【連載】競走部 日本学生対校選手権(日本インカレ)特別企画 特集『Alll ONE(オールワン)』 第8回 佐々木哲×鈴木琉胤×堀野正太

特集中面

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 今年、早大長距離ブロックには注目のルーキーが入学してきた。鈴木琉胤(スポ1=千葉・八千代松陰)は、全国高等学校対抗選手権(インターハイ)5000メートルで日本人歴代最高記録を樹立し、日本人トップの2位。全国高等学校駅伝競走大会(都大路)でも、1区日本人最高記録で区間賞を獲得した実力者だ。佐々木哲(スポ1=長野・佐久長聖)は、インターハイ3000メートル障害で高校歴代2位の記録をマークして優勝。都大路では3区区間賞を獲得し、チームの2連覇をけん引した。堀野正太(スポ1=兵庫・須磨学園)は2年時の都大路で3区を任され、チーム史上最高の4位入賞に貢献。早稲田の未来を担う彼らに、これまでの歩みとこれからへの思いについて伺った。

※この取材は5月24日に行われたものです。

ーー右隣に座っている人の紹介をお願いします

堀野 鈴木琉胤くんです。競技面では、普段あまり練習をしないと自分では言っていますが、僕からするとたくさん練習をしています。ポイント練習という強度の高い練習をする様子を見ていても、非常に速いです。普段は寝る時間がものすごく早いです。また、しっかり者で、役割分担をしっかりやってくれています。

鈴木琉 彼は佐々木哲と言います。僕らがやったことのない3000メートル障害という競技をやっています。走るだけではない、長距離のなかでは特別な競技をやっています。練習の組み立て方も自分たちとは違い、長距離の練習にプラスしてハードルを飛ぶ練習をしており、どうしてそのようなことができるのかと思います。競技面に関してはとても真面目な人です。生活面では、とても楽しそうな人で、オンとオフがしっかりしています。オフははっちゃけていて、競技に集中するために普段はリラックスしているのかなと思っています。

佐々木哲 堀野正太くんです。須磨学園高校出身です。とにかくおもしろい人でギャグのセンスが高いです。僕はクラスが違うのですが、授業の自己紹介のときに、みんなを吹かせるような自己紹介ができるくらい、度胸があります。競走部内でも先輩方とすごく仲良くしていて、先輩方と話しているときはずっと笑っているくらい楽しそうに話しています。チームに良い雰囲気をもたらしてくれるような、おもしろいキャラです。

ーー3人で初めて会ったのはいつですか

鈴木琉 入試の日ですね。

ーーその時の印象を教えてください

堀野 哲とはバスで一緒に入試の会場に行く途中に話して、元気な子だと思っていました。琉胤は試験会場で会っただけで、すぐに試験が始まってしまったので、特に話してはいないです。

鈴木琉 自分は千葉に住んでいて、1人で電車で試験会場に行ける距離だったので、(入試の会場に)1人で行きました。もちろん2人の存在は知っていたので、いつも名前を聞く人がいるという感じでした。

佐々木哲 入試前に堀野とはハンバーグを食べに行っていました。入試の日の後に記録会が控えていたのですが、重めなハンバーグを一緒に楽しく食べました。ハンバーグを食べて記録会の結果もよかったので、堀野とは良い思い出で出会いがありました。琉胤とは都道府県駅伝(全国都道府県対抗駅伝)の時などに会っていたので、改めて会って、「久しぶり」という感じで、「頑張ろうね」という話をしました。

ーー陸上を始めたきっかけを教えてください

堀野 僕は小学校の時は野球をやっていました。野球のチームで出るロードレースがあったのですが、そこで速く走ることができました。中学校に進学した時に、野球をするか陸上をするかで悩み、陸上の方が可能性がありそうだと思い、陸上にしました。

鈴木琉 明確にここから始めたと言えるのは高校からです。サッカーを年少から中3までやっていました。ただ、中学校の時に、陸上部の顧問の先生が陸上の大会にも出ようと言ってくださって、陸上の大会には出ていました。3年目で全国の切符をつかめ、優勝でき、陸上の道で頑張ってみようと思い、そこから陸上に専念しました。

佐々木哲 小学校4年生ぐらいの時に、リオオリンピックでウサイン・ボルト選手のライトニングポーズ見てかっこいいなと思い、陸上を始めました。

ーー最初から長距離を専門としていましたか

堀野 僕はロードレースに出ていたので、中学生の初めから長距離でいこうと決めていました。

鈴木琉 僕も陸上は長距離しかやってきていないです。

佐々木哲 小学4年生の時にウサイン・ボルト選手に憧れて、最初は短距離をしていたのですが、小学5、6年生の時は高跳びをやっていました。ただ、高跳びは、中学1〜3年生のカテゴリーが一緒だったので、中学3年生の体格の良い人たちに対抗するのは難しいと思っていました。そのような時に、学校の持久走大会で速く走れて、長距離走が得意だったということもあり、長距離を始めました。

ーー高校時代に最も印象に残っている大会はありますか

堀野 高校2年生の時の全国高校駅伝です。折田さん(折田壮太、青学大)を筆頭に、その年の須磨学園は強かったので、優勝を目指して挑みました。結果は4番で悔しい結果に終わったのですが、自分の高校生活の中では一番やり切れた試合で印象に残っています。

鈴木琉 僕は高校3年生の時の全国高校駅伝です。1区で日本人最高記録を出しました。元々その記録を持っていたのが、同じ高校の先輩で地元の先輩でもある佐藤一世さん(SGホールディングス)でした。1年生の時から、顧問の先生とその記録を抜こうと話していて、3年目にそれが叶い、3年間準備してきたことの集大成として、一番印象に残っています。

佐々木哲 僕も高校3年生の時の全国高校駅伝です。佐久長聖史上初の2連覇を達成し、3年間一緒にチームでやってきたメンバーと一番上の景色を見ることができて、初めて競技でうれし泣きをしました。競技が終わった帰りのバスでゴールテープを切った時の映像を見て、今までの苦しかった日々を思い出し、涙が溢れ出てきたのだと思います。そのような経験があって印象に残っています。

ーー今まで行った遠征先で最もお気に入りの場所を教えてください

堀野 高校時代の合宿先の御岳濁河高地トレーニングセンターです。山奥で、高校3年間の思い出として印象に残っています。

鈴木琉 僕は、入学前の3月に陸連(日本陸上競技連盟)で連れて行ってもらったのと、競走部のクラウドファンディングの資金を使って行かせてもらった、オーストラリアのメルボルンです。日本とは全く違うのですが、外国にしては日本とルールが似ていて、住みやすかったです。また、走る場所もとても多く、大きな公園があったり、住みながら走るのを体現できる場所だったので、気持ちよく過ごせました。観光する時間はありませんでしたが、ジョグで近くの海に行って風を浴び、リフレッシュはできました。

佐々木哲 僕は、新潟のデンカビッグスワンスタジアムです。昨年、高校総体の北信越大会とU20日本選手権がそこで開催されました。どちらの大会でも、自分の高校最後の年にいい結果を残すことができました。またいつかそのスタジアムで走りたいです。

ーー早大を選んだ理由を教えてください

堀野 陸上面だけでなく、学業面でも、陸上の強い他の大学と一線を画していると思うからです。

鈴木琉 陸上を始めるときに、陸上で早稲田に行って箱根(東京箱根間往復大学駅伝)を走りたいという思いがありました。それが現実にだんだん近づいてきた中で、どの大学が自分を大事にしてくれるのかを考えました。花田さん(花田勝彦駅伝監督、平6人卒=滋賀・彦根東)と話していくうちに、早稲田は自分を大事にしてくれると思って進学を決めました。

佐々木哲 尊敬する大先輩である大迫傑選手(平26スポ卒=現Nike)が佐久長聖高校から早稲田大学に進学されています。僕はスター的存在である大迫さんに憧れて佐久長聖に入りましたし、早稲田大学に入学したのもそれが1つの理由です。また、一人一人の自主性を重んじている大学で、自分で考えたメニューを組み立てて柔軟に練習できる環境があったので、早稲田大学にしました。

ーーおつきの先輩とその先輩の印象を教えてください

堀野 僕は立迫さん(立迫大徳、スポ2=鹿児島城西)です。入寮したばかりの時はとても静かな印象でした。瀬間さん(瀬間元輔、スポ2=群馬・東農大二)はおつきではないのですが、瀬間さんと一緒に合宿などをやっていました。どちらかというと瀬間さんとずっと話していましたが、立迫さんともゲームを一緒にやっているうちに仲良くなり、一緒にいて楽しく、おもしろい先輩だと思うようになりました。

鈴木琉 僕は瀬間元輔さんです。ただ、僕の場合特殊でした。僕が入って2日で合宿に行ったり、高校の卒業式に参加するために実家に帰省する予定があり、2週間おつきなのですが、ほとんどおつきをしてもらっていなかったので、あまり一緒にいなかったです。今は、入寮から2、3カ月経っていますが、いつも何を考えているのか分からない先輩だなという印象があります。

佐々木哲 僕は山口竣平先輩(スポ2=長野・佐久長聖)です。佐久長聖高校で2年間一緒にやった先輩でした。高校時代から今も変わらず、普段はおちゃらけています。でも、メリハリがしっかりし過ぎているくらいあって、練習の時は真面目にやっています。

ーー花田監督への印象はいかがですか

堀野 初めて会った時に賢くて優しそうな印象を持ちました。

鈴木琉 すごく僕らを見てくれています。的確なアドバイスをくれて、一歩引いて見守ってくれている存在です。

佐々木哲 いい意味で、監督との距離感ではないと思います。他の大学だと、こういうメニューをしなさい、というような上下関係のようなものがあると思うのですが、花田監督は選手目線で考えてくれます。いい意味で監督ではなく、練習のパートナーという感じです。一緒に考えていこうというスタンスで、すごく話しやすく、意見を伝えやすいです。

ーー目標とする選手やライバルはいますか

堀野 勝ちたいのは瀬間さんです。高校時代に一緒に合宿をやっていて仲が良かったので勝ちたいと思っています。目標とするのは折田さんです。高校が一緒で、練習で僕たちを引っ張ってくれていました。選手としても人間性としてもすごいと思います。自分がケガをした時も、落ち込んでいるときに励ましてくれました。

鈴木琉 自分より速い人です。固定のこの人というのは決めていなくて、速い人のいいところを吸収したいなと思いながら走ったり、映像を見ていたりしています。

佐々木哲 自分自身です。サボりたいという自分、弱さを痛感する自分、たまにケガをしてしまう自分、やはりそのような弱い自分に打ち勝ちたいと思っています。自分が最大のライバルです。

ーー箱根駅伝の印象はいかがですか

堀野 距離が長くても、見てて飽きず、マラソンや他の駅伝とは何か違うと思います。

鈴木琉 距離がとても長いので、走りたいという願望と、いざスタートラインに立って走りたくないという感情の2つを持ち合わせた、独特の雰囲気を味わえる唯一の大会だと思います。

佐々木哲 小さい頃からの憧れの舞台です。大学スポーツの中で一番見られる機会だと思うので、そのような大きな舞台で早く走りたいという思いがあります。「佐々木哲なら何かやってくれるだろう」という期待に応えられるような走りをしたいと思います。

 

ーー入学後ここまでのレースを振り返ってこれまでの競技の順調度はいかがですか

堀野 自分は高校3年生の時はケガなどで全然走れていませんでした。4月の六大学(東京六大学対校)ではそれなりに走れて、その次の日体大(日体大記録会)やASICSのロードレースもそれなりに走れました。ただ、この前の早大競技会では(10000メートルの)ラスト2000メートルで垂れてしまいました。それがなかったら80点ぐらいだったのですが、点数をつけるとしたら50点、60点くらいですね。

鈴木琉 順調度は99パーセントです。残りの1%は詰めの甘さとこれからやることがまだあるという意味です。

佐々木哲 200パーセントです。うまくいきすぎていると感じています。金栗記念(金栗記念選抜陸上中長距離大会、学生個人(学生個人選手権)と想定よりも良いかたちでこられているので、順調度的にはいいと思います。ただ、うまく行き過ぎた分、この先々のことも考えると冷静な部分を持ち合わせながら過ごしたいと思っています。

ーー今後はどのようなところを伸ばしていきたいですか

堀野 練習の距離を伸ばして強くなりたいです。

鈴木琉 僕も練習量を増やして強くなりたいです。走る距離を増やせば持久力がついて、速い選手に追いついて最後まで余力を残せると思います。

佐々木哲 練習の距離だけでなく、4年間しっかり継続して練習していくための土台づくりをしていくことが大切だと思います。地道なことに目を向けて練習していこうと思います。

ーー最後に、4年間の目標と今年の目標を教えてください

堀野 3大駅伝で区間賞を取ることです。高校3年生の時にケガが多かったので、今年はケガをせずに練習を継続したいと思います。

鈴木琉 4年間の目標は楽しく走ることです。「好きこそものの上手なれ」という言葉が好きで、自分が好きなものでないと続けられないし、伸ばせないと思っているので、楽しく走って、その中で結果がついてくればいいと思います。今年の目標は、地盤を固めることです。4年間で大成してその先につなげていくために、まずは1年目で環境に慣れて、自分の体と相談しながらオーバーワークにならないように、ただ怠惰しないようにしっかりとやっていきたいと思います。

佐々木哲 4年間の目標は、トラックシーズンでは、大学4年目にロサンゼルスオリンピックがあるので、そこを一番の目標として置いています。駅伝では、箱根駅伝の優勝が目標です。優勝を狙えるメンバーになってきていると思うので、結果を残していきたいです。今年の目標は、東京世界陸上があり、現時点で届かなくはない位置にいるので、貪欲に手を伸ばしてチャンスをつかみ取り、箱根駅伝に向けてもそこからしっかり移行して走れるような選手になりたいと思います。

ーーありがとうございました!

(取材 鶴本翔大、永尾早渡、佐藤結 編集 鶴本翔大)

◆鈴木琉胤(すずき・るい)(※写真中央)

2006(平18)年4月19日生まれ。千葉・八千代松陰高出身。スポーツ科学部1年。

◆堀野正太(ほりの・しょうた)(※写真右)

2006(平18)年6月6日生まれ。兵庫・須磨学園高出身。スポーツ科学部1年。

◆佐々木哲(ささき・てつ)

2006(平18)年11月24日生まれ。長野・佐久長聖高出身。スポーツ科学部1年。