自分のプレーを貫き、つかんだMVP/古田伊蕗副将

庭球男子

 「男子最優秀選手 早稲田大学 古田 伊蕗」――。平成最後の全日本大学対抗王座決定試合(王座)表彰式、王座MVPに古田伊蕗副将(スポ4=静岡・浜松市立)が選出されると、会場からは驚きの声と拍手が湧き起こった。例年単複で出場した選手が受賞することが多いため、本人も含め受賞を予想していた者は少なかっただろう。ただ、異論を唱える者は誰もいないはずだ。各大学の主力と相対するシングルス上位として3試合に出場し、全試合ストレート勝ち。2回戦、準決勝を通して3ゲームしか落とさず、決勝ではインカレベスト4の逸﨑凱人(慶大4年)との副将対決を制してチームの勝利を大きく引き寄せた。最後の大舞台で、MVPにふさわしい活躍を果たしたといえるだろう。

 「僕にできることは限られている」。古田は試合後のインタビューでよくこう口にする。古田の「できること」とは、しつこくラリーを続けること。持ち前の足の速さ、体幹の強さを生かし、どんなに左右に振られてもボールに食らい付き、相手のコートに返す。1試合を通して常に同じプレーを貫くことで相手の体力を削り、次第に自分のペースに持ち込んでいくのだ。チームメイトが『古田タイム』と評するように、試合では必ずどこかで古田が主導権をにぎる時間帯がやってくる。そこでしっかり守るだけでなく攻めるテニスでゲームを奪い、勝利を引き寄せるのが古田の勝ち方だ。それを遂行しきるには、なによりメンタル面、心の強さが重要になってくる。「限られている」ことを『やり続けることができる』こと――。これこそが古田の強さなのだ。

どんなボールにも食らい付くのが古田の真骨頂だ

 古田は2年時から頭角を現した。し烈なレギュラー争いを制し団体戦デビューを果たすと、王座では全試合にシングルス6として出場。全勝と重要な役割を果たし、チームの12連覇に貢献した。その勢いのまま三菱全日本選手権では格上選手たちを次々と打ち破り、ベスト16に進出。3月の三菱電機・早稲田大学国際フューチャーズトーナメントでもベスト8入りと大舞台で結果を残し、自信を深めた古田。しかし、3年目以降は苦しい戦いが続く。学生大会でなかなか結果を残せず、目立った成績は関東学生選手権準優勝のみ。昨年のリーグでは1勝2敗と負け越し、王座出場もできなかった。「どんな役割でもチームに貢献したい」。悔しさを持って迎えたラストイヤーで、古田は躍動する。

  全日本学生選手権では過去最高のベスト8。リーグでも全試合にシングルス4で出場し、4勝1敗。『団体戦の番人』とも評されたほど抜群の安定感でチームに多くの勝利をもたらした。最後の王座にも「この大会に向けて気持ちも体も上げていくことができた」と万全の状態で臨み、圧巻のパフォーマンスを見せる。決勝ではシングルス2で出場。相手は積極的に前に出ることで古田のプレーを封じようと試みたが、それでも少しでも決め切れないとボールは古田に拾われてしまう。決めたと思ったボールでさえ拾われるのだから、対戦するには嫌な相手だろう。攻め急ぐばかりに次第にミスが増え、どんどん『古田タイム』に飲み込まれていく。相手が引けば古田も得意のストロークで振り回し、ポイントを奪っていった。ファーストセットは7-5で奪い、セカンドセットでも優位に試合を進める。そのまま5-2で迎えたマッチポイント、相手のリターンがネットにかかると、古田は応援に向けてこの日一番のガッツポーズ。相手主力選手を下し、チームの優勝に王手をかける大きな一勝を挙げた。

王座決勝で勝利を決め、ガッツポーズを見せる古田

 表彰式後、コートには多くの後輩たちに囲まれ写真撮影をする古田の姿があった。部内ではいじられキャラ。それでもいざ試合になると必ず一本をチームに持ち帰る姿は、実に頼もしく、そしてなにより「カッコよかった」と皆が口をそろえた。それでも試合が終われば、飾らず、普段通りのおちゃらけた姿に戻る。古田が誰からも愛される理由は、そんな人としての『心の強さ』にあるのかもしれない。自らのプレーを貫き、貫き通した末につかんだ王座MVP。表彰式で万雷の拍手を浴びながらMVPを受賞する古田の表情は、いつもよりどこか誇らしく、そしてこれまでで一番晴れやかなものだった。

(記事、写真 松澤勇人)