【連載】箱根事後特集『臙脂』の意地 第2回 大木皓太

駅伝

 病気に悩まされ、波乱の1年を過ごした大木皓太(スポ2=千葉・成田)。それでも圧倒的な練習量で、「それだけを目標にしていた」という東京箱根間往復駅伝(箱根)への出走を決める。箱根路では上りが得意であることを買われ、8区に挑んだ。しかし本番は緊張により自分の走りをすることができずに終わってしまった。不本意な結果をどのように受け止めているのか、現在の心境を伺った。

※この取材は1月10日に行われたものです。

激動の1年間

夏は脊髄腫瘍で練習を積めていなかった大木

――箱根駅伝から1週間ほどたちましたが、きょうまでどのように過ごされましたか

 箱根でだいぶやらかしてしまって、気持ち的に沈んじゃって、帰省期間は走らなかったです。

――成人式や同窓会などがあったと思いますが、いかがでしたか

 一応地元とかでは、箱根を走ったことをみんな知っていてくれてたので声を掛けられました。「おめでとう」と言ってくれたんですけど、僕としては走りが散々だったので素直に喜べなかったというか、つらかったなという感じです。

――箱根を走ることが決まって、また走り終えてご家族の反応はいかがでしたか

僕は箱根に出ることだけを目標に陸上を続けてきたので、家族も本当に喜んでくれました。前日に言ったんですけど応援に行くっていうことで現地にも来てくれましたし、まあお祭り騒ぎでしたね。

――きょうはどのように過ごされましたか

きょうは正午くらいに寮に着いて、普通に午後練習をしました。

――まず、昨シーズンについてお伺いします。ケガや病気に悩まされた1年だったと思います

そうですね。今まで陸上始めてから、ケガとかしてこなかったので自分の中で激動の1年間というか。ケガが多かったし合宿も1ミリも走っていないし、下積みがない中で急ピッチで箱根前に一気に仕上げたっていう感じだったので、あんな走りになったのもしょうがないかなと少し思います。

――10月から、今までの遅れを取り戻すためにどのような練習を積みましたか

10月に夏合宿の分を取り返そうと思って、走行距離は一応トップで、走り込んでいました。それの疲労が抜けてきて11月の後半あたりから調子が良くなってきて集中練習も完全にできたし、記録会でもベスト出たので、10月の練習積んだ分が良かったのかなと思っています。

――箱根の話に移らせていただきます。箱根を走れるな、という手応えを感じたのはいつですか

集中練習の最後の大事な練習で結構良い位置で走れて、アピールできたのでこれはいけるかなと思いました。

――いつ頃、箱根へのエントリーが決まりましたか

16人のメンバーが出たのが12月10日くらいなんですけど、自分としてはそこも外されるんじゃないかって不安なくらいだったので、まあ選んでもらって。そこからは集中練習次第なので集中練習は頑張ろうと思って臨んでいました。

――当日のエントリー変更でしたが、8区を走ることは事前に決まっていましたか

 8区はもともとエントリーされていた吉田(匠、スポ1=京都・洛南)か僕かでいくっていうのはずっと言われていたんですけど、それがどっちかっていうのは前日に宿に着くまで分かりませんでした。

――希望の区間はありましたか

希望は5区の山登りを1年生のときからずっと希望していて今年もずっと山の準備をしてきてやっていたんですけど、安井さん(雄一 スポ4=千葉・市船橋)がやっぱり速いので、8区に回った感じですね。

――なぜ自分が8区にエントリーされたとお考えですか

8区は後半に上りがあって上りが強い選手が毎年起用されているので、ずっと5区で準備してきた分、上りには自信があったのでそれじゃないかと思います。

――箱根の出走を決めたのは、12月の日体大記録会での1万メートルのベスト更新も大きかったと思うのですが、いかがですか

そうですね。監督(相楽豊駅伝監督、平15人卒=福島・安積)としてはケガでこの1年間全然レースに出てないので、レース勘を取り戻すために練習の一環で出させてもらったんですけど、結果的にそこが良いアピールになったのかなという感じです。

――去年8区を走られた太田智樹選手(スポ2=静岡・浜松日体)からアドバイスなどありましたか

もう「きつい」ってことだけ言われてたので(笑)。特に具体的なものは何もなかったですけど「頑張れ」って。

――初の学生三大駅伝となりましたが、どのような意気込みで臨まれましたか

学生三大駅伝というよりかは、本当に箱根だけを目標に陸上をずっとやっていたので、いざ走れるって決まって嬉しい反面、緊張や興奮がすごくて自分の走りができなかったのは少し悔しいです。

――3位という往路の走りを見て、どのように思われましたか

先輩方の頑張っている姿を見て、これはやらなきゃなっていう気持ちでしたね。

――当日のコンディションはいかがでしたか

調子は良かったですけど、緊張しすぎちゃって内臓がもうきつくて全然走れなかったです。

――緊張されましたか

今までにないくらい緊張しました。

――7区の永山博基選手(スポ3=鹿児島実)を中継所で待っていたときのお気持ちはいかがでしたか

ちょっと永山さんが遅れていてどのくらいで来るかはまだわからなかったんですけど、後ろに詰められているというのは聞いていました。自分で(後続を)離せるような走りをしようとは思っていたんですけど、結果的に抜かれちゃいました。走る前は意気込んでいたんですけど、ダメでした。

――永山選手から何か声はかけられましたか

「頑張ってくれ」と。

――どのようなレースプランで8区に挑まれましたか

前半はある程度抑えて、自分の得意な上りがある後半で、頑張れるかなって思っていたんですけどきつかったです。

――法政大と東海大とのタイム差がかなり縮まった状態でのタスキリレーとなりましたが、後続とのタイム差は意識していましたか

「序盤で詰められてるから、お前がタスキもらうときには抜かれてるかもしれない」と監督に言われてたのでそこからは特に気にしていませんでした。いざ来たときには1分くらいあいていたんですけど、それすら分からない状態でスタートしました。抜かれたくはなかったので逃げ切ろうとは思っていましたけど、結果的に抜かれちゃったので、あれっていう感じですね。

――遊行寺の坂では東海大の館澤享次選手と並走する場面も見られましたが

追いつかれるのは時間の問題かなと思っていたので、なるべく頑張っていました。上りで追いつかれたので「そこで頑張れば抜かれないんじゃないか」と思って最初ちょっと頑張ったんですけど、きつかったです。抜かれました(笑)。

――後半は法政大の選手も迫ってきて苦しい走りとなりましたが、いかがでしたか

全然ペースが上がらなかったので、抜かれても頑張れないくらいきつかったです。

――レース中、監督から何か声は掛けられましたか

前半ちょっと遅かったので、その時には「お前は後半勝負だから」ってひたすら言われてたんですけど、やっぱり後半も上がらなかったです。前半は「後半勝負、後半勝負」と言われていたんですけど、ダメでした。

――後半は監督からどのような言葉をかけられましたか

後半は覚えていないです。

――区間14位という結果はどのように受け止めていますか

罪悪感でいっぱいです。

――9区の清水歓太(スポ3=群馬・中央中教校)にタスキを渡したときのお気持ちはいかがでしたか

僕で抜かれてしまったので、歓太さんには僕の分まで頑張ってほしいと思いました。

――何か声など掛けられましたか

声は掛けてないですけど、タスキを渡すときは笑顔で渡そうってもともと2人で決めてたので、まあ自分では笑っているようにしたんですけど笑ってたかどうかはわかんないですね(笑)。

――ゴールで谷口耕一郎選手(スポ4=福岡大大濠)を待っていたときのお気持ちはいかがでしたか

泣いちゃっててあまり記憶にないです。

――総合3位という結果はどのように受け止めていますか

僕のせいで5位まで落ちていたので、後半の2人には感謝ですね。3位まで持ってきてくれて。

「来年こそは5区に」

終始苦しい走りとなった

――来年以降、挑戦したい区間はありますか

この2年間変わらずなんですけど、ずっと5区で準備していたので来年こそはと思っています。安井さんがいなくなっちゃったので、5区は自分がいけるように準備していきたいと思います。

――4年生への思いはいかがですか

特にこの1年、4年生にはお世話になったので本当に申し訳ない気持ちしかないですけど、僕のダメだった部分をチームでしっかり取り返してくれたので、感謝ですね。

――特にお世話になった先輩はいらっしゃいますか

石田康幸さん(商4=静岡・浜松日体)です。

――何かエピソードなどありますか

エピソードというか、常に暇な時間に僕の部屋に来てくれて、一緒に遊んでいました。尊敬しています。

――ことしは上級生になりますが、意気込みなどありますか

今の4年生がいなくなっちゃうと、箱根を経験しているのが僕含めて5人しかいないので、自覚と責任感を持ってこの1年頑張っていこうと思っています。

――来シーズンの話に移らせていただきます。3000メートル障害での目標はありますか

ことしは関カレ(関東学生対校選手権)の優勝を目指したいです。

――次のレースのご予定は

次は今のところ確定ではないですが、たぶん青梅(青梅マラソン)の30キロのロードレースに出ると思います。

――駅伝での目標はありますか

そうですね。箱根しか出ていないので、ことしは出雲(出雲全日本大学選抜駅伝)、全日本(全日本大学駅伝対校選手権)もしっかり出て、区間上位で走りたいです。

――ありがとうございました!

(取材・編集 小林理沙子)

◆大木皓太(おおき・こうた)

1997(平9)年6月2日生まれ。168センチ、49キロ。千葉・成田高出身。スポーツ科学部2年。自己記録:5000メートル14分26秒18。1万メートル29分39秒90。ハーフマラソン1時間6分00秒。