【連載】早慶クラシコ特集 第12回 柴田徹主将

ア式蹴球男子

 今季、ア式蹴球部の主将を務める柴田徹(スポ4=湘南ベルマーレU18)。関東リーグ第4節の拓大戦にて前十字じん帯断裂の大ケガを負い、戦線離脱した。ピッチに立てずとも、チームの柱としてア式を支え続ける柴田主将のリーダー論、そして理想の主将像について語っていただいた。

※この取材は8月24日に行われたものです。

「正直泣きたい気持ちではあった」

拓大戦で交代した選手に声をかける柴田

 

――第4節、拓殖大戦で前十字じん帯断裂という大ケガをされました。その瞬間、何を思われましたか。試合後は松葉杖で歩かれていましたが、ケガされた瞬間にここまでの大ケガだと思われましたか

 

 いろいろよぎりましたね。高3の時に足を骨折していて、その時も骨が折れる音がしたんですけど、今回も変な音がして。音がしたってことはやばいかなってケガをした瞬間に感じました。そのままプレーしたかったんですけど、膝も動かなくなってしまって、これはちょっとやばいなという感じは結構しました。

 

――診断はいつ受けられたんでしょうか

 

 土曜が拓殖戦で、月曜に病院に行ってMRIとってという感じです。

 

――全治8ヵ月というのを言われたときの感情は

 

 実際絶望しましたね。じん帯が何も映らないくらいの画像を見せられて、病院の先生にも「前十じん帯どこに行っちゃったんだろうね。」という風に言われたぐらいで。もともとそういう膝じゃなかったんですかというくらいきれいだったんですよ。本当に何もなくて。全治8か月と聞いて、今から8か月って言ったらインカレに間に合うかわからないし今年も終わりかなと思って正直泣きたい気持ちではあったんですけど、トレーナーさんも一緒にいて病院の先生も知り合いだったので、自分のケガに対して向き合っている人がいる中で弱いところを見せられないと思って、その時は「やばいですか~8か月か~」という感じでにこにこしながら話しました。でも帰りにトレーナーの方に送ってもらうときに一人になりたいなと思って、途中で降ろしてもらって。なんかしたいなと思って映画の『余命10年』を見て号泣して帰りました。そこで映画で泣くついでにケガも泣いてみたいな。

 

――ケガのことで沈むこともありますよね

 

 沈むときは本当に沈むんですけど、そういうときは部屋で一人で泣いたりしてみたいな。でも2,3回くらいでした。

 

――そこでメンタルをリセットするというのはどのように

 

 泣いてすっきりする部分もありましたけど、結局泣いても泣かなくても状況は変わってなくて。リセットはできているようでできてないようにも思うんですけど、グラウンドでみんなが必死に戦っている姿を見ればそこで本当に元気をもらえるし。自分ひとりだったらたぶん前を向いて頑張ろうという気持ちになれていないと思います。本当にみんなに感謝しています。

 

――ケガをされたときの周りの反応は

 

 TwitterとInstagramで自分でケガのことを投稿したんですけど、結構多くの人から反応をもらってありがたかったです。みんな「がんばれ」とか「ピッチで待ってる」とかそういう言葉をくれたので、頑張らなきゃいけないなという気持ちになりました。

 

――Instagramでは笑顔の写真を投稿されていましたが、なぜあえて

 

 その時はまだ8か月の重みがわかっていなかったというのはあるんですけど、自分の中で笑顔っていうのをすごい大切にしていて。笑っていればいいことがあると思っていています。しかもキャプテンという立場でけがをして周りから心配をされて、僕が暗い表情を見せているとみんなも前に進みにくいと思いもありました。あの投稿もみんなに「俺は元気だよ」というのが伝わればいいかなと思っていました。

 

――誰にも弱音をはかないのでしょうか

 

 人前では絶対に泣かないですね。でもメンタルが不安定な時期はたぶんばれていたかなと思います。その頃は夕方練習だったんですけど、ア式、ア女の練習が終わった後ナイターが消えるまで一人でいたこともあって。みんなの前で苦しいという気持ちを見せないようにしていたんですけど、その反面それを隠すのも正直つらくて、なので一人になれる時間を意図的につくっていました。そうではないとちゃんとした自分を保てないという感じはありました。

 

――誰かに気持ちを発信するよりも、自分の中で整理して消化するというタイプなのですか

 

 そうですね。自分の考えを100%理解してくれる人はいないと思っていて。誰でもそうだとは思うんですけど、自分の思った通りに伝わらないことってすごいあると思っていて。あとは相手に逆に気を遣わせてしまうというのもありますし、自分が思っていた反応と違う反応が来てもしんどいし気まずいし。そういうのが自分は嫌なので、周りの人とはいつも通り楽しくしゃべって、つらい部分は自分で整理すればいいかなと思います。なので人にはあまり相談しなかったです。/p>
 

――手術はいつ頃されたんでしょうか

 

 4月16日にケガをして5月6日に手術をしました。

 

――長い手術でしたか

 

 1時くらいに手術室にいって7時前とかに病室にかえってきたので結構長かったかもしれないです。

 

――やはり長期間の離脱というのは難しいものがありますか

 平瀬とか見てましたけど、めっちゃきつそうだなっていうイメージは、大だからあんまりきつそうに見えてなかっただけかもしれないですけど、実際8カ月ピッチから離れるというのは相当選手からしたら苦しいし、こんな小さいの治すだけで8か月かよというのは、信じられないというか、ほんとに8カ月かかんのかよっていう印象ですかね。

 

――パスの練習は昨日からされていると伺いましたが、その感覚はケガの前とはやはり違いますか

 

 全然違いますね。7、8割で走るのは今日からだったんですけど、最初走り方もわからなくて(笑)。ちょっとびっくりしました。パスは軽く蹴っていたりはしたので、そこまで鈍っていないのかなと思います。ダッシュは丸4か月くらい走っていなかったので、ちょっと感覚は違いましたね。

 

――回復されていって、走れるようになった瞬間の気持ちは

 

 走り始めた瞬間はすごいうれしかったし、希望は持てましたよね。ようやく走り始められて、進歩してるんだというか。それまでは地味なトレーニングばっかりだったんで、ようやくは知り始めることができていい方に向かってて順調に進んでるんだっていう手ごたえは走り始めた瞬間はありましたけど、それも結局慣れてくるので、今は実際はあの時の希望の光はあの時ほどはないかもしれないです。

 

――今年のシーズンが始まって3試合に出場されていましたが、コンデイションはいかがでしたか

 

 コンデイションはいいと思っていたけど、よくはなかったという感じですね。多分もっとあげられたと思っています。悪くはなかったですけど関東リーグで優勝するチームの強度までは行けていなかったかなと思います。

 

――その3試合のご自身のプレーを振り返るといかがですか

 

 結果に直結するプレーができていないので良かったとは言えないですけど、確実にクロスとかは手ごたえを感じていました。でもそれが結果に結び付けられていなかったので、まだまだだなという風に思っていました。

 

――もっと改善できたなという部分は

 

 もっと走れたし、もっと戦えたし、もっとゴール前に入っていけたなという風に感じていました。まだまだ足りなかったことが多いなと思います。

 

――試合を外れた後、ピッチ外からチームの状況をどのように見ていましたか

 

 結果がすべてという見方を外からされる中で、順位もずっと下をさまよっていて、決していい雰囲気、強いチームという見方はされていなかったと思うんですけど、その中でケガをして外から見ているとこのチームはまだまだ終わっていない、まだまだ生き返ることのできる可能性に満ち溢れたチームだなと思っていました。個人個人が結果に対してしっかり向き合っていて、お互いのことにもぶつかり合う姿勢も日を重ねるごとに強くなっていて、もっともっとよくなっていくという確信はありました。

 

「みんなが本当に笑える環境をつくっていきたい」

インタビューに答える柴田

 

――負けが続くなかでチームの雰囲気はいかがでしたか

 

 あまりどんよりしたとかは意外となかったですね。でも結果が出ないというところでやっていることに対して自信が持てない選手も出てきたりして難しいところはありました。

 

――自信がもてなくなってしまった選手に声をかけたりなどされましたか

 

 あんまりしていなかったんですけど、練習のオーガナイズに携わるようになって、、、。そもそもぶつかり合えていないという話もありましたけど、僕はぶつかり合えたから勝てるわけではないと思っているので。ぶつかり合えるということは逃げ道があることだと思っていて、なんとかなっちゃうというか、他の人がミスしても失点しなかったからオッケーみたいな。まあ実際オッケーじゃないですか。そういう考えって逃げだと思うんですよ。だったらぶつかり合うことが先じゃなくて練習で逃げらない環境を作ることが先だと思って、練習のオーガナイズとかにフィジカルメニューとか結構きついものを提示して、本当に心身共にきつい状況で自分が何ができるのかというところを問い続けられるようにしていました。そういう積み重ねが必然的にぶつかり合う状況を作ると思って、そのような練習環境を作っていました。

 

――外池監督が「ぶつかりあえていない」ということを試合後のインタビューなどで言われていましたが、4年生で話し合う場を設けられたりはしましたか

 

 1回か2回かという感じですね。毎週4年生がミーティングしてて、勝てない状況の中でどこに問題があってどうしていけばいいのいかという話はしっかりして、4年がやるしかないという話もしました。

 

――チームの中で意見が対立することもあったと思います。チームをまとめるのは柴田主将の役割だったのでしょうか

 

 僕の役割なんでしょうけど、あんまりになっている意識はないですね。実際あまりまとめようとは思っていないというか、100人いてまとめられる訳がないと思うんで。Jユース、高体連の人がいて一般の人がいて、正直まとまる訳がなくてまとめなくてもいいかなと思っています。でもチームのために自分自身の100%を出さない、力を発揮できないというのはありえないと思っています。ビジョン、ミッションも4年が決めたことで下級生が反対することもあるだろうし、全員にわかってもらえるとは思っていないですけど、姿勢を示し続けるのは4年生であり僕の役割かなと思います。ビジョン、ミッションに迎えなかったとしても、自分のやりたいこと、目標に100%になれない人間はこの組織にはいらないと思っています。</p>
 

――Jユース出身と高体連出身というのはやはり違いますか

 

 Jユースはぬるく育っている人が多いというか。人工芝とか練習場とか用具とか送迎とか当たり前に与えられているものが多いのかなと思います。当たり前にお弁当も出ていたし、そういう3年間と、想像ですけど高体連の厳しい3年間は全然違うのかなと思います。そういうところで考え方が違うのは理解しつつ、どうチームを方向にもっていくか考えているという感じです。

 

――そのような環境の中でみんなを同じ方向へ向けるのは難しいと思います。完全にではなくある程度チームとして同じ方向を向くということが大事になるのでしょうか

 

 そうですね。それが日本一というものかなと僕は思います。「日本をリードする存在ってなんですか」と聞かれたらそんな簡単に答えられなし、答えられたとしても絶対にみんな考えは違うと思うんですよ。それってそろえようと思ってもそろえられなくて、完全に個人の話になってしまうので。個人がどうそれをとらえてどう行動に落としていくかというところだと思います。でも日本一というところに関しては全員がそろわないわけがないというか。サッカーをこの年代までやっているということはサッカーが相当好きだと思うし、サッカーをやっている以上タイトルを取りたくないという人はいないと思うので。タイトルというところでそろえて、ミッションに対して自分なりのとらえ方をして、自分なりの100%を出し続けられればいいかなと思います。

 

――ご自身が目指す理想の主将像とは

 

 結構キャプテンぽくないキャプテンって言われていて。やっぱりかっこいい選手とか目に留まる選手ってメッシとかクリロナとかみたいにめっちゃ上手いとかめっちゃ点とるとかならわかるんですけど、この年代でそれほどの戦術がない中でどのような選手が目に留まるなって考えると、センスがあるか選手か、僕みたいに足や声でチームでチームを引っ張る選手かなと思います。僕のそういう姿を見てみんながのかって声をだしてという雰囲気になればチームはいい方向に向かって行くと思うし、みんなサッカーをやっていて楽しいと思います。そういう一人の選手でいたいですし、キャプテンという役職はありますけど、あまりキャプテンというふうに自分のことを思ってなくて、みんなと同じ目線で、キャプテンだからではなく今までどり僕らしく頑張っているというのを見て、 他の人も頑張ってくれたらなと思います。

 

――鈴木副将との連携はどのようにとられていますか

 

 今年はあんまり連携とかはないですね。俊也は俊也で自分の思いが強い人なので、そこはしっかり尊重しつつ、自分は自分でできるところはやってみたいな。実際連携をとるというよりはお互いがお互いの100%を出し続けるというところがあれば問題ないかなと思います。僕は人と話すのが好きなのでいろんな後輩にちょっかいを出したりするんですが、俊也は結構怖がられたりもするので。遠目で見ると怖かったりするじゃないですか(笑)。俊也は俊也で大宮に内定して、あいつはやっぱりピッチで示していく選手なのでそこはそっちに10%持っていてほしいなと思うし。僕はピッチでも示すし、コミュニケーションをしっかりとってみんなが本当に笑える環境をつくっていきたいと思います。

 

――笑える環境づくりをする上で、こだわっている部分はありますか

 

 どういうところとかはないっすけど(笑)。めっちゃ色んな人を見ています。AもB練習最後まで見ます。たまに真剣な話としますけど、基本はちょっかいを出しに行ったり。本当に色々なところを見るようにしています。プレーの調子まで見切れてはいないかもしれませんが、顔色などは見るようにしています。みんなを見ることで毎日違う発見があります。あとは、自分自身が楽しむことですね。自分から笑うようにしています。

 

――自分が体現して、その姿を見て周りが元気になればということですね

 

 笑えないとやってられないですよ(笑)。

 

「たった1人の考えが少しでも世の中を明るくするかもしれない」

アミノバイタルカップ専修大戦にてチームをスタンドから応援する柴田

 

――最近、始められたnoteについてお聞きしていきます。3本出されていて、1本目が自身の思いを吐露するというもので、2本目が大学生に向けて、3本目が悩んでいる全世代の方へというものだったと思うのですが、これからどのようなことを発信していきたいですか

 

 これからか…。

 

――noteは、今年1年と期限つきでやられるのでしょうか、それともずっと続けていくという方向なのでしょうか

 

 ずっとやっていくつもりですね。サッカー選手になってもサッカー選手の発信って面白いし、自分がそこに面白みを感じ続けられる限りは続けていきたいです。どういう思い…。

 

――どういう思い、あるいはどのようなことを伝えていきたいですか

 

 人間としての軸はありつつも考えというのはいろいろなものを持っていいと思っています。その時々で変化すると思います。今、思っていることと来月思っていることは変化すると思います。その考えの変化を発信していきたいです。それで、似たような境遇の人の助けになればいいなと。何様だという感じですけど(笑)。誰かが新たな発見をしてくれたら嬉しい限りです。今、コロナで難しい状況で今を生きてる大学生がどんな思いを持って生きているか。来年、サッカー選手になったとして、Jリーガーは普段どんなことを思っているのか。社会に対して何を思っているのかとか。Jリーガーはサッカーの試合を行なって、会場を盛り上げて、給料をもらうというようなイメージがあると思います。やはり、サッカーをやっている以上はピッチの中に目を向けられることが多いです。そこ以外の部分で何を思っているのかを届けられたらなと。少しでもそれを読んだ人がハッピーになれるというか前を向いて明日も頑張って生きようというきっかけになれたらいいなと思います。たった1人の考えが少しでも世の中を明るくするかもしれないということを考えるとワクワクします。そういうことを今後やっていけたらと思います。

 

――外池監督も情報発信を大切にされていますが、誰かになにかを伝えたいという考えはア式に入ってから思ったのでしょうか。それとも、それ以前から持っていたものなのでしょうか

 

 情報発信の価値について気づいたのはア式に入ってからですね。高校の時までは文章を書くのが好きではなかったですね。受験の小論文でアホみたいに書いたこともちょっと影響があるのかなと思いつつ。好きになったかはわからないけど、その経験にも啓発されたかな。受験を終えてから本を読むようにもなりました。でも、発信ということに関しては高校までは一切頭になかったですね。大学に入ってから部員ブログなどを書いて。部員ブログの存在はやはり大きいですね。自分の言葉を世の中に発信するということは自分の口だけには留まりません。いろいろな人が見てくれて、いろいろな人から反応があったり。そういうことの価値についてはア式に入ってから気付きました。noteを始めたいと思ったのは部員ブログとコロナの自粛期間にア式の部員何人かで別のものを書いていて、それで俺、書くの好きかもと気づきましたね。あとは、さまざまなジャンルのいろいろな人に出会ったことも影響しています。そういう人たちもTwitterなどで発信をしています。少しつぶいやいただけでも何千いいねが来る人もいます。反面、リスクでもありますが。自分もその人たちの情報発信に影響を受けているのでそういう立場も少しずつ担えたら良いなという思いも込めて、そしてケガの経験もあったことから情報発信を始めたという経緯です。

 

――いろいろなジャンルの方々と出会われたとのことですが、具体的にどのようなジャンルの方々と出会われたのでしょうか

 

 普通にサッカー関係者、企業の代表、整体業の社長、関西学院の主将をやっていた方とも去年のマネジャーの西川玄記くん(令4スポ卒)つながりでつながったりしました。吉祥寺のご飯屋さんの店長とかともつながりましたね。

 

――いろいろな方と接点を作る上で自分から働きかけていくことが多いですか

 

 そうですね。基本自分から声をかけさせていただいていますね。整体の人には今サポートしていただいています。その方には今年、ツイートを見て声をかけさせていただきました。会ったらすごくパワーのある人で人生が変わったというくらいの影響を受けました。吉祥寺のご飯屋さんの方に関してはア式のOBの人と仲が良いということを聞いていたので、ご飯を食べに行った時に声をかけさせていただきました。そこで意気投合しました。結構自分からアクションすることの方が多いですね。

 

――人と関わるのが好きなんですね

 

 そうですね。すごく矛盾しているかもしれませんが一人めっちゃ好きなんですよ。でも、人と話すも好きで、すごい矛盾ですよね(笑)。

 

――矛盾ではないですよ(笑)。両方とも柴田さんを構成するひとつの側面ではないでしょうか

 

 矛盾じゃないですかね(笑)。でも、一人が好きなんですよね。外出する時は絶対一人なんですよね。

 

――なぜですか

 

 楽なんですよ。気を遣わなくいいので。

 

――仲の良い方でも気を遣ってしまうのでしょうか

 

 遣っちゃいますね。本当に1人、2人くらいですね。今まで出会った中で、気を遣わないのは。

 

――気遣いの人なんですね

 

 結構、自分でも独特な価値観を持っていると思います。だから、合う人が少ないんですよね。サッカーあるあるみたいなのについていくのもきついし、わいわい飲み会とかも得意ではなくて。

 

――深く1対1で話されるのが好きということですか

 

 そうですね。大学でも1年生だとコミュニケーション取りに行くじゃないですか。でも、その人たちとはもうほとんど喋らないんですよね。そんなものだとは思うんですけど。

 

「90分苦しい時間帯に自分たちを奮い立たせて闘い続けられるかが問題」

東京国際大戦にてパスをする柴田

 

――早慶戦を迎えますが、チームとしてまとまってきているという感覚はありますか

 

 確実に良い方向に向かっている手応えもあります。選手、個人個人の目つきを見ていてもギラギラしています。結果を残そうだったり、チームを勝たせようという思いはみんなから感じられます。そこに関しては、心配していないし期待値の方が大きいという感じですね。普段の練習からそれができていて、試合でできるから別の問題です。やはり試合になって90分苦しい時間帯に自分たちを奮い立たせて闘い続けられるかが問題になってくると思います。そういった面では試合にならないとわからない問題もあります。試合の中で、どれだけ作り出せるかというところが今後重要になってくると思います。

 

――早慶戦には出られるのですか

 

 出ないっすよ絶対(笑)。みんなに期待させてるだけです(笑)。

 

――早慶戦に対する悔しさはありますか

 

 あるんですよね。おととし引き分けから良くない流れが続いてきて、引き分けも悔しかったけど、去年の負けなんて尚更悔しかったです。あの負けの、今年の早慶戦まで悔しさを晴らせないという。早慶戦に勝つ意味というのは結果として以上に大きいものがあるなと思います。早慶戦の持つ価値って思っている以上にでかいと感じています。いかに勝って1年間勝者のメンタリティで来年の早慶戦を迎えるのか、負けて負けた奴らとして1年間過ごすのかでメンタリティは全然変わってきます。早慶戦に勝って後期を迎えることが何よりベストなんじゃないかなと思います。

 

――早慶戦に向けての意気込みは

 

 今年は声出しありなんで、慶応相手に紺碧の空を大声で歌ってやりたいです!

 

――今後の目標は

 

 ピッチに立てたらいいなとしか思ってないですね、とにかくみんなと同じピッチに立つだけでいいかなっていう。それが一番幸せだと思うんですよね。みんなと思時ピッチに立って自分の全力を出して一緒に戦いたいみたいな状況が一番幸せなので、常にそういうことを描けているわけではないですけど。日に日によくなっていくみんなの姿を見て、追い付けるレベルまで行けるのかなっていうのは、毎日練習見ながら感じますけど。

 

――最後のシーズン後輩に何を残していきたいですか

 

 何かを残せたか、残せなかったは下の代が判断することです。そこはあまり意識していませんが、自分の思いを伝えられるだけ伝えたいとは思います。最後、どんな形でも笑って終わりたいです。結果、インカレ優勝ではなくても、みんなには笑って終わってほしいです。みんながやり切ったと思えるような取り組みをしていきたいです。まずは、自分が常に笑顔でいること。残せるかは正直わかりませんが、自分のできることを最大限出し尽くしてピッチ内でも、コミュニケーションも練習に向かう姿勢を含めて、出し尽くして、最後みんなで笑って終われたらと強く思います。

 

――ありがとうございました!

(取材・編集 前田篤宏、水島梨花 編集 玉置理沙子 写真 宮島真白、前田篤宏、大幡拓登、水島梨花)

大切にする価値観を書いていただきました!

◆柴田徹(しばた・とおる)

2001(平13)年2月18日生まれ。172センチ。湘南ベルマーレU18出身。スポーツ科学部4年。どんな状況でもチームを支え続ける柴田選手。そんな主将の姿を尊敬せずにはいられません!

 

『笑ってこその人生』と色紙に書いてくださった柴田主将。早慶サッカー号の入稿中にはこの色紙を飾り、ア式取材担当たちの励みとなっていました!素敵なお言葉をありがとうございました!