【連載】早慶女子クラシコ特集 第4回 インタビュー:井上萌

ア式蹴球女子

 今季、チームの中心部であるアンカーで躍動を見せているのがDF井上萌(スポ4=東京・十文字)。要所で相手の攻撃の芽を摘み取り、ボール保持ではア女の頭脳としてゲームコントロールを担う。プレーへのこだわりと共に、井上が描く異国の地での選手キャリア像にも迫った

※この取材は10月28日に行われたものです。

 

「サッカー人生の中で今が一番楽しい」

 

――まずご自身の選手としての紹介をしていただきたいです

井上  スポーツ科学部4年の、井上萌です。ポジションはボランチをやっていて、高校時代や中学生のころにCBも経験してきました。中学は浦和レッズレディースジュニア、高校は十文字高校に行って3年生でキャプテンをやりました。早稲田大学に進学して卒業後は海外でプレーしたなって思っています。

――では今季を振り返っていただきます。7月あたりからがっつりポジションをつかんだと思いますけど、ここまでどう振り返っていますか

井上  サッカー人生の中で今が一番楽しいって言えます。何で今シーズンなんだろうって考えたときに、去年インカレで優勝したときにピッチに立てなくて、自分がア女の一員として個々から何を残せるんだろうって考えたときに、4年生で自分のやりたいアンカーというポジションでスタメンを勝ち取りたいと思ったときに、オフシーズンから身体の事を全部変えてサッカーに全部費やそうって決めました。なのですぐには結果が出なかったからこそ、7月に自分の強みを出せるようになってきたのかなって感じています。

――昨シーズンはけがをされてましたよね

井上  第四中足骨を疲労骨折してしまって、自分が人生で疲労骨折をやったのが5回目だったんですよ。繰り返している自分にも嫌気がさしていて、変われない自分が本当に大嫌いでした。

――復帰戦はCBで早スポでも井上さんのポジションをDFと表記してますが、アンカー(MF)としてのプレーを確立させたのはいつ頃ですか

井上  2年生まではCBをやっていて、3年生からアンカーをやるようになって。3年生の7月に疲労骨折して4~7月は関東女子リーグでアンカーで起用されていました。

――さっき、今が一番楽しいと話されましたが、どういうところに楽しさを見出していますか

井上  相手との駆け引きが今はすごく楽しくて、自分でいっぱいいっぱいになってた過去もあるんですけど、「相手を見てサッカーするんだよ」ということをこの1年すごく言われていて、その時に相手より先に考えて動くのがボール奪取とかにもつながっているのかなと思います。

――8月の関カレ日大戦(△3-3)後に涙されてたのが印象に残っていますが、あの時期は苦しかったですか

井上  8月から9月の皇后杯関東予選決勝まではすごいきつかったなって思うけど、楽しんでいる自分もいました。強い相手にこんなに立ち向かっていける自分に出会ったのがすごくびっくりしました。

――10月あたりからまた新たな形になっていますけど、中盤3枚が全員創るタイプの選手という中で難しさを感じたりはしましたか

井上  それはおっしゃる通りで困惑するところもあるんですけど。それで言うと4月5月の方が、自分の意志が弱かったから前の2人に合わせちゃってる部分があって。それこそ苦しい時期、8月9月のところで自分に自信がついてきたから、「私の触りたいエリアには入ってこなくていいよ」、ということを口でも言えるようになったしプレーでも見せられるようにはなってきてるのかなと思いますね。

――やっぱり8、9月を苦しむだけじゃなくて楽しさを見出した部分が今につながってるという感じですか

井上  そうですね、自分の中ではトライをたくさんした期間だったので、できないこともあるけどそれも分かったというのが大きいですね。

――トライって具体的にどういう所にトライされましたか

井上  攻撃だったら自分たちはビルドアップで後ろからつなぐから、そのポジショニングの部分で自分がもらえなくても味方の選手が自由になれるように、常に「へそだよ」と言われているのでそこで舵を取り続けています。守備のところは自分でボールを奪う、味方にボールを奪ってもらうところの使い分けをすごくトライしました。

――もうひとつ大きな特徴だと、セットプレーのキッカーを務められてます。ここへのこだわりってありますか

井上  キックは得意だと思っているので、あの時期(8、9月)ってすごいセットプレーから入ったと思うんですけど、私のボールが良ければ真央(吉野、スポ4=宮城・聖和学園)だったりシャーン(ブラフ、スポ4=スフィーダ世田谷FCユース)だったりが合わせてくれるという、そこは4年生としての信頼がめちゃくちゃあるのでこっちがどれだけいいボールを供給できるか、「あとは触るだけでした」と言わせてあげたいです。

 

「(スペイン語の)授業も一番前で必死に受けてます(笑)」

井上(写真右)のCKから得点が決まった直後の後藤監督。井上のキャリアに大きく影響を与えた

――卒業後に海外でのプレーを目指していますが、具体的に海外を強く意識するきっかけを教えてください

井上  きっかけは大学2年生です。私の同級生でプロタゴニスタにも参加していた十川ゆき(ジェフユナイテッド市原・千葉レディース)が家に泊まりに来てくれて、スペインの話してくれて(昨季までスペインでプレー)。元々戦術の長けている国だから、サッカーの中で楽しめるものがその国にはあるんじゃないかっていう好奇心を持たせてくれました。そして今の監督、史さん(後藤監督、平21教卒=宮城・常盤木学園)がア女に来たのが2年生の時で、スペインでプレーされていたってことを聞いて、日本人で初めてのスペインリーガーで、チャンピオンズリーグに出ていた経験があるとか。なんかもう、夢が詰まっているし、そういう人たちと話すと自分の知らないものを持っているから。それでスペインという国を先にバンと決めて。「海外に行きたい、どこに行こうか」じゃなくて、スペインを身近に感じたので、それで行きたいと思うようになりました。

――言語で言うとスペイン語はどのくらい自信をつけてますか

井上  リスニングはだいぶ慣れてきました。けど思ったことが伝えられないから、史さんには「毎日私にスペイン語で話しかけなさい」って言われて(笑)、「Ola!」しか話してない(笑)。「Chao!」って言って終わりです(笑)

――やっぱり2年生から勉強し始めたんですか

井上  そうですね。夏休みに行きたいなと思ったから秋学期から実際に政治経済学部の(スペイン語の授業)をオープン科目で取ったり。3年生の時にゆき(前出:十川)に、まだスペインにいたから、zoomをつないでもらって50分レッスンとか。あとは商学部のスペイン語の授業だったり、どんどんチャレンジして。でも全然喋れないし文法も分かってないから、まず最初にメールするんですよ。拙い文で「自分は卒業したらスペインに行きたい。だから今は全然話せないけど向こうでサッカーを一番に考えたいから今のうちに勉強したいんです」って言ったら、たぶん文もぐちゃぐちゃなんだろうけど、先生も「全然いいよ」みたいに言ってくれるんで、授業も一番前で必死に受けてます(笑)

――そこまでの熱意を持てるほどにスペインイン惹かれたってことですか

井上  行ったことないというのもあるんですけど。自分のやりたいことが最優先の人なので、楽しいと思ったことをやりたい、だからサッカーもここまで続けてるのかなって思います。

――高校のときとか、今こうしてスペインに熱い思いを持つって想像してましたか

井上  全然してないです。多分早稲田に行きたいってなったのも、村上真帆さん(令3スポ卒=現大宮アルディージャVENTUS)が十文字の先輩で、「真帆さんかっこいい!」みたいな。で早稲田おいでよって言われて、こんな自分でも行けんのかなぁみたいなマインドだったんですよ。で、自己推薦の受験勉強を必死にやって入って。でも真帆さんとサッカーすることが目的になってて。でも2年生になった時に彼女が4年生じゃないですか。卒業したら何するのってなって見失ったときにちょうどいい刺激が来たって感じです(笑)

「アフリカとか黒人の選手と3枠を争っていく」

 

6月19日、宮城県女川で対戦した井上(写真左)と十川

――WEリーグだったりの国内を経由する選択肢ってないんですか

井上  これもすごい矛盾してるんですけど、4年生の6月まで出てないから自分に自信がないというのがあって、国内のリーグから自分のこと見てもらえないんじゃないかっていう、シンプルに自信がなかったから。多分私は認められないだろうっていう。だったら海外に飛び出した方が早いんじゃないか、みたいなのはあります。

――いきなり一人で海を渡ることへの怖さとか楽しさとか、どれくらいありますか

井上  もう未知過ぎて怖さがないっていうのが怖いです。何とかなるんじゃないかって。そのために勉強してるので、常にスペイン0年目って考えてるんですよ。1年目のための準備って今のうちにできることだよねってことは意識してます。

――具体的に海を渡ってからのキャリアの理想像ってありますか

井上  今年からスペインもプロリーグになったということを聞いて、外国人枠がどんどん減ってきているっていうのがあって。1部リーグは今年が8人で、私が行く来年は5人で、再来年は3人ってなっていくんですよ。ユーロ圏内の人はカウントされないけど、外国人扱いはアジアだったり。それこそアフリカとかの黒人の選手とかと3枠を争っていく。だから日本を経由してる暇がないっていうのは、自分の中で決心しているところです。アフリカ人が持ってなくて自分が持っているものって何だろうって考えたときに、細かい技術だったり戦術眼だったり、今すごく意識しているのがゲームコントロールだったり。フィジカルではないところを自分の強みにしてまずは1年目、飛ばしていきたいなって考えてます(笑)。でもいきなり1部には行けないんですよ。なでしこJAPANに入ってないと、みたいなのもあって。市場価値がアジアは下がってきている傾向もあるらしくて…。難しいです。

 

「(慶大と)一緒に作ってきた会場で、90分が始まったら敵になって。これって早慶戦でしか感じられないこと」

 

――大学もラストシーズンの終盤に入ってますが、その中で早慶戦が控えています。今まで出場がないですが、外からみる定期戦ってどうみえてますか

井上  羨ましい。それこそ高校生の時に生で見に行ったんですよ。その時に早稲田に入りたいって後押ししてくれた大会でもあるので。あのピッチに立つのは早稲田のエンブレムを背負ってるって10倍くらいに感じるだろうなって。

――慶大にはどんな印象を持ってますか

井上  「インテリジェンス」みたいな。戦ったことないですけど(笑)

――3年分も思いも踏まえて、早慶戦でどういうふうな活躍したいですか

井上  残り3か月ない中で、さっきも言ったんですけど、ゲームコントロールをしっかり詰めていきたいなって思っていて。自分が中盤にいてチームの舵を取りたいので、90分の流れを見て欲しいです。私も自分だけじゃない、味方の事をコントロールできるようにしていきます。

――今年の早慶戦は、部員で作っていく部分がありますけど、井上さんはどんな役割で関わっていますか

井上  企画、イベント係の一応、長なんですけど。プレゼント企画をやったりとかエスコートキッズだったり。当日にマッチデープログラムの冊子を配ったりするんですけど、そういうのを自分たちからこれやりたいねって企画して進めていく感じでやっています。

――普段にない運営活動をしてみてどうですか

井上  久しぶりに情報量多くて、運営するって大変だなって。それこそ私たちがサッカーできるのっていろんな人が関わっているかならなんだなっていうのを、有観客になって改めて身に染みています。それこそ慶応の方と連絡とらないとできないじゃないですか。だから一緒に作ってきた雰囲気とか会場で、90分が始まったら敵になって。これって早慶戦でしか感じられないことだと思うので、そこのワクワク感は大きいですね。

――早慶戦の注目選手を教えてください

井上  綺乃(笠原、スポ3=横須賀シーガルズJOY)。めちゃくちゃ気が利く選手で、足元の技術が高いのはみんなご存じだと思いますけど、細かいポジショニングだったり、「それしてるからボール奪えるんだよね」「それしてるから前向けるんだよね」っていうオフザボールを見て欲しいです。つらい時期も一緒に中盤をやってきたので。そういったところは見て欲しいです。

――ここまで20年無敗ですけど、結果への意気込みってありますか

井上  絶対に負けられない戦いだと思います。うちは守備から入るチームなので、そこは臆することなくどんどん押し上げていって、相手陣地でずっとプレーしてたいです。絶対勝ちます

――最後に早慶戦への意気込みを改めてお願いします

井上  ピッチを支配します!

(取材・編集・写真 前田篤宏)

早慶女子クラシコに向けた意気込みを書いていただきました!スペイン語で意味は「サッカーを楽しもう!」

◆井上萌(いのうえ・もえ)

2000(平12)年8月12日生まれ。163センチ。十文字高校出身。スポーツ科学部4年。今季「潰せるレジスタ」として飛躍を遂げた。6月にはCKから直接得点、7月にはハーフウェイライン付近からのロングゴールなど、インパクトの強い得点も見せた。