早慶戦の歴史にまた一つ新たなドラマが生まれた。その主人公となったのは、蛭間拓哉(スポ2=埼玉・浦和学院)。入学当初から、早大の将来を担うだろうと期待されていた選手である。
慶大2回戦、9回2死一塁の場面。慶大・堀井哲也監督は前日打たれたエース木澤尚文(4年)を変え、守護神の生井惇己(2年)を投入するなど蛭間を前に最大限の警戒をしていた。生井が投じた初球のスライダーが甘く入ると、蛭間はその失投を見逃さず。弾き返した打球はセンターバックスクリーンに吸い込まれる劇的な一打となった。
慶大2回戦で逆転2ランを放ち、ガッツポーズの蛭間
蛭間の特筆すべき能力の一つが対応力の高さである。慶大1回戦、2回戦で狙っていたのは外の直球。しかし打ったのはどちらも狙いとは別の変化球であった。体を瞬時に反応させて、自分のスイングに持っていくことができる。そこには蛭間の非凡な能力が隠されている。それは本人の中にある引き出しの豊富さに裏打ちされたものであった。
早慶戦前の対談時に蛭間に理想のスイングを尋ねたことがある。その時に、「強いスイングで自分のポイントで叩けること」と答えてくれた。一打席、一打席、相手投手に合わせたバッティングを心掛けている蛭間にとって、強い打球を飛ばすアプローチは多種多様である。慶大1回戦の第3打席、実は蛭間はいつもよりバットを短く持って臨んでいた。ドラフト1位でのヤクルト入団が決定している木澤は、150キロを超える速球と縦に鋭く落ちるカットボールが武器の剛腕。これまで通りのスイングでは打つことができないと感じていたのだろう。バットを短く持って臨んだ打席、捉えた打球は力強い放物線を描きレフトスタンドまで届いた。まさに蛭間の優れた資質が垣間見えた瞬間であった。
慶大1回戦のバットの持ち方比較
慶大2回戦で対峙した生井は、蛭間にとって因縁めいた相手である。昨秋の対戦ではチームに貢献する適時二塁打を放ったが、今春は延長10回、1死満塁の場面で見逃し三振に切って取られていた。打点王と本塁打王の二冠に輝いた春季リーグ戦で、最も印象に残った打席に生井との対戦を挙げるなど、他の誰よりも強く意識をしていた。また蛭間にとって生井のような左腕は大の天敵。小宮山悟監督(平2教卒=千葉・芝浦工大柏)も春季リーグ戦後のインタビューで蛭間の改善すべき課題として対左腕攻略を挙げるほどだった。生井の外へ逃げていくスライダーにしっかりと踏み込んでフルスイングした打撃。それはまさに小宮山監督が蛭間に期待していたものであった。
生井のスライダーをフルスイングする蛭間
早慶戦という大舞台で一躍その名を轟かせた蛭間であるが、まだまだ発展途上の段階である。『三冠王』という高い目標を掲げ、蛭間は入学時から練習を重ねてきた。ここまで爆発力のある打撃で打点と本塁打を荒稼ぎしてはいるが、打率は首位打者争いに絡むことができていない。今後の蛭間にとって必要となってくるのは、間違いなく『継続性』ではないだろうか。調子が良い時の打撃は手が付けられない一方で、どうしても三振の多さは気に掛かるところ。六大学で飛び抜けた打者へ成長するために――。早大の若き大砲は、今後も進化を続けていく。
今年に入ってから我々を驚かせる活躍を見せ続けてきた蛭間が来年どのような姿を見せてくれるか、今から楽しみでならない。
(記事 大島悠希、写真 池田有輝)
早川隆久主将(左、スポ4=千葉・木更津総合)と抱き合う蛭間
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コメント
蛭間拓哉(スポ2=埼玉・浦和学院)
――早慶戦2試合を終え、自身にとって一番良かった打席は
最後の打席です。
――どの部分が一番良かったですか
春に満塁の場面で生井選手のスライダーを見逃し三振したんですよ。早スポの取材でも、その打席が一番印象に残っていて一番悔しいと答えたのですが。そのスライダーを狙ってはいなかったのですが、打つことができたので良かったと思います。
――春先あまり固まっていなかったバッティングは、今現在どのように感じているのでしょうか
正直今も固まってはいないのですが、自分の中での新たな感覚というか。慶應戦からバットを短く持って打つことができたので、対応力を磨きたいと思います。
――バットを短く持って早慶戦で打てたことは、今後を見据えると大きいですか
その部分で引き出しが増えたので(大きいです)。対応力というか、引き出しですね。この投手にはこう対応するという。常に同じようにしていても打てないので、タイミングを変えるであったりとレパートリーが増えたので、それを考えながら取り組んでいきたいなと思っています。