【東京五輪直前特集(2)】学生最後の関カレ その先の日本選手権

陸上競技

  五輪テスト大会後から日本選手権までの間には、山内にとって最後の関東学生対校選手権(関カレ)があった。この期間を山内はどのように過ごしていたのかーー

学生最後の関カレ その先の日本選手権

最後の関カレで、男子400メートル障害2位となった山内。左に映るのはともに五輪代表となった法大の黒川和樹。山内は0・14秒差で優勝を逃した

――日本選手権までの間には、関カレもありました。400メートル障害だけでなくマイルリレーの決勝まで出場されて、タフな試合だったのではと思います

 五輪テスト大会の反動が結構大きく、両足首やアキレス腱周りが痛くて、テーピングもぐるぐるで。400メートル障害の予選一本走って結構限界でした。でも4年生で、マイルもアンカーを任されていて部として対校戦に臨むので、あとはもう気持ちで押し切りました。まずはけがしなくて良かったというのが一番です。ただ、やっぱり最後の関カレで400メートル障害もマイルも負けてしまったのが悔しかったという気持ちはあります。結構精神的にも肉体的にもきつかったです。

――その後グランプリシリーズを回避したのも、疲労が蓄積されていたからでしょうか

 ハードルを踏み切るのもきついくらい足首が限界だったので、監督とも相談して、しっかり足の疲労をとることを優先しました。グランプリに出る目的としては、標準は切っていますが一応ポイントも稼いでおくためでした。なのでグランプリを回避したからにはポイント関係なしに絶対日本選手権(の3位以内)で決めるぞ、と。そこにしっかり気持ちを切り替えて、まずは1カ月間でもう一度体づくりをしようという方針でした。

――関カレから日本選手権までのことは部員日記でも触れていましたが、苦しい期間だったのでしょうか

 3位以内を狙いすぎてしまうと、結果的に下位に終わってしまうことがあると思っていました。またタイム的にも全然優勝を狙えると思っていたので「優勝を絶対狙っていく」という目標にはしていました。でもやっぱりどこかで「絶対3位以内に入らないと」という気持ちがあって。どちらかというと優勝よりは3位以内を狙っていたのかなと、結局走っている最中に思っていたのと、走り終わった後に「ああやっぱりか」と思ってしまって。まだ『勝つ』イメージができていなかったのかなと思います。

――レース中にも3位以内というのが浮かんできたのですか

 思っていたより周りが前半からタイムを狙いにいっていたのもあって。気にせず自分のレースを進めればよかったのですが、前半周りがいったことで、自分がいつもより遅いのかと焦ってしまいました。4台目くらいまでは良かったのですが、いつもだったら余裕を持って後半につなげられるところを、5、6、7台目で「やばい」と思って。「3位以内を絶対死守しなきゃ」と力んで、結果的に自分の持ち味の後半につながりませんでした。

――やはり前半から周りも飛ばして、五輪のための順位もかかっていて、いつもとは違うレースだったと

 五輪がかかっている日本選手権ということで、やっぱり昨年の日本選手権の緊張感とは全然違いました。あの緊張感を味わったらもう緊張しないかなと思っていたのですが、やっぱり標準記録を切っていてチャンスがある状態で臨むことが、どれだけプレッシャーがかかるかというか。日本選手権前の一週間とかは特に体がうまく動いてくれなかったり、このままで大丈夫なのか、という不安がすごく大きかったです。実際、予選のアップからも体が思うように動いてくれていなくて、若干「なんか緩いな」と。予選がしっかり走れたので少しは安心したのですが、やっぱり調子のいいときの動きと若干違ったので、その不安が(決勝)レースにつながってしまったのかなと思います。

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