ラフティング世界2位!スラロームでは世界王者

ワンダーフォーゲル

5月24日から6月1日にかけてボスニア・ヘルツェゴビナで行われたラフティングの世界選手権大会(世界選手権)。早大からは江森大希(法4=埼玉・開智)が出場し、3つのメダルを手に帰国した。スプリント、H2Hで出遅れたものの、スラロームでは強豪のオーストラリアを抑え堂々の優勝。ダウンリバーでも2位を勝ち取り、総合準優勝で世界選手権を終えた。惜しくも目指していた世界一には届かなかったが、日本代表として確かな爪痕を残した。

日本代表として活躍した江森

U23の部門で世界一を目指すため、ラフティングのプロチーム‟TEIKEI”(テイケイ)の呼びかけにより4人の大学生が集まり、昨年の6月にテイケイのジュニアチームを結成。その1人に早大のワンダーフォーゲル部に所属する江森がいた。世界選手権へ出場するためには、全日本レースラフティング選手権(全日本選手権)での優勝が絶対条件。彼らは世界トップレベルのプロチームとともに練習を重ね、技術面や試合に向けた気持ちのつくりかたなど多くのことを吸収していった。そして昨年11月、世界一への第一関門である全日本選手権に挑む。結果は、一橋大のチームに敗れ2位。これ以上ない悔し涙を流した。しかし12月ごろ、一橋大は世界選手権への出場を辞退。目標としていた舞台への切符は江森たちに差し出された。「うれしいという気持ちよりは、(このままでは)やばいな、という気持ちの方が大きかった」と迷いもあったというが、悩んだ末に出場を決意。また「世界一」に向けて走り始めた。同時に、様々な理由を考慮しラフティングチームAGALLAS(アガラス)として4人は独立。それからというものの、テイケイから吸収したプロチームとしてのノウハウを生かし、江戸川区の河川で練習に練習を重ねた。それでも世界選手権を目の前にした最後の大会、御岳カップでは思っていたような結果を残すことはできず。予定していたルートを通れず、集中力も切れ、江森はレース中に脱臼するなど、非常に苦しい内容だった。

御岳カップでは思うような結果を出せなかった

気持ちを切り替え、迎えた世界選手権当日。最初のレースはスプリントだった。スプリントは比較的配点が低いため、「ミスしてもいいやくらいの気持ちでやっていた」という。結果は5位。瀬の中でボートがぶれるなど、思い通りのかたちでは進められなかったものの、全体的にはいいパフォーマンスはできたと振り返った。しかし次のH2Hは「最悪」な内容だった。相手はスプリントで1位のチェコ。スタートを武器にしていた江森らは、本来は出だしから激しくぶつかり合うところを接触せずに進む作戦で臨んだ。想定通り序盤はリードしていたものの、ブイ通過の際にターンを失敗し抜かれてしまう。6位に終わり、ここで上位との差が開いた。それでも、全日本選手権で優勝していた得意のスラロームで巻き返しを図る。1本目こそ緊張でいい漕ぎができず2位となったものの、事前にコースの下見を念入りに行ったこと、そして1本目で修正点が明確になったことが功を奏し、2本目で見事優勝。スラロームでは、強豪のオーストラリアを抑え世界一に輝いた。最後に残されたのはダウンリバー。世界一を獲るためには1位になるしかない。そんな中、あるハプニングが。競技開始時間が2時間早まったのだが、それを知らされていなかった江森たちは狙っていたスタート地点を確保することができなかった。それでも、残っている場所から何とか最適な地点を探し無事スタート。序盤から1位をキープし、オーストラリア以外のチームとは圧倒的な差をつけた。しかしレースの終盤でそのオーストラリアに先を越され、余力の残っていない日本チームは9秒差でゴールし2位に終わる。

世界選手権で奮闘するAGALASS

総合順位は準優勝。目標としていた世界一には惜しくも届かず、江森は「表彰される前は『2位でもすごい』と思っていたが、いざ表彰台に登ると悔しさが込み上げてきた」と語った。しかしアガラスは初めての国際大会で、コースが練習していた場所と違ったり、川の水量が本番になって変わったりなど、想定通りいかない部分が多くありながらも十分な成績を残し、世界レベルのラフティング界に存在感を見せつけたことには違いない。

(記事 槌田花、写真 堀内まさみ、槌田花)