第6回にお送りするのは武田凜太郎(スポ2=東京・早実)。ルーキーながら大学三大駅伝全てに出場した昨季は安定した走りでワセダを支える。さらなる飛躍を誓って臨んだ今季、武田を待っていたのは相次ぐ故障の数々であった。沈む気持ち、焦り。もがき苦しむ1年の間に掴んだものとは――思い悩んだ日々を振り返ってもらうと共に、ついに幕を開ける2年目の東京箱根間往復大学駅伝(箱根)への思いを語ってもらった。
「何度か陸上を真剣にやめようかなと思ったこともある」
取材に応じる武田
――きょうはどのような練習でしたか
きょうは距離を踏む練習だったんですけど、故障明けなので少し減らして負担を軽くして行いました。
――現在の調子はいかがですか
全日本の前に少し調子を崩したんですけど、まぁ上がってきているのかなと思います。
――ことしはどのような課題を持って集中練習に臨まれていますか
きょねんと全く流れが違って夏合宿もほぼできていない状況なので、集中練習で10キロ以上の距離を走れるスタミナをつけるということにウエイトを置いてやっています。
――逆にきょねんの経験があるという点でも違うと思いますが、事前にどのように消化していこうと考えていますか
2年生になって少し余裕を持って集中練習を乗り切りたいなという気持ちがあったんですけど、ちょっと今までの積み重ねがあまりないので。ただその中でもしっかりチームのこととかも見ながら集中練習を終えられたらいいかなと思います。
――今季のここまでを振り返られていかがですか
故障がだいぶ多くてちょっと自分のケア不足というか、管理不足が大きく露呈した年かなと思います。
――故障は具体的にいつ頃、どのような感じのものだったのでしょうか
箱根が終わってアキレス腱を痛めてその後夏頃走り始めたんですけど、そこでもお尻の骨を疲労骨折してしまって今に至るといった感じですね。
――故障中はどのように過ごされていましたか
補強や筋肉トレーニングと後は有酸素系の水泳であったりとかエアロバイクをこいでなるべく体力を落とさないことと、体重を増やさないことを重視してやっていました。
――それらの成果は最近の練習や走ったりする中で感じていますか
そうですね、きょねんよりは体幹というか体の軸が安定したかなという風に感じています。
――故障中はどのようなことを考えられて過ごしていましたか
あまり前向きな気持ちにはなれなくて、何度か陸上を真剣にやめようかなと思ったこともあります。
――そこを乗り切った支えというのは何だったのでしょうか
周りの部員の励ましとか叱ってくれたこともありましたし。親とか渡辺康幸駅伝監督(平8人卒=千葉・市船橋)、相楽豊長距離コーチ(平15人卒=福島・安積)にも声をかけてもらってそういうのがすごく大きくて、心の支えになったなと思います。
――トラックシーズンの出走はなりませんでしたが、来季以降に向けて今現在はトラックに対してはどのように考えられていますか
何としてもトラックで結果を出したいと思いますし、一方ではことし1年を通して練習が積めなかったのでこれからうまくやっていきたいなと思います。
――現時点で思い描く具体的な数字などはありますか
トラックの5000メートルで日本選手権に出ることと、1万メートルで28分前半を狙っていきたいなという風には思っています。
――先ほど夏合宿の話も出ましたが、全体として夏合宿ではどのようなことに取り組まれてきたのでしょうか
ことしはハーフマラソンの平均タイムがよかったので、量というよりは質が重視されていたのかなという印象はあります。
――チームメイトの走る姿を見て焦りはありませんでしたか
焦りもありましたし、周りとのギャップに僕自身落ち込むというかチームにいる後ろめたさとかそういうのがたくさんありました。
――そんな夏を越えて駅伝シーズンが到来したわけですが、開幕前にはチームとしてどういったビジョンで今季戦っていこうという感じだったのでしょうか
駅伝で優勝するということを掲げてきましたし、1番は箱根で勝つんだという目標をチームとして大きく掲げてやってきたのかなという風に思います。
――初戦の出雲全日本大学選抜駅伝(出雲)ではエントリーを外れましたが、その時の心境はいかがでしたか
出雲はもう変な話諦めていたというか走り始めたのが出雲の2カ月くらい前だったので、ちょっと間に合わないなと思っていたので全日本大学駅伝対校選手権(全日本)には絶対に間に合わせようという気持ちで前向きにそこは捉えていきました。
――結果として出雲は中止となりましたが、そのことはチームに何か影響を与えたと思いますか
他大の状態、仕上がり具合が・・・という風になってしまったのですが、その分全日本にすごいみんなも気合が入っていたのではないかなと思います。
――チームの中ではそれほどマイナスであるというイメージはなかったということですか
そうですね、全日本をその分頑張ろうという雰囲気にはなっていたと思います。
――最初に行われた10月初旬の早大長距離競技会5000メートルでは、レース後にチームメイトから声をかけられている場面は印象的でした
個人的な話になってしまうんですけど、田口さん(大貴、スポ4=秋田)から「おかえり」と最初に言ってもらえたことがすごい今も心に残っていますし、こんなに周りが僕を思ってくれていたというか本当に周りに恵まれた環境でやれているのだと強く感じました。
――一方でレース後には「練習とは違い厳しい面も感じた」と話していましたが、それはどのような面でしょうか
ペースが細かく変化する駆け引きとかコンディションもあまりよくない状況だったので、心理的な部分でもレースから離れていた分うまく心を整えられなかったのかなと思いました。
――出雲をはさんで行われた早大長距離競技会では好走されましたがこの早大長距離競技会はいかがでしたか
記録というよりも全日本で走るメンバーを決める選考会だったので順位をしっかり狙っていこうと思っていましたし、またそんな中でも1万メートルを全力で走ることが出来るまでに回復したことをすごい感じてレースをいい意味で楽しめたのかなと思います。
――好走の要因は何だったと思いますか
故障期間に行っていた筋力トレーニングが軸の安定につながって、きょねんとそんなに変わらない走りができたのかなと思います。
――その後の全日本ではメンバー入りはしましたが、走ることはかないませんでした。全日本は振り返られていかがですか
1万メートルの記録会が終わったあとちょっと背中に痛みを覚えて走りたい気持ちはあったんですけど、駅伝でチームに迷惑をかける訳にもいかないので正直に走れないということを渡辺監督に伝えたんですけど、やっぱりレースを見て自分の無力さというものをすごい感じたかなっていう。自分の無力さが身にしみた大会だったかなと思います。
――その頃のご自身の調子としてはいかがだったのでしょうか
調子はすごいよかったんですけどちょっとケガ明けで急に練習を上げすぎてしまって、それが悪い方に反応が出てしまったのかなっていう感じです。
――結果としてチームは8年ぶりにシードを失う結果となりましたが、このことに関してはどのように捉えられていますか
自分が走っていたらとかそういうことも考えますけど、レースにまずその場に立っていないというのはそれ以下というかちょっと何というか分からないんですけど、出走できなかったということが自身の弱さだったり甘さだったのかなと思いました。
――レース後全日本のことに関してチーム全体ではどのような話がありましたか
みんな置かれている状況とか自分の反省点とか個人個人でちゃんと分かっていたので箱根しかないぞという話のみで、そんなにチームとしてここが悪かったとか誰がだめだったとかそういうことはなかったです。
「ことしは僕らの学年が苦しんだ」
――きょねんは1年生ながら1年間試合に出続けた訳ですが、ことしはケガのためにここまではほとんど出場なしとなっています。そのことに関してはご自身ではどのように思われていますか
1年目の箱根が終わって思い描いていた理想の年に出来なかったっていうのはすごいショックでもある分、自分の他を知る上ではいい期間だったのかなと。実際にポジティブにも考えられるようになりました。
――思うように走れなかった中でも成長したなと思う部分は何かありますか
先ほども言ったんですけどやはり体の軸の安定というものに重きを置いてやっていたのでそういった面はすごい成長したかなと思いますし、日々のケアも怠らずにやるようになったのでそういうものはケガの功名ではないですけど無駄じゃなかったなと思います。
――光延選手(誠、スポ1=佐賀・鳥栖工)や安井選手(雄一、スポ1=千葉・市立船橋)といった1年生の活躍はどのようにご覧になっていますか
焦りもありますし自分が引っ張ったりしなければいけない立場になったのに、それができないということにまたすごい無力さを感じたという風に思います。
――ご自身も1年生から活躍されたわけですが、競技面でも日常面でも何かアドバイスされたりということはありますか
やはり1年目はなかなか結果が出ないと思うのでそこでちょっと気軽に来年頑張ろうよとかちょっと元気がなかったりしたらご飯行こうかとか、あまり競技的なアドバイスは出来なかったんですけどそういう風に普段のコミュニケーションとかは多少は力になれたのかなっていう時もあるかなとは思いました。
――今のことも含めてにはなると思いますが、ご自身が2年生になって何か変わったなと思う点などは何かありますか
チームとしての役割が変わったなというか一段階違うものになったのかなと思います。でも大きく変わったなと思うところはあまりないですね。
――同期についてはいかがですか
僕らの学年がことしはすごい苦しんだという印象がありますし、手術を2人がして。でもその中ですごい1人1人ケアが大事だなとか自分はこういうものが足りなかったなとか1人1人が感じているので、結果という面ではすごい悪いんですけど得られたものはすごい大きいなと思います。
――同級生の中でこの1年を通じて最も成長したなと感じる選手はどなたですか
みんながみんな成長したと思うんですけどやっぱり佐藤淳(スポ2=愛知・明和)が駅伝も出ましたし、上尾シティマラソンでも好走して大きく成長した選手かなと思います。
――その佐藤選手は全日本で学生三大駅伝デビューされたわけですが、レースの前後で何かお話はされましたか
あいつは緊張するとすごい硬くなってしまうのが分かっていたので思いっきりいけよと言ったんですけど、案の定硬くなって平(和真、スポ2=愛知・豊川工)とあーやったなみたいな感じで話しました(笑)
――平選手とはお互いに故障している期間には励ましあったりということはありましたか
平とあまりネガティブな話とかをしないようにしているので。でもそんな中でも補強を一緒にしたりとか、ほんのちょっとだけでも真剣に陸上の話をすることで平のすごさも感じましたし、やっぱり僕も負けないように頑張りたいなと思ったりしました。
――入学してから1年半ほど経ちますが、平選手の印象は何か変わりましたか
本当に普段はちゃらんぽらんなんですけど陸上のこととなるとスイッチが入りますし、平が思い描いている理想とか目標とかを真剣に聞くとスケールの大きい選手だなっていうのがあります。自分にないものを持っている選手で同期ながら尊敬していますね。
――今季は山本さん(修平、スポ4=愛知・時習館)が主将を務められていますが、山本さんはどのような主将ですか
背中で引っ張る主将なのかなというようには思いますね。
――主将自身きょねんはケガで箱根を回避されていますが、そういったことも含めて何か声をかけられたりということはありましたか
あまり故障のことについては話さなかったかもしれないんですけど、同じ場所を痛めたのでゆっくりやれよとか慎重にねという風に軽く声をかけてもらったりしました。
「きょねんと確実に変わっている自信がある」
10月の早大長距離競技会競技会5000メートルでは1着でゴールをし、復活を果たした
――箱根まで約1カ月となりましたが、改めて現在の心境は
正直集中練習を無事に終えてそれでも自分がメンバーに選ばれるのかなという疑問も感じていますし、やっぱりきょねんのリベンジをしたいと思ってことし1年やってきたので走ってチームの流れを変えたり、作る走りをしたいなとすごい思っています。
――今季のチーム全体の結果についてはどのように考えられていますか
決してよくないなという風に思っています。
――箱根に向けてご自身、チームに修正点があるとしたらどのような点だと思いますか
チームとしては記録は確かに持っているんですけどやっぱり他大と比較したらまだまだ決してレベルが高くないので、内だけではなく外をしっかり見れるようにすることがチームとして課題かなと思います。僕としては圧倒的にスタミナが足りてないと思うので、練習は自由な部分が多いので何か1つでも1人頑張るものを得る必要があるのかなと思いますね。
――箱根を走れば今季初駅伝となりますが出雲、全日本を経て迎えたきょねんと比べていきなり箱根というのは気持ちの上で違うところはありますか
20キロという距離にちょっと不安もありますしいきなりで走れるのかという不安もあるんですけど、きょねんと確実に変わっている自信があるのでそこまで心配はしていないですね。
――箱根に向けて今の自身の強みは何だと考えていますか
ことし1年誰よりも苦しんだというか、故障という面で苦しんだというのもなんか強みになるのかは分からないんですけど、やっぱり普通に走れる幸せを1番感じたと思うのでレースを純粋に楽しみたいなと。そういう気持ちは強みかなと思います。
――現在の集中練習などを見てことしの箱根では誰がキーマンになると思いますか
僕らの学年の平、井戸(浩貴、商2=兵庫・龍野)、淳、僕は絶対に走っていい流れを作らないとだめだろうなと思っていますね。
――4人で箱根に向けて何か話されたりはしますか
平とは一緒にいる時間が多いのできょうもお昼にちょっと話はしましたけど。でもやっぱりあくまでライバルなのであいつらを蹴落としてでも僕は走りたいと思っていますし、自分たちの学年がしっかり走ってチームを勝たせたいよねっていう話はしたりはしますね。
――きょねん箱根前には1区箱根後には1、2、3区のどれかを走りたいと言っていましたが今の時点で希望している区間はありますか
1番は3区を走ってきょねんのリベンジをしたいという気持ちはあるんですけど、3区は今すごい重要な区間であってちょっと自分は置かれている状況が状況なので。希望というかなんていうんですかね、7区を走りたいなという気持ちが今はあります。3区か7区で。
――7区というのが頭に浮かんだ要因というのは
負担の少ない区間といったらちょっとおかしいかもしれないですけど。
――3区を走った場合にはきょねんに比べてどこか修正したいと考えているところはありますか
きょねんは最初の10キロも自己ベストより少し遅いくらいで入ったのでそれぐらいで入りたいなという気持ちもあるんですけど、その反面強い選手は後半ペースが落ちなかったりペースが上がったりすると思うので前半しっかり余裕を持ちながらもいいペースで走って、後半耐えるんじゃなくて勝負しにいくような走りが出来たらいいかなと。
――きょねんは自分は最後まで粘るというような話をされていましたがその変化というのは
後半に強いというのは持ち味だと思うのでもっと後半に勝負を仕掛けるというか、そういうリズムが自分にも合っているとこの1年で思ったので後半にウエイトを置いて走ってみたいなって考えています。
――それを行っていくうえで参考にしている選手の方はどなたかいらっしゃいますか
全日本で駒大の選手がトップを走っていたというのもあるとは思うんですけど、前半無理のないペースで入って後半ペースを上げて勝負をしにいくっていうのがすごい印象的だったので、その走りを見てちょっと意識するようになりました。
――チームにおける自身の役割についてはどのように考えられていますか
流れを作るのが僕の仕事かなという風に思っています。
――個人またチームとしての目標を聞かせてください
チームとしてはやはり1番を取るっていう目標しか見ていませんし、個人としても区間賞をすごい取りたいなと思います。優勝を目指すチームなので最低でも区間3番以内には抑えたいと思っています。
――最後に箱根への意気込みを聞かせてください
ベストを尽くすだけです。
――ありがとうございました!
(取材・編集 三井田雄一)
箱根への意気込みを書いていただきました
◆武田凜太郎(たけだ・りんたろう)
1994年(平6)年4月5日生まれ。174センチ、54キロ。東京・早実高出身、スポーツ科学部1年。自己記録:5000メートル13分58秒83。1万メートル29分04秒20。ハーフマラソン1時間03分28秒。苦しい1年を過ごす中で仲間の温かさを改めて感じた武田選手。取材後に色紙を書いていただく際にも「難しいな。なんかない?」と周囲の部員と仲良く相談。取材時は神妙な表情も見えましたが、その後は一転笑顔が絶えませんでした。