【相撲】川副楓馬が81年ぶりの角界入り、安治川部屋へ入門

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 川副楓馬(スポ4=熊本・文徳)は早稲田大学出身(中途退部者除く)では81年ぶりとなる角界入りを果たした。それに伴い安治川親方同席のもと、2月2日大隈会館で今後の決意を示す記者会見が開かれた。

 力強い立ち合いと瞬発力、ポジティブな性格と心技体がそろった選手である川副。1932年に初土俵を踏み1945年に引退した元関脇・笠置山関以来となる早大出身の力士誕生である。

 川副は小学6年生に全日本小学生優勝大会で優勝、高校でも西前頭筆頭の義ノ富士関と共に総体団体優勝を果たすなど華々しい経歴の持ち主だ。「入部当初から周りの選手と一味違った」と橋本侑京監督(スポ卒=東京・足立新田)は当時を振り返る。川副は大学時代個人戦のタイトルにこそ恵まれなかったものの3年次から主将を務め、早大相撲部を引っ張り続けた。入門後の目標は「とにかく上を目指すこと」。「覚悟」「全身全霊」と力強い言葉が目立った川副の会見であった。同時に今までの応援、サポートへの感謝を何度も会見内で口にした。

挨拶

川副楓馬(スポ4=熊本・文徳)

 早稲田大学相撲部主将を務めます。川副楓馬です。本日はこのような場を設けていただき、誠にありがとうございます。まず始めに私をこれまで支えてくださったすべての方々に心から感謝を申し上げます。川副楓馬という人間が今こうして立っていられるのは、これまで多くの方々との出会いや関わりがあったからです。一人一人と関わる中で、相撲だけでなく、人としても大きく成長することができました。小学生から相撲を始め、大学生まで相撲を続けることができて、そしてこれから大相撲の世界に挑戦するという決断ができたことも、関わってくれた周りの方々のおかげです。相撲界に入るということは、これまでの学生生活に比べて、比にならないくらいの覚悟が必要でした。大相撲の世界に入った以上、これから厳しいこと、辛いこと、大きな壁に当たることも必ずあると思います。しかし自分で選択をした以上は全身全霊で、精一杯覚悟を持って挑戦します。安治川親方の下でこれまで以上に力士として、一人の人間として成長できるように。また応援してくださる方々に恩返しができるように、感謝の気持ちを持って精一杯頑張ります。今後とも応援よろしくお願いします。本日は誠にありがとうございました。(挨拶全文)

安治川竜児親方(早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程修了)

 今日はお集まりいただきありがとうございます。安治川です。私が引退後も早稲田に通わせていただいて、学ばせていただき、女将も早稲田出身ということで。部屋を起こす時に一つ目標を立てました。それは「早稲田から力士をだす」。そして、その力士を関取にするということです。その目標が 一つ、今日動き出しまして、川副君がうちに入門してくれることとなりました。私も早稲田でたくさん学ばせていただいたことを胸に部屋を起こしてやってきています。川副君も早稲田で学ばせていただいたことを胸に、今後は大相撲で上を目指して頑張って参ります。年齢は安青錦と同じですし、彼は今頑張って横綱を目指しております。その姿を見てしっかり学んで一緒に稽古して、関取、さらにその上を目指して、今後とも頑張りますのでぜひ皆さん温かい目で応援し頂けたらと思います。一世紀近くぶりの早稲田からの入門ということで、他の早大相撲部の力士たちも、彼の頑張る姿を見てくれると思います。さらにそこに続く新たな力士がでてこれるように、川副君にはしっかり頑張って関取を目指して欲しいです。私も一緒に頑張っていきますので、今後とも応援よろしくお願いします。またたくさんの交友の方々に今回のような報告できて、すごく嬉しく思います。また楽しい報告、嬉しい報告がたくさんできるように一生懸命頑張りますので、今後ともよろしくお願いします。(挨拶全文)

質疑応答

ーー入門する安治川部屋の安青錦関(大関・11月、1月場所優勝)に対して意識していることはありますか?
川副)
安青錦関とは大学時代に部屋の方に僕らが稽古(2024に合同稽古実施)に行って、一緒に稽古をさせて頂きました。その中で安青錦関は本当に強かったので、やっぱりプロの世界の人は違うなと感じたのは今でも覚えてます。まだ私がどうこう言える立場じゃないんですけど、早く安青錦関に追いつけるように頑張りたいです。また、安青錦関はお手本になるような力士であると思いますので、見習いながら精一杯頑張りたいと思っています。そして親方からは「覚悟を持って入ると決めたんなら、上を目指してやらないと」と声をかけて頂いたので。そこでさらに私の中にある覚悟が固まったということを覚えてます。
https://wasedasports-sousupo.com/feature/sumo-feature/219091/
(合同稽古記事)

ーー早稲田大学での4年間で一番学んだこと、相撲部で一番印象に残っていることは何ですか?
川副)
一番学んだことは相撲ができることのありがたさ、応援してもらうことの大切さや重要さです。早稲田大学に入った時から愛されるチームになろうということを監督からずっと言われてきました。そして大会でもサポーターズクラブの方々が、大学内でも一番多く応援に来てくださいました。そこで、応援してくださる方の声がとても力になり、ありがたみを感じました。

ーー安治川部屋に入りたいと思った一番のポイントというのはどのようなところですか?
川副)
大学生活の中で(安治川部屋の)稽古場に何度か行かせてもらって、(安治川)親方の下で頑張りたいと思いました。そして部屋の力士の皆さんがとてもいい人で、僕自身が一番力が発揮できるのは安治川部屋なのではないかと思ったからです。

ーー安治川親方から見て、川副選手の魅力はどのようなところですか?そして入門後はどんな力士に育てていきたいですか?

安治川親方)
川副のいいところは明るいところと、色々な角度から物事を自分で考えることができるところです。そして何事にも感謝の気持ちを持って行動できるといったところも一つの魅力だと思っています。入門してからはしっかり基礎を固め、体も作って、今持っている自分のスタイルを伸ばしていこうと思っています。

ーー近々、安青錦の付き人に川副選手をつけるお考えはありますか?

安治川親方)
安青錦の今状況としまして、横綱をこれから目指すという状況(2場所連続優勝中で3月場所が綱取り場所となる)です。その近くにいられるということは、なかなかあることではないです。普段の生活から学ぶことも多いと思います。そういったことも色々と考えながら、学んでいける状況に今後していきたいとは思っています。

ーー安青錦関のどのような部分を一番見習いたいですか?
川副)
一番はやっぱり相撲に対して真摯に向き合っているところです。強くなることを第一としていながら、それとともに周りの人に感謝をし続けている安青錦関の姿が、私としては見習いたい部分だと思っています。

ーー川副選手の相撲の強みを教えてください
川副)
私の相撲のスタイルとしては、基本的に押し相撲です。とにかく前に前に攻め続けて、見ている人が気持ちがいいと思っていただけるような相撲を取っていきたいです。

ーー実際にお手本にしている力士の方はいますか?
川副)
現在は現役を引退されていらっしゃる、豊ノ島関(※身長168㎝、体重154.5㎏)が私のお手本です。身長が私(身長173㎝、体重150㎏)よりも小さいのですが、10年以上関取を続けられていました。僕自身も小さい頃から豊ノ島関と親交があったことも大きいです。そこから私は、(豊ノ島関に)憧れを持ちました。身長が低くても、自分の相撲次第で活躍し続けることができるということを豊ノ島関から学びました。
※日本相撲協会HPより(https://www.sumo.or.jp/ResultRikishiData/profile/2429/

ーー今後の川副選手の予定を教えてください
安治川親方)
明日からでもうちに来て、3月にはデビューする予定です。明日からガンガン稽古します(笑)。あと学校の予定だったりも確認しながら、 3月には新弟子検査を受けるように動いています。

川副楓馬
早稲田大学 スポーツ科学部 4 年(在学中/2026 年 3 月卒業予定)
2003(平成 15)年 4 月 8 日 熊本県宇⼟市 生まれ
熊本・⽂徳高等学校出⾝
⾝⻑ 173 ㎝ / 体重 150 ㎏
【所属歴・戦歴】
・小6 全日本小学生優勝大会優勝、白鵬杯優勝
・鶴城中3年全国都道府県中学生大会準優勝
・高校 1 年総体団体優勝メンバー 全国選抜宇佐大会 個人ベスト 8
・高校 3 年総体個人ベスト 8
・2022 全国学生相撲選手権大会団体 A クラス第 9 位メンバー
・2023 全国学生相撲選手権大会団体 A クラス第 10 位メンバー
・2025 東日本学生相撲選手権大会団体 A クラスベスト 8 メンバー
・2025 全国選抜学生相撲十和田大会団体ベスト 8 メンバー

◆笠置山
奈良県出身。早大在学中に出羽海部屋に入門し、幕下付け出しで1932年(昭7)2月場所初土俵。最高位は関脇。1945年秋場所限りで引退し、断髪式は早大の大隈講堂で行われた。化粧まわしも早大が送った。今回も川副に早大が化粧まわしを贈るか注目である。引退後、決まり手70手の制定、公認相撲協会規則の条文化を実施するなど協会の中心人物として活動。1971年死去、享年60歳。

(記事 鳥越隼人、写真 池田健晟)