【連載】『平成30年度卒業記念特集』第53回 渡辺一平/競泳

競泳

世界の頂点へ

 ユース五輪で金メダルを獲得するなどの実績を引っ提げ、将来有望なスイマーとして早大に入学した渡辺一平(スポ=大分・佐伯鶴城)。大学生活を通して大きな成長を遂げ、男子200メートル平泳ぎの世界記録保持者、そして主要国際大会の金メダリストという称号を手にし、東京五輪での活躍も期待されている。それでも、入学時は世界を舞台に戦えるような選手ではなかった。現に世界選手権はおろか、ユニバーシアードの代表も逃している。渡辺をここまで強くした要因は何だったのだろうか。その四年間をひも解いていく。

 渡辺が初めて主要国際大会に出場したのは2年時のリオデジャネイロ五輪(リオ五輪)。代表選考会である日本選手権の男子200メートル平泳ぎで2位に入り、夢舞台への切符をつかんだ。五輪開幕前の目標は決勝への進出。「北島さん(康介氏)、立石さん(諒氏)を差し置いて代表入りをしているんだから、予選落ちなんて絶対駄目」。偉大なメダリストを抑えての出場に、使命感を抱いていた。しかし、当時の渡辺の自己ベストは決勝へ駒を進められるかどうかのライン上。「全力でいかないといけなかった」。そう考え、準決勝は無我夢中で泳いだ。すると、自己ベストを1秒以上更新し、本人さえ予想だにしなかった五輪記録を樹立。19歳の新星が世界にその名を轟かせた瞬間だった。ところが、決勝では勝負にこだわり過ぎて大きな泳ぎができず、6位という不本意な結果に。「自分が一番速かったにもかかわらず負けた」ことへの悔しさが募った。

 「自分が一番強いというのを証明したい」。帰国後はそんな思いで強化に取り組んでいった。11月のアジア選手権では練習再開から日が浅かったにもかかわらず、男子100メートル平泳ぎで初の1分切りを達成。同200メートルも2分8秒19の好記録をたたき出し、「すごく自信につながった」と語るように、渡辺に強い印象を残す大会となった。さらに充実した年末年始の泳ぎ込みを経て臨んだ、短水路の大会である東京六大学冬季対抗戦でも結果を残し、迎えた2週間後の東京都選手権。当時の世界記録を0秒34上回る2分6秒67という驚異的な速さで泳いでみせたのだった。こうして世界のトップ選手の一人に名を連ねるようになった渡辺。以降は代表団の中心選手として、3年時にハンガリー・ブダペストで行われた世界選手権では3位入賞、そして翌年東京で開催されたパンパシフィック選手権ではついに主要国際大会で金メダルを手中に収める。両大会とも万全のコンディションで臨めなかったという反省点こそあるものの、その強さを見せつけた。

昨年のインカレで平泳ぎ2冠を達成した渡辺

 この四年間でトップ選手への階段を駆け上がった渡辺。高校時代に比べると練習時間、回数共に充実した環境下で練習に励んできた。その中でも特に改善を図ったのは、入学時は苦手としていたスタートとターンだ。自分の映像を撮ったり、必要な筋肉を鍛えるなど、課題として重点的に取り組んできた。その結果、今では国内最大のライバルである小関也朱篤(ミキハウス)以外の日本人選手には、劣らないという自信を持てるまでに。また、強みである大きなストロークも磨いてきたという。これらの鍛錬が功を奏し、飛躍を遂げたのだ。

 成長の要因は技術の向上だけではない。「チームメートに支えられて自分自身がいい結果を残せた」と話すように、そこには早大水泳部の仲間の存在があった。特に1学年上の坂井聖人(平30スポ卒=現セイコー)は、強い憧れを抱く一方で、大いに刺激を受けてきた。専門種目こそ異なるが、得意とするレース展開や練習のスタイルが似ている渡辺と坂井。海外で実施される高地合宿も何度も共にし、競い合ってきた。また、同期の渡部香生子(スポ=東京・武蔵野)も渡辺が「負けたくない」という意識を持っていたチームメートの一人。1年時に渡部が世界選手権の女子200メートル平泳ぎで金メダルを獲得するなどの華々しい活躍を見せるのに対し、出場できていない自身と比較して「自分は何をやっているんだろうな」と思うこともあった。それでも、2年時には共にリオ五輪に出場。その後、渡部が練習拠点を早大に移した後は、坂井同様練習中の良きライバルとして切磋琢磨(せっさたくま)してきた。四年間を振り返り、「楽しかったです、早稲田に入って良かった」と口にした渡辺。充実した日々は、確かに渡辺の糧となったはずだ。

 いよいよ4年に一度のひのき舞台に向けて、本格的な勝負が始まる今季。五輪前年というのもあり、渡辺が「今の僕自身の世界新では絶対に勝てない」と話すほど、今年の世界選手権はハイレベルなレースが予想されている。それに向けまず渡辺が狙うのは、約半月後に迫った日本選手権での世界記録の更新。ここで結果を残せれば、世界選手権初制覇、そして「東京五輪でのぶっちぎりの優勝」も一段と近いものになるはずだ。自身が北島氏に憧れたように、子どもたちが自分に憧れて水泳を始めてくれたら。そんな思いも持って夢への道を歩み続ける。

(記事 青柳香穂、写真 石黒暖乃)