【連載】『令和2年度卒業記念特集』第12回 田中要/水球

水球男子

チームの『要』に

 10-16。10-20。学生王者・日体大の壁は、厚かった。昨年、早大は日本学生選手権(インカレ)と日本選手権で日体大と2度対戦。結果的には2度敗れたが、早大は強敵相手に一歩も引かない姿勢を見せた。特に田中要(スポ=埼玉・秀明英光)は両試合で3得点以上を挙げるなど、主将として、エースとして、最後まで早大の誇りを胸に戦い続けた。田中が早大で過ごした4年間、そして15年間の水球人生に迫る。

 水球を始めたきっかけは、兄の影響。幼少期から水泳を習っていた田中は、球技が好きだったこともあり、自然と水球にのめり込んでいったという。メキメキと実力を伸ばし、強豪・秀明英光高校に進学。高校3年時には埼玉県選抜に選ばれ、チームを全日本ジュニア優勝へと導くなど、高校水球界屈指の選手に成長した。多くの輝かしい実績を引っ提げて田中が選んだ進学先は、早大。早大に入学を決めた理由は、「上下関係がしっかりしていることに魅力を感じたから」。競技レベルの向上だけでなく、人としても成長することを期待しながら、田中の大学水球、そして日体大との戦いが幕を開けた。

昨年のインカレ、明大戦でゴールを狙う田中

 「入部した当初は成績が低迷していた」と田中が語るように、1年時は関東学生リーグ戦(リーグ戦)を5位で終え、インカレでは3位に輝いたものの、日本選手権最終予選会で敗れ、日本選手権への出場権を獲得することはできなかった。またこのシーズンは公式戦で3度日体大と相まみえ、2度コールド負けを喫するなど、「先輩には有終の美を飾って引退してほしい」と思いながら試合に出場していた田中にとって、悔しい1年となった。しかし早大はその後も長く暗いトンネルを抜け出すことができない。2年時には、26年間続いていた早慶対抗水上競技大会(早慶戦)連勝記録がストップ。3年時も早慶戦勝利はかなわず、インカレでも慶大に準々決勝で敗れ、シード権獲得を逃した。ルーキーの頃から試合に出場し、絶対的な早大のポイントゲッターとしての地位を確立していた田中。早慶戦の連勝記録を止め、インカレのシード権を失ったことに対して、「責任を感じるとともに奪還に向けてのプレッシャーも大きくなっていった」という。

 そして昨年、最高学年になり主将に就任。そんな田中がチームのスローガンに掲げたのは、『奪還』。田中は「1年生も気軽に意見をすることができるチーム」にすることを目指し、ラストシーズンが始まった。しかし、待っていたのはこれまでと違う日常。新型コロナウイルスの影響で、例年5、6月に行われていたリーグ戦は中止となり、実際に1年生と合流できたのは6月のことだった。8月の早慶戦まで時間がない中で、田中は「意見しやすい雰囲気づくり」を徹底。部員の多様性を認めて、「いろいろな角度から意見を引き出し、まとめ、昇華」させ、チームの結束を高めていった。迎えた早慶戦。これまでの田中の取り組みに呼応するかのように、1年生の都田楓我(スポ=鹿児島南)が先制点を挙げると、その後も早大のペースで試合を進め、13-6の快勝。長く暗いトンネルをン抜け出した瞬間だった。9月にはインカレが開幕し明大、慶大を下した早大は、準決勝で日体大と激突。なんとしても勝利したい早大だったが、これがダブルヘッダーの2試合目ということもあって既に体力を消耗しており、厳しい展開に。第1ピリオドで2-8と大きくリードされると、地力の差を見せつけられ10-16で敗戦。しかし翌日の3位決定戦には切り替えて臨み、10-6で銅メダルを手にした。

昨年のインカレ、専大戦でパスを出す田中

 早大はその勢いのまま、10月の日本選手権最終予選会を1位で通過。4年ぶりの日本選手権出場を決めた。早大は初戦で大垣東高を撃破するが、準決勝で昨年覇者の社会人チーム・Kingfisher74に敗れる。駒を進めた3位決定戦、待っていたのは日体大。日体大は、「苦汁をなめさせられ、先輩たちが涙をのむのを間近で見てきた」存在。これが早大での最後の公式戦となる田中ら4年生にとって、ふさわしい相手だった。試合は日体大に先制を許すが、田中がすぐさまゴールを奪い、チームを鼓舞する。しかしその後は実力で上回る日体大相手に流れをつかめず最終第4ピリオドへ。終盤に田中がシュートを突き刺し意地を見せるも、10-20で敗北。学生王者・日体大は、早大の前に、田中の前に、またも立ちはだかった。

 大学で水球は引退し、社会人になるという田中。早大での生活、また水球を通して学んだことを尋ねると、「選択した道を正しくできるかそうでないかは自分の行動次第だということ」と答えた。上級生のためにがむしゃらにゴールを狙った1年時。チームの中心選手になっていくにつれて、チームの不振に対する責任を感じ、後輩の強化にも努めた2、3年時。コロナ禍で実戦経験を積めていない1年生もいる中で、自分ができることを確実に行い、主将として部員をまとめあげた4年時。チームのことを思って取った4年間の行動が、昨年の早慶戦勝利、インカレでのシード権獲得という『奪還』に結びついた。

 「自分が1年生の頃から着実にその差は縮まってきている」――。改めて日体大への思いを聞くと、田中はこう答えた。田中から後輩へ、4年間の思いを乗せたラストパスがつながれた。

(記事、写真 長村光)