今季は主戦場を5000メートル、1万メートルへと移した間瀬田純平(スポ3=佐賀・鳥栖工)だったが、不振にあえぐシーズンとなった。復活を期す早大のスターターが、3度目の東京箱根間往復大学駅伝(箱根)にかける思いとは。
※この取材は12月12日にオンラインで行われたものです。
苦しんだトラックシーズン
関東学生対校選手権(関東インカレ)の1万メートルを走る間瀬田
――まず、今シーズンのトラックシーズン全体的に振り返っていかがですか
今シーズンはあまり収穫がなかった印象です。
――今季は主戦場を1500メートルから5000メートル、1万メートルに移しましたが、昨年から変えた部分はありましたか
ウエートトレーニングをかなりやるようになったことは去年との違いだと思います。また、トラックで走るメインの距離を5000メートル、1万メートルにしたことで、長めのインターバル走や長い距離の練習などを取り入れることがかなり多かったです。
――シーズン序盤、東京六大学対校(六大学)では5000メートルで優勝されました。レースを振り返っていかがですか
六大学の前にコロナにかかってしまい、練習がしばらく途切れてしまっていました。練習を積めてない分疲労はなかったので、良い状態でレースをすることができました。そのため、実力で勝ったというよりも、疲労がいい具合に抜けてレースができたって感じだったので、手ごたえはあまりなかったです。終わった後に自分の中で違和感がありました。練習の過程などもあまり良くはなかったので、思った以上に走れてしまったという印象です。
――春先に走れない期間が多かったと部員日記に書いていましたが、具体的な時期を教えてください。
関東学生対校選手権(関カレ)が終わった後の5月から6月に入るまでは走れませんでした。メンタル的にも走れる状態ではなかったですし、体調的にもあまり良くなかったです。脱水症状になってから怖さもあったので、練習量的には減らしていたというよりもやっていなかったという状態でした。
――5、6月の走れない状態からどのようにメンタルやモチベーションを上げていきましたか
6月には全日本大学駅伝対校選手権(全日本)の予選会もありました。去年メンバーに入ってシード落ちを経験しているので、自分がその責任を取るという意味でも、出走は絶対しないといけないと思っていました。メンタル的にもかなりきつかったですが、切り替えてやるしかないと思っていました。5月末に少しずつ状態も良くなってきたので、少しずつ走り始めて、メンタルも徐々に回復していきました。
――夏合宿はかなり良い状態で臨めたとありましたが、夏合宿の消化具合や、意識した練習はありましたか
夏合宿はほぼ消化できました。また、これまで距離走があまり得意ではなく、長い距離になってくると苦手意識があったので、より意識をして取り組みました。こういった部分を夏合宿のポイントとして重点的に取り組みました。
――夏合宿で得られた収穫はありましたか
距離に対する苦手意識が昨年、一昨年と比べて確実に無くなっていると思います。やはり基礎的な体力面、スタミナが上がってきたと感じました。
調整不足を痛感
全日本1区を走る間瀬田
――出雲全日本大学選抜駅伝(出雲)は出走されませんでしたが、この時点でのコンデションはいかがでしたか
夏合宿が終わってから、The Road of WASEDAの5000メートルの大会がありましたが、その前から調子がずっと悪く、出雲まで全く上がらなかったので、今回は回避というかたちで全日本に向けて調整していくことにしました。出雲の直前になって調子が上がり始めてはいたのですが、そこから全日本に向けて練習していく中で、また少し調子を崩してしまった状態でした。練習自体はできていますが、調子は良くない状態が続いていました。
――出走する立場ではなく外からレースを見られましたが、出雲駅伝を振り返っていかがですか
改めて駅伝は流れが大事だなと強く感じました。1区の出遅れがチームの結果に本当に大きく響くのだなと改めて感じるレースでした。 自分は1区を任せていただくことが多いので、1区の難しさや序盤の流れの大切さを実感しました。
――全日本では1区で区間18位となりましたが、レースを振り返っていかがですか
レース前から状態が良くなかったので、 スローになってくれて良かったと思っていますが、レースを迎えるまでにやれることは、今振り返ってみたらもう少しあったのではないかと思っています。やはり状態が上がらないのは自分の調整不足で、それも実力の中だと思うので、まだまだ力が足りてないなと感じました。
――区間順位は18位でしたが、先頭とのタイム差はそれほどありませんでした。タイムに関しては想定通りでしたか
花田勝彦駅伝監督(平6人卒=滋賀・彦根東)から走る前に悪くても20秒以内ではつないでほしいと言われていたので、その想定内ではありました。ただチームが流れに乗るためにはもう少し前で渡さなければいけないと思いました。
――出雲、全日本では、長屋匡起選手(スポ2=長野・佐久長聖)や山口竣平選手(スポ1=長野・佐久長聖)ら下級生の活躍も目立ちましたが、どのように感じていますか
竣平は出雲であまり良くありませんでしたが、よく巻き返してくれたなと感じました。長屋は出雲からずっと調子も良く、全日本でも好走してくれたので、頼もしいなと感じています。 やはりそういった下級生の突き上げによってチームも良くなっていくと思うので、本当にうれしいというか、頼もしいなと感じています。
――出雲、全日本を通じて得られた課題はありますか
やはり調整不足が出雲、全日本もどちらも出てしまい、状態がなかなか上がらないことが課題でした。レースに対する準備もできていなかったので、もう一度それを見つめ直すいい機会になったかなと感じています。結果としては良くはなかったですが、得られるものは本当に多かったと思っています。
「少しでも殻を破りたい」
箱根前合同取材で意気込みを語る間瀬田
――現在のコンディションはいかがですか
今はかなりコンディションが良いです。練習の消化具合もいいですし、距離も踏めている状況です。
――重点的に取り組んでいる練習はありますか
箱根までの期間もあまりなく、今は1つ1つのポイント練習が大事になってくるのでそこはしっかり準備をすることを意識しています。また、日頃のジョギングでしっかり距離を踏むことや、距離を踏んでいる中でもウエートトレーニングを取り入れて体作りもしっかり行っていくことを重点的にやっています。
――先日、来年の駅伝副将に就任することが発表されましたが、就任した経緯を教えてください
まず今の3年生の長距離ブロックで話し合い駅伝主将を決める中で、やはり山口智規(スポ3=福島・学法石川)は海外遠征なども多くなる中で、誰がチームをまとめていくかという話になりました。やはり自分が1年生の時から主力で走らせてもらっていて、まとめ役は高校の時の経験などもあるので、山口智がいない時は自分がしっかりチームをまとめて、山口智がいる時は、少しでもサポートする役割ができればなと思い決まったという経緯です。
――箱根駅伝が今の4年生世代の体制で走る最後のレースとなりますが、伊藤大志駅伝主将(スポ4=長野・佐久長聖)ら4年生世代へはどんな思いがありますか
3年間ずっと一緒にやってきて、練習でも生活でも一緒に過ごす時間が長く、本当によくしてもらっていたので、少しでも恩返ししたいと思っています。大志さんが駅伝主将になってからずっと言っているように、このチームで少しでも良い結果を残して次の世代につないでいくために、今定着してしまっている6番付近から少しでも殻を破って今年を終えたいと思っています。やはりそうなるためには自分がしっかり走らないといけないとも感じています。
――2年連続で1区に出走されていますが、今大会も1区を希望しますか
やはり出走するのであれば1区で出走したいなと思っています。それ以外あまり考えていないです。
――目標とするタイムや区間順位はありますか
タイムはレースの展開でだいぶ変わってくるのであまり考えずに走りたいです。順位としてはもちろん取れるなら区間賞を目指したいですが、現実的に考えた時に5番以内というのを目標にしています。
――注目している他大学や選手はいますか
3強に挙げられている青学大、駒大、國學院大はもちろん意識しています。また城西大、創価大などは3強を崩す一角の大学ではあるので、そういった大学はやはり意識はしています。
――改めて自身の走りの強みやレースで注目してほしいポイントを教えてください
ラストスパートと言いたいところですが、今年は負けん気の強さ、気持ちの強さをラストの競り合いなどで出していきたいです。
――最後に、箱根に向けて意気込みをお願いします
ここ最近思ったようなレースができていないので、3度目の正直ではないですが、今回こそは自分がしっかり走って、チームの目標達成に貢献できるように頑張ります!
――ありがとうございました!
(取材・編集 植村皓大)
◆間瀬田純平(ませだ・じゅんぺい)
2004(平16)年2月17日生まれ。172センチ。佐賀・鳥栖工高出身。スポーツ科学部3年。サッカー好きの間瀬田選手。同じくサッカー好きの栁本匡哉選手(令6スポ卒=現愛三工業)、井川龍人選手(令5スポ卒=現旭化成)とプレミアリーグやワールドカップの話題で盛り上がることが多かったそうです!