『令和2年度卒業記念特集』番外編 第5回 堀凌輔×長倉謙伸(3/30)

庭球男子

 第5回は、育成層副将を務めた堀凌輔(社=福岡・柳川)と長倉謙伸(スポ=静岡)の2人組による対談。長倉は2019年に開催された早稲田オープンの統括を務めるなど、4年間チームを支えてきた2人の早稲田でのテニス人生を振り返ってもらった!

「テニスがしたくて早稲田に来ました」

――部活を引退してから、どのように生活が変化しましたか

長倉、堀 (笑)

長倉 まあ暇ですね、部活がないと。縛られた時間がないので…

 パチンコ?

長倉 やめたんよ

 あはは(笑)

長倉 周りがバイトを始め。自分もバイトしようと思い、パチンコ屋のバイトに応募して受かったのですが髪色がこれではダメと言われ…。髪を茶色に染め直そうと美容院に行ったのですが、せっかくなら赤くした方がいいよと言われて赤くしてしまい。それでバイトを辞めてしまいました。

 すぐそこの居酒屋でバイトを始め。週に2回入ってます。

――初めてのバイトですか

 はい。

――お二人が顔を合わせるのは久しぶりですか

 合宿免許以来か?

長倉 それ以来か!

――合宿免許の楽しい思い出はありますか

長倉、堀 (笑)

 入って2日目で帰りたいと言ってた(笑)

長倉 普通に帰りたかったけど。でも楽しかったよ

 路上に出ると面白いんですね。同じところをずっと回っていると病んでくるのですが、外に出ると少しすっきりしますね。

――無事合格できましたか

 全員一発でした!

――どのようなきっかけで早稲田の庭球部に入りましたか

長倉 中学校の時にオーストラリアでテニスに行かせてもらう機会があって、その時に一緒にいたのが当時の早稲田のコーチでした。早稲田の庭球部の話を聞いていて、行きたいなと思っていました。自分の実力だとテニス推薦で行けるレベルではなかったので、高3の部活が終わってから勉強しました。テニスがしたくて早稲田に来ました。

 高校の全国選抜の時に声を掛けていただいて頑張ってみようかなと思いました。大学で他に頑張りたいこともなかったので、テニスをやろうという感じです。入学前はその思いがありました。

――入学前から同期との繋がりは

 高校の同期に樋口がいました、12人もいたので他にも知っている人はいました。

長倉 自分は全然知らなかったです。千頭が小さい頃に愛知と静岡で地域が一緒だったくらいです。藤井竣も愛知だったので知っていました。でもそれくらいですね、ほとんど知らない人でした。

――入学前に早稲田にはどのようなイメージを抱いていましたか

 えぐい!

長倉 厳しい!

早稲田でのさまざまな経験

最後の早慶戦に出場した堀

――当時はどのような目標を掲げていましたか

 恥ずかしいな、当時のことを話すの(笑)。さすがに最初はレギュラーになりたいなと思っていた。でも春関で折られた(笑)

長倉 ここでテニスができれば楽しそうだなくらいでした(笑)。個人としてはインカレに出てみたいなと思っていました。

――大学のレベルの高さを感じたのは

 入ってすぐ。フォアハンド研究会…(笑)。1年の頃、ずっと一緒に練習してたんです。レベルが高いなと話したり。

長倉 春関もサポートに入ったのですが、レベルが高くてびっくりしました。

――高校の時から部活はやられていましたか

長倉、堀 はい!

――早稲田の環境は、高校時代とどの部分で違いましたか

長倉 全然違いますよ。高校は勉強のついでに部活をしているという環境でした。顧問も来たり来なかったりと。1年生の時に15人いたのですが、テスト勉強をするために部活を辞めたりする人もいて、最後は5人でした。

 柳川だったので。平日が自分たちでメニューを考える部分は似ていたのですが、皆で練習をしない部分は違いました。分かれて練習することがなかったので、学部が違って会わない人がいたことは高校の時と違います。

――入学した時に身近に知り合いがいた環境であったことは

 やっぱり安心感は全然違いました。誰も知らないと不安あるじゃないですか。なので知り合いがいる環境は大きかったです。

――影響を受けた先輩はいますか

 入って影響を受けたのはやっぱり大山さん。

長倉 俺も遊びの面では大山さん、りょうへいさんかな。

長倉、堀 のり?

 のり!暴れ方を教えてもらったりと。

長倉 2つ上なんですが小林さん。

 テニスは松本さんです。育成層の世話をしてくださったので。

――印象に残っている大会は

 JOP?

長倉 行ったねー。ひまわりテニス…

長倉、堀 (笑)

 なんだっけ、あれ?葛飾区のほう?

長倉 そうそう。

――一緒にダブルスを組んだりとしたのですか

長倉 はい。ダブルスも出てました。ちょうどその時に学生大会に出ていたのですが。学生大会で負けると何もないので、頑張んねえとなと思い。

 そういう時もありましたね(笑)

――早稲田オープンでは統括しましたが、振り返ると

長倉 自分が上に立ってまとめるという経験がなかったし、自分自身も向いてないと思っていたのですが。やってみて良かったです。大変さも分りましたし、まとめることの大変さも分かりました。今までにない経験ができたので良かったです。

――楽しかったことや辛かったことは

長倉 加藤翼がしっかりやってくれて、自分は少し適当に。ただ統括間のコミュニケーションが(笑)。食い違いもあったり、加藤があまり喋らないタイプだったので少しコミュニケーションが取れなかったりと。でも大会中は面白いことがあったので(笑)

――3連覇のチームに関わってきましたが、思い出に残る試合はありますか

 1年目が一番大きかったですね。雑用で大変すぎて、試合どころでない部分もあります。感動の意味では3年目が。思い出もありましたし、皆とやってきた練習があったので一番うれしかったし、感動しました。

長倉 2年目の島袋さんの中大戦。あと負けそうな試合で勝った試合は。昇平と逸崎さんの試合もですね。その試合審判をやっていました。

――同期が中心選手として活躍してましたが

 風哉が1年目全然出ていなくて、2年目から試合に出るようになり。トレーニングとか、ちょっとしたことでも人一倍頑張っていて。寮が同じで一緒にいることも多かったので、そういった面ではうれしかったです。最終的にはベンチコーチをやらせてもらいましたし、頑張れって感じでした。

長倉 すごいなと。逆に凌輔や翼が頑張っていると、自分も頑張らないとなと思いました。本戦にも行っていたので、自分も行きたいなと影響を受けました。

――最後の一年はどのように臨まれていましたか

長倉 コロナがなかったらラスト頑張るという感じだったのかな。途中からは楽しもうと思っていました。

 試合があるか曖昧だった時期はモチベがとにかくなかったです。いざ早慶戦を行うと決まってからは4年生の立場もあり、雰囲気を落とさないようにとは(笑)

――早慶戦開催や春関開催の決定で、4年生の空気は上向きとなったのでしょうか

長倉 そこは間違いないと思いますよ。マイナスであったことはないです。やりたくないとかは(笑)

――それは割愛で

 書いてもらって大丈夫ですよ(笑)

一同 (笑)

――コロナ渦での就活は大変だったと思いますが、両立の面はどうでしたか

 大変でしたよ。1カ月近く地元に帰っていて何もなかったのですが、5月から急に入り出して何をやってるのかなと(笑)。いい結果も出ず落ち込んだ時期もありましたし、何故か掃除をしてる時期もありましたし。周りが少しずつ決まりだして、やべーなと思いながら。

長倉 僕もやべーなと思いながら(笑)。自分が主犯なのに一人だけ静岡に帰って勉強すると。こっちで時間がありすぎたのに何もせず…(笑)

――決まってからは安心しましたか

 心穏やかに部活ができれば良かったのですが(笑)

――育成層副将を務めましたが、その中で伸びを感じた選手はいましたか

 春関結構上がっていたのですよ。大修と新井と健吾が。一次の壁が高かった人達が勝ち上がったのはうれしかったです。畠山・増田はすごくなりましたし。引退しても結果は気になっていたので、うれしかったです。

――現役最後の試合を振り返ると

長倉 俺はふみとの試合。

 春関に出ないと決めていたので、交流戦は最後勝ちたかったのですが、しっかりと負け。負けて終わるんだなと。調子は良かったのですが、体力的にはきつかったし、今までのテニス人生らしい終わり方でした。

長倉 けんごと最後ダブルスを組んで、楽しかったです。春関は池田という奴と一次を上がりたかったのですが負けてしまい。セミファイはそれで勝ったのですが、隣の奴がガチガチに緊張し。当日何も飯が通らないとか(笑)、そんな奴じゃないんですよ。魅力が全然出てなかったです。そこは改善して頑張ってほしいです。

――早慶戦はどのように見ていましたか

長倉 サポートをして。最後風哉が決めてくれて、うれしかったですね。主将が決めて、ガッツポーズをしてくれて、最高の日でした。最後のミーティングをして(笑)

 ドゥルドゥルに泣き

長倉 意外な人の涙を見れて。谷垣とかね。

 ダブルスの時はすごい、でも最終的に安心をして見ることができました。風哉のベンチコーチに入ったのですが、リードした状態でシングルスを迎え。調子も良さそうだったので、安心して見つつ。終わった後はうれしかったです。泣きはしなかったんですけど(笑)。テンションが上がりすぎて逆に変なこと言っていましたね。

長倉 泣いてない奴が何人かいましたね。

「とにかく大学に入ってテニスが楽しいと思いました」

――早大での4年間を振り返ると

長倉 楽しかったの一言です。

 結局は良かったのかなと。いろいろな思いはありましたが、同期が楽しくて最高でした。良かったです、この同期って感じです。

――どのようなテニス人生でしたか

  小6くらいの時が最高潮、そこからイップスにもなって下がり。その後は一時的に上がったのですが、また下がった感じです。

長倉 とにかく大学に入ってテニスが楽しいと思いました。高校まで辞めたいって思いがあったのですが、大学入ってからは自由に。それが最高でした。

――可愛がってる後輩はいますか

長倉 大地、文隆、尚。めちゃくちゃよく喋りますね。頑張って欲しいです。

 自主練とかをよくするのは新井と。引退してからも誘ってくれました。後輩は皆可愛いです。

――4年間で一番楽しかった思い出は

 初めてのとうもろこし。

長倉 あれ、なんだっけ?

 お台場でバーベキューして、その後いろいろ始まり。いろいろな種類のイベントがあります。もういろいろありすぎて出てこない。

――最後に王座16連覇を目指す後輩に向けてメッセージを

 かっこいいこと言うの?

長倉 うん!

 女子も慶應に負けていて、男子も上の方が抜けたと言われるかもしれないですが、学生達がしっかりと考え軸を持ってやってくれればなと。話を聞いて鵜呑みにするだけでなく、時には反発してもいいと思います、流されてほしくないなと。終わった後の達成感は違うと思うので。以上です!

長倉 いつか止まるもんだから、そんな深く考えずにいいよ!

一同 (笑)

長倉 部活の雰囲気も変わっていると聞きますし、危機感持ってやってくれていると思うので。後悔だけはしてほしくないです。頑張ってください!

――ありがとうございました!

(取材・編集 大島悠希氏)