ア式蹴球部卒業記念特集 第1回 FW杉田将宏『4年間という時間』

ア式蹴球男子

4年間という時間

 「悔しいし、勝ちたかった」。全日本大学選手権(インカレ)後、FW杉田将宏(スポ=名古屋グランパスU18)は、涙を流しながらそう話した。それからおよそ2カ月後、杉田はシンガポールにいた。

 Jリーグチームの下部組織、通称ユースチームでサッカーをする選手にとって、大学進学という選択は、第一志望でない場合がある。杉田もその一人だ。「高卒でプロになれなかった」という悔しさを抱えて、杉田はア式蹴球部(ア式)に入部した。しかし、1年時の早慶クラシコでは同期内で唯一スタメン出場を果たし、存在感を見せつけると、持ち前の献身性を生かして徐々に出場機会を獲得。3年時にはチームの中核を担うようになっていた。

 

 国士舘大戦でボールを運ぶ杉田

 状況が変わったのは、ラストシーズンのこと。ア式には、4年生がチームを引っ張る文化がある。最上級生になった杉田も、後輩がプレーしやすい環境を作り、指導する立場になった。それだけでなく、Bチームの戦術を考えたり、一人暮らしを始めたために栄養バランスの取れた食事を自分で作ったりと、自分のプレー以外のことを考えなければいけない時間が長くなった。「ア式蹴球部で活動するにあたって、犠牲にしなければいけないものはどうしてもあった」と杉田は語る。苦しいことばかりだった。それを乗り越えられたのは、同期の存在があったから。「同じ苦しみをしている同期がいたからこそ、頑張ろうと思えた」。長い時間を共にした同期が、杉田の原動力となっていた。

 さらに、一人の選手としても、壁にぶつかったラストシーズンだった。シーズン中盤、スタメンから外されることが増えた。同期が次々とプロに内定していく中で、杉田の進路は未定。アピールのためにプレータイムを増やしたいところだったが、思うようにいかない。 後期の桐蔭横浜大戦では、ベンチに入ってチームをサポートする『チーム付き』も経験した。「メンバー外になって、チーム付きもして、みんなの前で悔しい思いをしながら話もしたことでグサグサ刺さって、色々な感情が込み上がってきて、複雑な時期だった」。

 当時は、これまでやってきたことの全てが否定された感覚に陥った。その結果、杉田は持ち味の献身性を捨て、自分勝手にプレーをするようになる。トレーニングマッチでは点も決めた。ところが、点を決めたのにもかかわらず、全くうれしくない。「結果が全てとは言うけれど、こういう結果の出し方も嫌だなと気がつけた」。この出来事がきっかけで、もう一度原点に立ち返ることができたのだという。その後、杉田はまたスタメンの座に返り咲いた。

 

 拓大戦でチームを鼓舞する杉田

 そして迎えたインカレ初戦。杉田にとって、最後のアピールの場となるこの大会。ピッチには持ち前の献身性を生かして、駆け回る杉田の姿があった。より多くの試合を勝ち進み、プレータイムを増やしたいところだったが、結果は初戦敗退。この試合の後に杉田の口から出てきたのが、冒頭の「悔しいし、勝ちたかった」という言葉だった。

 それから2カ月後、改めてインカレのことを問うと「もちろん悔しかった。でも振り返ってみたら、いろいろあった4年間だった」と晴れやかな顔で答えた。もちろん、勝ち進めばもっとアピールできたという悔しさもある。しかし、それ以上にこの4年間積み上げてきたものには、価値があった。寮生活で同期と長い時間を共にし、たくさんのミーティングを経て、かけがえのない仲間を得られた。ア式蹴球部で活動することで、社会と接点を持つことができた。これらの経験は、大学進学という選択をしたからこそ得られたものだった。「その点で、大学に来て良かったなと思う」。杉田はそう言って笑う。

  杉田が次のステージとして選んだのは、『アルビレックス新潟シンガポール』だ。シンガポールのリーグに参加するチームだが、ここで活躍すればJリーグへの移籍も見えてくる。杉田の掲げた目標は『リーグ制覇』と『10ゴール10アシスト』の2つ。しかし、ここは杉田にとって通過点であり、ゴールではない。「この1年で活躍して、日本に帰って、一番は名古屋に帰ってプレーしたい」と、杉田の目は未来を見据えていた。

  シンガポールプレミアリーグは今月25日開幕した。第1節、杉田はスタメン出場を果たしている。4年間という濃密な時間を経て、新たなステージに歩みを進めた杉田の挑戦は、もうすでに始まっているのだ。

(記事 内海日和、写真 橋口遼太郎)

◆杉田将宏(すぎた・まさひろ)

1999年(平11)年11月24日生まれ。164センチ、64キロ。愛知・天白高出身。前所属・名古屋グランパスU18。関東大学リーグ戦で、1部通算46試合出場7得点2アシスト。

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