『令和2年度卒業記念特集』番外編 第6回 加藤翼×千頭昇平(3/30)

庭球男子

 第6回に登場するのは、加藤翼(社=和歌山・慶風)と千頭昇平(スポ=愛知・誉)の2人。4年間で起こった加藤の考え方の変化とは。千頭のプロへの思いとは。2人のこれまでのテニス人生、早稲田での4年間に迫った。

「ここで辞めるのはもったいない」

――お二人は、いつ頃からテニスを始めたのでしょうか

千頭 物心ついた時から始めていました。

加藤 親と遊び程度にテニスをしていて、特に理由はないんですけど気が付いたらテニススクールに通っていました。

――何歳くらいから本格的にやり始めたのでしょうか

千頭 本格的にやり始めたのは3年生くらい。

加藤 通い始めたのが小1くらいで、大会に出始めたのが小3くらいでした。

――大学のテニス部に入ろうと思った理由はなんでしょうか

千頭 高校の時にプロなるか、大学に進むか迷っていました。けがをしていて、高校3年生の時に思うようにテニスができなかった状況で、その中で早稲田大学の監督が声を掛けてくださったので入部を決めました。

加藤 高校3年生で結果が出ず、テニスを辞めようかなと思ったのですが。今まで親、コーチ陣にお世話になってきたので、ここで辞めるのはもったいないと思い。どうせやるなら一番強いところで戦いたいと思い、自己推薦で入りました。見事受かりました!

――どのような目標を持って、入部されましたか

千頭 明確な目標はなかったのですが、大学生になったからにはインカレを優勝したいと思っていました。

加藤 僕も選手として団体戦に出たいなと思っていたのですが、やはり大学生の壁は高かったです。

「変な人が多かったですね」

2019年の全日本大学対抗王座決定試合決勝に出場した千頭

――4年間を振り返って、一番印象に残っている試合は

千頭 1年生の時にインカレでベスト4でした。高校3年生の時のけがの影響でモチベーションが上がらなくなったりとしていたのですが。その中で復帰し、春関1回戦敗退と結果を出せず、昔のレベルは戻ってこないのかなと思っていました。そこから自分を信じて、予選からとはなりましたが結果を残せたことは気持ち的にうれしかったです。

加藤 僕は自分の試合ではないのですが、2年生時のリーグの中大戦です。島袋さんと望月さんの試合で1-4から巻き返した試合です。ほぼ諦めムードの中で必死に応援をしていたら、島袋さんが逆転して早稲田の勝利を決めてくれました。その試合一番、大学テニスかっこいいなと感じました。

――意識した選手はいましたか

千頭 特に意識していたなという選手はなかったです。

加藤 僕もそうですね。意識とかはないです。中学、高校の時に勝っていた選手が大学で伸びているのを見ると、自分どこ間違えたのかなと思うところはありましたね(笑)

――大学に入ってから負けたくない、負けて悔しいと思ったことは

千頭 相手が固定されているわけではないので本当にその人に負けると嫌だなというのは。ただ負けること自体はあまり好きではないです。

――大学に入り目標とした選手はいましたか

千頭、加藤 あまりないです。

――4年間の団体戦を、今振り返ると

千頭 中学、高校と本格的な団体戦をやっていなかったので、とても面白かったです。大学生でテニスをしている人が、一番熱くなれるのが団体戦だなと思いました。2年生の頃、慶應と対戦した時に4−4で勝負が懸かった場面があったのですが、団体戦でしか味わえない緊張感があり、めちゃくちゃ楽しかったです。

加藤 高校の頃までは選手として出ていたのですが、大学でサポートをやり感じたのは準備も大変だなと。完璧に準備したと思っても毎回完璧では決してない。準備がしっかりとできていないと、選手も不安に感じてしまうと感じます。そういった部分で、全員で戦っているのだなと改めて感じました。

――同期はどのような存在でしたか

千頭 変な人が多かったですね。小学校から全国大会に必ず名前の載っている選手だったので、最初から他人という感じではなく、親近感はありました。昔から知っている選手たちとテニスをするのは、大学ならではでした。そこはめちゃくちゃ面白かったです。

加藤 僕は出身が北海道だったので内地の人たちは怖くて(笑)。全国大会に出ても喋る機会はなかったのですが、団体戦でいざ仲間になると頼りになりますし、仕事だと何人かサボる人がいるんですけど頼りになる同期でした(笑)

――コロナで試合も少なかったこの1年間を振り返ると

千頭 4年生は早慶戦だけだったので、唯一チームとして戦える試合を皆と頑張り勝ちで締めくれたのは良かったと思います。

加藤 コロナが落ち着いている2、3月はラストイヤーを頑張ろうと4年間の中で一番気合いを入れてトレーニングしていたのですが。段々とコロナがやばくなり、その後実家に帰りました。あまり練習ができず、6月にこっちへ戻ってきた際は、本当に春関があるのかなと考えたりして、やる気は全然なかったです。結局10月に春関があり出場するか迷ったのですが。交流試合にS1として出て、ファイナルスーパータイブレークで僕の試合だけ残り、これを勝ったらテニス人生最高の終わり方だなと臨んだら負けてしまい。それで春関に出ることを決めました。出るからには頑張りたいなと思ったので、その時だけは気持ちを入れ楽しみながら練習したら、最後春関で初めて本戦に出ることができたので、いい終わり方だったと思います。コロナで活動はできなかったのですが、結果的には今までで一番良かったのでコロナさまさまと言っておきましょう(笑)

――コロナ渦はどのように過ごされましたか

千頭 来年からとテニスをやっていくのですが、変わらず実家でテニスをしていました。試合はなかったですが、特に生活に変わりはなかったです。

加藤 実家に戻っていたので、たまにテニスをして家でテレビを見てくらいしか(笑)。テニス部の活動としてZoomをしていましたが、本当にそれくらいでしたね。自粛していました。

「楽しむのが一番」

――卒業後、テニスとはどのように関わりますか

加藤 テニスは物足りないと感じられる終わり方で、とても幸せな終わり方だったので、全くやらないことはないかと。趣味や遊びの一環として、これからも機会があったらやりたいなと思います。

――早稲田で過ごした4年間はどのような時間でしたか

千頭 家族よりも先輩、後輩、同期と過ごす時間が多かったです。本当に楽しかったですね。

加藤 僕も楽しかったのは勿論です。1、2年生の頃は、レギュラーとかになれるくらいテニスを頑張ろうと思っていました。その時の方が結果出ていなく、思い詰めていましたが、3、4年生になってからは吹っ切れたというか、シンプルに物事を考えられるようになりました。テニスの調子も上がってきました。1、2年の頃は思い詰めていて、3、4年は気楽に全て考えていたら、何でも楽しくできました。素晴らしい4年間でした。

――プロに進む中での目標はありますか

千頭 ここで目標を言いたいところなのですが、目標は自分の心に留めておくべきものなので内緒にしておきます。そう書いといてください!

――プロではどのような選手になりたいですか

千頭 テニスが仕事になるわけなので、他の皆から応援されるようなプレーヤーになることが一番大事だと思います。試合の態度や、普段の生活であったりと。勝たないと成り立たないので、私生活面から皆に尊敬される行動をとっていきたいと思います。

――最後に王座16連覇を目指す後輩にむけて、メッセージをお願いします

千頭 勝っても負けても人生が終わるわけではない。ただこの瞬間を楽しめ。

加藤 パクリじゃん(笑)

千頭 パクリじゃないよ(笑)

加藤 卒部式の時に後輩たちには伝えたのですが。男子は王座16連覇、女子は王座奪還とコーチ陣からも口酸っぱく言われて、まだ時期も離れていて実感は湧いてないと思うのですが。時期が近づいてくると嫌でもプレッシャーがくると思いますが、思い詰めすぎてもうまくいかないと思うので。シンプルに思いつめすぎず、オフは遊んだりとリフレッシュして、やる時はしっかりとやる。気楽とかではないですが、楽しむのが一番だと思うので、後輩たちには楽しんでアベック優勝と16連覇を達成してほしいです。有給取って応援には行くので、ぜひ僕に優勝を見させてください!

――ありがとうございました!

(取材・編集 大島悠希氏)