今年の関東学生対校選手権(関カレ)、日本学生対校選手権(全カレ)で共に5位入賞を果たし、日本選手権にも出場した中村健士(スポ3=東京・調布北)。そんな大車輪の活躍を見せた中村健だが、実は今年の2月に早稲田大学陸上競技同好会(陸同)から競走部に入部した『新入部員』なのだ。異色の経歴を持つ中村健が競走部に入った理由とは――。そのきっかけを伺った。
※この取材は10月10日に行われたものです。
陸同では気楽に
対談は終始、和やかな雰囲気の中行われた
――陸上競技を始めたきっかけは何ですか
陸上は小学生の頃に始めました。3つ上と6つ上の二人の兄がいて、6つ上の兄は中学の最初はテニス部だったんですけど、中学2年生か3年生、ちょうど僕が小学3年生の時に陸上を始めて。それで僕も違うスポーツをやっていたんですけど、陸上のクラブに真ん中のお兄ちゃんと二人で行くようになりました。最初は遊びで行って、徐々に本格的にやるようになりました。
――その中で走幅跳を選んだきっかけはありましたか
正直記憶にはないんですけど、小学3年生の頃に陸上を始めてその頃はまだ100メートルだけで、小学5年生の時にはすでに走幅跳を始めていたということは覚えていますね。
――高校時代では総体(インターハイ)に出場などの結果を残していますが、高校時代を振り返るといかがですか
高校でまず陸上をあまりやるつもりがなくて。それで高校を選んだんですけど、実際高校の陸上部自体、東京都の中では本当に有名じゃない高校で、その中でやって行くのは正直きつかったです。でも1年生の時にうなぎのぼりのようになぜかどんどん上がっていって、国体(国民体育大会)に出場させていただいて入賞もできて。そのままどんどん上がって行くかなと正直自分の中でも期待があったんですけど、環境が環境で、本当に走る環境がなくて、高校2年生の時は1年生からほとんど伸びずに、インターハイも出場で予選落ちに終わってしまって。高校3年生もほとんど記録が伸びずにインターハイ決勝にはたまたま進んだんですけど、それでも8位入賞はできずに終わってしましました。正直振り返って、高校1年生までは自分の中では良かったかもしれないんですけど、それ以降はあまりいい思い出はないですね。
――その思いが大学でも陸上をやろうという気持ちになったのでしょうか
高校3年生で記録が伸びずに、もう限界かなと思って、一回やめようかなと思ったんですけど、大学に入った時に新歓時のSNSなどのつながりの中で強豪校の陸上部の人と連絡を取るようになりました。一緒に同好会に入らないかということになって、2人で入りました。それがきっかけで陸上は結局続けることになりました。
――では競走部に入ることは考えたことはなかったのですか
そうですね。ほとんどないですね。同好会の存在もわからなかったので、部活に入るつもりはほとんどなかったですね。
――部からの勧誘はなかったのですか
いや、なかったと思いますね。
――陸同ではどのように練習していたのでしょうか
同好会ではみんなで同じ競技場に集まって、週に1回から3回練習にみんなで行って練習する感じだったんでした。同好会の方が気楽にというか、自分らしい楽な練習ができて、そのおかげで同好会でも記録が伸び続けました。楽しく陸上ができたという感じです。
――では陸同での練習環境はどのようなものでしたか
練習の環境は、高校時代ではグラウンドが狭くて、その中で陸上部以外に3つ他の部活が活動していたので、本当に陸上部は走る隙間がないという感じでした。でも同好会では練習日数は少ないけれど、環境としては競技場でできるし、思うような練習ができるので、練習日数が少なくても、質の良い練習が少しはできたのではないかなと思います。
――陸同での面白かったエピソードがあれば教えてください
そうですね…。試合が面白かったですね。練習はもちろん、ふざけあって楽しかったんですけど、試合は試合で楽しかったです。陸同は同好会だけど、どこの同好会やサークルよりも遊んだりするんですけど、それ以上に陸上への熱意が強いので、競技成績も良くて。大事な試合はちゃんとやるんですけど、楽しい試合もあるので、そういう時は短距離の人が長距離に出てたり、僕も大事な試合なのに、走幅跳で跳ぼうとした瞬間、なんか罵声みたいな声がたくさん飛んでくるんですよ(笑)。みんな応援してくれているつもりだと思うんですけど、罵声にしか聞こえないような感じで(笑)。「跳ばなきゃ◯◯だぞ〜」って(笑)。
――そこは同好会ならではところですね
そうですね。あれが一番楽しかったですね。練習はもちろん楽しかったです。
競走部でも自分らしく
関カレでは5位入賞を果たした中村健
――それでは今年の2月から競走部に入部されましたが、何かきっかけがあったのでしょうか
今の社会人1年目の先輩たちが昨年までいたのですが、その代が本当に陸上に対する熱意が強くて、かつ遊びに対する熱意もあって。どちらもちゃんとするという代で、僕はその先輩たちの姿勢が大好きでした。僕もやるからには陸上も記録を伸ばしたいし、ちゃんと試合にも出たいという気持ちもありました。その先輩たちが昨年の秋に引退して練習とかに来なくなったんですけど、その先輩たちの下の、今の4年生の代から少しずつ陸上よりも遊びのような。それが下級生になればどんどんその考えが強くなっているような感じで。陸上は遊びで、遊びが本気という感じに見えてしまいました。同好会なので、それはそれで楽しいので全然ありだと思います。でもそれになった瞬間、僕も楽しいなと思った時期もあったんですけど、やはり物足りなさというか、もっと試合に出て強い選手と戦いたいという気持ちがあって。記録も出したいし、僕なりに同好会ではあったんですけど目標はあったので、その目標を達成するには同好会のこの雰囲気では駄目だなと思ったので、競走部の監督やコーチにお話をさせていただきました。
――その時の目標というものは
同好会ではインカレは出られないんですけど、日本選手権などの大会は出る資格があるので、日本選手権に出場して入賞するというのが同好会の時の目標でした。
――入部にはどのように至ったのですか
10月、11月あたりにはほとんど気持ちが固まっていて、話をさせていただく期間と、自分の中ではお金を貯めてから入りたいとか下積みをしてから入らなきゃなという気持ちもあったので、その3カ月、4カ月があって2月に入部させていただきました。
――入部を決めるにあたって、誰かに相談したのですか
特にはしていないですね。ほとんど自分で決めました。それで決めた考えを同好会のみんなにもすぐに言ったし、親にも伝えました。
――とても意志が強いのですね
頑固ですね(笑)。きっと頑固です(笑)。
――入部をしてまず一番最初に感じたことはありましたか
同好会の時にはなかった組織感というか、まとまりがすごいなと思いました。雰囲気の重さというか、練習だけど緊張感があるというのが漂っていました。
――それは陸同では感じ得なかったのですか
全くなかったことでした。全然違いましたね。
――それに慣れることには時間がかかりましたか
そっちに慣れなきゃいけないという気持ちと、自分らしさを壊したくないという気持ちが両方ともありました。今ではうまく自分らしさを保ちながら、協調性も発揮して、という風にやらせていただいています。
――「自分らしさ」とはどういうものなのでしょうか
同好会の時も中学の時から言われているんですけど、よく言われてきたのは、『ゆるさ』ですかね。僕自身実感はなくて表現するのに難しいんですけど、本気に見えないというか、強そうに見えないとか、その実力があるようには思えない見た目や練習中の雰囲気をよく言われていて、その雰囲気は崩さないほうがいいよとはよく言われてきました。それが自分らしさなのかなと思って、真面目でもないので(笑)。同好会に入るようなもんなので、そういう雰囲気は競走部の中では最初は自分が合わない人になるかもしれないと思ったんですけど、それを貫いて今ではやっています。
――競走部に入部したことで、競技に対する視線は変わりましたか
はい。周りの環境や、みんなが目標にしているところがすごいので、それに自分も感化されて、自分もさらに上を目指すようになりました。
――同好会から競走部に入ったことを今振り返るといかがですか
(競走部に)入ってよかったと思います。
――ではその理由は
初めての本格的な組織で。今まで顧問はいたんですけど、陸上については全く知らないし、コーチもいなかったし、試合の帯同もないという環境でやっていました。今は初めてちゃんとした環境でやれているので、やっと自分の限界というか、もうちょっといけるのかなという気持ちがあるので、入ってよかったなとすごく思います。
――では入部して今シーズンを振り返るといかがですか
もったいなかった思うところがあります。関カレまではすごくよかったと思っていて、関カレで偶然の風が吹いて日本選手権の標準を切って出れることになりました。ただ、日本選手権ではあまりうまくいかなかったし、全カレも入賞はなんとかできたんですけど、直前に助走を変えたりなど、もう少しいけたんじゃないかなという気持ちが少しあって、後悔が残る年でした。
――冬季練習ではどのような計画を立てていますか
冬季練習が初めてですので本当に怖いんですけど、ケガをしないように頑張りたいです。本当に辛いらしいので、とにかく怖いんですけど、みんなに頑張ってついていきたいなと思います。
――最後に、来年や今後への目標をお願いします
来年は記録では8メートルは必ず跳ぶことと、インカレではどちらも3位以内、日本選手権でも3位以内に必ず入りたいと思っています。
――ありがとうございました!
(取材・編集 岡部稜)
笑顔が素敵な中村選手。ラストシーズンの活躍にも期待しましょう!
◆中村健士(なかむら・けんじ)
1997(平9)年8月13日生まれ。175センチ。東京・調布北高出身。スポーツ科学部3年。お菓子が大好きだという中村選手。その中でもチョコレートが特にお気に入りだとのことですが、入部後は食べる量を減らしているそうです。今季の結果には満足していない中村選手。来シーズンどこまで飛躍を遂げるのか、目が離せません!