「伝える」
「見ているお客さんに楽しさが伝わるように」。4年間を通して多く石塚玲雄(スポ=東京・駒場学園)から発せられた言葉だ。演技を通してお客さんにスケートの楽しさを伝え、自分も楽しむ。その意識を原動力に、大学4年間で競技力も伸ばし、集大成の全日本選手権フリースケーティング(FS)で競技人生最高の演技を見せた。そんな氷上の表現者石塚玲雄が、スケートを通して伝えたものに迫る。
石塚が指差す先には『観ている方々に楽しんでもらう!!』という意気込み
「表現」や「演じる」といった要素が大きな部分を占めるフィギュアスケートにおいて、観客の存在は他の競技以上に特別だ。そんな中、新型コロナウイルスの脅威は学生スケーターたちから、観客の前で演技をする機会を奪った。しかし石塚は無観客配信の試合が続く中でも、誰よりも画面の向こう側のファンを楽しませること、画面の向こう側のファンにも伝わる演技、を意識して演技を行なってきた。応援の形が画面越しであっても、見てくれているファンを楽しませる演技をし、それによって喜んでくれるファンの気持ちを胸に、さらに楽しませる演技を目指してコツコツ練習に励む。そのペダルの両輪が間違いなく石塚の推進力となっていた。その姿勢がラストシーズン唯一の有観客の試合となった全日本選手権でのガッツポーズの演技を生み、その想いが観客からスタンディングオベーションというプレゼントで返ってきたのだろう。
全日本選手権のお客さんの前で滑りたいと願い、そのための努力を積んできたFSのプログラム『雨に唄えば』。それを満員のさいたまスーパーアリーナの観客の前で披露する。無観客試合では起こることの無かったステップシークエンスでの手拍子。それから更にパワーを貰うようにほとんど乱れの無いはつらつとした演技が続き、最後のポーズに合わせて会場はスタンディングオベーション。石塚がスケートにおいて大切にしてきたもの、石塚のスケートそのものが満員のさいたまスーパーアリーナ、そしてテレビ越しに見ていた何千という観客に「伝わった」瞬間だった。
全日本選手権FS演技後にガッツポーズをする石塚
石塚のスケートは、仲間に「伝えた」ものも大きい。特に最終学年は沢山の後輩の見本や、目標となる存在になりたい、と部やリンクでの練習を引っ張ってきた。憧れられる存在として、結果を残し背中でみせつつも、仲間に寄り添う姿勢も大切にする。フィギュア部門の主将として、チーム内でのコミュニケーションを重視してチームの気持ちをひとつにまとめるための工夫をしてきた。そういった姿勢は、後輩にもしっかりと伝わった。後輩の口からも石塚への尊敬の気持ちや、石塚の優しさが感じられるエピソードが数多く聞かれた。
昨年からWASEDA ON ICEが始まったこと、男子部員の数が大きく増えたこと、などをはじめ、フィギュア部門は石塚の所属した4年間で大きく変化した。その変化を受け、石塚は「早稲田大学スケート部フィギュア部門がどんどん魅力的な部になった」とも話す。その増した魅力は紛れもなく、石塚の姿勢が部員に伝わり、チーム内にもポジティブな変化がもたらされたことの証だろう。
インカレで後輩の演技に拍手を送る石塚(画面奥、右から2人目)
スケートを媒介として様々なメッセージを伝えたスケーター石塚玲雄。現役スケーターとして客に楽しさを伝える役目は3月12日に行われるWASEDA ON ICEで終える。しかし、まだまだスケートで「伝える」役割は担っていくつもりだ。スケートすることの楽しさを変わらず伝え続け、さらに現役生活で培った経験も次の世代に伝えていく。石塚玲雄の第2章はこれから始まる。
(記事、写真 及川知世)