【連載】『十人の戦士たち』 第4回 柳利幸

駅伝

 これまで順風満帆の競技生活を続けてきた柳利幸(教2=埼玉・早大本庄)にとっては、試練となった駅伝シーズンが終わった。当日のエントリー変更で7区を任された箱根では順位を落とすことなく区間5位でタスキリレー。実力を出し切れたとは言えないまでも、ブレーキへの不安を払拭(ふっしょく)できたことは次につながる大きな一歩だ。突然陥ったスランプの影にあったという睡眠障害、そして降りかかる重圧にどのようにして打ち勝ったのか。その胸中に迫った。

※この取材は2月1日に行ったものです

「いろんな人の支えがあって自分は走れている」

紆余(うよ)曲折の駅伝シーズンを送った柳

――柳選手にとって2回目の東京箱根間往復大学駅伝(箱根)でしたが、走り終えてどのようなことを感じていますか

走っていて思ったことはいろんな人に支えられてるなっていうのを一番感じました。当日を迎えるまでにもOBさんとか応援してくれる人たちからのそういう応援、支援があって、当日も控え場所を手配してくれたりだとか沿道で応援してくれたりだとか給水してくれたりだとか、本当にいろんな人の支えがあって自分は走れているんだなあというのを一番感じました。

――エントリー変更での出場となりましたが、その時の心境はいかがでしたか

今年は9区と10区の準備をしていたんですけど、箱根の2、3日前に先にエントリーされていた田中(鴻佑、法4=京都・洛南)さんの状態が思わしくないということで、もしかしたら7区で行くかもしれないというふうに渡辺(康幸駅伝監督、平8人卒=千葉・市船橋)監督に言われていました。だからその準備もしていたんですけど、やっぱり田中さんに変わって走ると決まった時は1年間ずっとチームをまとめて引っ張ってくれていた田中さんの代わりに走ることが僕にはできるんだろうかと考えてしまいました。でも田中さんが最後まで僕の背中を押してくれて、気負わず楽しんで来いと言ってくれました。そこで自分としても前回、前々回の駅伝で失敗してしまったところがあってすごく怖かったんですけどもうやるしかないなという気持ちになりました。

――体調の面でも不安はあったと思いますが、当日は万全の状態で臨めましたか

前々からスポーツ科学部の睡眠を専門にしている先生からアドバイスをいただいて睡眠時間とかの調整していったので比較的いままで走った中ではいい状態で走れたのではないかと思います。

――直前で準備したということで、7区を走ることには難しさもあったのではないですか

ずっと目立った上り下りもなく平坦なコースだったんですけど、ちょくちょくあるアップダウンでどれだけ自分のリズムで走れるかがキーポイントだと思っていました。そこでちゃんとリズムを刻めていた東洋大の服部君だったり駒大の西山君だったりが僕より区間上位で走れていたのはそこがしっかりできていたのかなと思います。

――タスキをもらった位置は前も後ろも差が離れていて単独走となりました

1キロ、3キロ、5キロとか節目の自分でもペースがわかるところで渡辺監督がいまのタイムとペース、客観的にいまの走りを見てどうかっていうのを言ってくださっていました。やはり絶対に失敗はできないということで監督から与えられていたペースより若干遅めに入ってしまって慎重に入りすぎてしまったっていうのが今回も、前回の箱根でもあって改善しなくてはいけない点なんですけど、自分自身今回の箱根駅伝はこれまで失敗してきた事から見れば普通に走れて必要最低限の走りはできるっていう自信にはつながりました。チームとしては前を追うことが必要でそれはできなかったんですけど、個人としてはこれからの駅伝につながるきっかけができたんじゃないかなと思います。

――自分の走りに点数をつけるとすれば何点ぐらいですか

60点ぐらいですね。単位はくるけど評価は駄目みたいな感じで(笑)。本当に最低限の走りでまだまだいけるところはあっただろうし、これから頑張っていかなくてはいけない面も見えたのでそこは来季までに改善していけたらなと思います。

――区間賞も視野に入れていたと思いますが、区間トップとの差についてはどう感じていますか

各大学の走っている位置によって走りやすさとかそういうのもあるとは思うんですけど、やっぱり気持ちの強さというか、いままでみんながつないできてくれたタスキを東洋大だったら順位をキープしてあるいはそれ以上の差をつけて、駒大とかワセダとかだったら少しでも東洋大に追いつけるように差を詰めてという走りが必要でした。自分は慎重に入ってしまって、後半もペースが上がらずという感じで、守りに入るか攻めに転じるかというところで服部君と僕との間には1分という差が生まれたのかなと思います。

――柳選手の前に走った同学年の高田(康暉、スポ2=鹿児島実)選手、三浦(雅裕、スポ2=兵庫・西脇工)選手の好走には勇気づけられたのではないですか

自分は今回で箱根が2回目で、高田とか三浦とか同じ学年で箱根初出場の人がそこまで走れているというのは自分の中でもすごく頑張らなきゃというプラスの面と自分もどうにか活躍しないとというプレッシャーになる面もありました。実際高田が区間賞を取った時には喜びの気持ちもあったんですけど、やばい自分もそれぐらい走らなければという勝手な自分自身に対する追い込みもあって。でもそれはいままでのミスもあってそういうマイナスな面が出てきてしまったと思うので、これからは同じ学年のやつがいい走りをしたっていうのは純粋に自分の刺激にして、自分のいい走りにつなげられるようにしたいです。

――往路3位、総合4位という結果についてはどう捉えていますか

今回4年生の先輩方がチームを引っ張ってくださって、結果的には箱根を走った4年生が大迫さん(傑、スポ4=長野・佐久長聖)しかいないということで、世間としては4年生がしっかりしてないとかそういうことを言う人もいるかもしれません。でも4年生の方々が引っ張ってくれたからこそ僕たち1、2、3年生がああいう場面でしっかり走れたというか、優勝は狙ってましたけど僕たちの力的にはそんなものなのかなって思うところもあります。ただ本当に4年生の方々の力がなかったらもっと最悪な順位を取っていたと思うので、盛りもせず実力そのもの、いま持っている力が出た結果だと思いますね。

――箱根後、新チームはどのような目標を立ててスタートしましたか

ワセダとしては毎回箱根駅伝では優勝を狙っていくということを駅伝シーズンの目標に掲げています。いま現在、日本選手権だったり日本学生対校選手権(全カレ)、関東学生対校選手権の標準を切っている選手が少ないのでことしはトラックに力を入れて、トラックシーズンでいい流れをつくって駅伝シーズンでその流れを維持してそのまま箱根で優勝しようという全体的な1年間の計画は長距離みんなで話し合いました。

――ことし、三強崩しはかないませんでしたが、他校との差を埋めるために必要なものはなんだと思いますか

出雲全日本大学選抜駅伝(出雲)、全日本大学駅伝対校選手権(全日本)を制覇した駒大さんは選手の意識も高くて持ちタイム的にも抜きん出るものがあったと思うんですけど、箱根という長い距離では気持ちの強いチームが勝つのかなと思いました。それが東洋大さんでチームとしていかにひとつになって誰も妥協することなく練習に取り組めるかっていうところで差が出たのかなと。

――目標にしているとおっしゃっていた東洋大の設楽啓太、悠太選手、日体大の服部翔大選手の走りはどう映りましたか

ほとんどの大舞台でチームに貢献する走りをしていて、全く外さない走りをするところがすごいと思います。設楽啓太さんは主将として自分で山を走って区間賞をとられて、そこもチームに対する思いというのが必要なのかなと参考にさせていただきました。これから自分がこのチームでどうあるべきかというのを考えてやっていきたいです。

――今回の箱根を走って、得たものはありますか

まず一つは先程も言ったように駅伝で最低限の走りができたということです。あとは課題面が多く出たんですけど、全カレで入賞していて7区で区間5位というのは全然求められている最高の結果ではないですし、まだまだ爆発しきれていません。もっと注目されるタイムとか結果を出してチームを引っ張って勢い付けていけたらなあというのが箱根を走ってことし自分がやらなければいけないことだと思いました。

「みんなの思いに比べたら自分の怖さなんてちっぽけなもの」

――柳選手は睡眠障害に悩まされていたと伺ったのですが、現在はどのような状態ですか

根本的な問題に関しては短期的には解決しない長期的なものなので、言いにくいんですけど、睡眠とか心理を専門にしているスポーツ科学部の教授の方と話しをしていただいて、自分の中で整理がついたというかいま治らないことをくよくよ考えてもしょうがないかなと思えるようになってきました。新たにこれからそういうのもひっくるめて自分の競技生活なのでそこでいかにここから復活できるかというふうに考えているので睡眠障害とかそういうものは全然考えないようにしています。

――具体的にはどのくらいの時期から症状が出ていたのですか

夏の合宿あたりから寝れないなという感じがしていました。

――出雲でブレーキになったことが原因という訳ではないのですね

それも全日本とかそこらへんまで引きずる要因にはなりましたがそれが全てではないです。徐々にたまってきたところにまたそういうのがあってという感じなので。プレッシャーで寝れなくなったとかそういうのではなくて、いままでの人生色々が影響しているみたいです(笑)

――すぐに治ることような問題ではないということでしょうか

そうですね。これに関してはこれから一生付きまとう問題になるかもしれないので、そこはもう競技には入れて考えずにちゃんとオンオフをつけて切り替えてやっていけるようにこれから頑張っていこうかなという感じです。

――陸上を始めてからこれまで順調に力を伸ばしてきた柳選手にとって、ことしの駅伝シーズンで味わった二度の失敗は初めての挫折とも言えるのではないですか

いままで自己ベストを連続で更新できたりとか、1年目から箱根を走れたりAチームで練習できたりとか本当に順調すぎる競技生活だったので大舞台で失敗したことによって自分自身を見つめ直すいい機会になりました。今後はこういう失敗が二度とないようにということと、こういう経験をしたから後輩とか色々な人に伝えられるのとがあると思うのでそういうことをしっかり発信していけたらと思います。

――駅伝を走るプレッシャーは相当なものがあると思います。箱根では怖い気持ちと前向きな気持ちはどちらが強かったですか

正直怖かった部分はあります。だけどそれを承知で区間変更で僕を入れてくださるっていうことは二度も失敗した僕をまだ信頼してくれているんだとも感じたし、それがチームとして最善の策だということを自分でも思っていました。怖い怖いって言ってたらいつまで経っても走れないのでやるときはやろうという感じですね。

――そのプレッシャーはどのようにして乗り越えられたのでしょうか

田中さんに前日に背中を押してもらったのと、給水の担当の方が跳躍の4年生の僕が普段仲良くさせていただいている先輩で、給水の時にいっぱい声をかけてくれて、やっぱり色々な人に支えられてるんだなあと。そういうみんなの思いに比べたら自分の怖さなんてちっぽけなものだなあと思うことができました。

――走り終わったあとの気持ちはいかがでしたか

終わったあとは田中さんとか大迫さんとか先輩方が笑顔で迎えてくれたし、走ってよかったなあというのがあります。

――柳選手にとって4年生はどのような存在でしたか

大迫さんは今年度世界選手権にも出て競技で引っ張ってくれるタイプで田中さんはその大迫さんがいない間キャプテン代行というかたちでチームを必死にまとめようとしてくれて、二人とも尊敬できる先輩です。また、主務としてチームを支えてくださった浅川(祥史、スポ4=兵庫・長田)主務とか澤田(拓朗、社4=東京・早実)さんとか4年生の人たちっていうのは一生懸命自分たちを引っ張ってくれて、自分が頑張る原動力にもなっていたと思います。

――先輩だけでなく、同期の選手からの支えもあったのではないでしょうか

ことし箱根を走った他の三人や当日サポートに回ってくれた人たちなど色々な人から声をかけてもらったり箱根前に色紙をもらったりとすごく支えられているというのもありましたし、高田と三浦は走りでチームを支えてくれました。1年生も初めての箱根なのに平(和真、スポ1=愛知・豊川工)、武田(凜太郎、スポ1=東京・早実)、井戸(浩貴、商1=兵庫・龍野)がちゃんと走ってくれて今後も自分を奮い立たせられると思いますし、下の学年も頑張ってるんだからというように刺激になります。あとは部内の人たちもそうですけど、同じ学部の友達や地元の友達がみんな応援のメールやラインをしてくれて、すごい支えてもらっています。

「もっと上のレベルにいけるように」

区間5位と初めて駅伝で結果を残した

――今後は上級生になり、チームを引っ張っていかなければいけない立場になると思います。新体制がスタートしていかがですか

いまはチームとしてひとつになって臨む試合というのは4月以降までないので、それぞれハーフマラソンだったり、クロスカントリーだったりそれぞれの方向に全力を尽くしているところです。新体制ということでまだまだ改善するところもありますし、部全体としてもことしで100周年ということでどういう方向性でやるかというのはみんなでこれから話し合ってチーム全体で模索していかなければならないと思います。まだ始まったばかりでこれからいろいろ問題も出てくると思うんですけどことしのチームだったらそれを乗り越えられる人たちがそろっていると思うので協力して頑張っていきたいです。

――1年間どのような目標を立てて取り組みたいと考えていますか

まずは目先の大会でいかにいい順位を取って自分の力、各大学の力を把握できるのかというのとトラックシーズンでは対抗戦で上位入賞、表彰台に上るぐらいの走りを目指します。記録会とかで狙えるようであれば日本選手権とかもっと上のレベルに行けるように努力して、そのトラックシーズンでいい流れを作ってその勢いを保って箱根で優勝したいです。

――昨年は1万メートルで28分台を記録しましたが、ことしは具体的にどのくらいのタイムを目標にしていますか

5千メートルも1万メートルもまだ全カレの標準を切っていないのでそれは最低限切ることと、もっと欲を言えば日本選手権の標準を切ることですね。やはり同世代にも標準を切っている人が何人か出てきているので負けないように頑張りたいです。

――駅伝シーズンの目標を教えてください

自分としても上級生という立場になってもう失敗は許されないし、今回の箱根をきっかけに駅伝でもいい走りをして頑張って主要区間を走ってチームに貢献できればなと思います。

――ことし新しく始めてみたいことはありますか

大迫さんが個人で補強とかトレーニングをしていて、学生だけの枠組でやっていたらレベルアップにはつながらないかなと思って、きょねん(世界選手権で)優勝したファラー選手とか海外の選手が走っている動画とかを見たりしています。自分としても体作りの面で改善の余地がありますし、走り方とかフォームに関しても修正するところがあると思うのでそういうところを土台から見直していきたいと思っています。

――陸上選手の体づくりというと体を絞っていくイメージがありますが、その点についてはどのように考えていますか

競技によっても違いますが長距離は日本だとマラソンとか駅伝のテレビを見ていても絞れて細くて軽いのがいいみたいな感じになっていると思います。でも海外の選手を見ると筋肉があって、体重がすごく軽いというわけではないので単に細く軽くなるのではなく競技にどうやったらプラスになるのかなというのを考えながら体づくりをしていきたいなと思っています。

――最後に読者のみなさまにメッセージをお願いします

出雲から自分に色々問題がいっぱいあって本当に陸上というものを嫌いになった瞬間もあったんですけどそこでスタッフさんであったりチームメイトだったりワセダの駅伝ファンの方にたくさんの応援、声援、サポートをしてもらっていまの僕があると思うので本当に感謝してもしきれないです。これからも何が起きるかわからないですけど、精一杯頑張るのでこれからも応援よろしくお願いします。

――ありがとうございました!

(取材・編集 中澤佑輔)

◆柳利幸(やなぎ・としゆき)

1993年(平5)4月23日生まれのO型。172センチ、57キロ。埼玉・早大本庄高出身。教育学部教育学科2年。自己記録:5000メートル14分02秒13。1万メートル28分59秒12。ハーフマラソン1時間3分26秒。2013年箱根駅伝8区1時間7分49秒(区間14位)。2014年箱根駅伝7区1時間4分29秒(区間5位)。