シングルス1――。テニスの団体戦において、『チームの顔』ともいえる存在だ。学生テニス界の絶対王者・早大のシングルス1は、吉備雄也(平21スポ卒=現ノア・インドアステージ)、片山翔(平24スポ卒=現伊予銀行)、田川翔太(平26教卒=神奈川・湘南工大付)、今井慎太郎(平28スポ卒=現イカイ)といった名だたる名選手たちが務めてきた伝統あるポジション。「チームが勝ってもシングルス1が負けては勝った気がしない」と言われるほど、エースが背負う看板はとてつもなく大きいものなのだ。そんな『チームの顔』を任されて今年で2年目になるのが、早大が誇る絶対的エース島袋将(スポ3=三重・四日市工)。2年時の全日本学生選手権(インカレ)シングルスでは1セットも落とさずに完全優勝を果たし、さらには国内外のフューチャーズで経験を積み、アジア競技大会でダブルス銅メダルを獲得するなど、その活躍は国内にとどまらない。そんなエースにとって三度目となる今年の王座。島袋には、絶対に負けられない相手がいた。
慶大のエース羽澤慎治(1年)。2017年全米オープンジュニアダブルスベスト16といった実績を引っ提げて慶大に加入したスーパールーキーだ。卒業した上杉海斗(現江崎グリコ)の穴を埋め、入部直後から慶大の『顔』・シングルス1を任されると、早くも5月に島袋とのエース対決が実現する。第186回早慶対抗庭球試合、シングルス1のオーダーは『島袋将―羽澤慎治』。すでに早大の勝利が決定していた状況から試合は始まったが、試合は序盤から激しく展開する。ハイレベルなラリーの応酬に、観客・応援の視線は完全に釘付けになっていた。その中で序盤は羽澤が一歩リードし、3-6、3-6と2セット立て続けに奪われる。しかし、5セットマッチで行われる伝統の一戦。まだまだこのままでは終わらない。第3セットからは逆に島袋がサーブ、フォアハンドで押し始め、今度はワンブレークアップで2セットを連取。極限の戦いはファイナルセットに突入した。試合時間はすでに4時間を超えており両者疲労もあるはずだが、プレーは衰えず、むしろ時間が経つにつれて精度を増していく。勝負所でのサービスエース、ここぞという場面でのネットプレー、そして相手の隙をついたパッシングショット――。一級品のプレーの連続となったこの大熱戦で、最後にこぶし突き上げたのは羽澤。島袋も何度もブレークポイントをにぎったが、「あと1ポイントが近いようで遠かった」。島袋―羽澤の第1ラウンドは羽澤の勝利で終わったが、長き早慶戦の歴史に刻まれる屈指の名勝負であったことは間違いないだろう。
リーグ早慶戦での島袋。「何もできなかった」ーー。
次に島袋と羽澤が相対したのは、関東大学リーグ(リーグ)最終戦。島袋はアジア競技大会ダブルス銅メダル、羽澤は全日本学生選手権シングルス準優勝とお互いに夏は結果を残し、自信を深めて臨んだ一戦だった。両校共にすでに王座出場は決めていたが、リーグ優勝を懸けて意地と意地とがぶつかり合う熱戦が繰り広げられる。今回は合計スコア4-3の状況で試合がスタートした。島袋にとっては羽澤相手にリベンジを果たし、自らの手でリーグ優勝を決めたいところだっただろう。しかし、この日は島袋にとって苦い記憶として深く刻まれることとなる。「本当に何もできなかった」――。試合後にこう振り返るように、まさに完敗だった。先に相手にセットを奪われると、セカンドセットではスピード感あふれるテニスを展開した羽澤に圧倒され、スコアは4-6、1-6。チームに勝利を届けることはできず、勝敗をシングルス2に懸けることとなってしまった。千頭昇平(スポ2=愛知・誉)の活躍でチームはなんとか勝利したものの、「絶対に負けられない」エース対決で2連敗。この現実は、島袋に重くのしかかった。
島袋の強みは攻撃的なテニス。対する羽澤は守備も攻撃もできるオールラウンダーだ。ダブルスでの実績も豊富で、ボレーなど前での動きもうまい。強烈なサーブを兼ね備えている。スピードもあり、総合力は大学ナンバーワンといえるかもしれない。そんな羽澤にリベンジを果たすため、島袋は分析用の映像を何度も見返した。「(羽澤は)なんでもできる選手。弱点らしい弱点は見当たらない」。それでも、島袋が見出した勝利への活路。それは、プレッシャーのかかる場面でいかに強気で攻めることができるか。「目の前の一球に全てを懸ける」。まさに庭球部伝統の『この一球』の精神だ。相手は1年生で、初めての王座。対して島袋にはこれまで2度王座決勝の舞台を戦っていた経験がある。そのアドバンテージを最大限に生かさないといけない。どんな状況下でも自分の力を100パーセント発揮するため、練習から常に自分にプレッシャーをかけ続け、常に本気でテニスと向き合った。「早大のエースとしての意地がある。勝ちたい、ではなく勝たないといけない」。並々ならぬ思いで王座に臨んだ。
いかに攻めるテニスを貫けるかがカギとなった
いよいよ迎えたリベンジの時。決戦の地は愛媛。早大と慶大は順当に決勝まで進出し、頂上決戦は今季三度目の早慶戦となった。もちろんシングルス1は『島袋―羽澤』。エース対決は合計スコア3-3で回ってきた。同時にコートに入っているシングルス1、2、4のうち2本取った方が勝利という状況だ。どれも互角の戦いが予想されており、過去2戦以上にシングルス1にかかるプレッシャーは大きかっただろう。その緊迫した状況で真価を発揮したのは、島袋だった。「第1ゲーム、1ポイント目から気持ちを入れて試合に入れた」と振り返るように、立ち上がりから気迫を前面に出してプレーした島袋がいきなり4ゲームを連取しペースをにぎる。強烈なサーブ、さらにはこの日は特に深く決まったバックハンドで相手を追い詰め、終始攻撃的なプレーを貫きこのセットを6-2で奪った。島袋が羽澤に対して先にセットを奪うのはこれが初めて。勢いそのままに勝利まで突き進みたいところだったが、やはり相手も慶大エースとしてのプレイドがある。簡単には勝たせてくれない。セカンドセットも島袋が先にブレークに成功したものの、徐々に羽澤も調子を上げ、試合は接戦に。しかし、この重要な場面で島袋にミスが出始め、相手を勢いづけてしまう。このセットを5-7で落とし、勝負はフルセットにもつれ込むこととなった。
「ここで気持ちを切り替えられたのが大きかった」。運命のファイナルセット。これまでにない緊張感の中で、島袋はさらにギアを上げた、というよりはギアをかけ直した。ファーストセットのような積極的なテニスを取り戻し、自分からストロークで左右に振り回す。羽澤も必死に食らい付くが、ここでは王座での経験値、そしてエースとしての意地で島袋が上回っていた。1-1で迎えた羽澤のサービスゲーム、島袋は強烈なバックハンドのリターンエースを決めるなどこの日一番の集中力を発揮してブレークに成功。ここから一気に勢いに乗った。5-1までリードを広げ、その後ブレークバックされるも5-3で迎えた第9ゲーム、ついに歓喜の瞬間が訪れる。島袋から40-30。2本目のマッチポイント。羽澤のセカンドサーブを島袋は深く相手のバックへ返球し、さらにもう1球バックへ。浅くなった球を鋭く左右に振り分け相手の体勢を崩し、最後はガラ空きになった右コーナーへ強烈なフォアハンドを振り切った。これには羽澤も触るのが精一杯。力のないスライスショットがネットにかかると、島袋は喜びを噛みしめるかのように応援に向かって小さくガッツポーズ。この瞬間早大の王座14連覇が決定し、愛媛の地には歓喜の渦が巻き起こった。「自分が勝てたのはもちろん、なによりチームが勝つことができたのが一番うれしい。」連敗中だった羽澤へのリベンジを果たし、さらにはチームの14連覇も自らの手で決めた。島袋は、日本一を決める大舞台で最後に「エースの意地」を見せつけたのだ。
試合終了後、握手を交わし会場に礼をする島袋(右)と羽澤
王座14連覇を置き土産に4年生は引退し、島袋もついに最上級生になる。島袋は新体制に向けて、「みんなから『絶対に取ってくれる』と信頼される先輩になりたい」と意気込みを語った。3年目の王座で改めて強さを発揮した島袋は、ラストイヤーでどんな活躍を見せてくれるのだろうか。そして羽澤とのエース対決の続きは――。早大のエースは、これからもその重責を背負い続ける。そしてその先に見据える「世界の舞台で活躍する」という目標に向けて、島袋の「負けられない」戦いはまだまだ続く。
(記事、写真 松澤勇人)