【連載】『覇者で在れ』第7回 関口裕太、上島周子、森田陽樹

特集中面

<<特集表紙に戻る

 第7回を飾るのは、112代目の早大競走部を束ねる関口裕太主将(スポ4=東京学館新潟)、上島周子女子主将(スポ4=東京・富士)、森田陽樹副将(創理4=埼玉・早大本庄)の3人。今シーズン前半はケガに苦しみながらも、チームの結束を深め、前線へと戻ってきた。伝統あるエンジを背負うラストイヤー、覚悟を胸にトラックへ挑む幹部陣に、最後の日本学生対校選手権(日本インカレ)にかける熱い意気込みを伺った。

※この取材は8月19日に行われたものです。

――他己紹介をお願いします

森田 関口裕太主将です。高校の時から関口のことは一方的に知っていました。というのも、インターハイ(全国高等学校対校選手権)や国スポ(国民スポーツ大会)で勝っていて、僕らの世代で陸上をやっている人であれば知らない人はいないくらいの選手です。関口の良いところは2つあって、1つは勝負強さです。この4年間、関口はここぞという場面で、しっかりと(結果を)出す力がありますし、決勝まで残る勝負強さもあります。自分のパフォーマンスを最大限出す力は、アスリートとして見習うべきところだと思います。もう1つは、良い意味で頑固なところです。自分の軸がはっきりしているので、練習中でもこだわりがあって、すごいと思います。他の人からのアドバイスを聞き入れながらも、自分の感覚がはっきりとしていて、芯があることを感じます。僕たちにもそのようなところを見せてくれるのは、主将としての(関口の)良さだと思います。

関口 ありがとうございます(笑)。

関口 女子主将の上島周子さんです。僕が上島を知ったのは競走部に入部してからです。(上島は)良い意味で、あまりいないタイプだと感じます。100メートルから400メートルまでしっかり走れるマルチスプリンターというのもそうですし、見ていてガッツを感じます。昨年の夏頃から(チームを)引っ張る姿を見ていて、「上島が頑張っているな」と思っていました。また、ずっとニコニコしていて、周りを明るくできるムードメーカーでもありますし、女子主将として女子部員を俯瞰(ふかん)して見ているところに関しては、僕も見習うべきところがあります。

上島 ありがとうございます(笑)。

上島 副将の森田陽樹くんです。森田は陸上や私生活だけに限らず、私たちが学年間で話す時なども考えがさえ渡っていて、競走部の頭脳です。練習でも2、3年生の頃から頭を使って走っていると感じていました。自分にはまだ足りていないと思うところが多くあるので、お手本にしています。個人的には、昨年度の関東インカレ(関東学生対校選手権)、学生個人(日本学生個人選手権)、日本インカレなどで、私が400メートルを走り終わった後、森田を応援した事が何度もありました。そこで毎回頼もしい走りをしてくれる森田に対して信頼感がありました。最後の直線でつらい顔をして走っている森田を間近で見て、「よし、(私も)これくらい頑張ろう。次も応援できるように頑張ろう」とすごく刺激を受けていました。

――4年間での思い出や印象に残っている遠征などはありますか

上島 昨年の学生個人の時、まだ誰が主将をやるかが曖昧だったのですが、この3人で「俺たちが引っ張っていくしかないよね」という話をしたのが個人的には印象的ですし、その時からもっと横のつながりで頑張っていかなければならないと思っていました。

森田 昨年の学生個人は、ユニバーシアード(現FISUワールドユニバーシティゲームズ)につながる大事な大会で、そこに向けて頑張っていましたが、上島と僕は目標に届きませんでした。そのような中で「来年以降どうしようか」という話をしていて、「こういうチームにしたい」という話をしたのも覚えています。上島とチームの話をしたことが印象的でした。

関口 (その時に)僕はいなかったね(笑)。

森田 学年全員がいる遠征というのはあまりないのですが、一番この代で印象に残っているのは、今シーズンの前半です。負傷者が多く、関口も上島もケガをしていましたし、僕も膝を痛めていたこともあって、チームとしてもあまり良い雰囲気ではない状態でした。その時に学年全体で本音でのミーティングを毎日するような期間が続いたのですが、それが一番印象的でした。お互いの本音を話し合えた場だったので、関口や上島のチームに対する思いを聞くことができました。(その時期が)一番密度の濃い時間だったと思います。

――主将・女子主将・副将に就任された際、心境やモチベーションの変化はありましたか

関口 (主将というのは)ただの肩書ではなく、早大競走部の主将ということで100年以上の歴史もありますし、並の覚悟では背負えない部分があります。一番は自分の良さを潰してはいけないと思ったので、しっかりと自分の芯を持って、その上で役割を背負おうと思いました。エンジに対する愛は増えました。

上島 歴代の女子主将がものすごく尊敬していた方たちばかりだったので、その方々が過去に作り上げてきた女子主将というものに、自分も見合う人間になれるのかという不安はありました。しかし、学年の中でもいろいろと支えてくれる人がいて、そのような人たちと一緒に良いチームにしていかなければならないと感じていました。私は、リーダー職を経験するのが人生で初めてだったので、(初めのうちは)どのような役職であるのか解像度は低かったです。徐々にどのようなチームにしていきたいかなどを関口や森田と話し合いながら決めていきました。

森田 僕は副将という立場ですが、あまり不安はなくスタートしました。1学年上の盛岡(優喜、令8スポ卒)さん、2学年上の眞々田(洸大、令7スポ卒=現ANA)さんから始まった副将ですが、自分はどのような副将になるべきなのかと考えたこともありました。ただ、僕たちの代で引っ張っていく112代目(の早大競走部)だと思うので、そこは絶対にぶれないようにしようというのは僕の中でありました。関口や上島、他のブロック長や主務の山崎(望、社4=神奈川・相模原)、トレーナーブロック長ともコミュニケーションを取りながら、チームのために動こうとしました。また、(副将に)就任してすぐの練習で、大前監督(大前祐介監督、平17人卒=東京・本郷)から「寝ないウサギになりなさい」と言われたのがすごく印象的でした。ウサギとカメの話ですが、「ウサギは寝なかったら絶対に勝てる、カメよりも先に着く。早大競走部に来ているのだから君たちは全員ウサギで、だからこそ誰よりも練習しないといけない」と言われました。(自分は)副将という看板を背負ってグラウンドに立って、常に先頭でいることも求められるので、(この大前監督の話は)すごく印象的でした。

――チームビルディングをする上で心がけていることや大切にしていることはありますか

森田 とにかく話すということは大事にしています。何か意思決定や決めなければいけないことがあった時にも、「こういう意見があるけれどどう思う?」と上島や関口の考えも聞きますし、たとえこれが僕の考えでなかったとしても「こういう見方もあると思うけれど」というかたちで、コミュニケーションを密にすることは大事にしています。また、今年の代からブロック長主体で、ブロック内のまとまりを作るようにしています。各ブロック長や主務の山崎、トレーナーブロック長とも話し合いながら、4年生全体としてこのチームを引っ張っていくのだという認識を3人で持っていたのは良かったと思います。

上島 マネジャー部屋のようなところでみんなでよく話したのが印象に残っています。主将や副将どうしでたくさん話しました。

森田 練習後の倉庫などで「今のチームはどう見えているか」といったことを頻繁に話し合いました。幹部になった時はそのような機会が多かったです。

――3人から見て山崎望主務はどのような存在ですか

関口 マニュアル通りという感じです(笑)。良い意味で、主務というやるべきことをやって、しかも自分の考えもそこに添えて、その場に応じた対応ができる。山崎がいなかったら成り立っていないだろうなと思うこともあるので、感謝しています。

森田  選手との距離がものすごく近いマネジャーなので、それが良いところだと思います。一緒に走ることもありますし、一緒にバイクトレーニングをすることもあります。選手と同じ立ち位置に立って追い込めるマネジャーはなかなかいないと思うので、それは(山崎の)良さです。すごくパッションを持っていますし、僕らと同じところを目標にして、熱い心を持って選手に話しかけてくれるので、素晴らしいと思います。

上島 早稲田の競走部の主務やマネジャーの人たちはみんな100億パーセント仕事ができる人たちです。仕事に対する信頼感はもちろん厚いですが、選手と同じ目線で話を聞いてくれたり提案をしてくれたり、競走部全体をしっかりと見られる人たちなので、円滑に進むように前へ前へといろいろ考えてやってくれる頼もしい存在です。

――今シーズンの早大競走部のここまでの戦いぶりを振り返っていかがですか

関口 僕は前半シーズンは何もできずに(他の部員の)結果や走りを見ていたのですが、どのブロックにおいても必ず核となる選手がいると思っています。短距離だったら水野(琉之介、スポ3=北海道・立命館慶祥)が関東インカレで優勝し、日本選手権でも活躍しました。千葉史織(スポ3=宮城・仙台一)も関東インカレで(女子400メートルハードルで)優勝し、マイル(4×400メートルリレー)でも優勝しましたし、森田もしっかり頑張っていました。各ブロックに個が強い選手がいて、関東インカレや日本選手権に自分も参加して戦いたいという気持ちがありました。その人たちと一緒に目線を合わせて最前線で戦いたいという思いが(ケガをしていた際の)モチベーションになっていました。

上島 女子チームは、関東インカレのマイル優勝など、昨年に比べて飛躍しており、頼もしいと思います。昨年までは、短距離に関して不安な要素もありましたが、(今年は)全体的な底上げができていました。特に、女子400メートルで2人が入賞するなど、練習が結果に結びついたのがすごく印象的でした。

森田 各ブロック内で引っ張ってくれている選手がいます。100メートルであれば4年生の由井(響、スポ4=山梨・都留)や、競技力では水野、跳躍では佐々木(悠人、人4=岩手・一関一)など、4年生や3年生の競技力が高い人たちが背中で引っ張ってくれたと思います。ただ、チームとしての結果だけで見ると、関東インカレのトラック優勝はしましたが、満足できる結果ではなかったというのが正直なところです。総合優勝には届かず、短距離種目はもう少し(点数が)取れたのではと個人的には思っています。『覇者であれ』というスローガンを掲げて、関東インカレで水野や千葉が勝ってくれたり、女子のマイルが勝ってくれたりと、良い流れもありましたが、全体を見ると喜べる結果ではなかったと思います。

――ケガで苦しい時期をどのように乗り越えましたか

森田 僕はアメリカ遠征から帰ってきた後に足の裏を痛めてしまって、「こんなはずじゃないのに」という思いで前半シーズンを過ごしました。ただ、僕は早稲田で競技を終えることを考えて陸上競技をしてきました。エンジをまとえる時間も残り少ないですし、自分の目標をぶらさずに、今のコンディションで戦えるだけのことをしようと考えて乗り切りました。トレーナーの方や大前さんとも密にコミュニケーションを取り、周囲の方々の支えの下、なんとか乗り越えることができました。

上島 私は学生個人(日本学生個人選手権)の200メートルでハムストリングスの肉離れをしてしまいました。日本選手権の決勝で表彰台に乗るという目標も潰えてしまい目の前が真っ暗になりましたが、今できることを1つずつこなしていけば、いつかは結果につながるはずだと意識の転換をしました。ケガをしているからこそ(女子主将という)役職に力を入れ、同じ境遇でケガをしている後輩や、つらい思いをしている女子部員に声をかけるなどの行動に移せたので、(その積み重ねの結果として)今があるという感じです。

関口 僕は疲労骨折で全治3カ月という数週間では治らないケガをしてしまいました。根性で治せるものでもないので、復帰までの筋道を立てた上で、みんなの関東インカレ(関東学生対校選手権)や日本選手権の結果を見て刺激を受けながら、泥臭くトレーニングをして気づいた時には走れるようになっていました。本当にみんなに助けられた前半シーズンだったと思います。

――復帰されてレースを走ってみて、手応えや感触はいかがですか

森田 ケガが治ってしっかり走れるようになり、夏合宿でフィットネスも上がって、非常に良い練習を積めていたので、試合勘を取り戻すという意味では良いかたちでレースを踏めたと思っています。(レースは)予想通りの結果であり、現在は練習をかなり良い状態で積めているので、ケガ明けのレースとしてはそこまで悲観してはいないです。

上島 まずレースに戻ってこられたことに安心した気持ちと、自分がもう1度最前線で戦える選手になりたいという思いがありました。そこから練習を積む中で、ケガが再発しないようにしつつ、あとは結果を出すだけというところまできているので、しっかりと走ってチームに貢献することを目標に取り組んでいます。

関口 4カ月ぶりのレースとなった復帰戦は、地元の新潟県選手権(新潟県陸上競技選手権大会)でした。そこでは白エンジのユニホームでリラックスして走ることができたのですが、早慶戦(早慶対抗陸上競技会)でエンジのユニホームを着て、やはり違うなという感触がありました。合宿後の疲労もあって(足が)動かない部分や、水野(琉之介、スポ3=北海道・立命館慶祥)に負けたということもありましたが、復帰してから順調すぎるため、自分でも怖くなるくらいの手応えは感じています。自分の弱みも理解できましたし、前半シーズンに何もしてこなかった分、後半シーズンで取り返したいです。

――4年間の活動を振り返って、一番思い出に残っているレースはありますか

上島 昨年の日本インカレ(日本学生対校選手権)400メートル準決勝で54秒07の自己記録を出せた時は、「自分ってこんなにできるのだ」と未来がパッと明るくなった瞬間でした。自分がやってきたことが認められたと感じましたし、自分を褒めてあげられる要因にもなったので、希望を持てたレースだったと思います。まだまだ伸びていけるのだと思えましたし、チームに貢献できたことがうれしかったです。

森田 昨年の日本インカレです。400メートルで個人として初めて表彰台に登ることができました。大学1年時のU20日本選手権から始まり、その年の関東新人(関東学生新人陸上競技選手権大会)、翌年の日本インカレ、学生個人選手権でも4位止まりで終わってしまい、「力はついてきているのに表彰台を勝ち取れない」という葛藤がありました。何が足りないのか模索していた中で、ようやく表彰台に登れたというのは自分の中で自信になりました。また、同じ大会のマイル(4×400メートルリレー)も思い出に残っています。早稲田としてはやってはいけない、予選落ちというレースをしてしまいました。 非常に苦しく悔しかったのですが、それがあったからこそ今の自分や短距離ブロックがあると思うので、非常に印象に残っています。

関口 2つあり、1つは昨年の日本選手権です。日本最高峰の大会で、花形の100メートルで決勝に残ることができ、3位という成績を収めることができました。走る前はドキドキワクワクで、観客席に大勢の人がいてゴール後もすごい歓声で、一番楽しかった大会です。もう1つは2年前の日本インカレの4×100メートルリレーで学生新記録を出した時です。その時は個人で100メートル準決勝落ちをしてしまい、頭が真っ白になっていたのですが、大前さんに「3走いくぞ」と言われて、やり切るしかないと思って走りました。(リレーはバトンを)アンカーに渡す3走で(結果が)決まることが多いので、井上(直紀、令8スポ卒=大阪ガス)さんと東洋大がギリギリでゴールして、早大の学生新記録(38秒45)が一番上に出た時は、陸上人生で初めて泣いてしまいました。

――今年の全日本インカレで注目・期待してほしい選手はいますか

森田 自分です(笑)。もちろん後輩も同期のみんなも頑張っていますが、最後の日本インカレにかける思いは誰にも負けていない自信がありますし、そこに向けて調子も上がってきています。

上島 1年のハードルブロックのガードナ・レイチェル麻由(スポ1=神奈川・法政二)です。彼女自身あっけらかんとした性格で、日本選手権の結果も含めて、この子はやってくれると思っています。マイルも良い結果を残せると信じていますし、レイチェルは絶対に注目しておいてほしい選手だと思います。

関口 僕も自分です(笑)。個人として着られる最後のエンジですし、大前さんの首に金メダルをかけたいと思っています。インターハイの時に恩師である田村(和宏、平13人卒)先生に金メダルをかけて、ハグを交わしたという過去が僕の中で選手とコーチのあるべき理想像に繋がっているので、お世話になった大前さん含めコーチ陣の皆さんの首に金メダルをかけたいです。

森田 1月3日の箱根駅伝(東京箱根間往復大学駅伝)が終わった後の監督・コーチ陣との食事会に僕と関口と上島の3人で参加させてもらったのですが、その時に大前さんが「この3人とアジア大会に行きたい」と言ってくださって、それが本当にうれしかったです。アジア大会出場は叶いませんでしたが、僕自身もこの3人で結果を残して、大前さんに「僕たちやりましたよ」と言いたいと思っています。

上島 (大前さんを)泣かせて喜ばせたいです。

――日本インカレの個人としての順位や目標タイムを教えてください

森田 個人としての目標は優勝です。(日本インカレは)対校戦ですのでタイムも大事ですが、それ以上に順位にこだわろうと思っています。タイムとしては今シーズンずっと掲げてきた45秒前半を達成したいです。マイルに関しても4年間ずっと優勝したいと思っていましたし、僕が入学してからまだ一度も日本インカレや日本選手権リレーで勝てていないので、勝ち切りたいです。

関口 順位としてはもちろん優勝です。また、優勝すればタイムもついてくると思うので、10秒0台付近を出せたらと思っています。(4×100メートル)リレーに関してももちろん優勝が目標で、日本学生新記録を打ち立てて、38秒1台や37秒台を目指してチームとしてやっていきたいです。

上島 200メートル、400メートル、4×100メートルリレー、4×400メートルリレーでエントリーさせていただいているのですが、全種目2本なり3本なり全て走り切るというのが目標です。後輩にバトンを繋ぐという意味でも、(日本インカレは)自分がどういう陸上をしてきたかを後輩に見せる場でもありますし、最後の集大成にできたらいいなと思っております。

――最後に、チームとしての意気込みをお願いします

森田 チームとして掲げている総合優勝、男子総合優勝を勝ち取りたいと思っています。そのためには個人でしっかり各種目で順位(のポイント)を持ってこないといけないですし、リレーの早稲田と言われている部分もあるので、4継(4×100メートルリレー)とマイルで優勝して貢献したいです。

上島 女子に関しては、総合3位を目指しています。今までの女子は人数が増えてきても結果に結びつかないことが多かったのですが、関東インカレでは総合3位を獲得できたので、日本インカレでもみんなが力を出して総合3位という結果を残したいと思います。今の私たちならできると思うので、みんなで頑張りたいです。

関口 僕が入学した時から総合優勝という景色を見ていないので、112代目で総合優勝という目標を達成して、笑顔でみんなで終わりたいと思っています。それを実現できるように表彰台独占を目指して、総合優勝だけを見て頑張っていきたいです。

――ありがとうございました!

(取材 石本遥希、永尾早渡、中部百合子、吉田真悠、編集 中部百合子、吉田真悠)

◆森田陽樹(もりた・はるき)(写真左)

2004(平16)年10月15日生まれ。埼玉・早大本庄高出身。創造理工学部4年。

◆関口裕太(せきぐち・ゆうた)(写真中央)

2004(平16)年11月4日生まれ。東京学館新潟高出身。スポーツ科学部4年。

◆上島周子(うえしま・ちかこ)

2004(平16)年6月9日生まれ。東京・富士高出身。スポーツ科学部4年。