兵藤慎剛新監督 インタビュー全文

ア式蹴球男子

質問に答える兵藤新監督

――ア式蹴球部の監督に就任した経緯を教えてください

 現役生活を終えて、昨年はフリーというかたちでいろいろな勉強をさせてもらう中で、早稲田大学のコーチを10月から週1でやらせてもらっていました。しかし、コーチをやっている時に成績が正直あまり良くなかったというところでいろんなお話をOBの方にしていただいて、監督に興味はないかと言われたところから、数名のOBの方が推薦してくれて監督をやれるかもしれないとなりました。後は2部に降格し監督を変えなければならない状況にア式蹴球部がなってしまったので、そこに対してチャレンジの場を与えていただいたというのが僕としての認識です。

――監督に就かれる際に相談された相手はいらっしゃいましたか

 正直そんなに迷わなかったです。2022年も引退した後、指導の現場には入ったりはしていたので、指導自体にはすごく興味がありました。またコーチではなく監督という立場はなかなかできるものじゃなく、チャンスをもらえるんだったらやってみたいなという気持ちがすごく強かったので、迷うことはそこまでなかったですかね。

――選手のセカンドキャリアという意味では指導者だけではなく、さまざまな道があると思いますが、指導者を選ばれた理由は何ですか

 2022年は指導者だけではなく、サッカーから一歩離れたビジネスであったり、いろんなところで学ばせてもらいました。でもやっぱり僕が今まで成長してきた過程の中で、サッカーというのは切っても切り離せない部分があって、サッカーで成長させてもらえたというのがすごく大きいので、恩返しではないですけど、サッカーに対して何かできないかなというのは、引退してからずっと思い描いていました。指導者という部分も僕の中ではすごくチャレンジしたいというか、興味が元々ありました。こういう仕事は基本的にタイミングが1番だと思っていて、自分がやりたいと思っていてもタイミングが巡って来なかったらできないものだと思うので、このチャンスを逃すわけにはいかないというのもありましたし、自分も指導者としてどこまで突き詰めていけるのかというところにチャレンジしたいなとも思いました。サッカーから一歩引いて裏方という部分も、監督にしっかりコミットしながらも、勉強していきたいとは考えています。

――では、このまま指導者の道を突き詰めていくというよりは、色んな選択肢を持ちながら、一つの道として今回監督を選ばれたということですか

 そうですね、当然指導者という道も突き詰めていきたいです。指導者ライセンスもS級というところまであるので、そこまでは自分の中でしっかり目指していきたい。Jリーグの監督も目指してみたいという気持ちもありながらも、監督をやるにあたってマネジメントという部分では他のところから学ぶこともすごく多いのかなと思っていて、他のことを学ぶことによってサッカー界に還元できることがより最大化できるのではないかと考えています。自分が学生に対してチャレンジを要求したいというのもあるんですけど、監督自身がチャレンジをしていないというのは説得力がないと思うので、自分もしっかり学びつつ学生と一緒に良いチームをつくっていきたいと思います。

――サッカーから一歩引いたところで活動をされたとおっしゃられていましたが、具体的にどのようなことを経験されましたか

 離れたところでいうと、イベントの業務というか、コンサートを一から設営するところに入ってみたり、今までは試合をする時にピッチ上でパフォーマンスするだけだったのが、逆にピッチを準備する場に自分が入るという経験をさせてもらいました。自分でイベントを一から起こすことも地元長崎で昨年チャレンジさせてもらって、サッカーに関わるイベントではあったけどセールスシートを自分で作ったり、営業に行ったりというのを全部1人でやりました。イベント業務系は昨年いろいろ携わらせてもらって、まだまだ勉強は足りないんですけど、少し設営や営業というところは経験させてもらえたのかなと思います。

――イベントというのは他の団体さんが企画されたのを兵藤さんが一任されたというかたちですか

 いえ、全部自分です。長崎で自分でグラウンドを取るところから始めて、協賛金を集めに回って子供たちを募集して、実際に開催してという感じですね。企画・運営・営業・MCとか全てやりました。

――そのようなことに初めて挑戦するのはとても勇気がいることだと思うのですが、いかがでしたか

 やっぱり勇気は当然いるかなと思います。しかし今までサッカーをしてきて最初は下手くそな状態からスタートして、でもやり続けたから上手くなってきたという、自分が成長できたベースがあるので、やっぱり踏み出さないことには何も始まらないし、頭で考えるだけが全て良いとは思わないです。まず一歩踏み出してやると決めて、もう発表したからにはやらざるを得ないというふうに自分で持っていって、そこまでに何をできるかっていうふうにやっていったという感じですね。やらないと気が済まないじゃないですけど、やらないと分からないことの方が圧倒的に多いと思うので、やりながら悩みながら進むというのが僕には合っているのかなと思いました。勇気はいりましたけど行動を起こす中でいろんな人に助けてもらったというのもあるので、自分が行動を起こさないと逆に助けてもらえないところもあったりとか、行動を起こすことの大切さっていうのを改めて自分で身を持って体感した一年でしたね。

――現役時代から様々な指導者の方にお会いしてきたと思いますが、印象深かった方や、影響を受けた方はいらっしゃいますか

 やっぱり札幌(北海道コンサドーレ札幌)時代のミシャ(ミハイロ・ペトロヴィッチ)監督。ミシャが一番影響を受けたというか、日本人にはないものを持っている監督だなと思いましたね。

――日本人にはないところというのは具体的にどのようなところですか

 やっぱり哲学という部分では自分の中での哲学をしっかり持っているし、それを曲げてまでやろうとは思わないしある意味頑固というか。けど落とし込み方とかもすごくうまいな、徹底しているなと思いましたね。自分がやりたいサッカーをチームに落とし込んで、チームがそれができなくて結果が出なかったら、責任を自分が取るというところでは、すごくプロフェッショナルだなと思いましたし、自分が信じて疑わない軸というものをトップが持っていない限りはなかなかチームを同じ方向に向かせることは難しいよねというのはすごく思いました。良い意味での頑固さというか、自分が信じているものに対して、突き進んでいくエネルギーというのは外国人監督の方が、日本人より圧倒的にあるのかなというふうには思います。

――兵藤監督の中で自分が目指したいなという監督はどなたかいらっしゃいますか

 こういうサッカーが良いなというのは、なんとなくありつつもその人自身がどういう人物かは分からなかったりするので、やっぱり自分が教えてきてもらった監督の中で高校時代の小嶺先生(小嶺忠敏)っていうのは、すごい大きな影響を与えてくれていると思うし、サッカーを教えてくれると同時に人としてすごく成長させてくれました。大学サッカー、部活動というのはサッカーだけ教えればいいという部分だけではないと正直思っています。僕がア式蹴球部の監督として求められていることというのは、競技力の向上というのが当然1番先に挙がってくるんですけど、やっぱりサッカーだけじゃなくて人間的にも成長させるというのも必要なのかなと思います。そういう指導者になりたいなというふうには今思っています。

――小嶺監督はすごく厳しく指導をされている方というイメージを持つのですが、兵藤監督的にはそこから人間的に成長させてくれる部分を感じたということですか

 このご時世なのでコンプライアンスやパワハラなど難しい部分は正直あるのかなと思いながらも、やっぱり指導者に大事な要素の情熱というのはどの年代も変わらないし、情熱がない人に教えてもらうことほど不幸なことはないかなと正直思います。ただその情熱の伝え方が昔と今では違うというところは当然理解しておかなければいけない部分だなと思います。けれど、なあなあに指導者がすることでその組織が良くならない部分も正直あると思うので、そこの厳しさの伝え方というのは、デリケートな部分だけどやっぱりやらないことには伝えられないし、厳しさをどういうふうに解釈してもらえるかっていうのをこっちも俯瞰して見ながらやっていかないといけないと思います。厳しくすることは情熱がない人にはできないし、ある意味パワーを一番使う。怒らない方が人間多分楽なんですよ。だけど組織を良くする上で、それって何も衝突を生まなかったりだとか、言い合えない組織は良くなっていかないと思うので、こっちが求める基準とは違う方に向いている学生がいたら、どうなのと問いただしていかないといけないと思うし、厳しさをどういうふうに受け止めてもらえるかっていうのは日頃のコミュニケーションが大事になってくるのかなと思います。厳しさの中にも愛情があるから名将と呼ばれる人たちは慕われていると思うので、そこのバランスだったり、時代にあった指導の仕方というのはこちらとしてもまだまだ勉強しなければいけないと思いつつ、やっぱり良い指導者というのは情熱というベースが大きければ大きいほど子供たちに伝わる熱量も違うと思うので、そこはしっかり大事にしないといけないと思います。ただ厳しくすればいいわけではないと思うので、そこのバランスを見ながらしっかり伝えていきたいです。

――指導者の情熱という話がありましたが、ア式蹴球部の外池大亮前監督(平9社卒=東京・早実)はまさに情熱を持った監督だったと思います。外池監督の印象や監督を引き継ぐにあたって何か受けて言葉はありますか

 僕が10月からコーチとして入ったので、いろんな話をさせてもらいました。本当に外池さんの中で早稲田としてこうあるべきだという軸がしっかりしていたんだなと思っていました。それが結果として出なかったというところはどこが原因があったのかなと思いますし、外池さんのスタイルをどう残すべきなのかは調査・分析して今シーズンにつなげていかなければならないところかなと思います。外池さんが大事にしていた主体性、「学生が」というところはすごく大切な部分でもあるなと思います。良い部分はしっかり残しつつも自分がトップに立つ監督になるので、外池さんとは観点や感性、大切にしているものの軸が絶対に違ってくると思います。けどその中で同じ方向を向かせるという作業はしっかりしないといけないかなと思います。チームとしての目標が1年で1部に復帰するということ以外何物でもなく、2023シーズンのア式蹴球部の目標としてすぐ共有できるものだと思っているので、そこに到達するための手段やルートや試合に出るためにはどういった基準があるのか、ア式蹴球部にいるということはどういった基準を満たさなきゃいけないのかというところを整備していけば、学生自体がいろんなことを考えて生み出してくれる部分もあると思うし、その軸というものを整える作業が監督としては一番大事なのかなと思います。

1年での1部復帰を目指すア式蹴球部

――ア式蹴球部の練習を見始められてから、率直にどのような雰囲気だと感じられましたか

 個の能力的には1部の選手の中でも下の方だとは思わなかったです。しかしチームとしてピッチ上で何を表現したいのかなというところでは、常に一人一人が「1+1+1」の集団であったのかなと思いました。個人で成り立っているというか、個の能力のサッカーというところですかね。やっぱりサッカーはチームスポーツで、そこの部分の最大化はできていなかったのかなというのはありました。試合に負けたいと思って出ている選手は誰もいないと、本気で勝ちにいってるけど力の向きがちょっとずれていたりするから、結果に反映されなかったという部分はすごくあるのかなと外から見てて思いました。じゃあどういうふうに勝ちたいかというところを戦術として落とし込んで、早稲田のサッカーはこうだよというのを整えてあげる作業がチームを最大化するところかなと思うし、そこの個のベースをしっかり上げていったり自分のスペシャルな武器を持ってもらうというところにアプローチしてほしいなと考えています。

――ご自身が在籍していたころと比べて、ア式蹴球部として変わったなという部分、逆にここは伝統として受け継がれているなという部分はありましたか

 変わったなと思ったところは組織がしっかりとしているなというところです。僕らの時は学生コーチという役職がそんなになかったり、サッカーという部分の捉え方が今のア式蹴球部の方が広くなっているなと思います。それこそデータ班とかアナリストというのも学生が担っていたりとか、学生トレーナーはいたのですが、練習メニューを作る時も4年生の幹部の子たちが関わったりしてきて、自分たちで組織をより良くしていこうというところが僕らが在籍していた2008年よりはすごく良くなっている。学生自身がサッカーの裏方のところまでもしっかりやるという気持ちが出ていたり、それを運営して回したりしているのは素晴らしい組織になっているなと思いました。

――改めて今のア式蹴球部に一番求めたいものは何ですか

 スポーツの世界で結果が全てじゃないというところは当然ありつつも、そこに行き着く人はやっぱり結果にこだわっていたというのは変わらないと思います。僕もアスリートの友達がいっぱいいますが、その人たちは「結果が全てじゃないよね」というのを言える人たちだなと思うし、そういうのを伝えている。でもそれは裏を返すと結果にこだわって、結果を求めてきたから、「それだけじゃないよね」というところにたどり着いてきたと思います。学生はそこの部分まで結果を厳しく求めてきたのかというと、そうではない部分もあったりだとか、ただ情報としては結果だけじゃないよねという情報はしっかり持っている。だけど、それは自分の体を通していない情報であって、自分の体を通すことというのはスポーツの中では大事だなと思います。だからまずは結果にこだわってほしいというか、1部に昇格するという明確な目標がある中でそれを達成するためには結果にこだわらないといけないので、結果を出すための集団をつくるということをこの1年しっかりフォーカスしてチーム全体でやりたいなと思います。

――兵藤監督自身の経験からここは落とし込めると感じている部分はありますか

 競技力や経験則のところが監督としては求められていると思うので、勝つためにどういうプレーが最適かというところはしっかり意見しながらやります。だけどサッカーは監督が外からわあわあ言って試合中にコントロールできるものじゃないと思うので、こちらとしてはトレーニング中から厳しいことを要求して、試合になったら自分たちでその起こる現象に対して改善しないといけない。しかも試合中に改善しないと結果が出せないというところになってくると思うので、考える力というのは大切にしていきたいと思います。だから勝つためにこういうことが必要だよねというのを常にトレーニング中から厳しく提示しながらも、その中でこういう方法があるんじゃないといったサンプルをたくさん提示できるようにして、自分たちで状況に応じた答えを出していくプレーを連続でできるようなチームにしていきたいなと思っています。

――今年目指していきたいチームの理想像や監督としての抱負があれば教えてください

 目指すべき目標は明確だと思っています。1年で1部に昇格するために今年何ができるのかというのを、ピッチ内でそれが最大限表現できる集団にしていきたいなというところはあります。でもやっぱり前監督がつくってくれた組織づくりとかもすごく大切だと思うので、そこは継続しつつ、自分の色を少しでも出して自分の経験だったりいろんなものを還元して、学生と一緒に目標を達成できる組織に1年間を通して成長していきたいなと思います。

――ありがとうございました!

(取材、編集 髙田凜太郎、熊谷桃花 写真 渡辺詩乃)