【連載】『令和3年度卒業記念特集』第13回 加藤希/女子サッカー

ア式蹴球女子

「やりきった」日本一に導いた主将のサッカー人生

 過去に何名もの選手をなでしこリーグに送り込み、2021年に新設された日本女子サッカー初のプロリーグ、WEリーグには現在10名のOGが在籍するア式蹴球部女子(ア女)。創部30周年を迎えた2021シーズンを主将として率いたのがDF加藤希主将(スポ4=アンジュヴィオレ広島)だ。大学最後の大会となった全日本大学女子選手権(インカレ)で優勝し、有終の美を飾った加藤のサッカー人生に迫る。

 加藤がサッカーに出会ったのは小学2年生のときだ。女子選抜では県代表などにも選ばれ、県で最も強かったクラブに在籍した中学時代は全国大会の常連として活躍。日本中からなでしこの卵が集う海外遠征などにも参加し、経験を積んだ。将来が渇望された加藤は高校時代、高校サッカーではなく社会人チームを選ぶ。そこには体育教師という夢と、強者たちがしのぎを削る関東大学リーグでのプレーという目標があった。夢のための文、アスリートとしての目標の武を両立させるための選択だったという。朝昼は県内の高校で勉強に勤しみ、放課後には社会人の選手たちとともに練習に励む日々。多くのチームメイトが大人であるうえ度重なる監督交代などもあり、出場頻度は決して高くなかった。それでも高校サッカーだけでは感じることのできなかったであろう大人のフィジカルや判断スピードを体感し続けた3年間となった。

 高校で文武両道をやり遂げた加藤は、その文の力で早大に合格。目標としていた関東大学サッカー、そしてその中でも強豪のア女の一員となった。高校時代とは違い年代が近い選手とプレーできる喜びを感じつつも、特に当時の4年生の技術、フィジカル、スピード、その全てのレベルの高さに刺激を受けた。それでも「フィジカルはついていける」と手ごたえも掴んだ。しかし現実はそう甘くない。スタメン枠が1つしかなかったボランチの序列は3,4番手。2年目までは各大学のBチーム同士で戦う育成リーグを主戦場とした。けがも多く、満足した2年間とは言えなかった。

 そんな加藤の状況が一変したのが3年目だった。転機となったのは監督交代。守備を重視する監督の下、ボール奪取を得意とする加藤はコンバートした右サイドハーフで存在感を発揮した。際立ったのは守備だけではない。2020年9月20日、皇后杯関東予選準決勝で記念すべきア女での公式戦初得点をミドルシュートで決めた。それまで後方のポジションで得点に絡む機会は多くなかったが、得点する喜びを再認識。3年目は「成長のきっかけになった」と笑顔で振り返った。

 キャプテンマークと背番号10をつけてプレーした

 迎えたラストイヤーをキャプテンとして過ごすことになった。言葉と姿勢で示すことを心掛け、「勝利」への執念を伝え続けた。最初のころは加藤が飛ばす激に泣いてしまう1年生もいたという。「結構締めた(笑)」。と苦笑いを見せる加藤。しかし、その言葉は徐々に浸透し、勝利にこだわるようになったア女は前期、すさまじい活躍をみせる。惜しくも筑大に敗れた最終戦を除けば無敗。後期は故障者の続出もあり苦しんだが、最後は見事にインカレ制覇を成し遂げた。これが加藤にとって初めての日本一のタイトル。無失点優勝という数字だけでなく、内容からしても文句なしの優勝だったが、その裏には加藤のキャプテンシーがあった。定期的なミーティングだけでなく、「チームの方向性を一致させるため」に事あるごとにみんなで話し合う機会を設けた。そのなかで「自分たちの今までやってきたこと」を貫くという共通認識を持てたという。インカレでは前からプレスをかけ、ゲームを支配し続けるア女スタイルは崩れず。ラインが見えないほどにピッチに雪が積もった決勝でもア女の信念を貫いた。まさに主将力で勝ち取った栄冠だった。「(大学サッカーにおいて)悔いはないです」と笑顔で口にした。

 取材中、インカレ金メダルを見せてくれた加藤

 大学日本一のキャプテンとなった加藤希はこのインカレ優勝を最後に、ユニフォームを脱ぐ決意をした。高校時代に社会人チームでプレーしていたということもあり、サッカーを仕事にすることの大変さをより身近に感じていた。そして何より、加藤には体育教師という大きな夢がある。その夢に向け、まずは今までサッカーで培ってきたことを社会の場でいかしたいという思いゆえの決断でもあった。

 「もがいたかな」。加藤はサッカー人生を一言でこう振り返った。というのも、加藤には小学生を除いたすべての年代で、壁に立ち向かった経験がある。最初はスタメンでは出られなかった中学時代。出場機会に恵まれず自分の生きる道を模索し続けた高校時代。最後こそ有終の美は飾ったものの、前半はけがに苦しめられた大学時代。しかし、その全てを乗り越えてきた。中学時代は早々にスタメンを勝ち取り、高校時代は文武ともにやり切ったことで早大に合格。大学ではキャプテンとしてチームを日本一へと導いた。「うまくいかないときに、自分は今何をしなくてはいけないのかをサッカーを通して考えていた」。と回顧した。

 苦しむことの方が多かったというサッカー人生を、最高の形で終えた加藤は15年間の競技生活で得たことを社会の場でぶつけていく。これまでのサッカー人生と同様に苦しみもがくこともあるだろう。しかし自らの手でア女をそうさせたように、ピッチとは遠く離れた場所でも加藤は自分の信念を貫いていく。

 インカレ優勝トロフィーを手にする加藤

(記事 前田篤宏 写真 手代木慶、前田篤宏)