3大駅伝総合3位以内を目標に迎えた今季。出雲は6位、全日本は5位と収穫がありながらも表彰台争いには絡めず。それでも、正月の大一番に向けて状態は上がってきた。悲願の総合3位以内に向けて、指揮官はどのような戦略を描いているのか。秘めたる胸中を伺った。
※この取材は12月11日にオンラインで行われたものです。
『学んで伝える』について
箱根前合同取材で自著を持ち撮影する花田監督
――書籍のご出版おめでとうございます。改めて出版した経緯を教えてください
私のことを、競技歴を見てエリートの道を歩んできたと思う人が多いようですが、実際はそうではありませんでした。中学校までは全国大会にも出ていないですし、高校や大学では大きな大会で優勝したこともありましたが、競技人生をあたらめて振り返ってみると、どちらかというと成功体験よりも失敗や挫折の方が多かったように感じます。その中でいろいろな方から頂いたアドバイスや、教えていただいたことがきっかけで成長できました。そういったことを自分自身が伝える年齢になった折に、(出版の)お話を頂いて本を書かせていただきました。
――どのような人に読んでほしいですか
やはり一番は中高生です。箱根駅伝(東京箱根間往復大学駅伝)で頑張りたい、早大で頑張りたいという学生には読んでほしいと思います。また、競技をやっていない一般の方でも、何かに悩んだり挫折を経験したりして、そこから立ちあがろうとしている人には、参考になることもあるのではないかと思っています。
――本を執筆するうえで難しかったことはありますか
文章を書くのは得意な方ですが、実際に章立てまとめるという作業は大変でした。そこはライターの和田悟志さん、徳間書店の苅部達矢さんからアドバイスを頂いて、かたちになったかなという感じです。当初は240ページの予定でしたが、書き始めてみると思い出すことも多く、かなりオーバーしてしまいました。いくつかカットしたり、省略したりして最終的には270ページほどになりました。ビジネス書というよりは、ノンフィクション、もしくは自叙伝的な内容なので、家族からは「あなたの自伝を読みたい人なんているの?」と言われましたけど(笑)。私の競技人生は、恩師の瀬古さん(瀬古利彦氏、昭55教卒)を抜きには語れないので、瀬古さんとのエピソードが多くなりました。読んでくださった方の多くは、とても読みやすくて面白かったと言っていただけました。一方で、指導者となってからの話をもっと聞きたかったという感想もありました。また機会があれば、そうした話も書きたいと思っています。
――読ませていただいた時に記憶の鮮明さに驚きました。日誌をつけている影響もあるのでしょうか
練習日誌はつけていましたが、(それよりも)大学4年間でいろいろなことがあったので結構覚えていました。逆に最近のことは忘れていることも多いのですが(笑)。それだけ自分にとって、印象深い出来事が多かったのだと思います。
――選手からの反響はありましたか
長距離部員やマネジャーなどは買ってくれた者も多かったです。できればぜひ感想を聞いてみたいです。同世代の方や陸上競技が好きな方などからは、SNS等で「共感する部分が多かった」、「知らない話があって面白かった」という話を頂くので、それはうれしいです。
今シーズンの振り返り
第5回早大競技会で山口智(写真右)とレース前に談笑する花田監督
――それでは、次に今シーズンの振り返りを簡単に伺えればと思います。まずは年が明けて、伊福陽太(政経4=京都・洛南)選手が延岡西日本マラソンで、山口智規(スポ3=福島・学法石川)選手がクロカン日本選手権で優勝しました。勝ち切るレースが続きました。振り返っていかがでしょうか
伊福はマラソンで結果を出すために、結果につながる努力ができていました。また、山口智も海外遠征を経て、いろいろな経験を積んで実力が上がっていました。私が何かをしたというよりは、レールを敷いただけですので、本人たちの頑張りをほめてあげたいなと思います。
――一方で、関東学生対校選手権(関東インカレ)は昨年ほどの成果とはなりませんでした。全日本大学駅伝対校選手権選考会(全日本選考会)の影響もあったのでしょうか
そうですね、その影響もあったと思います。ただ、昨年までは3000メートル障害の菖蒲(菖蒲敦司、令6スポ卒=現花王)を筆頭に、トラックに強い4年生がかなりいたので、少し戦力ダウン的な側面もありました。結果としては少し下がった部分もありますが、1500メートルでは1年生を試したところを含め、経験値としてはチームにとってプラスだったのかなと思います。
――全日本選考会は振り返っていかがでしょうか
本当はトップ通過も狙っていたのですが、前後にいろいろな試合があった中での大会でした。結果としては、3位通過でまずまずだったのかなとは思います。やはり予選会というのは何回やってもドキドキするものです。シードを取って3大駅伝に出られるようにしたいと、(改めて)思いました。
――少し順番が前後しますが、日本選手権1万や日本選手権5000メートルでは実業団選手との差を痛感するかたちとなりました
タイムでは伊藤大(伊藤大志駅伝主将、スポ4=長野・佐久長聖)も5000メートルで13分20秒台を持っていたり、山口智も秋になってからですが1万メートルで27分台を出したりしましたけど、本当の意味での強さは、実業団選手に及ばないのかなと感じました。ただ出場しないことには分からない差を、本人たちが実際に肌で感じているので、次につながる経験として収穫もありました。
――次に、夏合宿について伺います。今年の夏合宿は、様々な場所(計5カ所)を訪れていました
チームとして初めて準高地の湯の丸に行ったり、誘致をしていただいた裾野に行ったりしました。今年に関しては7月の菅平合宿からある程度プランを組んできたので、トータルとしてはいい合宿ができたのかなと思います。
――それぞれ、どのような位置づけで計画を立てていたのでしょうか
実践的に質、量ともに高い練習をやるのが8月末からの紋別の合宿でした。そこに向けての準備段階の位置づけで、菅平、妙高がありました。紋別の後に、湯の丸では高地なので違った刺激をいれて、最後裾野で少し整えるというものでした。それぞれの合宿の意味合いを理解しながら、選手たちもやれていたのかなと思います。
――夏合宿の成果はいかがでしょうか
手応えはすごくありましたけど、出雲(出雲全日本大学選抜駅伝)は目標値を下回って、全日本も8割ほどしかチーム力を発揮することができませんでした。そのため、まだ周りの皆さんが感じるほど、成果は出ていないかなと思います。ただ、今ここに来てチーム状況も非常にいいので、箱根に向けてはつながっているのかなと思います。
――今年は出雲駅伝の前にロードの早大記録会が開催されました。来年も続けていく方向で考えているのでしょうか
そうですね。今、トラックとロードのシューズにすごく差があるので、秋のシーズンには、ロードにつながる記録会をやりたいと考えています。大学の敷地を借りることになるので、今後も大学とうまく打ち合わせをしながら年に2回か3回は開催したいですね。
――次に、駅伝シーズンについて伺います。まず、出雲駅伝は監督の目から振り返っていかがでしょうか
先頭を走りたいという思惑で、ある意味1区から3区まで強いもの順で並べました。今思い返せば、本人たちの適性を踏まえたうえでオーダー編成をしても良かったと思います。1区から3区に関しては、はっきり言えば失敗でしたが、その失敗を生かして次の全日本で結果を出してくれました。また、4区から6区は期待に応える走りをしてくれましたので、収穫はあったのかなと思います。
――花田監督は先頭争いの経験をしてほしいと度々仰っています
勝ちにつながるような先頭を走る経験をしないと、実際に勝ちたいと思いにくいです。また、勝つことの難しさや感動を味わってほしいです。
――全日本は8割のできと先ほどお話がありました
全日本は1区がスローになったのでタイムでは大きな差が出なかったですが、間瀬田(間瀬田純平、スポ3=佐賀・鳥栖工)が順位的には後ろのスタートになってしまいました。2区山口智がぐっと押し上げてくれましたが、3区藤本(藤本進次郎、教3=大阪・清風)はうまくいかなかったですね。それを4、5区でリカバリーして6区の伊福がつないで、7区、8区と順位を上げていくことができました。トータルとしてはまずまずチーム力を発揮できたのかなと思います。
――出雲、全日本では長屋匡起(スポ2=長野・佐久長聖)選手、工藤慎作(スポ2=千葉・八千代松陰)選手が好走を見せました
2人とも駅伝に向けてのプロセスが良かったので、私としては自信を持って送り出していきました。選手たちにいつも言っている『1=1』をきっちりやってくれたのかなと思います。
――全日本では山口竣平(スポ1=長野・佐久長聖)選手も本領発揮となりました
竣平に関しては、出雲では難しい位置でタスキをもらったことで思ったような走りができなかったので、楽な区間で(起用しました)。本人もそこで発奮をして期待よりもいい走りをしてくれました。そこから気持ちを新たにして、箱根に向けて非常にいい練習をしています。できれば主要区間で使いたいなと考えています。
――両駅伝の課題を挙げるとすると、やはりエース力でしょうか
そうですね。他大のエースと戦えていないところがあります。箱根に関しては、総合3位以内を目指しているので、区間3位以内、悪くても5位以内で走ってほしいですね。エース区間で他大学の選手と競り合って区間賞を取れば、その上の優勝争いも見えてきます。
――その中で全日本の1週間後に山口智選手が27分台を出しました
春先から27分台を出せる練習をしていたので、それを証明することができました。タイムに関しては大学陸上界で27分台は約20人もいて、彼のタイムも上の方ではありませんから、もっともっと上を目指してほしいです。ただ、本人も「今シーズン5000メートルで13分10秒台や20秒台前半、1万メートルで27分台を出したい」と言っていたので、それを(一部)クリアできたのは自信になっていると思います。
――続いて上尾シティハーフマラソン(上尾)では、宮岡凜太(商3=神奈川・鎌倉学園)選手がブレイクの兆しを見せました
宮岡に関しては1年生から箱根駅伝のエントリー入りしましたが、チームの成長と彼自身の成長が同じ曲線で来ているので、「どこかで角度を変えないと(出走)メンバーに入れない」という話をずっとしていました。そういう意味で、本人も私も62分台が一つのラインと思っていましたので、宮岡は強いなという走りを見せてくれました。チームにとっても勢いがつく走りだったと思います。
――そして、11月末の日体大記録会には石塚陽士(教4=東京・早実)選手、吉倉ナヤブ直希(社1=東京・早実)選手が28分台を出しました。上尾ではなくて、こちらのレースを選んだ理由は何でしょうか
石塚に関しては、昨年の秋シーズンから不調が続いていて、もともと本人もハーフマラソンが得意ではありませんでした。そのため、1万で結果を出して、自信を持って箱根に臨みたいという思いで出場しました。練習の一環で28分台は出しておこうという位置づけでの出場でしたが、終始彼がレースメイクをして28分台を出したので非常に収穫があったと思います。ナヤブに関してはもともと1500メートルを主戦場でやっている選手なので、いきなりハーフだとハードルが高いなと。それで石塚とセットで出場させましたが、石塚についていって最後ぐっと競り上がる走りを見せてくれました。ナヤブの潜在能力の高さを感じたレースでした。
総合3位以内達成に向けて
箱根前合同取材で報道陣に向かって話す花田監督
――現在のチーム状況は非常にいいように見受けられます
昨日のエントリー発表時の記者会見では、他大学さんも非常に良さそうなので、相対評価で見ると今どの位置にいるかは分かりません。ですが、過去3年間見てきた中では、バランスが良いメンバーをそろえることができました。ここまでかなりハードな練習を積んできていますが、夏の貯めのおかげでまだまだ余裕がありそうです。これからの3週間でチームとして、まだまだ成長できる手応えを感じています。
――同会見では、「今年の16番目の選手が、前大会なら出走メンバー入りする」という発言もありました
今年は、16番目の選手でもハーフを走れば63分30秒、1万でも29分前半で走ることができます。そういう意味で非常にチームのレベルが上がっていると思います。
――監督から見て特に調子がいい選手はいますか
全体的に非常に調子がいいですが、その中でも上のレベルの練習をしているのが山口智、山口竣、工藤です。全体とは別の流れで今強化をしている最中です。長屋も出雲、全日本とかなり頑張ったのでいったん疲労を抜いて、個別で今また調子を上げてきています。この4人に関しては、より信頼ができる状況です。それ以外の選手も上尾や日体に出たりと、それぞれの流れの中で今グループを組んでやっています。藤本や瀬間(元輔、スポ1=群馬・東農大二)、吉倉もいいですね。全日本はうまくいきませんでしたが、間瀬田もそのグループの中ならトップの方にはいます。ただ、伊藤大が春からずっとチームを引っ張って来て、練習以外のところでも結構気を使ったり、卒論もあり、11月中旬から12月前半は疲労を感じていました。卒論に関してはひと段落ついたということなので、ここからの3週間でまた調子をあげてくるのかなと思います。
――それこそ伊藤大選手がいいチームを作っているように見受けられます
そうですね。彼は長距離ブロックだけではなくて、競走部全体にうまくコミュニケーションをとってくれています。寮では箱根駅伝に向けて、一般種目も門限を早くしてくれるなど、気を使ってくれています。次の代の早大のテーマが『One早稲田』ですが、早大として一つ箱根に向けて頑張ろうという雰囲気を、伊藤大が先頭に立って作ってくれているので、すごく感謝しています。
――調子がいい選手が多数の中で、どのようにメンバーを決めていきたいですか
昨年までは全体のチーム力を上げるために、(エントリーメンバー)合同でやる練習が多かったです。今年はそれぞれの力を見るために個別でやる練習を増やしています。そこでどれくらいのクオリティの高い練習ができるかが大事だと思います。また以前まで、練習前は和やかな雰囲気のことが多かったですが、今はどの練習も良い緊張感があります。遅れてしまって想定していた練習ができないと、メンバーからは外れてしまうので。
――6区は、経験者が卒業しました
下りに関しては夏から、プロジェクトチームのようなものを組んで取り組んでいます。区間賞争いをするようなレベルではないですが、想定としては区間10番前後でつないでくれればと思います。アドバンテージとまではいかなくても、7区、8区につながる区間にしたいです。
――チームの目標である総合3位以内を達成するために、どのような展開を思い描いていますか
昨年の城西大と同じように、往路からある程度先頭争いが見える位置でいきたいです。やはり往路で3位以内にはいたいなと。さらにもう一つ上を目指すのであれば、4区が終わった時点で先頭が見える位置でタスキが渡れば、非常に面白いかなと思います。工藤は今、非常に力があるので。工藤が5区と言っているみたいな感じですね(笑)。
――工藤選手も5区に強いこだわりがあります
そうですね。万全であれば間違いなく5区です。
――総合タイムは10時間45分から46分を狙えると拝見しました。早大記録から約10分短縮することになりますが、どの区間で削ることを考えているのでしょうか
10分だから1区間1分という計算にはなります。ただ昨年からの上乗せという面でいうと、上り下りで3分から4分、残りの平地で6分という感じになると思います。ただ10時間46分でも、昨年の青学大のタイムには及ばないので。昨日も、監督会議で創価大が10時間43分と言っていたので、46分でも他が良ければ目標の3位には届かないかもしれません。もちろんレース展開や天候にもよりますが、早大がそのタイムをクリアして他大が崩れたときにチャンスが出てくると思います。
――今年の早大の強みは何でしょうか
中間層の厚みです。しっかり練習もできていて、ベースはあるのでいかに普段練習でやっていることを、試合でも淡々と出すかが大事です。繰り返しになりますが、『1=1』を実践できれば、十分に戦えるチームだと思っています。
――昨年は年末にインフルエンザが流行りましたが、今年は何か対策を考えていますか
そのあたりも伊藤大をはじめとする上級生が中心になって、全体で集まるときもマスクをしたり、手洗いうがいを徹底させたりしています。あとは免疫力を上げるために食生活も含めて取り組んでいます。昨年はクリスマスで崩れてしまったので、今年は最後まで油断せずにしっかりやりたいです。
――腸活に励まれているとSNSで拝見しました
今年から株式会社コラゾンが展開している麴(こうじ)ドリンクのブランド『MURO』の商品を提供していただいています。大学の宮地元彦研究室ともコラボをして、今私たちが被験者の立場で年間通してやっています。お通じが良くなったり、睡眠の質が改善されたりと効果を感じている選手が多いです。私も使っていますが、非常に体調がいいです。夏場はかなり太っていましたが、今5キロくらい痩せています。もちろん、トレーニングをしているという要因もありますが。
――最後に、箱根駅伝の意気込みをお願いします
まずは、『自分たちの力を出すこと』がテーマになります。もちろん他大学と勝負をしなくてはいけませんが、自分たちに負けない戦いができたらと思います。あとは「早稲田」という応援ももちろんうれしいですが、選手が自分の名前を呼ばれるような印象に残る走りをしてほしいなと思います。
――それは、花田監督の現役時代の経験もあるのでしょうか
そうですね。自分の名前を呼ばれると、我に返ってもっと頑張ろうという気持ちになるので。今でも、監督車に乗っている時に「勝彦」と呼ばれると、ハッとなって知り合いかと思います(笑)。ぜひ沿道の方にも、選手の名前を呼んで応援してほしいですね!
――ありがとうございました!
(取材・編集 飯田諒)
◆花田勝彦(はなだ・かつひこ)
1971(昭46)年6月12日生まれ。滋賀・彦根東出身。平6人間科学部卒。1994年日本選手権5000メートル優勝。アトランタ、シドニー五輪日本代表。2004〜2016年上武大学駅伝部監督、2016〜2022年GMOインターネットグループ・アスリーツ監督。2022年〜早稲田大学競走部駅伝監督。