「支えてくれてありがとう」
「本当に感謝しかないです」。4年間で最後の試合である早慶戦を終えたとき、井上裕利惠主将(スポ=岡山・就実)はいつものように屈託なくそう語った。大エースにはなれなくとも、感謝を伝え続けるその姿勢と努力でチームを導いた井上の奮闘の日々に迫る。
バレーを始めたきっかけは、小学1年生で参加したソフトバレーの集まりだった。その後地元のチームを経て、中学から岡山の強豪・就実に進学。毎朝始発で体育館へ向かう、バレー漬けの6年間を送った。努力が実り、最後の春高バレー(全日本高等学校選手権大会)では準優勝。ベストリベロ賞も受賞し、輝かしい成績を残して高校バレーを終えた。大学では勉学にも力を入れたいという思いや、同窓生との縁もあって早大を志望し、自己推薦入試を受験して入学する。
同期の中でスポーツの成績を受験に利用したのは、井上を含めて二人のみ。チームの状況を鑑み、1年の春からリベロではなくスパイカーに回った。一般受験を含め、様々な経歴をもつメンバーが在籍することが早大の強みであり、上に立つ者からすれば難しいところでもあったという。しかし「一人ひとり、心がある人たち」と井上が語る同期の9人は、その難しさを乗り越え、固い絆で結ばれていった。その絆こそが、この激動の一年に立ち向かう原動力となる。
井上のコート上での笑顔は、チームを勢い付けた
主将となった井上を待ち受けていたのは、誰にも予想のできない厳しい一年だった。新型コロナウイルスの流行を受けて春季関東大学リーグ戦は中止となり、規模を縮小した全日本大学選手権の参加権は得られず。急遽開催が決まった秋季関東大学リーグ戦(秋季リーグ)の代替大会が、1部リーグとの入替戦も伴わない、最初で最後のリーグ戦となった。「できる環境の中でやってきたことを最大限出そう」と臨んだがチームでの練習機会は少なく、当然うまくいかない試合もある。敗戦後には悔しさから涙を浮かべる選手もいたが、早大は井上を中心に数日で状況を立て直し、翌週の試合では生まれ変わった姿を見せてくれた。リーグ終盤、勝ち切った試合の後に井上の口から「後輩に感謝の気持ちを持ってプレーすることが、4年生にとって大事だと気付いた」と、立場の枠も超えた感謝の言葉が出てきたことは強く印象に残っている。
迎えた秋季リーグの最終戦は、結果から述べれば敗戦に終わる。しかし試合後に部員らが流した涙は、それまでの悔し涙とは全く異なるものだった。最後の試合となった翌日の早慶戦でも、ボールがよく繋がり、コートの内外で4年生を中心に全員の笑顔がはじけた。自らに高い得点力や圧倒的なリーダーシップはなくとも、感謝の気持ちを忘れず、全員が一つになって戦える環境を目指してきた井上。その思いや姿勢は、確かに仲間に伝播していた。「苦しいときも支えてくれてありがとう」。主将としての一年を終え、同期に向けて口にしたその思いが、幾重に交差するチームになったはずだ。卒業後はバレーの第一線から退くが、4年間で培った姿勢や絆を胸に、次のステージでも燦として輝く。
(記事、写真 平林幹太)