渡辺康幸駅伝監督(平8人卒=千葉・市船橋)退任の知らせから早3カ月。新駅伝監督には4月1日付で相楽豊長距離コーチ(平15人卒=福島・安積)の就任が発表され、9日に公開記者会見が行われた。相楽コーチは「今後も『ワセダから世界へ』羽ばたけるような選手も育成したい」と、渡辺監督の指導を引き継ぐことを明言。自身の今後の進路を明らかにしなかった渡辺監督も、相楽コーチを裏方で支えていくことを表明した。
退任する渡辺駅伝監督(左)と4月より新駅伝監督に就任する相楽長距離コーチ
渡辺監督はコーチ時代を含む12年間の早大での指導について、「(大学駅伝)三冠を達成したり、竹澤(健介、平21スポ卒=現住友電工)や大迫(傑、平26スポ卒=現日清食品グループ)のような世界に羽ばたく選手を育成し、やるべきことはできた」と振り返った。就任に際しプレッシャーもあったと語った相楽コーチであったが、1月から既に監督としての指導を始めているとのこと。学生主体で改革を進めている途中と話した相楽新駅伝監督率いる早大競走部。大学駅伝三冠を目指し、新たな一歩を踏み出した。
(記事 八木瑛莉佳、写真 三井田雄一)
冒頭あいさつ
渡辺康幸駅伝監督(平8人卒=千葉・市船橋)
11年駅伝監督をやらせていただきまして、1年間はコーチとして、12年早稲田大学競走部の駅伝の方に携われていただきました。三冠も達成しまして、オリンピック選手の竹澤くん(健介、平21スポ卒=現住友電工)、大迫くん(傑、平26スポ卒=現日清食品グループ)を育てまして、一通り自分のやるべきことはできたかなということで今回退任をすることになりました。本来なら箱根駅伝(東京箱根間往復大学駅伝)を終わってすぐ会見をするべきでしたけれど、色々ありましてきょうやることになりました。11年間の監督生活の中では、非常に皆さんに支えていただきまして感謝しています。大学もそうですし、OB会もそうですし、もちろん支えて下さったスタッフも含めて家族、本当に皆さんに感謝しています。私一人の力では今のチームは作れなかったのかなと思っています。ただ残念なことは一つ、ことし青学大さんに優勝をさらわれてしまったこと、最後に優勝して終わりたかったということで、それがどうしても心残りです。後は相楽くん(豊長距離コーチ、平15人卒=福島・安積)に来年以降(の早大競走部)を託して、また優勝を目指して頑張ってもらいたいなと思っています。
相楽豊長距離コーチ(平15人卒=福島・安積)
これまで2005年より渡辺監督と共に10年間コーチとしてこのチームの指導に携わって参りました。この度監督の打診がありまして色々思い悩むこともありました。しかし渡辺監督と作り上げて来たこの10年間でできあがったチームが、先ほど監督からも話がありましたようにまだまだ発展途上であること、まだまだこのチームはやれるということを思いました。渡辺監督の後を引き継いでさらに発展させたいという思いから今回監督を受かることとなりました。これまで早稲田大学がやってきました『ワセダから世界へ』というキーワードをベースにしまして、これからはオリンピック、世界選手権などの国際舞台で活躍できる選手の育成というものを目指しながら渡辺監督の意思を引き継いで頑張っていきたいと思います。
コメント
――監督生活の中で一番印象に残っているレースを教えてください
渡辺監督 やはり(大学駅伝)三冠をした時ですね。まずそこで自分の中ではこれまで苦労してきたことが報われたなと思いました。ただそこは自分の中でゴールというか気持ちとしてですね、三冠をやってしまってちょっと満足をしてしまったというのが正直あります。一気に三冠をしてしまったので、立川ですごく苦労しながらチームを相楽くんと作ってきて2011年が自分の中ですごく華々しく全てがうまくいった1年でした。色々苦労はありましたけど、私は非常に箱根駅伝に育ててもらったというのもありますし、これからも箱根駅伝に恩返ししたいという気持ちはあります。
――早大は箱根で歴代優勝回数も多い大学でプレッシャーもあると思いますが、早大とはどんなチームだと思いますか
渡辺監督 私が就任した当初はシード落ちしていましたので5番や6番でよくやったと言ってくれる時もありました。やはり優勝してからは4番、5番では許されなくなってしまったというところは早稲田大学を背負わなければならないという使命かなと感じています。最近新興の大学や今回の青学大、どこの大学もそうですけれど、大学をあげて必死に優勝を目指してきています。そこのところに飲み込まないように、先輩たちが築いてきてくれた伝統をきちんと受け継いで相楽くんにはやってもらいたいなと思っています。
相楽コーチ 早稲田大学というのは100年という歴史の中で、常に学生でありながら世界で戦う選手というのを輩出しています。これは渡辺監督もそうでしたし、この10年の中で見ても竹澤健介、大迫傑といった本当に日の丸を背負って世界と戦う選手がいます。しかし一方で、一般入試で入ってきた学生が同じチームの中で学生駅伝の優勝を目指して頑張るというのがこのチームの最大の魅力であり強さであったといまでも思っています。引き続き世界に出られるような日本トップクラスの選手の育成を図りながら、一般入試で苦労して入ってきた学生というのも強化していきます。これらを融合した時が一番早稲田大学が強くなる時だと私は信じていますので、そういった魅力がありながらかつ勝てるチームというのを目指していけたらそれがワセダらしさであり、そういうチームを目指していきたいなと考えています。
――来季の早大の具体的な目標をお聞かせ下さい
相楽コーチ 今回渡辺監督の最後ということで箱根については総合優勝というのを真剣に狙ってチャレンジしました。結果は5位ということで自分たちの力は出し切ったとは思いますが、優勝したチームには手が届かなかったというのは事実です。新しいチームになって学生主体で様々な取り組みをして、チームの改革に取り組み始めたところではあります。総合5位のチームではありますが、今から青学大さんの大会記録を塗り替えるくらいの高い目標を持ってやらないと勝てるチームにはなれないと思っています。しかしあくまでも学生三大駅伝での総合優勝というのをチームの大きな目標として取り組んでいきたいと思っています。
――渡辺監督は、学生駅伝は今後どのように進むべきだと思われますか
渡辺監督 瀬古さん(利彦氏、昭55教卒=現DeNA駅伝監督)の時代から大学生は実業団と肩を並べる選手はたくさん出てきていました。しかしどうしても箱根駅伝がゴールになってしまっているこの日本陸上界の現状が本当に残念に思っています。私が20年前箱根から世界へ飛び立てなかったということが世間を裏切ってしまったという責任を感じ、指導者として(箱根へ)恩返しをしたいと思ってワセダで個人の選手を育ててきました。世界で戦えるような選手たちが毎年毎年出てきています。そのような選手がこれから世界へ羽ばたいて行って、「大学駅伝ってすごいんだな」と認めてもらえたらいいなと思っています。我々指導者は1年1年必死にやってきています。監督をやっているときは非常に瀬古さんに支えてもらったので、今後私は裏方として相楽くんを同じように支えていければと思います。応援してます。
――渡辺監督はどうしてこのタイミングで辞任されようと思われましたか。また今後の進路についてはいかがですか
渡辺監督 私の今後に関しては現時点ではお答えできませんが、近いうちに皆さんに発表できると思います。(退任については)急に辞めることになったのではなく、三冠をしてから、それがゴールになってしまっていたのかなと。自分の中で指導者として迷走してしまった部分があって、結果が出せなかったのかなと反省している部分があります。成績不振なのかと言われるほど不振ではないと思います。ただ自分の中でこのままでいいのかなと思ったり、将来自分の進むべき道を考えたり、東京オリンピックが決まったこともありと、色々なことが重なって退任することになりました。しかし私のノウハウを持った相楽くんや駒野くん(亮太長距離コーチ、平20教卒=東京・早実)もおりますので、新しい人が入ってきてチームが大きく変わるということはありません。ですが私はいなくなりますので、私の色は引きずらないようにしてほしいと思います。相楽くんは選手時代の実績もありませんし、最初から皆さんに注目されるということはないと思います。青学大の原さん(晋監督)や東洋の酒井くん(俊幸監督)が実績がない中で優勝しているということを考えると、今度は違う方向から早大を面白いチームに作っていってくれるのではないかと思います。スカウトが苦しくなるなんて意見もありますが、私も遺産と言いますか選手を残せたと思います。相楽くんも駒野くんも色々苦労はあると思いますが、瀬古さんに支えてもらったように裏で支えていきたいです。
――相楽コーチが渡辺監督から学ばれたことは何ですか
相楽コーチ コーチになった当初は渡辺監督が就任したばかりということもあり、私の意識としては『二人で』というより『二人の足りないところを互いに補い合いながら』、二人で一人分として取り組んできました。その中で渡辺監督と私とで役割分担がされており、時には私がきつく叱って渡辺監督にフォローしていただくといったこともありました。指導や学生との距離感で異なることもありましたので、今度は私が渡辺監督のやられていたことを自分がやらなくてはならないかなと思っています。そういった意味では渡辺監督の学生との接し方や距離感などを間近で見てきたので学んだことだと思います。
――渡辺監督が考える、相楽コーチの指導者としての特性は何でしょうか
渡辺監督 近年大学スポーツでは指導だけでなく選手の育成や教育、チームマネジメントというものが必要になってきています。高校の教員上がりの先生が大学でうまくいくというパターンが多くなっていますが、その中で相楽くんや駒野くんは教職の免許も持っていますし、教育と育成という点では非常にスペシャリストだと思います。これから早稲田大学の場合は世界へということが必ずついて回るので、育成・教育というところでは彼らはきちっとやってくれると思います。また箱根駅伝についてもそれなりのチームを毎年作ってくれると思います。ただ国際的な選手を3、4年には一人必ずつくるということはやはりやってほしいなと思います。そうしないとインターハイ(全国高校総体)優勝クラスがこれからワセダに流れてこなくなってしまいますので、やはり『ワセダから世界へ』目指してやっていってほしいなと思います。