今年1月18日、イングランド女子スーパーリーグ、マンチェスター・シティー(マンC)は、早大ア式蹴球部女子(ア女)のMF大山愛笑(スポ2=現マンチェスター・シティ)の加入を発表。2年間所属したア女を異例のかたちで退部し、大学には在籍したままプロサッカー選手としての活動をスタートする。弊会は移籍間もない大山に、単独インタビューをさせていただいた。移籍についてや幼少期の話まで、大山のアスリート人生と哲学に迫る。〈全3回の#3/#1から読む〉
♯3
そんな大山がここ1年間、課題視していることがある。「ディフェンス力」と「持久力」だ。

大学1年目の9月に前十字靭帯のケガから復帰した大山は、年末に本格復帰を果たす。全日本女子選手権(皇后杯)、そして全日本大学女子選手権(インカレ)の2大会で、プレー時間を制限せず、全試合にスタメンで出場した。
もうコンディションは万全のように見えたが、課題はそのおよそ1カ月後に露呈した。
「日本でやっている分にはブランクを感じなかったんですけど、2月のアジア予選(AFC U20女子アジアカップ2024)で海外選手を相手にした時に、90分間自分の体力が保てていないことに気付いて。ずっと守備は苦手でしたし、メニーナ時代にはあまり守備をやる機会がなくて目を背けていたんです。この大会で、守備を頑張らないとボランチとしてやっていけない、ということを痛感しましたね」。
本大会までの期間は半年。シーズンも始まるが、一度感じた課題を放ってはおけなかった。体幹や身体操作に加え、持久力を高めるためのバイクやラントレーニング、高地でのプレーに照準を合わせた低酸素トレーニングまで。試合当日も体が重く、成果が出ない日には涙を流すこともあるほど、自らを追い込んだという。
とはいえ大山は、ただがむしゃらに体を強くしようとしたのではない。「自分は強さやアジリティに自信を持っているタイプではないので。頭を使って足りない部分を補って守備ができるように、練習の中で試行錯誤し続けたのが一番大きかったですね」。フィジカルな選手になろうとするのではなく、頭で戦う選手として必要なフィジカルを求めた、というイメージだろう。
半年間の“修行”を終えた大山は、本大会でその努力の成果を存分に発揮した。ハイライトに残るのは、大山の代名詞とも言える鋭い縦パスやミドルシュートばかり。それでもボールを触っていない時、そして守備時にも多くの好プレーがあったことは、大山の中で確かな手ごたえとして記憶された。そしてその手ごたえは、本人の内にとどまらなかった。大会終了後、海を越えてマンチェスターから代理人に連絡が届く。あとは前述の通り。今に至る、という訳だ。

プロ生活のスタートと海外生活のスタートが同時にやってくる。これほど難儀な新生活を迎える二十歳も、そう多くないだろう。しかし本人は意外とさっぱりしている。「こっち(マンチェスター)に来るときは楽しみしかなくて、不安に思うこともなかったんです。でも聞こえてくる言葉がもちろん全部英語だし、日本食もそんなに食べられるわけじゃないので。大変だなと思いながらも…、まあ頑張るしかないですね(笑)」。
クラブに日本人の先輩がいることも、安心材料の一つとなっているかもしれない。「(元ベレーザの日本人選手たちとは)考えが似ているんですよね。練習でも同じチームになれると楽しいです」。ピッチ外でも色々と世話になっていると話すが、アスリートとして、サッカー選手として目指すべき選手が同じクラブにいるのは心強いだろう。
そんな日本人選手たちの中でも、チームの戦術の核として活躍するのがMF長谷川唯だ。大山と同じボランチやアンカーの位置でプレーし、日本代表でも司令塔としてチームを牽引している。「チームメイトとして身近でプレーして、練習中にマッチアップすることも多いですけど、やっぱり上手いです。目標とすべき選手だと思いますし、唯さんはもう1個前のポジションでもプレーできると思うので、自分が頑張って一緒に試合に出られたらと思ってます」。
そしてもう一人。「ミデマ―、一番プレーが合います」。昨年夏、アーセナルから移籍したオランダ人FWフィフィアネ・ミデマーのことだ。スーパーリーグの歴代最多得点記録保持者であり、女子サッカー界では知らぬ者のいない、文句なしのスーパースターである。「自分が欲しいタイミングでパスを出してくれるし、自分が欲しいところにいてくれる。背が高いだけじゃなくちゃんと技術もあって、一緒にやっていて楽しい選手ですね」。いつか近いうちに、「ミデマ―とのホットライン形成!」なんてことにもなるのでは、と妄想は膨らむばかりだ。

マンCは現在、リーグタイトルをかけて争いながらチャンピオンズリーグ(CL)の舞台を戦っている。加入当初からメンバー入りを続ける大山も、佳境を迎えるタイトル争いへの貴重な戦力として勘定に入れられているのは間違いない。
タイトルへの意識を尋ねると、「もちろん取りたいですけど、まずは試合に出るところからだと思うので。自分のプレーを皆に知ってもらって、周りのプレーを自分が知って、監督たちだけでなく周りの選手にも信頼してもらうこと。シーズンは半分ほど残っているので、今季はチームの結果どうこうよりは、自分ができる限り多くのチャンスを得られるように頑張っていきたい」と謙虚に語った。

大学サッカーからイングランド一部リーグへ。成長著しい日本女子サッカー界だが、今回の移籍は男女通じても類を見ない大きなステップアップだ。それでもきっと彼女を、「天才」と一言で片づけてはいけない。自らの手で道を切り開き、壁を乗り越え、努力と経験を積み重ねてきた日々が、今の大山を形作っている。
取材の最後に、日本でサインをもらっておけばよかった、と愚かしくも嘆く筆者に、大山は笑って言ってくれた。「また、東伏見に行きますよ」。これから世界を舞台に戦っていく大山の胸には、エンジのユニフォームを纏い戦った2年間が確かに刻まれている。
〈全3回の#3/#1から読む〉
(記事 大幡拓登)
◆大山愛笑(おおやま・あえむ)
2004年9月19日生まれ。身長158㌢。日テレ・東京ヴェルディメニーナ出身。スポーツ科学部2年。2022年、2024年と2大会連続でU-20女子W杯メンバーに選出、両大会で全試合に出場。メニーナで中心選手として活躍後、早大に進学しア女に入部。インカレ準優勝、ベスト4メンバーとなる。2年の終わりにア女を退部し、シーズン中にマンCへと加入。リーグ第12節のアストン・ヴィラ戦で英国デビューを果たす。