第2回は、日体大・別府健至監督。昨年の東京箱根間往復大学駅伝(箱根)は繰り上げスタート。初めて伝統のタスキを途切れさせ、屈辱の19位に沈んだ。ことしの箱根では予選会をトップ通過して出場し、見事優勝して下克上を果たした。別府監督が考える箱根駅伝とは——。
※この取材は10月24日に行ったものです。
『自主性に任せられるのが強いチーム』
――まず、別府監督の指導論を教えてください
理想は選手自らが考えて行動することですね。1の指導に対して選手が10まで考えるということです。監督としてはそれを誘導することが理想だですが、なかなかうまくは行きません。日々葛藤を抱えていいます。チームの自主性に任せられるときは強い時ですが、現実的には強制的な指示と自主性のバランスをいかにとるかということだと思っています。大学なんていうのは陸上の長距離というものを知って入ってくる選手ばかりですし、教えることはほとんどありません。矯正してばかりだと選手のやる気もなくなるということもありますしね。難しいところです。
――その指導は監督着任時から続いているのでしょうか
理想というのは当時から抱いていましたが、変わったとも思います。監督着任当時は練習などで形にこだわっていたところがありましたね。いつ、どれだけどのように練習しなければいけない、というように目に見えることを中心に考えてしまっていたところもあったと思います。いまでは、体操やストレッチ、練習準備など目に見えないところを大切にするようになりました。
――そこに変化が生まれたのはなぜですか
ことしで日体大に来て14年目ですが、ご存知の通り、昨年19位でした。それまでも、2番や3番になることはありましたが安定しませんでした。それがいよいよ19番になったとき、本気でまずいな、と。見直す機会になったというか、いろんな人と相談しました。その上で、やっていることは間違いないという結論になったんですね。ならば見えないところが原因だ、と思ったわけです。いままでどうしても目をつぶるところがあったのですが、その妥協をなくしてきっちりやるように心がけました。
体操一つとっても、毎日同じことを正確にしていれば、些細な体の変化の気付きにつながっていく。それに対応もできる。その効果をきちんと選手達に説明して、なぜやるのかその必要性を認識させました。
その成果がことしの優勝にもつながったのだと思います。
――昨年は渡辺公二氏を日体大特別強化委員長として招集されました
ことしはほとんどいらしていないのですが、気付かされることが本当に多いですね。指導者としての立ち位置や どういうところで練習を見るのかなど、見習いたいと思っています。アドバイスのポイントなども、わかっているようでわかっていなかったことのひとつですね。以前は練習の途中で一言二言するアドバイスしていたのですが、いまは外から全体を見るために、最初にポイントを伝えたあとは言いたいことがあっても最後まで言わないようにしています。
――それによってどのような効果があるのでしょうか
そうすれば選手は自分たちで考えるようになりますし、あとはやはりマネージャーの仕事が多くなりますね。何かあればまずマネージャーに伝え、そこ経由で監督へ情報が届くようになりますが、その分チームで意識や情報を共有できますし、チームとして自分たちで考え行動してくれるようになります。
選手たち自身が私に言われる前に言えるようになりますし、マネージャーもタイムを計るだけでなく、チーム全体を見たアドバイスができるようになりました。自主的なチーム運営が生まれてくると思います。
――伝統校を指導するにあたりプレッシャーなどはありますか
伝統校を指導できるのは幸せだと常日頃から思っています。もちろん卒業生も多いですから、該当する人もたくさんいれば、やりたい人もたくさんいます。その中でここまで指導させていただいているというのは幸せですね。プレッシャーは、優勝して初めて感じています(笑)。感じていると言っても、自分でははっきりわからないものだけれど、なんとなく重いなという感じですね。OBの方からは、助言や批判をいただいたことも多少はありましたが、なるべく気にしないようにしていました。とは言っても、特にきょねんなんかは気になりましたが…。OBの方たちの言葉を参考にしつつ、ときに悔しさをバネに選手たちとここまでやってきたということでしょうか。悔しさというのは1番のエネルギーになったのではないかと思います。ワセダの方がOBの方も多いでしょうし、ワセダもOBと共に強くなる要素はあるんじゃないでしょうか。
――別府監督が考える理想のチーム像はありますか
チームの自主性に任せられるときというのもありますが、選手全員が戦力になるときですね。きょねんは60人全員が故障無く箱根を迎えられました。一人一人全員がやってやろうという心意気を持っていたからだと思います。ことしも12月の段階で故障無く迎えられるようにいたいと思います。きょねんと全く同じでは進歩がないので、ことしはエントリーの時点でそれをしたいですね。日頃から、全員で最後のコンディショニングをしていこうという話はしていいます。
――別府監督が強いと考える選手像はありますか
やはりうちで言う服部(翔大、日体大)のような選手ですね。彼はどういう状況でも外さない選手です。故障明けだったので、出雲はごまかしがきく1区に置きましたが、やはりうちのエースです。彼はよければ快走するし、悪くても最小限におさえてまとめることができます。調子がいいときばかりではなく、悪いときでもはずさない 走りができるというのは大きいですね。ここ4年生になってより安定感も増しました。ですから日頃から外しませんね。練習でも常に安定しています。
――外さない選手になるために必要な要素はありますか
もちろん責任感もあるでしょう。あとは心構えですかね。自分のことだけでなく客観的になれる、周りがしっかり見えるということも大事だと思います。周りが見えているということは、その大前提として自分のことも見えているはずですから。自分のことも周りのこともよくわかっているというのは、大切なことだと思います。
見えない選手が握るカギ
昨年から主将を努めるエース・服部は別府監督からの信頼も抜群
――いまのワセダに、外さない選手はいるとお考えですか
大迫(傑、スポ4=長野・佐久長聖)は次元が違うからね…。他大のことはあまり考えないのでわからないけれど、ワセダが強いときっていうのは、エリートランナーとこつこつやってきた選手がうまくミックスされたときですよね。ずっとそういうイメージがあります。ワセダはエリートランナーが魅力でもありますが、エリートばかりで走っているときにはぽかがどうしても出てしまいますよね。そういうところに1年生からコツコツやってきた、名前を知らないかなというような選手が入ってきたときには、すごく強みを感じます。そういうときにこそエースが活きるし、エースがいることでそのような選手も活きると思います。私が若いことから、もともとそういう大学ですよね。2つのグループが重なりあったときに強くなると思っています。
――ことしのワセダのエリートランナーと雑草軍団の兼ね合いはどうご覧になっていますか
まだ出雲全日本大学選抜駅伝(出雲)しか見ていないからわかりませんが、日本学生対校選手権(日本インカレ)あたりを見ると結構きてましたよね。今はどうなのか正直わからない部分ではありますが、全日本大学駅伝対校選手権(全日本)あたりでだいたい見えてくるのではないかと思います。あとはどこでもそうですが、学生のなかでまとめる選手がいるかどうかがポイントになってくると思います。主将であったり、上級生であったり、チームをまとめるひとがいるか否かですね。エリート選手と雑草選手の融合が強さを生んで、そこに上手い具合に中心の選手が現れることで、さらにそれぞれがこいつには負けられないという気持ちになるんじゃないでしょうか。
――全日本で見えてくるというのは具体的に
全日本でどの大学もこういう構成でくるのかというのがわかってくきますよね。ワセダで言えば、大迫が2区あたりにくるようなときは強いんじゃないでしょうか。勝つためには1区あたりで来るかもしれませんが、1区などに置いて奇策に出るようなうちは、まだ強くないと思います。オーソドックスに組んでくるところは強いのではないでしょうかね。上の方の強い連中は出場の有無などから故障の状態もわかりますし、他の新しい戦力もこう来るんだなと把握できるのが全日本です。ただうちに限って言えば、そういうことは気にしません。1区に選手が集まるからこう変えてみようということはしないですね。そんなことをしていたら足元が揺らいでしまいます。あまり周りに惑わされないレースをしたいですね。
――ワセダは三冠を達成した3年前から優勝から遠のいていますが、別府監督が原因ではないかと思う点はありますか
やはり目標達成して、チーム全体がほっとしたというのもやはりあるのでしょう。三冠を達成した年は、もともとセンスある子もいて、あまりセンスがなくコツコツやってきた子もうまくマッチしていた印象があります。ワセダは強いと感じていました。やはり1人2人故障しても、選手が14番手くらいまでいた年には強さを感じますね。反対に10人ギリギリのときは厳しいと思います。はっきり数えたことはありませんが、16人エントリーして、11、12番大抵使いますからね。11番目以降をいかに準備させるかです。目立って見えている上の連中だけでなく、10番目以降、エントリー外の選手も含めてどれくらい走れているのかがポイントになってくると思います。やはりそのあたりの選手が頑張ると78番目の連中が締まりますよね。選手は自分で、何番目を数えますから、いい刺激になるんじゃないでしょうか。
――ワセダの弱さを感じるところはありますか
うーん難しいですね…。自分を客観的にみる能力の有無、プライド…違いますね。どこの大学でもそうだと思いますが、やはり強かった選手が、大学という組織で一から学び直さなければいけないということはあるかもしれませんね。あとは強いていうなら、マスコミの露出が多くて注目度が高いという点では少し大変なところもあるかもしれません。それだけ期待されているということですし、いいことでもあると思いますが、難しいところですね。
――ワセダは推薦で採ることのできる選手が限られているため、選手層が薄いと言われています
確かに層が薄いという弱点はあるかもしれませんね。ただそこは学校のルールですから、個人的にはどうこう言うべきではないと思います。チームによってそれぞれあるカラーですからね。ワセダや青学大は、ブランドで選手が集まりやすいということもあります。一方で特待が多かったり、寮費が免除になったりするチームもある。それがそれぞれのチームの特徴ですからそれを言ったらどうしようもないですね。推薦枠はあるに越したことはないですけれど、隣の芝が青く見えるということじゃないでしょうか。実際ワセダの強さは推薦組と一般組の融合にあると思いますし、ワセダに限らずそこは工夫でなんとかなるはずだと考えています。
――ワセダのエースである大迫選手についてはどうご覧になっていますか
世代だと飛び抜けて強いですね。ランニングホームもきれいだし、常に外を見ている考え方も大きいんじゃないでしょうか。もちろん身体的能力もあると思います。走り方、骨格、いかにも走る、めぐまれた体格ですよね。箱根はあまり気にしていないというのも見ましたが、その考え方もありだと思います。これから5000メートルや1万メートルをやると思いますが、日本記録更新可能だろうし期待しています。日本人はトラックでは通用しないと言われていますが、アメリカに行って練習するとのことで、やはり通用してほしいとも思いますよね。そういう選手が出てくると次が続きます。いまは世界への壁ができてしまっています。トラックもそうですし、ハイペースマラソンでは戦えないという見方もあります。そこに1人でもそのような選手がでてきるとできる、と思えます。いま、そこに一番近くにいる選手だと思いますし、素直にがんばってほしいと思えます。彼のような選手が活躍することで、続く選手が出れば陸上界も活性化するでしょう。
『ことしは負けないレースを』
服部と二枚看板と称される矢野も、箱根での快走が期待される
――別府監督ご自身は、箱根をどのように捉えていますか
客観的に見れば、いまはもうイベントですよね。陸上競技の駅伝ではなくて、年末の紅白みたいな正月に行われるイベントですね。ただ、自分たちにとって見れば1年の総決算です。1年やってきたことを確認する試合ですし、すべてがそこにあります。
――箱根とトラックの両立は可能だと思いますか
可能だと思いますよ。うちも距離層をやるのは夏からです。4〜6月は5000メートルや1万メートルを目指してやっています。ロードやハーフのためにはちょっと距離を踏んだりもりますが、基本的にはトラック重視の練習です。その時期にロードで距離層をするなんてことはめったにありません。大学のチームにとっては箱根が全てですし、目標でもありますが、チームの何人かは卒業後実業団でやっていきます。そのためにはトラックのスピードや駆け引きというのをしっかり練習しないと、箱根で終わってしまいますからね。箱根だけを見ても、年がら年中距離走をしていなくてもいけるということもあります。しっかり距離走を重視して、叩き上げでつくり上げるチームというのももちろんあると思います。しかし、トラックで走れればそれが自信になるし、いい形でトラックシーズンが終われば夏も気持ちよく練習できる。トラックから箱根はつながっていくと思います。
――箱根駅伝が大学卒業後のキャリアに悪影響を与えているという批判についてはどうお考えですか
上りが長いとかいうのは、関係ないと思いますね。実際周りがそういうだけです。確かに、箱根で燃え尽きてしまったり、箱根くらい盛り上がる大会が卒業後はないためにモチベーションが上がらないということはあるかもしれないません。しかしそれは箱根のコースの問題ではないと思います。箱根というと、いろんな本などメディアでとりあげられますが、選手がそれに踊らされないこと、惑わされないことが大切です。スポンサーがついてくださり、オリンピックでもない大学スポーツが、それだけとりあげられるというのはありがたいことです。これだけメディアでとりあげられるというのは、選手たちも嫌な気持ちはしないはずです。だからそこをうまくこっちがコントロールすればいいのかなと。
――箱根を盛り上げすぎている社会ではなく、選手の心構え次第だということですか
社会に問題はないと思います。やはり自分自身の問題でしょうね。あとは次のラウンドにいったときのチームの状況というのもあると思います。しかし一番は、やはり勘違いしないことです。箱根に出ると少なからず自分のことを、強い、速いと思ってしまいますから。箱根に出ても別に強くはありません。そこをこっちも冷静に教えてやらないといけないし、選手たちも理解しなければいけませんね。
――箱根を目標としない選手については
選手の考え方はそれぞれあるので、それぞれでいいと思っています。うちの服部なんかもそうですが、箱根だけじゃなくて次を目指している子もいます。そういう子にはもっと目指せと言っています。やはり個々の目標は、自分でしっかり持ってほしいですね。チームのことを考えるのは監督であって、自分のことを考えるのは自分自身ですから。ただ関東の大学に来た以上は少なからず、チームとして箱根というのを目指しているので、それはやっぱり通過点としてしっかりやってほしいと思います。日体大にいる以上はまずは箱根でしっかり成績を残さないと次はない、箱根をしっかり走ることで次も見えてくるということですね。箱根を軽視した走りをして通過点と言ったら、それは負け惜しみになってしまいます。そこをしっかりして次にいってほしいと考えています。
――ことしの箱根での目標はありますか
ことしは負けないレースをするということですね。きょねん勝ちましたから、勝つために何かをする必要はありません。負けない駅伝をするということにつきますね。練習内容を変えるわけでも、日頃の指導や生活態度を変えるわけでもありません。きょねんと同じことを、ごく当たり前にするつもりです。
――『勝つ駅伝』と『負けない駅伝』ではどちらが難しいと思いますか
どっちかな…。勝つ駅伝ですかね…。どっちも難しいと思いますし、一概には言えないですよね。負けない駅伝ということは何が必要か…でもやはり一度勝てているということなので、きょねんやったこと、当たり前のことをすればいいと思います。
――ありがとうございました!
(取材・編集 深谷汐里)