【特集】『世界短水路事後インタビュー』中村克

競泳

  先月上旬、カタール・ドーハで世界短水路選手権(世界短水路)が行われた。今回はその世界短水路で全7レースに出場し、リレーでは日本記録更新にも貢献した中村克(スポ3=東京・武蔵野)のインタビューをお届けする。初のA代表として臨んだ昨夏の国際大会でブレイクし、いまや日本代表に欠かせない存在となった中村に今大会の振り返りとことしへの意気込みをうかがった。

※この取材は12月26日に行われたものです。

課題と収穫を得た世界短水路

笑顔を見せながら取材に応じる中村

——12月20日までインターナショナル合宿に参加されていましたが、練習ではどのようなポイントを強化されていましたか

今回のインター合宿は、奥野先生(景介監督、昭63教卒=広島・瀬戸内)が作るメニューをやっていたので、僕自身普段慣れている練習を日本のトップのスプリンターと一緒にやっていました。僕自身の課題が瞬発力といいますか、爆発力なので、そういうパワートレーニングを主にやっていました。

——世界短水路の直後の合宿でしたが、疲れはありましたか

時差がやはり6時間あったので、時差ボケとかでなかなか眠れなかったり、夜の2時、3時まで眠れないことが続いていました。その中での合宿だったので、いつもよりもボリュームなども多くてすごくきつかったのですけれども、とても良い練習ができたかなと思います。

――他にも時差ボケになっている方はいらっしゃいましたか

やはり世界短水路に行った人たちの多くはやはり苦しんでいて、中には僕らのスプリントチームではないのですけれども、「時差ボケで練習休みます」という人たちもいたりして。それに関しては結構異例というか、なんと言っていいかわからないのですけれども(笑)。そういう人もいました。

――インターナショナル合宿での練習時間は一日にどれくらいなのですか

ワセダの時間とあまり変わらないです。水中時間がワセダは大体2時間くらいだとは思うのですけれど、いつもよりも30分多い2時間半くらいです。その前後などにドライランド(陸上トレーニング)と補強トレーニングなどをいれて、トータル3時間半くらいですかね。

――朝と夜それぞれそのくらいの時間ですか

そうですね。朝は3時間半、夜も3時間半という感じです。

――それでは、メインの世界短水路のお話に移りたいと思います。今大会では全部で7レースに出場されましたが、全体を振り返っていかがですか

今回世界短水路では7レースやりましたが、そのなかで良かった点と悪かった点があって、総合的にはやはりすごく良い経験ができて、自分の課題や収穫もあったので、すごく良い遠征にはなったと思います。

——まず唯一、個人種目で出場された100メートル自由形に関しては、どのような目標で臨まれましたか

自己ベスト(46秒99)が日本記録にあと0秒1くらいだったので、日本記録を目標に臨んでいたのですけれども、ライバルの塩浦選手(慎理、イトマン東進)に先に越されてしまったというのと、自分は準決勝止まりで慎理さんは決勝に行かれていて、その差が少し今回は大きく出てしまったかなと。やはりその点はすごく悔しかったです。逆にそこですごく悔しい思いができたので、それ以降もっともっと努力していって、がんばっていこうかなと思える遠征にはなりました。

——予選は最終17組目での出場となりましたが、前の組までのレースを受けて何か意識されたことはありますか

特に僕の隣を泳ぐ選手(フローラン・マナドゥ、フランス)が前々日に50メートルの自由形で世界記録を出した選手だったので、予選はすごく流してくるなとは思っていました。でも、落ち着いて自分のレースに徹するようにして、リラックスして自己ベストにすごく近いタイムで泳げたので、準決勝はいけるかなとは思ったのですけど、その前々日にあった8継(800メートルフリーリレー)のダメージが…。普段200メートルは泳がないので、そのダメージが結構残っていて、予選よりもタイムを大幅に上げることはできなかったので、その点に関してはもう少しタフにならないといけないなというところでした。

——隣のフランスのマナドゥ選手だけでなく、同組には塩浦選手がいる予選になりました

慎理さんに関しては、勝ちたいという気持ちがすごく強かったので、すごく意識したわけではないのですけれども、やはり慎理さんには絶対に予選は抑えていかないとという気持ちはありました。

——予選のタイムは47秒32、順位は9位でした。この結果についてはいかがですか

予選に関しては、16番に入れば準決勝にいけるので、そこをしっかりと意識してもう少し余力が残せれば良かったのかなと思うので、その点に関してはもっともっと力をつけていかないといけないなと思いました。

——予選から準決勝に向けて修正した点は

やはり僕はスタートですごく出遅れてしまうというところがあったので、一緒に行かれていた(奥野)監督に相談しました。「前半を思い切っていってみたらどうだ」ということだったので、予選同様に思い切っていったのは良かったのですけれども、その分いつもよりもオーバーなレースペースだったので、後半バテが見えてしまったのですかね(笑)。なので、修正できたところは前半だったのですけれども、その代わり少し課題が出てきてしまったという感じですね。

——その前半50メートルのラップタイムは自己ベストを出したときよりも速かったですね

はい。世界はもともと僕ら以上にすごく力を持っている選手ではあるのと、やはり外国人選手は前半から積極的にいくので、前半で置いていかれたらすごく波も食らいますし、勝負ができないと思っていたので、今大会に限らず今後はもっともっと積極的に前半から攻めるレースをしていこうかなと思っています。

——塩浦選手が準決勝で日本記録を更新されたことに関してはいかがですか

僕は準決勝1組目で自分のレースが終わった後に、その後のレースを見ていたのですけれども、やはり慎理さんも前半から積極的にいかれていて、自分よりもはるかに速い前半(のラップタイム)で入って、かつ後半もバテることなく泳ぎ切っていたので、すごいなと思いましたし、高速水着の(時代の)記録を抜いていたので、悔しいという気持ちがすごく強かったです。その気持ちが大切なのかなとは思いますけれども、やはり少し悔しかったですね。(日本新記録は)自分が出したいという気持ちの方が強かったので。

——また、決勝ラインは46秒82ということでした。世界で戦う上で世界のカベなど痛感したことはありますか

日本記録をいつも更新できるようなレベルでないと、世界とは戦えないということがもともとわかっていましたし、今回身体で体感したので、今後はその日本記録にとらわれないで日本記録、日本人の限界をもっともっと越えていって、やはり日本の自由形の底上げをみんなでしていきたいなと思っています。

——続いて、初日の400メートルフリーリレーのお話に移りたいと思います。予選、決勝どちらも第1泳者として泳がれましたが、どのような役割を果たしたいと思っていましたか

短水路のレースでは、初日の時点では僕が一番自己ベストが速かったので、チームの監督やリレーメンバーの中で話し合った結果、先行逃げ切りというかたちになって、まず自分が予選で自己ベスト近くで泳ぐことが求められていました。その点に関しては、仕事はできていたのかなと思います。決勝に関しても大きく日本記録を更新することができたので、全体としては良かったです。でも僕自身はもう少しタイムを上げたかったのとチーム全体で話していたのがもっと上の順位を目指していたということだったので、良かった点もありましたが、やはり悔しい部分もありました。

——それでは予選、決勝どちらも日本記録更新で7位ということでしたが、この結果はあまり満足されていないということですか

そうですね。日本記録を2秒くらい更新していて、それでも決勝だと7番ということだったので、やはりフリーリレーでもメドレーリレー同様にメダルをいつかとりたいと思っている種目なので、僕自身もそうですがみんなでもっともっと力をつけていって、またこういう舞台で(メダル獲得に向けて)チャレンジしていきたいです。

――他にも様々な種目に出場されていますが、特に印象に残っている種目は

僕自身がすごく印象に残っているというか、すごくプレッシャーを感じた種目は800メートルのフリーリレーです。やっぱり僕は普段50メートルと100メートルの種目がメインなので、200メートルを泳ぐことはめったにないです。それなのに日本代表として800メートルフリーリレーを任された時はすごく緊張もしました。レースのことは本当に無我夢中であんまり覚えてないのですが、世界短水路の中では自分はすごく8継が印象的でした。

――200メートルメドレーリレーではバタフライ、800メートルフリーリレーでは200メートルという距離を泳がれたということで、2つともご自身の専門外でしたがどのような意識を持って泳ぎましたか

200メートルのメドレーリレーの方では、正直決勝進出が危ういのではないかと言われていた種目ではあったので、そこはメンバーみんなでリラックスして泳ぎました。結果は9位ということで、あと少し速かったら(決勝に)残れたという感じだったのでそこは少し残念なところではありました。200メートルのメドレーリレーに関してはことしの4月の六大学(東京六大学春季対抗戦)でワセダが日本記録に挑戦している種目で、その記録よりは遅い記録だったので。世界短水路での9位はすごく残念なのですが、今回つくった日本記録に今後再びワセダで挑戦してきたいなと思っています。8継に関しては絶対に予選落ちが許されない種目でした。結果としては予選落ちにはなってしまったのですが、今回の8継で自分の新しい可能性というのも見えました。今回は萩野(公介、東洋大)と大也(瀬戸、スポ2=埼玉栄)はメンバーには使わないで予選通過をすることが目標だったのですが、(予選で泳いだ)メンバーの中ではたしか一番速く泳ぐことができていました。結果としては残念なのですが今後200メートル自由形にももしかしたら挑戦するかもしれないというか、監督に「挑戦しろ」という風に言われたので(笑)。何らかのかたちで挑戦していこうかなと思っています。

――ジャパンオープン2014から個人レースでも200メートル自由形を泳がれてきましたが、そこからの成長はありますか

あの時はたしか38度くらい熱があって、そのなかでも奥野さんに「泳げ」と言われていて(笑)。あの大会はたしかビリだったのですごく恥ずかしいレースをしてしまったのですが、世界短水路に関しては、自分はアンカーだったので。正直100メートルをターンした時点ですでにきつかったんですけど、そこで沈没しちゃったら誰も助けてくれないというか(笑)。後ろに誰もいないので自分でなんとかしないといけないという思いで(残りの)100メートルを必死に泳いだという感じでした。なので、アンカーだからできた泳ぎなんじゃないかなと思っています。

――より体力が必要になる200メートルへの取り組みが100メートルや50メートルにつながると思うところはありますか

今回思ったのは根性がすごくついたんじゃないかなとは思いますね(笑)。スタミナに関しては、自分の自己記録よりも3秒くらい速く泳げたので、すごくスタミナがついているなと感じました。

――400メートルのメドレーリレーでは引き継ぎタイムが46秒65でしたが、このタイムについてはいかがですか

個人的にはあまり速くないタイムだと思っています。予選だけ使うと言われていたので、周りを見ながら確実に決勝に駒を進めることだけを考えていました。なので、タイム自体はそんなに良くはないですが、もうちょっと整えれば45秒台では引き継げるかなと思っています。

――パンパシフィック選手権(パンパシ)ではこの種目で決勝を泳がれていましたが、400メートルメドレーリレーで決勝を泳ぐことについてはどうお考えですか

今回の大会もそうですけど、やっぱり400メートルメドレーリレーを狙っていたので、100メートルの自由形で(塩浦選手に)負けてしまってメドレーリレーを泳げないというのがすごく悔しい思いにつながったと思います。リレー種目はすごく好きで、らいねんは世界選手権があると思うのでそこではしっかり400メートルメドレーリレーのアンカーを泳げるように、引き続き努力をしてしっかり力をつけていきたいなと思っています。

――世界短水路は地域限定ではなく、全世界のトップレベルの選手が集まる大会でしたが、この大会で得た収穫と課題を教えてください

世界はまず広いなというのは思いましたし、いつもテレビでしか見ることができないような選手と泳げました。今回は僕が憧れていたブラジルのシエロフィーリョ選手(セザール・シエロフィーリョ)とかマナドゥ選手もそうなんですが、多くのスプリンターの隣で泳ぐことができました。そこですごく自分に足りないものとか、レースを通して得たフィーリングとかもあるので、そういうものを大切にしていって、課題を奥野さんと話し合ってどんどん力をつけていきたいと思っています。また、やっぱり日本人選手はスタートで出遅れることが多いのでそういう点をもっともっと改善していって、らいねんは世界選手権があるのでそこでは前半に置いていかれないようなレースをしていきたいなと思っています。

――特にシエロフィーリョ選手の強さを感じる部分は

まず集中力がすごくて。やっぱりスタートがうまいんですよね。スプリンターはどの選手もうまいんですけど、特にマナドゥ選手とシエロフィーリョ選手はスタートが本当にうまいです。あとシエロフィーリョ選手に関してはテンポがそこまで速くないので、しっかり水をつかんでいるというところですね。僕には真似はできないと思うんですけど、なにかヒントがあると思うのでしっかり映像を見て取り入れられるところは取り入れていきたいなと思っています。

――いままで自分の泳ぎを良くするために他の選手の真似などをしたことはありますか

僕は正直なところないですね。僕自身の考えなのでどこまで正しいかわからないんですけど、僕もそうですし、慎理さんもそうですし、外国勢もそうですけど、一人一人体の大きさも違って個性も違うと思うので、自分には自分に合った泳ぎがあると思っています。今までは自分の感覚と映像を頼りに泳ぎを監督とつくっていった部分があったので、それにはやっぱり限界があると思います。なので、しっかり海外勢や慎理さんから少しずつヒントをもらっていって、より良い泳ぎをつくっていきたいです。

――お話の中で奥野監督の名前がよく挙がっていますが、今大会、奥野監督が日本代表のコーチとして帯同されていたことで安心して臨めたということはありましたか

やっぱりレース後にどこが良くてどこが良くなかったという的確なアドバイスができると思うんですよね。他のコーチはグループを持って数週間しか見ていないですし、どこが良くてどこが悪いかというのはさほどわからないと思うので。その点奥野さんがいると、少し泳ぎが崩れていたら的確なアドバイスをもらえますし、今回に関してはあまりなかったですが、メンタル面に不安がある時であればそういう相談にも乗ってくれるので。やっぱり自分の監督が遠征に来ているということで、すごくやりやすい遠征でした。

「すごく居心地が良いところ」

――日本代表についてのお話に移りたいと思います。日本代表の雰囲気はどのような感じですか

僕が最初にイメージしていたものは、堅苦しくてすごく厳しくてすごく居心地が悪いものを想像していたのですが、今回パンパシフィックとアジア大会、世界短水路と経験してみて、まず思うのはすごく楽しいところということです。いつも笑いが絶えなくてふざける時はふざけて、でも真面目にやる時は真面目にやるって感じで。やっぱり一人一人がチームメイトのことを考えて行動しているというところがあって、そこがすごく良い雰囲気になっているのではないかなと思います。

――初めの頃よりも日本代表には慣れましたか

そうですね。パンパシに選ばれた時は、正直事前合宿の顔合わせの時にすごく緊張してしまっていて、ちょっとガチガチになってしまっていました。でも集まってすぐに、緊張を解くアイスブレイキングを通してみんなでゲームをやって、少しずつ緊張がほぐれていきました。もともと短距離選手に関しては合宿でいつも同じチームで練習していたので、そういう人たちがすごく声をかけてくれてやりやすい雰囲気をつくってくれていました。やっぱり上の人たちは後輩に対しての気遣いとかができていて、すごく居心地が良いところですね。

――日本代表にはワセダの後輩である瀬戸選手や坂井選手(聖人、スポ1=福岡・柳川)も選出されることがあると思いますが、中村選手にとって2人はどんな存在ですか

大也(瀬戸)に関しては後輩ですけどすごく尊敬する部分もあって。世界の舞台でもしっかりベストを更新して世界を獲ったりしています。あいつも普段はふざける時はふざけてという感じなんですけど、やる時はやるというところがあって後輩ですけどすごく頼もしいですね。聖人に関しても同じで。今回世界短水路に関してはちょっと良くはなかったとは思うんですけど、聖人も普段はふざける時はふざけます。あいつに関しては本当にふざけるんですけど(笑)。でもやる時はしっかりとやっていますね。ふたりともメリハリがついていますね。普段から一緒にいることも多いので、ふたりがいるということは僕自身のリラックスにもつながっているんじゃないかなと思っています。

――日本代表の中に仲の良い選手などはいますか

けっこういますね。まずスプリントチームでいうとライバルではあるんですけど慎理さんとか、ワセダのOBの藤井キャプテン(拓郎、平20スポ卒=現コナミ)とかですね。あとは同い年の選手がすごくいて、明大の平井彬嗣とか、あとは中学が同じ子(地田麻未、東洋大)もいるので。同い年がすごく仲が良いですね。でも誰が特にというよりは全体的にすごく仲が良いです。

――日本代表でのおもしろいエピソードなどはありますか

おもしろいエピソードは…食事ですかね。韓国でやったアジア大会では青唐辛子が出たんですけど、それを食べさせられたりとか(笑)。僕以外の後輩も食べさせられたり、じゃんけんとかをして先輩たちも食べたりしました(笑)。今回の世界短水路でも青唐辛子が出たのでそれをいっぱい食べさせられたりするということがありましたね。それ以外でもやっぱり食事ですかね。人の個性が出るので、「お前、それ食べるの?」「うわ、ないわ」みたいなことが色々あります。なので、食事はすごく楽しいですね。あとはパズドラ(パズル&ドラゴンズ)が好きな人が多いので、「パズドラやれ」って言われてプレゼントを贈らされたりしています(笑)。おもしろいエピソードというよりは全部がおもしろいですね。

――パンパシとアジア大会と世界短水路の同部屋はどなたでしたか

パンパシと世界短水路は藤井拓郎さんでした。拓郎さんは先輩なんですけど話しかけてくれて、すごく居心地が良いです。やっぱり先輩とかだと気まずかったりすると思うのですが、そういうのが全然ないです。あとは、拓郎さんはパズドラが好きなので一緒にやったりしました(笑)。アジア大会に関しては大也だったので、全くお互いに気を遣わずにすごく楽しくやっていました。部屋はすごく楽しいですね。でもみんな仲が良いので、誰となっても大丈夫というのは正直ありますね。

――部屋割りは誰が決めるのですか

たぶんスタッフさんです。(現地に)行ってホテルに着いてから言われます。でも日本代表のメンバーだったら誰とでも楽しい遠征になると思いますね。

――国際大会期間中に何か食事面で気にされていることはありますか

僕は味ですかね(笑)。やっぱりその国によっておいしい、おいしくないというのは正直あって、それでも食べないといけないんですけど。僕は特にカロリーコントロールというのは気にしてはいないので、体重が減らないようにとにかく食べるということを気にしています。なので、できるだけ食べることができるおいしいものを探して食べるというという感じにはしていますね。

――日本から持っていく食べ物はありますか

お湯を入れると15分くらいで温かいご飯になるマジックライスと、中華スープとかお味噌汁とかを持っていきます。あとは食べるブドウ糖ですね。暇な時にそれをずっと食べていますね(笑)。

――カタールでの食事はいかがでしたか

最終日がすごく豪華で、日本でも出るようなパサパサしていないおいしいごはんでした。一番おいしかったのが、自分の好きな具材で作ってくれるオムレツですね。すごくおいしかったです。その前とかは結構毎日同じメニューだったりしてちょっと味に飽きとかもあったのですが、それでもおいしく食べることができましたね。でも最終日のごはんはすごくおいしかったです。

力をつけて再び世界へ

昨年はW杯でも初優勝を果たした

――2014年は国際大会にも多く出場されましたが、ご自身ではどういった年になったと思いますか

大きな舞台でも気負わず自信を持って泳げたということもありますし、世界短水路選手権、パンパシフィック、アジア大会と良い経験ができたと思うんですよね。いきなりオリンピックや世界選手権を迎えたら、ガチガチになって何もできなかったと思うんですけど、まず地域ごとに分かれたパンパシフィックとアジア大会で経験を積んで、今回ショートコース(短水路)の世界短水路選手権という世界大会に出ることができたので、らいねん、再来年に向けて良い経験ができたと思います。

――大きな国際舞台を経験して気持ちに変化はありますか

そうですね。パンパシフィック前は日本人だけを相手に見ていたんですけど、この3大会を終えて世界には日本人以外にも速い選手がいるということを肌で直接感じることができたので、そういう選手も意識して練習を取り組むことができるようになりました。また、今後その海外選手と一緒に練習しに行く予定もあるので、自分自身のなかでも大きく変わったと思います。

――海外選手との練習というのは、具体的にどなたとなさる予定ですか

オーストラリアのキャメロン・マケボイ選手です。パンパシフィックを優勝していて、世界短水路の準決勝で隣のコースを泳いでいましたが、そういう選手とも一緒に練習していくので、とても楽しみですね。

――キャメロン選手と合同練習することになった経緯は

仲良くなったということもありますし、奥野さんと相手のコーチが仲良くなったということもあって、輪を広げていくことになりました。

――パンパシ、アジア大会でメダリストになったという経験は今後どのように強みにしていきたいですか

メダリストとしての自覚もありますし、一度メダルをとったので、次もとりたいという気持ちがやはりあります。世界短水路ではメドレーリレー(の決勝)を泳ぐことができなくて、メダルを獲得できなかったということもあるので、すごく悔しかったですし、メダルをとることが全てではないと思いますが、メダルをとりたいという強い気持ちが自分自身をもっとがんばらせるのではないかと思っています。

――年間を通して最も印象的だったレースは

やっぱり4月の日本選手権の100メートル自由形のレースですね。4月に(パンパシ、アジア大会の)代表を内定させる予定だったんですけど、目標としていたタイムよりも遅くてそれができなかったことと、初めて日本代表を狙う選考会だったのでそのプレッシャーがすごくありました。試合の2週間前からご飯がうまく食べられなくなったり、眠れなかったり、自分の弱さがすごく出ていたので、選手権はすごく印象的です。いまはそういうメンタル面の弱さを克服できているのじゃないかと思っているので、また違う意味で4月の(世界選手権代表)選考会は楽しみです。

――メンタル面のコントロールはどのようにされているのですか

僕自身が何かをしたというわけではなく、(奥野監督に)「いままでのレースの取り組み方を思い出してみろ」と言われたんです。いつも自分は何も考えずすごく気楽にいくんですよね。「楽しむぞ!」という感じで。4月には「それがなかった」と奥野監督に言われたので、レース自体を楽しむように心掛けていたら、4月以降は全レース楽しくて、体調不良で臨んだ大会もありましたが、けっこう自己ベストを出していたんじゃないかと思いますし、今後は同じような失敗はしないと思います!

――世界選手権の代表選考会となる4月の日本選手権に向けてはどのように強化、調整していきたいですか

全体的にレベルアップというのは間違いないんですけど、特にスタートの浮き上がりの時点で慎理さんにはすごく離されてしまうので、まずはそこの水中動作のドルフィンキックをもっともっと強化していって、課題である前半をいまよりも0秒5近くは速く入れるようにして、やはり慎理さんとほぼ同じくらいのタイムでターンしたいです。後半はすごく自信を持っているので、そうすれば良い結果が出るんじゃないかと思っています。まずはスタートの浮き上がりと、前半をしっかりと取れるようについていくために、瞬発力、爆発力、ウエイトトレーニングもしっかりとやって力をつけていきたいです。

――ワセダとしてはラストイヤーを迎えることになります。チームでは副将を務めるとのことですが、特別な思いはありますか

チームを良い雰囲気でつくっていってインカレ(日本学生選手権)に向けてやっていきたいなということと、冬と春の六大学(東京六大学対抗戦)、インカレ、早慶戦はチームの対抗戦なのでしっかりと勝ちたくて、ただ勝つだけではなくて、優勝数も多くしたいですし、雰囲気良く勝って『みんなで目標を達成する』ということをしたいと思っています。昨年は目標を達成することはできなかったので、そういうことを一つ一つ積んでいって、ことしのインカレは東洋との戦いになると思うので、しっかりと東洋の選手に一人一人が負けないようにして、インカレで勝って笑顔で終われたらいいなと思っています。

――4年生が引退してからチームの雰囲気は変わったでしょうか

そうですね。4年生がつくってきていた雰囲気とは全く変わったと思います。最初は戸惑うこともあったのですが、僕らの色がすごく出ているのではないかと思っていて、雰囲気も良いと思います。

――ワセダの短距離勢は後輩たちの成長も目覚ましいものがあるように感じます。中村選手の目にはどのように映っていますか

練習が一緒なのでアドバイスをしたりするんですけど、こういう練習はどのようにがんばったらいいよということや泳ぎのアドバイスもします。後輩に限らず、雨谷(拓矢、スポ3=神奈川・桐蔭学園)とかも一緒にアドバイスしたりしていて、チーム全体でという意識は間違いなくありますし、スプリントチームでしっかり切磋琢磨(せっさたくま)してレベルアップしていくということを考えているので、みんなで情報共有した結果がウインターカップ(関東学生ウインターカップ公認記録会)につながったのではないかなと思います。

――ことしはリオデジャネイロ五輪の前年という年にもあたります。五輪への意識はどういったものをお持ちですか

昨年までは日本代表が本当に憧れの場所だったので、オリンピックとなったら夢…。正直、まだイメージはできていないんですよね。そうですね…。オリンピックは…出たいですね(笑)。オリンピックに向けてがんばっているということもありますし、いままで昨年から一つ一つの国際大会には参加できていて、それぞれ違う雰囲気があってすごく楽しいですし、オリンピックは一番大きな試合なのですごく楽しいのではないかと思っています。行けたらいいなって思っています。一つ一つの目標を達成していけば、(オリンピックに出場することは)不可能ではないと思っています。

――日本代表に選ばれるようになる前と比べると、五輪はご自身の中ではより近い存在になっているでしょうか

そうですね。近くなっているといいかなという感じです(笑)。いまの位置づけならば(五輪出場は)不可能ではないかなという位置まで来ているので、油断をせずもっと力をつけていってあと一年半がんばって2016年の(リオデジャネイロ五輪代表)選考会では決められるといいなと思います。

――最後に2015年の目標と意気込みを教えてください

ことしよりも笑顔でいられる時間を増やすということですかね。正直それがどういうことだかは分からないのですが、ことしも楽しく遠征ができていたので。水泳で良い結果を残す数を多くしていって、もっと多くの人に覚えてもらえるような結果を残したいです。

――ありがとうございました!!


(取材・編集 荒巻美奈、河野美樹、大森葵)

『Take it easy』でレースを楽しみます!

◆中村克(なかむら・かつみ)

1994年(平6)2月21日生まれ。B型。182センチ、74キロ。東京・武蔵野高出身。スポーツ科学部3年。専門種目は自由形。パンパシフィック選手権の際は100枚もの色紙を書く機会があったという中村選手ですが、まだまだバランスよく書くことは苦手とのこと。今回好きな言葉を書いていただく際も「僕、字が小さいんですよ」ととても苦戦されていました。結局、書いていただいた2枚から今記事中で使うものを中村選手と早スポ記者3人による多数決で決めることに。記者3人が選択した字が大きな方を採用することとなり、「次は1枚で終わらせます(笑)」と照れ笑いを見せていました。

世界短水路個人成績

※リレー種目の()内のタイムは中村選手のタイムです

▽男子100メートル自由形

準決勝 47秒11【10位】

予選 47秒32【9位】

▽男子400メートルフリーリレー

決勝 日本(中村、塩浦、坂田、萩野) 3分07秒79(47秒05)【7位】※日本新記録

予選 日本(中村、塩浦、萩野、川内) 3分09秒11(47秒25)【7位】※日本新記録

▽男子200メートルメドレーリレー

予選 日本(白井、小関、中村、坂田) 1分34秒99(23秒04)【9位】※日本新記録

▽男子800メートルフリーリレー

予選 日本(小堀、坂田、天井、中村) 6分59秒43(1分44秒06)【9位】※日本新記録

▽男子400メートルメドレーリレー

予選 日本(萩野、小関、藤井、中村) 3分26秒39(46秒65)【6位】