【連載】『箱根路の足跡』第5回 井戸浩貴

駅伝

高校時代から多くの実績を残した、いわばエリート選手が出走することの多い東京箱根間往復大学駅伝(箱根)では、井戸浩貴(商3=兵庫・竜野)は特異な存在だったかもしれない。一般入試でワセダへ入学した『たたき上げ』代表格の選手が満を持して復路のエース区間9区へ登場。殊勲の区間賞を手にした。あれから1カ月。ことしの箱根、そしてこれからの競技についての思いを伺った。

※この取材は2月10日に行われたものです。

「本当に貴重な1年になった」

丁寧に質問に答える井戸

――最近では練習をされていますか

箱根後は疲労があって2週間くらい休んだんですけど、今は元に戻して継続しているところですね。

――最近の調子は

今は練習ができているので。試合に合わせているわけではないので良くはないんですけど、ちゃんと練習こなすといった感じで行っていますね。

――びわ湖毎日マラソンへ出走するとお伺いしましたが

そうですね。淳(佐藤、スポ3=愛知・明和)と安井(スポ2=千葉・市立船橋)と一緒にやっていて。びわ湖まであと一ヶ月ないくらいですけど、それに向けてやっていますね。

――マラソンはどういったスタンスで臨みますか

出てみて、自分の距離に対するキャパシティというか、爪を伸ばしてみるという感じで臨む予定です。レースの最後で(ペースが)落ちないというのが自分の強みだと思っているので、それをさらに伸ばせるようにということで、マラソンは特に30キロ以降が辛いということが世間的には言われていますが、そこから落とさないというのを意識していこうかなと思います。

――箱根後はどのように過ごされましたか

前半休んで後半授業に行っていたので、もうすぐにこっちにいましたね。

――ご実家には帰られましたか

地元には帰ったのですが、1月8日から授業だったので7日の午後くらいにはもうこっちに帰ってきていました。

――何かご家族や友人から言葉はありましたか

家族は応援に来てくれていたので特別帰ってから何か言われたということはなかったですね。見ていたよ、お疲れ様という感じでした。どちらかという地元の友達などが「ことしも走って良かったね」と喜んでくれていて。良かったです。

――ことしは学生三大駅伝と呼ばれる、出雲全日本大学対校駅伝(出雲)、全日本大学対校駅伝選手権(全日本)、箱根の全てに出走されましたが

本当は昨年も全ての駅伝を経験できる予定だったのですが、出雲が台風で流れてしまって。ちゃんと主力と呼ばれるには4年間で1度は(学生)三大駅伝全てを走っておかなくてはいけないのかなと。スピード駅伝だから出なくていいとか、長い距離の駅伝だから出なくていいとかではなく、トータルして認められる選手にならなくてはいけないなと思っていた中で(学生三大駅伝全てに出走できたということは)本当に貴重な1年になったかと思います。

――ことしは出雲では最長区間のアンカーを任され、箱根でも復路の重要区間9区など、エース区間での出走が目立ちました

安定感というところを買われた部分があったのかなと思っていて。出雲でもアンカーは最長区間だからしっかり走れるやつを置こうとか、箱根の9区にしても復路の中で一番長いから安定して走れるやつを置こうという話で。監督の中で自分の安定感というところをそういうかたちで見てくれていたのかなというのは素直に嬉しいです。

「どこにいくかわからない部分があった」

――では、今季の箱根についてお伺いします。まず集中練習を振り返っていかがですか

きょねんまで全くメニューやペースを変えずにやっていたのですが、ことしは少し質が上がる部分があったり、疲労に合わせて練習を増やしたり減らしたりしていて。柔軟な対応ができた集中練習でした。

――例年と比べて充実度はいかがだったでしょうか

充実度としては高かったですね。ただ2年生の時にはメニューも設定タイムも分かっていたので見通しが立てやすかったのですけど、今回の集中練習はちょっとペースが速かったり逆に楽ができる瞬間もあったりして。充実はしていたんですが少し不安な面もありましたね。

――9区に決まったのはいつですか

決まったのは本当にギリギリで。高田さん(スポ4=鹿児島実)の調子がこの1年あまり良くなくて、そこがどうなるかということと、それに凜太郎(武田、スポ3=東京・早実)がどう対応できるかというので変化があるということでした。だいたい2日前に9区でいくぞという話になったのですが、それまでは本当にどこにいくかわからない部分がありました。

――それは2区の可能性もあったということでしょうか

そうですね。2区の可能性もありましたし3区の可能性もありました。

――9区を走る上で目標はありましたか

とりあえずきょねん柳さん(利幸、教4=埼玉・早大本庄)が早稲田記録を出していたのでそれに勝ちたいなというのと、最近7区が重視されてきて、9区は穴場とまでは言えないですが青学大の小椋さん(裕介)も7区にいくだろうなと思っていたので、絶対に勝てない相手がくることはないかなと考えていて、しっかり区間賞は狙おうと思っていました。

――9区は前半アップダウンがありますが何か対策はしていましたか

いや、そんなにしていないですね。9区は下りが貴重で、上り下りが続くのですが、大事なのは後半の平坦な部分なので。そこは特に練習を変えずにやっていましたね。

――9区早大記録保持者の柳選手からアドバイスはありましたか

そうですね。走り方としては「前半しっかり入れよ」ということを教えていただきましたし、「お前の力ならいける」と背中を一押ししてもらいました。

――当日のレースプランはどのようなものだったのでしょうか

前日の結果を受けて、当日は良いとも悪いとも言えない状況でもらうのかなと思っていたのですが、走る前には見た目の順位は(復路一斉スタート組の影響で)4位ではなかったので、まずは前を追うということを。全力で前を初めから追っていこうかなということを考えていました。

――往路5位という結果はどのように受け止められましたか

3区以降がかなり持ち直してくれたかなというのはあるのですが、正直に残念だったかなと。残念というより、僕も含めて往路を走れていないので素直に悔しかったです。

――タスキを受け取ってから何を考えスタートしましたか

自分が9区でやることというのは見かけの順位が6位だったのでとにかく前を追うということと、区間賞をしっかり狙うということだったので、前半から突っ込んで我慢する走りをしようと思っていました。

――タスキ渡しの際に何か言葉は交わしましたか

柳さんからは「頑張れよ」と一言いただいて背中を押してもらいました。

――監督車にいらっしゃった相楽豊駅伝監督(平15人卒=福島・安積)からはどのような声をかけられたのでしょうか

気温が暑かったので、落ち着いて入るためのペース配分を教えてくださったり、「お前はいま区間賞候補にいる」ということを伝えていただいたりしました。でもそんなに多くのことは言われなかった気がします。

――気温の高さは気になりましたか

序盤は気にならなかったのですが、後半バテてきてから暑いなと思い始めました。

――結果的には区間賞の走りでした

区間賞は取れたのですが、タイムは全然柳さんがきょねん出したものには届いていないですし、単純な比較はできないですが去年(の区間賞)と比べても1分以上遅いので、まだまだだったかなと。区間賞取れたこと自体は素直に嬉しかったですけど、まだまだなのかなと思いました。

――レース後には、区間賞インタビューの際に瀬古利彦さん(昭55教卒=現DeNA陸上部監督)と電話でお話しする場面もありましたが

そうですね。あれはなかなか珍しい経験というか、あんなことあるんだなあと…(笑)。でも瀬古さんが嬉しそうにしてくださっていたので良かったのかなと思いました。

「最上級生として責任と自覚を」

念願の区間賞を手にした

――一般入試の選手が区間賞というは大変珍しいことだと思います。ご自身ではどのように受け止めていますか

同じ土俵に立っているので一般入試だとか一般入試でないとかは関係ないと思いますし、個人的には特に何も思わないのですが、客観的には僕が区間賞を取っていることによって今後ワセダを目指してくれる人がいたり、応援してくれる人がいたりするという点では重要な意味があったのかなという風には思っています。

――最終的には総合4位でした。この結果については

ことし一年間優勝を目指してやってきて、下馬評通りでいけば4位だけどまだまだ可能性のあるチームと言い続けてきたのですが、結局下馬評通り4位に入ってしまったので、結局それまでのチームだったのかなと。それまでのチームというより、結局のところ実力が足りなかったのかなというのと、エースがいるチームとはやはり差があったのかなというところで、個人的な実力の差とチームとしての実力の差との両方を感じさせられた結果でした。

――その感じた差を埋めるためには何が必要になってくるとお考えでしょうか

もちろん今はマラソン練習をやっていて自分の得意な部分を伸ばしていくということも必要だと思っていますし、それ以上にトラックシーズンしっかり走れないといけないので、トラックシーズンの試合の中でスピードを磨いていくということが必要だと思っていて。しっかりスピードとスタミナの両方を磨いてエースという存在にならないといけないと思いますし、そういう存在をチームから出していかなくてはいけないのかなと思います。

――箱根の経験を重ねていく中で、変わったものなどはありますか

回数を重ねるごとに走り方が分かってきたのかなと。コースごとによって特性は違うのですが、前半のペースを自分がどのくらいで入っているのかとかいう感覚とが分かっていたり、気持ちが落ち着いて入ることができるようになっていたりします。経験というものが積み重なってきたのかなとは感じましたね。

――今季は昨季までとは違い、3年生・上級生として見られることも多かったと思います

自分を鼓舞するという意味でも、失敗してももう誰も助けてくれないという学年になっているということを自覚して自分の中にプレッシャーをかけながらこの一年間やってこれたかなと感じていて。実際今季の出雲で失敗して、僕が失敗したと言って泣いたところで誰もなぐさめてはくれないですし、「お前はまだ下級生だから」「未来があるからな」と言ってくれる人もいないと思うので、そういう意味では自分にプレッシャーをかけながら生活できたのですごく良かったのかなと感じます。

――では、今後のお話に移らせていただきます。まず、今後の練習方針で決まっていることはありますか

今はマラソンの練習に向けて、まあ距離ですね。距離を踏んでいます。最近のポイント練習でもトータルで10キロ以下の練習というのが最近少ないかなというところまできていて。しっかり距離を踏むことで、マラソンを走ったから怪我をして春シーズンを棒に振ってしまったということがないような、そういう練習をしていこうと思っています。

――次のレース予定は

青梅マラソンはエントリーはしていたのですがパスする予定です。もしマラソンに出なかったときにどうするのかという意味でエントリーしていたので。いまはマラソンに絞って練習しているので、びわ湖に照準を合わせて頑張ろうかなと思っています。

――初マラソンでの目標はありますか

最低限2時間20分切りというところです。2時間15分から20分の間でしっかり收めてこいよと(相楽駅伝監督からも)言われているので。目標というよりは『こなす』という意味を含めたタイムとしてそのタイムを掲げています。

――来季からはついに最上学年となりますが、意識していることなどはありますか

ことし区間賞を取ることができて、周りからも「区間賞は良い経験になったね」と言われるのですが、区間賞を取れたことを良い経験にするのは1月4日以降の自分であって、区間賞を取れたことを本当の意味で良い経験になったと言えるのは来年の1月3日の自分だと思っているので。それを常に頭に置きながら、最上級生として責任と自覚を持って臨んでいきたいかなと思っています。結果にこだわるというのは引き続きやっていって、練習と成果という2つの面で引っ張っていけたらなと思っています。

――同じく最上学年となる同期には平和真駅伝主将(スポ3=愛知・豊川工)や武田選手など力のある選手もいます。それぞれの選手にどのような印象を抱いていますか

2人は1年生のころから期待されて(早大競走部に)入ってきた選手です。そこにせっかく追いつくいことができ今一緒に練習をやれているので、まだまだ離したくない、そしてもっと突き放したいと思うと同時に、やっぱりもともと期待されて入ってきている分、あの2人がエースにならなくてはいけないという気持ちもあります。そうやって3人と、佐藤淳(スポ3=愛知・明和)を含めた4人で高め合いながら練習をしていくことができればなと思います。

――いまお話にもあった佐藤選手は今回の箱根でいきなりの6区でしたが、好走しました

もともと上りの用意をしていて、実際に練習中でも下りよりも上りの方が得意という印象があったのですが(笑)。なかなかいい感じで走ってきてくれてオールラウンダーなのかなと思ったのですが、欲を言えばまだ力的にはいけたのかな、と。突然の6区で正直もったいなかった気もしますけど、もう少しいっても良かったのかなとは思っています。淳がまだまだできるという期待を込めてもう少しできるんじゃないのかなと思っています。

――来季の具体的な目標を教えてください

まずはトラックシーズン、関カレ(関東学生対校選手権)、全カレ(日本学生対校選手権)でしっかり点を取ってチームに貢献するのが僕の中ではすごく大事なことと捉えています。まずはそれをやるのと、今はまだ5000メートルの持ちタイムが14分ジャスト、1万メートルが28分54秒で、これでは全然足りない。エースと呼ばれるためにはまずしっかり(5000メートルを)13分台に乗せて、1万メートルでも28分30秒台を持っている必要がありますし、ことし優勝した青学大は多くのメンバーが28分30秒台をもうすでに持っているので、まずはそこに追いつかなくてはいけないのかなと思っています。

――駅伝での目標は

主要区間を任せられる人材にそれまでになっていかなくてはいけないと思っています。もちろん、箱根で2区をと言われたとしても怖気付かないような、全日本でも1区、8区といったエース区間でも怖気付かないような気持ちと自信を持った選手になりたいかなと思います。

――最後に、読者の方に一言お願いします

ことし4位という結果で優勝はできなかったのですか、ことしは春シーズンからしっかり結果をチーム一丸となって目指していこうと思っているので、変わらず応援してくださればなと思っています。

――ありがとうございました!

(取材・編集 平野紘揮)

◆井戸浩貴(いど・こうき)

1994(平6)年7月10日生まれのAB型。170センチ、58キロ。兵庫・竜野高出身。商学部3年。自己記録:5000メートル14分00秒55。1万メートル28分54秒84。ハーフマラソン1時間2分33秒。2014年箱根駅伝8区1時間6分30秒(区間9位)。2015年箱根駅伝3区1時間3分47秒(区間8位)2016年箱根駅伝9区1時間9分47秒(区間賞)