。あの時の思いは今でも鮮明に覚えています。
ーー4年間を共に過ごしてきた同期に伝えたい思いは
なかなか結果が出ない最後の年でした。それでもみんな、同じ学年として、AとB関係なく、一つの問題として乗り越えていこうとしてくれたことに、すごくありがたさを感じていました。
ーー大学卒業後も野球を続ける予定は
今のところ、どこかに入って、というのは考えていないのですが、ここまで野球を続けてきたので、何かしら(できたらと思います)。今のところはあまり考えていないです。
「早慶戦がこの代の完成形だ」

ーー春の早慶戦を振り返って、慶大への思いや印象は
早慶戦は特別で、ほかのリーグ戦とは少し雰囲気が変わってきます。強い相手ではあるのですが、その中でも、より絶対に負けられない相手だと思います。
ーー4年生として最後の早慶戦です。今の気持ちは
リーグ戦の最後のカードでもあるので、絶対に勝って終わりたいと思います。
ーー最後の早慶戦で、個人として特にこだわりたいところは
新チームが始まってからずっと、「早慶戦がこの代の完成形だ」と言われています。自分がその完成形の一員にしっかりなれるように、早慶戦も取り組んでいきたいと思います。
ーー最後に早慶戦への意気込みを
最後はしっかり2連勝して、勝って終われるように頑張りたいと思います。
(取材・編集 永吉梨々子)
◆山根潤太郎(やまね・じゅんたろう)
2004(平16)年6月16日生まれ。174センチ、74キロ。神奈川・鎌倉学園高出身。教育学部4年。内野手。右投右打。最近ゴルフにはまり始めたという山根選手の活躍に期待です!