東京箱根間往復大学駅伝(箱根)で、2年連続での8区出走となった太田直希(スポ2=静岡・浜松日体)。集団から抜け出せずに終わった昨年とは異なり、今年は前区間からの流れをうまく繋いで区間4位と好走した。自身の走りを振り返り、何を思うのか。現在の心境を伺った。
※この取材は1月22日に行われたものです。
攻めの姿勢貫き快走
笑顔でインタビューに応じる太田直
――箱根が終わってからどのように過ごされていましたか
(1月)4日に家に帰って、家でゆっくりしていました。
――友人や恩師には会いましたか
はい。ごはんを食べに行ったりしましたね。
――箱根の走りについて何か言われましたか
走りとか詳しいことではないのですが、区間順位などを見て、すごいねと言われました。
――今は箱根の疲労はありますか
今はないですね。
――集中練習の消化具合はいかがでしたか
集中練習は去年より余裕を持ってできたので、準備段階としてはかなり良かったかなと思います。
――消化率は割合でいうとどれくらいでしたか
9割くらいですかね。
――8区を走ると決まったのは1週間前くらいだったそうですが、その時の心境は
去年も1回走っていたので、覚悟はできていましたね。8区になるだろうなという感じはありました。
――他に走りたい区間はあったのですか
いえ、走りたい区間は特になかったので、任された区間を走ろうと思いました。
――往路のチームの走りはどのようにご覧になっていましたか
序盤の流れが結構良かったので、そのままいくかなと思ったのですが、少し順位を落として、あまりいい流れではなかったなとは思いました。でももう一日あるので頑張ろうという感じでした。
――当日のレースプランについて相楽豊駅伝監督(平15人卒=福島・安積)から指示はありましたか
最初の3キロから5キロをいいリズムで入って、後半勝負という言葉をもらっていました。
――昨年の8区の経験を踏まえて、何か意識したことはありましたか
去年は集団で来て大した走りができなかったので、今年は攻めの姿勢で走ろうと思っていました。
――当日の調子はいかがでしたか
そこそこという感じでしたね。
――7区の鈴木創士選手(スポ1=静岡・浜松日体)とは高校時代から一緒に練習されていました。何か特別な思いはありましたか
待機している時から創士が頑張ってるという情報は入ってたので、自分も頑張らなくてはという思いでしたね。
――タスキを受けた時点で、前とは1分ほど、後ろとは4秒の差でした。どのような気持ちでスタートしましたか
後ろの選手が少し後ろにいて、最初は付いてこられたのですが、後ろは見ずに前を追って行こうという気持ちで走りました。
――走っている間もずっと前への意識を強く持っていたということですか
そうですね、後ろも3キロくらいで離れてくれたので、あまり気にせずとにかく前という意識でした。
――なかなか前が見えなかったと思うのですが、どのようなことを考えて走っていましたか
タイム差なども聞いてはいましたが、全然詰まらなかったというかむしろ開いていたので、そこはちょっとメンタル的に苦しかったです。一つ前が帝京大学だったのですが、その前の東洋大学や駒澤大学とは詰まってるから前を見て追って行こうという指示が監督からありました。一つ前というより、集団になるであろう位置が見えるところで新迫さん(志希、スポ4=広島・世羅)にタスキを渡そうと思っていたので、そこは本当に前だけを追っていました。
――他に何か監督から声はかけられましたか
残り5キロの地点で、「勝負の5キロ」という言葉をもらいました。それで自分も頑張ろうと思ったのですが、結構きつくてペースが上がらなかったので、そこは反省点かなと思います。
――もともと設定タイムはどのくらいでしたか
設定タイムは言われていなくて、最初の5キロでいいリズムで入ってという、そういう走りをしろという指示だけでしたね。
――自分ではどれくらいで走ろうとは決めていましたか
前半5キロを14分40秒くらいで入ろうと思っていましたが、そこからはあまり考えていなかったです。
――その後はずっと自分のリズムでいこうということだけを考えていたのですか
そうですね。
――自分のペースについてはどう感じていましたか
最初の10キロくらいは沿道を見る余裕もあったので、結構気持ちよく走ってましたけど、その時は区間順位が分からなくて。10キロの給水を千明(龍之佑、スポ2=群馬・東農大二)に頼んだのですが、そこで初めて分かりました。
――千明選手からはどのような声をかけられたのですか
帝京が区間3番で走っていて、僕が区間4番で、前とのタイム差を教えてくれました。
――千明選手にはご自身で頼まれたのですか
いえ、前日に変わったらしくて、やってもらっていました。
――給水は力になりましたか
そうですね、あそこはかなり元気をもらえました。
――タイムや順位についてはどう受け止めていますか
去年よりはいい走りができたかなと思うんですが、区間3番と40秒くらい開いてしまったので、やっぱり後半の粘りがまだまだ課題だったと思います。
――ご自身の走りを振り返っていかがですか
そうですね、良かったところとしては、最初の10キロをいいペースで入れたことが収穫でした。そこは今後に生かせるポイントだったなと思います。
――最初の10キロはどれくらいのタイムで入ったのですか
29分30秒くらいだったと思います。
――全日本では集団についていっての区間5位でしたが、箱根では単独走で区間4位でした。この結果についてはいかがですか
今までの駅伝では、なかなか単独走だとうまくいかなかったり、集団走で埋もれてしまったりという過去があったので、20キロという距離を一人で走れるかというと不安はあったのですが、少しはうまく走れたかなと思うので、自信にはなりましたね。
――昨年は距離への不安が残ったまま走っていたとおっしゃっていましたが、今年はどうでしたか
完全になかったわけではないんですが、去年よりはだいぶ減っていましたね。
――今年は「攻めた走り」という言葉をよく口にされていました。どのような走りが攻めの走りだと考えていますか
突っ込んで入るというのが攻めの走りかなと思います。去年は、その区間、任された区間をうまく走ろうと思いすぎていました。守りというか、最初ペースを抑えて入って、全部が良くなかったので、今年は最後どうなってもいいからとりあえず突っ込んで入ろうと考えてました。
――単独でも走れるようにするために、どのような練習が力になったのですか
今年はあまり一人でポイント練習をやるという機会はなかったのですが、その集団の中でも自分でリズムを作ってみたり、ジョグを一人でやって周りの景色を見てみたりしていました。それは良かったかなと思います。
――周りの景色を見るというのは、そのくらいの余裕を持って走るということですか
そうですね。
――チームの総合7位という結果についてはいかがですか
去年シードを落として苦しい結果だったので、シードを取れてほっとする部分はあります。でもやっぱりもっと上を狙えたというか、3番まで3分で、全員が頑張れば3番まで狙えたと思うので、そこは悔しい部分ですね。
――ご自身の走りに点数をつけるとすれば
70点くらいですかね。後ろを離せたのは良かったのですが、やはり前とあまり詰まらなかったのは良くなかったです。もう少し集団と詰めていければ、後半の9区10区の人たちも安心して、余裕を持って走れたかなと思うので、70点くらいですね。
――今大会、チーム内で印象に残っている選手はいますか
1区の中谷(雄飛、スポ2=長野・佐久長聖)が、自分でハイペースを作って集団で引っ張って、自分のレースに持ち込もうとしてたところは印象的でした。六郷橋のところで離れてしまいましたが、その後の粘りといいますか、巻き返し方も印象的でした。
「僕らの学年が核としてやっていかなければ」
単独走になったが8区を区間4位で走破
――箱根が終わり新体制になりましたが、雰囲気はいかがですか
解散明けは帰省のムードとかがあってあまり切り替わってなかったんですが、段々と空気が締まって切り替わってきたという感じですね。
――来年以降、箱根で挑戦したい区間はありますか
やはり往路を走ってみたいなという気持ちはありますが、自分が任された区間を走りますし、チームの役に立つ区間だったらそこは自分でしっかり押し殺して走ります。自分の希望はおそらく通らないので(笑)。
――来シーズン、ご自身のチームでの役割はどのようなものだと考えていますか
4年生の補佐という部分はありますし、4年生と下級生を繋ぐパイプという役割もあります。僕らの学年が核としてやっていかなければいけないと思うので、練習でも生活面でも覚悟を持たなければと思います。
――今後のレースのご予定は
(2月)9日の唐津10マイル(唐津10マイルロードレース)に出て、そのあと1週間後の青梅30キロ(青梅マラソン)に出て、3月の立川(日本学生ハーフマラソン選手権)ですね。
――その中で特に見据えている大会は
見据えているのはやはり立川(学生ハーフ)ですね。僕は昨シーズン結構ロードレースで外してしまったので、一発結果を残したいなという気持ちはあります。
――練習で今心掛けていることはありますか
練習が始まって、去年と同じことをやっていたら強くなれないなと思ったので、筋力トレーニングを取り入れています。走りとウエイト系の両立を頑張ろうとしていますね。
――来シーズンへの意気込みをお願いします
昨シーズンはトラックであまり結果を残せなかったので、来シーズンは、関東インカレ(関東大学対校選手権)と全日本インカレ(日本学生対校選手権)の2つで入賞することと、駅伝シーズンでは安定して区間3番で走れるような、そんな選手になりたいと思います。
――ありがとうございました!
(取材・編集 朝岡里奈)
◆太田直希(おおた・なおき)
1999年(平11)年10月13日生まれ。170センチ。52キロ。静岡・浜松日体高出身。スポーツ科学部2年。自己記録:5000メートル14分09秒43。1万メートル28分48秒69。ハーフマラソン1時間5分24秒。2019年箱根駅伝8区1時間6分42秒(区間10位)。2020年箱根駅伝8区1時間5分30秒(区間4位)。