この夏、日の丸を背負って戦った稲毛碧(スポ4=新潟・東京学館新潟)と西裕大(教4=埼玉・栄東)。世界で感じたこと、そして短距離ブロックを牽引(けんいん)するふたりの最後の全カレ(日本学生対校選手権)に懸ける思いとはーー。
※この取材は8月22日に行われたものです。
お互いの印象
取材に応じる稲毛
――他己紹介をお願いします
西裕 稲毛碧はめちゃめちゃ陸上に真摯(しんし)なやつで尊敬しています。僕らの代のエースというと、天智龍(田中天智龍主将、スポ4=鹿児島南)や僕と言ってくれる人もいるだろうし、川村(優佳、スポ4=東京・日大桜丘)だったりするかもしれないけど、僕は稲毛だと思っていて。1年の頃から誰よりも長くエンジを着ていて、エンジで勝ちも負けも知っているのはこいつだし。そいういう意味で、僕らの代のエースを1人選ぶなら僕はこいつを選びます。あとは、普段は、めちゃくちゃ肌のケアをします(笑)。
稲毛 まあね、美容マンだからね。
西裕 ほんとすごいですよ(笑)。めちゃくちゃ頻繁に日焼け止め塗るし、(中国で過ごした)10日間毎日パックしてますから(笑)。自分で決めたことはしっかりやる、陸上に関するケアとかもそうですし、体のケアもしっかりやるんだなあと思いながら一緒に暮らしていました。
稲毛 なんやろな西さん・・・。(陸上に関する)考え方は僕とは違うけど、的を得ている考えはあると感じています。やっぱり競技に対する向き合い方はすごく共感できるし、競走部とは何か、とかそういうのを知っている人間です。話しやすいし、なおかつ競技のことに関しても相談できます。リレーに関してもしっかり意見してくれるし、4年間一緒にやってきて、西が徐々に力をつけてくるという中で、ユニバ(ワールドユニバーシティゲームズ)も一緒に行って、エンジを身にまとう者同士として通ずるものがあります。友達というかなんていうんだろう・・・。普通にこうして長くいるので、西という人間そのものも尊敬できる部分もたくさんあります。後輩への指導に関してもちゃんと目を向けているので、そこは尊敬するし自分も見習わなければと思うし、本当にお互いにリスペクトのような感じだと思っています。
――第一印象と、そこから変化したことは
稲毛 歯が多い。本当に歯が多い(笑)。
一同 (笑)
西裕 稲毛の第一印象は怖かったなあ。
稲毛 みんな言うじゃんそれ(笑)。
西裕 全会一致で稲毛の第一印象は「怖い」なんよ(笑)。
稲毛 だろうね、みんな言うもんそれ(笑)。
西裕 怖かったですけど、それは(稲毛は)全中(全日本中学校陸上選手権)も勝っていますし高校時代も速かった選手なので、結果を出している人間に対してやはり劣等感のような面で怖いという印象がありました。でも、今となったらこれだけ付き合っているので怖さはもちろんないです。俺は?歯が多いから?(笑)
稲毛 いや、歯が多いは冗談だけど、自分のことに精一杯で、あまり覚えていないというのが正直なところです。その中でも、みんなが(西裕は)とてつもないポテンシャルをもっていると言っているのを聞いていましたし、走りの中ですごいと感じる点があったので、2年の関東新人(関東新人選手権)で大化けしたのも驚きませんでした。最初、最初どうだったかなあ・・・。
西裕 最初多分遅すぎてみんなに印象持たれていないんですよ(笑)。
稲毛 最初どんな印象だったっけって思って。
西裕 (自分が)寮外、(稲毛が)寮内なので、そんなに関わりもなくて。強くなって話し始めたという感じです。
稲毛 そんなこともないけど(笑)。強くなる過程に関しては、僕も同期なので近くで見ていたのですが、基本に忠実で、20秒7を2年生で出した時は、急にタイムは出たけど出るべくして出たイメージでした。速くなると思って速くなったし。苦労人というか、積み上げてきたものが僕と違って、向き合い方が成長していくというのが近くで見ていてわかりました。寮外で時間が限られている中でも、短い時間で成果を出して、徐々に速くなっていって、そこから一気に伸びたので、そういう点が今の印象ですね。こうなるべくしてなったという感じです。
――お互いの羨ましい点、尊敬する点は
西裕 体のポテンシャルとかは、僕にはないものがあると思います。稲毛の動きを僕の体でやっても絶対に速くは走れないですし。別に天才という一言で片付けるつもりはないですが、ポテンシャルは日本でもトップクラスのものを彼は持っていると思います。そういう特別な才能をもっているのはすごく羨(うらや)ましいです。尊敬する点は、陸上にめちゃくちゃ真摯(しんし)な点です。多分競走部で1番自分の体のケアをするなど、競技で成功するために1番時間を使っているのは稲毛だと思うので、そこは尊敬しています。
稲毛 僕とか井上(直紀、スポ2=群馬・高崎)の走りは誰が真似してもいいというお手本ではないのですが、西の走りはお手本というか。やっぱり技術面やフォームの面で西は秀でていると感じています。もちろんめちゃくちゃ才能はあるのですが、基本がめちゃくちゃできているというか、土台としてのどこが突出しているとかではなくて、全部がうまいんですよ。一言で表すと『巧』です。トップ選手になると、みんながしないようなトレーニングとかに注目しがちなのですが、西は特別なことをしているわけではなく、マーク走など本当に基礎に忠実で、一つ一つのトレーニングに対する向き合い方が今の早稲田の中でもトップクラスなんです。そういうところがやっぱりうまく200メートルので表現できていると思うので、そこの突き詰め方とかは真似したいと思うし、実際そういうところにユニバの200メートルを作る期間ではすごく助けられました。
西裕 うれしー。
――稲毛選手がケアに力を入れるようになったきっかけは何かあるのですか
稲毛 僕、去年めっちゃケガして。4月くらいに一発記録を出して、それ以降全くだったので、そういう思いをしたくないので今年はめちゃくちゃケアをするようにしています。今は、週1で治療院とか行っていて、本当にケガしなくなったし、やりたいことができるようになりました。そういうことの積み重ねで今があるのかなと。ケアもしっかりするし、今ではもう歯磨きみたいな感じでしないと気持ち悪いくらいになってきたので、自分としても良い傾向だと思うし、それくらい陸上に捧げられているという時点では、自分の自信にもなっていると思います。
――基礎を重要視されている西選手が参考にしている方はいらっしゃいますか
西裕 まず1番は尊敬していていて感謝しているのは、橋元晃志さん(平29スポ卒)です。自分の陸上の基礎を作ってくださったと感じています。僕は大学1年の時に、浪人を明けて部に入ったので、本当に足が遅くて(笑)。
稲毛 うん、本当に足が遅かった(笑)。
西裕 冗談じゃないくらい遅かったんですよ(笑 )。タイムでいうと22秒6、中学生でもあまり速くないようなタイムでこの部に入ってきて、1戦目にそのタイムで走って、2戦目に稲毛と走って肉離れして。というのが僕の早稲田大学競走部の最初です。その肉離れをした時にたまたま橋元さんに目をかけてもらって。そのときたまたま橋元さんもケガをされていて、僕は8月くらいにケガをしたのですが、そこから11月、12月くらいまでずっと2人で練習をさせていただきました。その4カ月間で体づくりのこともそうですし、陸上の走りの基本など橋元さんの考えることを全て叩き込んでいただきました。それがなかったら今みたいな活躍はないと思いますし、本当に陸上の転機をひとつあげるとするとそこかなと思います。
――橋元氏も基本を大事にするタイプなのですか
西裕 橋元さんは、もちろん基礎をめちゃくちゃ大事にされていますが、どちらかというと、稲毛とかみたいな天才タイプなんですよ。でも、橋元さん自身もすごくケガに苦しんできた方で。早稲田大学歴代2位の20秒35を大1で出された後にいろいろなケガで苦労して、もう1度基礎を大切にされたそうです。なので、天才型ではありますが、基礎はすごく大切にされていたと思います。
世界と戦った夏
早大からユニバに出場した4選手(左から井上、西裕、菖蒲、稲毛)
――次にユニバのことについてお聞きします。改めてユニバの振り返りをそれぞれお願いします
西裕 結果は、準決勝は20秒43、決勝20秒46で、200メートルは2位で、4継(4×100メートルリレー)は予選で38秒98、決勝では38秒92で5位でした。その中で、間違いなく今まで人生で出た大会の中で1番楽しい大会だったというのは2人の共通認識であります。やっぱり海外のレース、中国のレースということで、観客がもうすごくて。もう超満員なんですよ。超満員のところで、速いタイムだったら歓声も上がりますし。中国の選手が同じ組にいるとすごいんですよ。中国の選手への応援がもうこの上ないアウェー感を感じたけど、そういう経験も含めてすごく楽しかった大会でした。 自分のレースに関しては、初めての世界大会で2位でメダルも獲得できたので、満足感がないと言ったら嘘にはなりますけど、やはりちょっと、4継にしても200メートルにしても悔しさが残る試合だったなというのはあります。というのも、200メートルの決勝では、1歩目で足をつってしまって。準決勝が最後流して20秒34だったので、決勝は大前さんの記録を超して優勝するぞと思って挑んだレースだったので、その中で自分の弱さが出てしまったのは悔しいです。また、4継の決勝の日、自分は午前中にちょっと発熱してしまって。どうにか解熱して決勝に出たんですけど、チームに迷惑をかけてしまったことが1番悔しくて。僕らは4継の4連覇を目指して集められたチームでもあるので、それを達成できなかったのは、悔いが残る結果だったと思います。もちろん、地力で負けた感はありますが、自分がベストのコンディションで持ってこなかった、体調を崩してしまったところは、チームに、みんなにすごく申し訳ないと思っています。
稲毛 (個人種目では)準決勝でもう出し切っちゃった感があって。やっぱり、決勝でも勝負したかったんですが、決勝に行くのが精一杯すぎて、決勝はもう正直何してたかあまり覚えていないし、走り終わったときは「あ、終わった」という感じでした。自分は、200(メートル)が専門ではなくて、今回の招集も追加招集で、多分リレー要員として選んでもらったので、当初はやっぱり1カ月の付け焼き刃で無理だろうなと思っていた部分もありました。その中でももちろん、200(メートル)で出るからには活躍したいと思っていたので、どこか、決勝に出るというのが大きな目標になっちゃって。準決勝ではある程度走れたんですけど、決勝では走れませんでした。決勝進出したことで、満足するかなと思ったんですけど、全然そんなことなくて、決勝が終わったあと死ぬほど泣いてて。自分が世界大会の決勝で、本種目でもないなかで涙が出るってことは、「あー、まだ満足してないんだな」と実感しました。それを世界大会の決勝で味わえるってすごく幸せなことだなと思ったのが、印象に残っています。リレーに関しても、もちろん4連覇という目標ももちろんあったのですが、僕としては連覇などは気にせず、ただ決勝の舞台で走りたいという思いだけでした。大会を通して、純粋に陸上競技の楽しさを実感できたというか。ああいう場面で自分がワクワクするって、すごく自分の中で才能だなと思っていて。特にプレッシャーにも感じず走れて、走ることへの探求心じゃないですけど、ワクワク感を味わえたのはすごくよかったかなと思います。
西裕 楽しかったよな。
稲毛 楽しかった。ほんとに。
――その中で、稲毛選手は追加招集かつ種目も200メートルということで、調整等は難しいところもあったと思います。タフな状況のなか予選、準決勝と続けて自己ベストを大幅に出せた要因はどのように考えていますか
稲毛 並の技術しか持っていないんですが、走力が上がったので、ユニバでは20秒5ぐらいのタイムが出るだろうと思っていました。なので、ちょっとまだ物足りない感じはあります。ただ、やっぱり、あそこまで出すに至った経緯はいろいろありました。 僕は、我流でやってきたタイプであまり人に聞くのは好きじゃないんです。ですが、ユニバまでの期間で、人に頼ることの大切さを学びました。三浦さん(三浦励央奈氏、令5スポ卒)とかもそうだし、特に西(裕大)には、もう、自分のプライドを捨てて、めちゃくちゃ聞いたりして。正直、人に聞くのはめっちゃ嫌だったんですけど、その経験はめっちゃ大きかったですね。今回の過程で人に頼る大切さを実感しました。それが自己ベストで決勝まで行けた大きな要因だと思っています。決勝に残ったのは僕1人の力じゃないなと。
――ユニバまでの取り組みを互いにどう見ていましたか
西裕 1カ月前に稲毛が代表に決まって、 当時のベストも、21秒0とかで、正直そこまで速くなかったんです。ですが、さっきも言っていたように稲毛が色々僕に聞いてくれて。「カーブはこうやって走るんだ」、「カーブはちょっと肩開いて走るんだよ」って言ったら・・・
稲毛 「何をバカなこと言っとるんや」って(笑)。
西裕 「まあまあ、この動画見てみろ」みたい感じで(笑)。稲毛の走りについて2人で試行錯誤して、そのなかで、1日1日、目に見えて速くなってきました。本人が、僕や三浦さんや大前さん(大前祐介監督、平17人卒=東京・本郷)に自分から聞きに来て、めちゃくちゃ吸収しよう、絶対成長しようとしているのが感じられました。鵜澤飛羽(筑波大)という日本チャンピオンの代わりで召集されているわけで、すごくプレッシャーもあったと思うんですけど、その中でも絶対に結果を出すというのがすごく伝わってきました。実際結果が出たのは、この1カ月、彼が大学ではやってこなかった200メートルという種目に本当に真摯(しんし)に取り組んだ結果だと思います。
稲毛 俺、言うことないんだけど(笑)。西はなんか普通にいつも通りでした。別に特別なにかしていたわけじゃないもんな(笑)。
西裕 いつも通り(笑)。あ、でもね、日本選手権からユニバに向けていつもより長いスパンではやってた。
稲毛 いつもより長いスパンではやってたっちゃやってたけど、なんか特別に何をしてたかというと、いつも通りのことをしていましたね。ただ、やはり練習は積んでいたので、20秒4も出ちゃった記録ではなくて、出せた記録だったを感じています。別に、ユニバに向けての何か特別なことをしていたわけではなく、いつも通り、本当に基本なことをしていただけという感じです。それも彼の強さかなと思います。
――4継の予選では、4人中3人が早稲田の選手でした。メンバー発表されたときや、実際に世界の舞台で3人で走ったときの気持ちはいかがでしたか
西裕 純粋にうれしかったよね。いつも走っているメンバーが2人いるということで、やりやすさはもちろんありました。
稲毛 正直、冷たい言い方にはなるけど、別に他のメンバーが誰だろうが、結局自分の所は自分が走るから、早稲田が何人走ったとかは自分にとっては関係がないというか。自分の役割をするだけだし、自分が1番目立てればなんでもいいと思って。同じチームが3人だからやりやすいとかはもちろんあったんですけど、早稲田だからとかは僕はあまりなかったです。ほんとは、ほんとは、あんま言っちゃいけないですけど、井上が決勝も一緒に走ってくれて、3人でメダルを取って、イエーイ。みたいな感じにはしたかったけど、まあ勝負の世界なんで、そんなん関係ないし。冷たい言い方をすると、本当に自分のパフォーマンスをするだけという感じでした。
西裕 僕は結構うれしくて。一緒に走ったこともうれしかったですし、メダルは取れなかったですけど、彼らと世界に一緒に行けたのはすごく良かったと思います。その上で、何よりも、今、自分たちがいる環境が日本一の環境なんだということを、他の部にも、早稲田の部員もそうですし、自分たちに対して証明できたのが良かったです。普通に考えて、リレーで3人同じ大学の人がいるのって異常ですし。それくらい、今の早稲田大学競走部は最高の練習環境だし、その強くなる環境が揃(そろ)っていることを示せたのは個人的にすごくうれしかったな。
稲毛 僕ももちろんうれしかったな。欲を言うなら、次のドイツ大会とかもう4人早稲田とか。井上さん主将で面白いなって感じになる(笑)。
西裕 そしたらドイツ行くわ(笑)。そしたらドイツ行こう。
稲毛 俺も行くわ。一緒に見に行こう(笑)。
――お二人の種目を菖蒲敦司駅伝主将(スポ4=山口・西京)がサポートされているところも印象的でした。お二人からみて、印象に残っていることや戦う上で役に立ったこと、心強かったことはありましたか
西裕 そうですね、ちょっとふざけてるかもしれないですけど、あの菖蒲敦司です。あの菖蒲敦司。日本3位でユニバ3位の菖蒲敦司がめっちゃ献身的に、僕らのサポートでいるんです。うわ、贅沢やなって(笑)。でも、真面目なとこで言うと彼は、自分の競技が終わって、僕らのサポートを自分から進み出てやってくれていたのですごくありがたかったです。しかも、菖蒲が「お前絶対速いから。今速いぞ、絶対いける」という、すごくポジティブな言葉をかけ続けてくれたのは、すごくありがたかったです。
稲毛 もうほぼ一緒です。選手村から会場までバスで片道1時間かかるんですよ。その時に、「これする?」とか、「これいる?」とかいちいち聞いてきてくれたので、そういう気遣いが、「あー、モテるんだろうな」って(笑)。やっぱり同じ大学で、気の知れている仲ということもあって、僕らがいいパフォーマンスをできたのは、菖蒲のおかげもあると思っています。本当に感謝です。
――大前監督からの話で印象に残っているものはありますか
稲毛 「代表の仮りは、代表でしか返せない」と言われたことです。僕は西とは違って200(メートル)で、悔しい思いをして。その後に言われて、その通りだと思いました。だから、満足せずにここで立ち止まるわけじゃなく、西のような、点でなくて面で物事を捉(とら)えていくことが必要になるのかなと思います。
西裕 僕は、200メートルの決勝に挑む前に、「俺の記録を越してくれ」と言われました。すごくモチベーションも上がりましたし、自分自身も超えたいと思っていました。それを超えられなかったのが悔しさはありますけど、全カレなどでまだ僕はチャンスがあるので、ユニバで言われた言葉を今シーズン中には達成したいと思っています。
――ユニバで得た経験、感じたことをこれから短い間どう生かしていきたいですか
稲毛 さっきも言ったんですけど、人に聞きまくろうと思っています。ユニバを通して、「え、絶対人に聞きまくった方が競技力上がるやん」と思って。残り1カ月間、正直、頑張るとか、努力するというのは、僕の中では当たり前だと思っているので、もっと視野を広くして、人に頼ってもいいと自分に言い聞かせるとか、そういうことを実践していきたいです。それは、今後の陸上人生に生きると思います。競技力を上げるのはもちろんですけど、やっぱりいろんな人に頼ることによって、それこそが僕の思い描いていた有終の美だと思っています。もっと積極的に、適度に人に頼るというところを残りの全カレまで大切にしていきたいなと思います。
西裕 ある意味、ユニバで僕はもう部に対して示せるものは示せたかなと思っています。というのも、僕は、浪人から一般入試という特殊な形で入学し、大学1年生も、さっき言った通り22秒6というタイムで、正直期待されて入った選手ではなくて。それこそ、多分2年生で結果が出せなければ、退部だったり、マネージャーになったかもしれません。その中で、今はユニバにも行って、20秒43をもっと更新できる気もするところまできました。3年間で22秒6から20秒台まで縮めて、世界で戦うまでの過程を後輩たちに見せられたのは良かったと思っています。早稲田大学競走部の後輩には、関カレ(の標準記録)を切れてないとか、ケガをしているとかいろんな選手がいますが、現状がどんなであれ、世界を目指せるというのを見せたいと思って僕はユニバに行っていたので、実際それが見せられて良かったです。僕が3年間でこれだけ速くなったので、2年後のユニバではそれこそもう誰が走っていてもおかしくないと思います。僕自身も2年後のユニバで後輩の誰が走っているかはすごく楽しみです。もし早稲田大学競走部から出場できる子がいたら、ぜひ僕の取れなかった金メダルを取ってきてほしいなと思っています。
最後の戦いにむけて
取材に応じる西裕
――最後の全カレに向けて現在の気持ちを教えてください
稲毛 関カレ(関東学生対校選手権)で100と200に出場したので、要領もわかるし、あの時とは確実に自分のレベルが多分違うと思うので、もっとうまくレースを支配できるような自信はあります。僕はあんまり、そんなに大きいこと言うタイプじゃないんですけど、自分の走りが表現できれば、自ずと結果も順位もついてくるだろうと思っています。ここ最近は、2番や3番ばっかりだったので、やっぱり久しぶりに1位を取りたいです。そういう中で、全カレに向けては、すごくいい感じで練習や調整ができているので、自信を持って臨めるんじゃないかなと思っています。
西裕 そうですね、言葉が合っているかはわからないですけど、わがままに全部求めたいなと思っています。自分は、もう多分数えるほどしか陸上の試合に出ないです。その中で取れるもの、目指せるものは全部目指そうという気持ちで今年のシーズンを戦っています。特に、全カレが1番わがままに全部求めていきたいです。具体的に言うと、やっぱり200(メートル)の学生個人、関カレ、全カレの学生3冠の3冠目というところと、4継とマイル(4×400メートルリレー)の優勝を全カレでやりたいです。どの競技にも自分は悔しさや思い入れがあって。4継は去年3連覇を目指した中で負けてしまって、三浦さんと澤さん(澤大地氏、令5スポ卒)を勝たせられなかったというのは、自分の陸上人生の中でもトップレベルの挫折でした。当時、去年三浦さんから「俺の代では、4継優勝はできなかったけど、お前らの代で優勝することによって、俺らの代がその優勝するための1年になる、俺らの代に意味を持たせてくれる」という言葉も受け取っていて、やっぱり全カレの4継には強い想いがあります。マイルも、僕が初めて出た対校戦が大学2年生の時のマイルでした。そこでもまた2位で勝ちきれなかったのは未だに悔しさが残っています。なので今年はわがままに全部取りに行きたいです。
――最近の練習で重点を置いているところは
稲毛 人に聞くというのもそうなんですけど、200で培った技術をうまく100に移行させている段階です。特に意識しているところは、専門的な話になっちゃうんですけど、人ってどこか余力を持っている、95パーセントぐらいの状態1番速く走れるんですが、それを実践するような技術の習得中です。今はそれがうまくかたちになってきている段階です。そういう面でも、全カレに向けて自信はあります。
西裕 僕は、特別なことはやらないようにしています。セット走とか、いつもの練習をして、いつも通り調整をして、いつも通り勝つ。いつも勝ててないですけど全カレは(笑)。今年は関カレ、学生個人とそれでうまくいっているので。なんか変に全カレだから変えるとか、ユニバだから変えるということはなくて、自分が正しいと思った練習をし続けるという感じです。
――改めて全カレの目標、意気込みをお願いします
稲毛 本種目の100もですが、100、200、4継と全部優勝したいなと思っています。
西裕 負けんよ、200。
稲毛 優勝、全部優勝したいなと思ってるんで、そんな感じですね。
西裕 そうですね。僕は、さっきも言ったんですけど、やっぱり4継、マイル、200メートルの全カレ3冠を目標にしています。僕たちの早稲田大学競走部109代目は、天智龍を中心に全カレで総合優勝を常に目標に掲げてきた代なので、やっぱりそこはずっと目指し続けていますし、それを達成しないことには僕らの代の完結はないと思っているので、全カレでの総合優勝には強いこだわりを持ってやっていきたいと思っています。
――ありがとうございました!
(取材・編集 加藤志保、戸祭華子)
◆稲毛碧(いなげ・あおい)(※写真左)
2001(平13)年4月6日生まれ。182センチ。新潟・東京学館新潟出身。スポーツ科学部4年。スキンケアにハマっている稲毛選手。毎日、『歯磨きのように』習慣化し、コンディションを整えることが、タフなコンディション下での出場となったユニバでの自己記録更新の要因にもなったのでしょう!
◆西裕大(にし・ゆうだい)(※写真右)
2000(平12)年7月2日生まれ。183センチ。埼玉・栄東出身。教育学部4年。対談中も、身振りも交えながらわかりやすく話してくださった西選手。ユニバでは、現地の水道水で歯磨きとうがいをして、稲毛選手に驚かれたそうです。そんな西選手ですが、200メートル個人3冠がかかる全カレでの走りにも期待がかかります!