最終回である第5回に登場するのは、主務を務める松尾華(スポ4=広島修道大鈴峯女)と鶴岡由梨奈主将(社4=東京・立教女学院)。1年時からペアを組み、二人三脚で今年度の早大ヨット部を支えてきた女子セーラーたちだ。対談からはお互いへの信頼やチームへの愛が垣間見え、まさに全日本インカレ直前にふさわしい内容となった。
「日本一の早稲田大学ヨット部で活動したい気持ちが一番強かった」(松尾)
関東学生春季選手権女子レースでの松尾・鶴岡組
――他己紹介をお願いします
鶴岡 華はヨット部のお母さん的な存在です。役職として主務という部の大黒柱みたいな役割をやってくれてるんですけど、海だけじゃなくて陸でも下級生のケアとか、本当にチームを支えてくれる縁の下の力持ちのような存在です。個人的にも1年の頃から、それこそ自分は未経験かつ女子という中で、華に手取り足取り教えてもらって、ここまで来たので。自分のお母さん的な存在でもあるというか、年的にはお姉さんみたいな感じで、本当そんな存在です。
松尾 (鶴岡は)どこからそのパワーが出てくるのかぐらいな感じです。未経験で入ってきた女子にも関わらず、こうやって主将としてわがままな男子ばかりの部をまとめてくれています。本当にそのパワーはどこから出てくるんだろうなって思うぐらいです。ヨットの知識をつけたい気持ちもだし、競技に対する気持ちもだし、すごいパワフルでみんなをまとめてくれてるなっていう印象です。
――早稲田を選んだ理由を教えてください
松尾 やっぱり日本一の早稲田大学ヨット部で活動したい気持ちが一番強かったです。ヨットを続ける中で、いろんな大学で迷ったんですけど、最後の決め手は日本一が取れそうな大学に行きたいっていうことで、早稲田を選ばせていただきました。それはもう間違いなかったなと思うし、本当にここに来て、いい経験ができたなと思います。今まで4年間部活してきて、本当にここでよかったなっていうふうに思っています。
鶴岡 自分は経験者とかそういうセレクションじゃないので、普通に受験して入ったんですけど、早慶悩んだ時に、オープンキャンパスで「あ、この雰囲気好きだわ」と思って(笑)。雰囲気っていう観点と自分が学びたい分野の教授がいたということで早稲田に決めました。
――その中でヨット部を選ばれたのは
鶴岡 未だになんですけど、ヨット部に体験入部に行った際に、こんな難しい競技あるんだと思って。自分自身がこれまでやってきたスポーツが道具を使わなかったというのと、自然相手っていう常に変わる環境の中でスポーツするのがすごい難しいなと感じて。それからなんて言うんでしょう、攻略してみたいというか、やってみたいなと思って入部を決意しました。
――体育会に入ることは決めていたのですか
鶴岡 体育会に入るのも決めてなくて。それこそ留学とかも考えていたんですけど、やっぱり4年間何かで日本一を本気で目指したいと思って。それでヨット競技というなんかすごい難しそうな、チャレンジングなものに出会えたので「あ、これだ」と思って入部を決意しました(笑)。
――松尾選手はお兄さん(松尾虎太郎、令3スポ卒=山口・光)の影響もありましたか
松尾 そうですね。うちはおじいちゃん、お父さん、お兄ちゃんが(ヨットを)やっていて。最初はお兄ちゃんに付いて野原を駆け回っているだけだったんですけど、気づいたら自分もヨットに乗っていました。何回も辞めようと思って、例えば中学卒業するタイミングでやめようとも思って、高校を卒業するタイミングで絶対に辞めるんだって思っていたんですけど、なぜかここまで来てたって感じです(笑)。ヨットをやる中で、やっぱりお兄ちゃんの影響は大きかったですね。
――それぞれの役職に就かれた経緯を教えてください
松尾 ヨット部を内側から支えたいと思ったことです。今まで裏で何をやってるんだろう、主務とか裏の活動は何をやってるんだろうっていうことが多かったです。(主務を)決めるに当たってすごい大事なことをしてるっていうのは重々分かった上で、ぜひ自分もヨット部を内側から支えられたらなっていう気持ちで、主務をやらせていただきました。
鶴岡 自分はこの1年間、最終学年として何か貫きたい個人的な目標として最強のギバーになるというのを決めていました。それこそ未経験から入っても受け入れてくれた環境というか、ここまで競技者としてだけじゃなくて人間的に成長させてくれたこの部に何か恩返ししたいなと思って。それで最強のギバーになるっていうのを1年間の目標に考えていたんですけど、実際にどういう役割とか立ち回りがあるかを考えて、周りの方からも推されて決まりました。正直最初は抵抗というか、未経験だし、90年間で一度も女子がトップに立ったことがなかったので、本当に自分でいいのかっていうのはすごい悩みました。それでも周囲の人が推してくれて、自分も最終的に「じゃあやってみよう」と思って主将をやらせていただいた経緯になっています。
――昨年度の新井健伸主将(令4商卒==東京・筑波大付)からアドバイスはいただきましたか
鶴岡 本当に何か困ったら健伸さんに頼らせていただいて。あと2年前の(松尾)虎太郎さんにも色々アドバイスをいただきました。最近では歴代の主将ほとんどに連絡してみたりとか、いろんな方の力を借りながら、1年間やってきた感じですね。
――主務の仕事内容を教えてください
松尾 競技スポーツセンターとの連絡とか、そういう事務的なことや、1年間の予算を立てたり、それに合わせて遠征の予定を立てたり、宿を取ったり。そういう手配からトラックの手配まで、事務的なことはとりあえずやるみたいな感じです。あとレースエントリーをしたりとか、そういうことですかね。これ、みたいな大きな仕事じゃなく、とりあえず事務的なことやっておこうかみたいな感じです。でも、予算が一番大きいですね。ヨット部が1年活動するに当たって、どれくらいのお金がかかって、それをどうやりくりしていくかっていうのが一番大きな仕事です。
鶴岡 こんなにさらっと簡単に言ってるんですけど、めちゃくちゃ大変です。本当にもう主務がいないと部が回らなくて。ヨットってすごくお金が動くスポーツなんですけど、決められた予算の中で、いかに部の環境を良くするかを常に考え続けるのが主務の役割なので、本当に大黒柱というか、部を支える役割をやってくれています。
――やはり一番お金がかかるのは船の整備でしょうか
松尾 そうですね。基本的に光熱費とか食費とかは仕方ないです。でも、例えばヨットが壊れたとか、何かにぶつかりましたというときに、みんなと相談しながら、どれだけ部の中でやりくりしていくかというのはすごく大変でしたね。みんなは払ってほしいけど、部としては「いや・・・」となりながら(笑)。それは1年間格闘してきました。消せる電気消して、エアコン全部止めて、みたいなことは細かいことですけど、頑張ってやっていました。お金が湧いて出てくるものじゃないので。
鶴岡 本当にそうだよね。4年になると改めてお金というか、部を運営する視点になるので、1から3年とは違った視点で見るなとはめちゃくちゃ思います。
――主将をする前と後で部への見方に変化はありますか
鶴岡 1から3年の時に比べて、圧倒的に運営とか部をより良くするかを考える必要があるので、自分が競技者として成長するのもそうなんですけど、自己成長だけじゃなくて集団で成長するというか。常にそれが求められるので、そういった観点ではチームの見方は大きく変わったと思います。
――大変だったことはなんでしょうか
鶴岡 一番大変だったのは、いかに競技力を強くするかというところです。1個上の新井主将の代がオールスターみたいに言われていて、今年は競技力が低下すると言われていました。これっていう正解がない中で、冬の期間からどうやったらチームが強くなるか、春のインカレで結果がついてこなかった時に、どうやってチームを立て直して、より強くしていくか。そこに答えがない中でもずっと模索して続けたのが結構チャレンジングではありました。
――その中で、どんな風にチームに接していましたか
鶴岡 自分が未経験だったのもあって、このチームの行動原則というか常に行動の中で意識することとして、今年は新しく「相互研鑽(けんさん)」というのを加えました。チーム内で学び合うっていうのもそうですが、学年問わず他大学とか社会人の方とか、本当に全てから学び合うことを、このチームにはすごく言ってきました。なので、4年生も下級生から学ぶ姿勢ですとか、それを自分が一番体現できるようにとか。それはチームにも発信してきましたし、自分としてもすごく意識していたところです。
――松尾選手はどんなことが大変でしたか
松尾 やっぱり1年間の予算を考えることですね。代替わりして、すぐに考え始めたのですが、何も分からない中で全日本インカレ(全日本大学選手権)の宿泊まで全てやらなきゃいけなくて。どうやってやるんだろう、というところから始まったので、予算はめっちゃ大変でしたね。もう、本当に何かやるたびに、「いや、そうじゃないこうじゃない」と言われながら「違うのか」ってなって(笑)。もう予算の時は頭おかしくなりそうで、一番大変でした。
――そんな時の気分転換はどうしていますか
鶴岡 めっちゃ食べてました。
松尾 間違いない(笑)。
鶴岡 食べて、寝るしかない。
松尾 やらなきゃいけないことはやるのですが、絶対に食べることと寝ることだけはやってましたね。
鶴岡 私も食べることでした。私、相当甘党で。本当に何かストレスとか溜まったときは、ひたすら甘いものを食べるというアスリートとしては最悪なんです(笑)。まあ、食べた分その後はちゃんと動いて、ちょっと罪悪感は和らげるんですけど。もうほんとに甘いもの食べたり、あと自分は犬が好きなので、飼い犬に癒されたりとかです。コロナでできることも結構限られていたので、そういうので発散してました。
――以前は、葉山女子旅をしたいとお話していましたよね
鶴岡 やりたいんですけど、1年後ぐらいでいいかな。ちょっと今色黒になってきてるんで(笑)。葉山女子に紛れられるぐらいの色白さを取り戻してから、もう一回ここに帰ってきたい。来年のみんなのレースを葉山女子旅で見に行きます。白くなった頃にブレドールもいく。ブレドールっていう2人の好きなおいしいパン屋さんがあって、そことかなんかにも女子力を上げて帰ってきたい(笑)。
「これが部活なんだ・・・」(松尾)
鶴岡と顔を見合わせる松尾
――ヨット部生活の中で印象に残っている出来事を教えてください
鶴岡 まずネタの方からいきます。1年生の時、練習後にガソリンを買いに行くんですけど、その時に自転車が壊れるっていう事件が起きて。それで、ガソリンを汲み終わったはいいんですけど、ガソリンスタンドのすぐ近くで自転車が壊れて「あ、どうしたものか」ということで、バスに乗って帰ろうと思ったんです。けど、ガソリン缶を持ったままだと乗せられないって言われて。その後にタクシーも呼んだのですが、タクシーも全然動いてないみたいに言われて、来られても2時間後とか言われて。25キロのガソリンと自転車持っていて、もう動けないと思って。そしたら、葉山町民の方に声かけていただいて、葉山マリーナまで送ってもらうっていう大冒険をしたことがあります。その時に申し訳ないんですけど、片手に自転車、片手にガス管だったので、携帯を取り出すことができなくて、華から死ぬほど電話がかかってきたのに気づけなくて(笑)。自分は葉山マリーナに着いてほっとしていたら、葉山マリーナに残ってる側は私が拉致られたと大騒ぎになっていました。
松尾 行き帰り30分ぐらいなんですけど、全然帰ってこなくて。ちょうど4年生と1年生の合宿でミーティングしていたんですけど、「全然帰ってこないね」って話をして連絡もつかなくて。1回連絡ついたと思ったら「なんか今おじさんの車に乗ってる」って言われて「どういうこと!?」ってなりました(笑)。本当に死んじゃったかもと思って、4年生に「なんかおじさんの車に乗ってるみたいです」って言っていたら、本当にいいおじさんの車から降りてきました。
鶴岡 自分は結構達成感あって戻ってきたというか、長旅を終えて戻ってきたんですけど、葉山マリーナの門のところに4年生がバーって待っててくれて。「え、何事」って言ったら「大丈夫?」って。すごい経験をしたなと思いました(笑)。自転車関連は色々あって、その壊れた自転車を買いに行かなきゃいけないこともありました。それで逗子葉山から金沢文庫まで自転車を買いに行ったんですけど、そこから自転車で帰ってこないといけなくて。ほぼ2時間かかりました。 1年生の時は自転車関連で色々やっていて、それは結構印象に残っています。真面目な方だと、秋インカレ(関東秋季学生選手権)が自分の中では印象的でした。(これまでは)先輩たちを勝たせたいとか、そういうモチベーションでやってきたのですが、いざ自分が最上級生になって、秋インカレで470の最終日に逆転して完全優勝で終われた時に、1年生たちがすごい喜んでくれてたのが本当に印象的でした。チームで喜びを分かち合うって、こんなに素敵なことなんだっていうのをすごく感じました。全日本でも1年生に総合優勝という最高の景色を見せてあげたいなって思いましたし、このチームで総合優勝をつかみ取りたいなって改めて思った瞬間でした。
――松尾選手は、印象に残っている出来事はありますか
松尾 私が1年生の時は一軒家みたいなのを借りて(合宿)生活をしていたんですけど、廊下しか寝るところがなくて。廊下で寝ていた時に、朝起きたら自分の枕元に4年生の頭があったことが一番印象に残ってます。「え?」と思って(笑)。そんなに抵抗はないんですけど、こんな中で自分たちは合宿しているんだって思いました。今のこの合宿所だったら全然考えられないんだよね。だから、いい経験って言ったらあれですけど、これが部活なんだ・・・って(1年生の)4月に思いましたね。
鶴岡 これから4年間こんな生活をするんだっていうはめっちゃ思いました。今だったら本当に考えられないし、その時はもうね、こんな合宿生活あるんだって思いました。廊下で寝ていることもそもそも「え?」ってなるんですけど、踏みつぶされることが日常だったんで(笑)。
――今の合宿所はすごく綺麗ですね
鶴岡 すごいですよ。本当にいい合宿所です。(前の)八景島の時は、エアコンとかクーラーとか、そういう設備がないです。それで3段ベッドの一番上だったので、夏はめちゃくちゃ暑くて、冬はむちゃくちゃ寒い。あと、先輩が下で揺れた時に地震かと思って「地震です!」って言ったら、先輩の寝返りでした(笑)。それでみんなを起こして、ひんしゅくを買うこともありました。だから本当にいい環境です。
松尾 1年生の頃は、今思えばいい思い出だよね。
鶴岡 毎日サバイバルだったよね。海だけじゃなくて、陸もサバイバルでした。
松尾 陸の方がだよね(笑)。布団のスペースもなくて、先輩の布団が上からかぶってくるんです。「これだけしか寝るスペースないの」って思いながら、1年生だから何も言えずに、これを4年間やるのかとは思っていましたね。そしたら今では、全然違うことに(笑)。
鶴岡 いずれ、もう少しスペースが来るかなとか思ってたら、普通に1人1個のベットが割り当てられて、暖房もクーラーも完備されてる合宿所にいつの間にかレベルアップしました。
松尾 楽しかったけどね、思い出ですね。真面目な方は、由梨奈と一緒で秋インカレです。47チームには本当に感動させてもらったなっていうのが大きかったです。しかも、最初は絶対にそのレースは勝てないと思っていたので、そんな中、2年生の飯田(澪、スポ2=山口・光)があんなに頑張ってくれるんだっていうのは、一番の思い出かな。スナイプも見ていたんですけど、やっぱり47の最終レースは心を動かされた瞬間でしたね。
鶴岡 思わず海で拍手していました!
――引退したら残りの大学生活はどう過ごしたいですか
松尾 私は爪を伸ばして、ちょっと可愛いネイルをします。それは大きな目標ですね。あとブリーチしたいです。海だと絶対できなかったもん。
鶴岡 ちょっと真面目な感じで、長期的には美白になるという大きな目標があります。入社式が4月3日に控えていてるので、そこまでにちゃんと肌のコンディションを美白にしていくっていうのがあります。短期的には、やっぱり大学生なので、やりたいことを全部やり尽くして社会人になりたいなと思っていて。旅行に行きたいモチベが半端ないです。タイトなスケジュールになるんですけど、引退した次の週ぐらいからロサンゼルスに行こうかと思っています。いろんな世界を見てみたいなと思っています。女子力はこの3年ちょいで失ってきたものを、まず標準に戻してプラスでOLになれるレベルにあげていきたいなと思っています。
――ヨットとの関わりはいかがですか
鶴岡 私、寒いのが本当に嫌いなんです。あと長期的な色白になるっていう目標と合致しないところがあるので、一旦離れます。いずれまた機会があれば、ラ・マーレ(練習場所近くのフランス料理店)らへんに訪れたいな(笑)。でも後輩のレースはFacebookとかで応援したいと思っています。
――次のスポーツにいく予定はありますか
鶴岡 また、なんか刺激があったらですね。こういう性格なので、自分が1カ月後何をやってるかも分からないんですけど、ワクワクする方向に突き進んでいきたいと思います。あと、今運動やめたら相当太っちゃうと思うので、適宜運動はしながら、甘いものも楽しみたいと思ってます。引退したら爆食いしたいですね。今はそれこそ琵琶湖に向けて減量というか、体重管理みたいなのもしてるので。引退したら解禁で、食べ放題とか行きまくりたいなと思っています。
――特に食べたいものはありますか
鶴岡 ひたすらに生クリーム。去年は海の上でマリトッツォとか生クリーム食べていたんですけど、今年は控えたいと思っているので。引退後の楽しみにしたいと思います。
――松尾選手はヨットとの関わりは考えていますか
松尾 競技としてヨットやるのはもういいかなと思ってます。でも、海は好きですし、エンジョイセーリングとかお祭りみたいな感じの海を楽しむぐらいで、ヨットは楽しく乗れたらいいかなぐらいです。全く本気でやろうとは思ってないですけど、今後も楽しくやっていけたらなと思います。
「最高の仲間で日本一の頂へ!」(鶴岡)
ヨット部生活を思い返し、爆笑する鶴岡
――470とスナイプそれぞれの雰囲気はいかがですか
鶴岡 両クラスとも雰囲気と競技力ともにいい状態に来ていると思います。実際に秋インカレでも完全優勝できたところに現れていると思います。まずスナイプは秘密兵器の鈴木(義弘、スポ4=山口・光)も加えて、本当にチーム全体のレベルアップにも繋がりましたし、470チームに関しては、今まで日大優位みたいに言われてたところを3艇のパワーで逆転するというか、上回る状態まで来ているので、早稲田としては日大と互角に戦えるのはアドバンテージになります。両クラスでいい状態になっていると思います。チームでも、1年生は今年すごくかわいいというか、いい子たちが多くて、チームのために動いてくれる貢献意識が強いので、それを原動力にチームの状態もいい方向に向かっています。このまま琵琶湖でも、最後のレースまでチームで成長し続けて、総合優勝をつかみ取りたいと思います。
――昨年のチームとはまた違う強さがあるのでしょうか
鶴岡 そうですね。もう本当に去年のような、いわゆる主役とかではなくて、本当にこのチームはみんなが主役だと思っています。今年のチームビジョンでも、全員が喜びを分かち合うというのを挙げていて、この全員っていうのは選手だけじゃなく1年生もそうですし、サポートなど役割問わず全員です。勝ちをつかみ取りにいきたいっていう思いがあるので、誰かに頼るとか誰かだけっていうのではなく全員で勝つという意識が強いです。そこは早稲田大学としての強みでもあると思っています。
――琵琶湖インカレに向けてチームで気をつけていることはありますか
鶴岡 2つあります。1つは全員で戦い抜くというところで、琵琶湖は不安定な風だとか、予測できないことが色々起きるとは言われているのですが、そういう苦しい時こそ全員で戦う意識を持つことで、その次のチャンスに繋がったりとか、どんな状況でも諦めない強さに繋がると思うので、全員でまず戦い抜くというところです。2つ目は最後まで成長し続けることで、競技者としてもそうですし、自分が目標にしていることもそうなんですけど、最終レースの最後の瞬間までチームとして成長し続けることで、総合優勝をつかみ取りたいと発信しているので、それをみんなで体験したいです。
松尾 みんなに頑張ってほしいと思うことは、最後のフィニッシュするまで諦めずに前の1艇を抜かす気持ちでやってほしいです。本当に風が弱くて、得点も混戦になるでしょうし、叩くレースも出てくると思うんですけど、それで落ち込まずに最後のフィニッシュする瞬間まで抜き続ける気持ちで頑張ってほしいです。あとは、由梨奈が言ってくれたことはずっとチームの目標でもあるので、それは琵琶湖だからと言って、特別何か変えるわけでもなく、今まで自分たちがやってきたことをすると思っています。それだけのことは自分たちも練習してきた自信があるので、今までやってきたことをやるだけです。
鶴岡 琵琶湖であろうと、どこであろうと、早稲田としても、このチームとしても、やるべきことは変わらないので、ちゃんと勝てる最善の準備を尽くして、みんなで最高の結果につなげたいと思っています。
――最後に意気込みをお願いします
鶴岡 最高の仲間で日本一の頂へ! もう本当にそれに尽きます。あと、このチームで勝ちたいというのもそうですし、自分の集大成でもあるので、全てを尽くして最高の結果にみんなでつなげていきたいと思います。
松尾 このチームが最後みんな笑顔で終わられたらというふうに思っています。それが総合優勝っていう結果だと思います。自分も最後なので、自分が4年間で経験してきたことを後輩にできるだけ最後まで教えてあげるのもそうですし、自分も学び続けたいし、最後まで後輩に何か残していけたらと思います。
鶴岡 (関東勢が)琵琶湖の地で勝ったことがないこともあって、関東勢初かつ早稲田としても初めて、琵琶湖の地で臙脂の旗をかけられるように頑張りたいと思います。
――ありがとうございました!
(取材 足立優大、落合俊、田島璃子 編集 落合俊、宮島真白)
全日本インカレへの意気込みを書いていただきました!
◆鶴岡由梨奈(つるおか・ゆりな)(※集合写真左)
2000(平成12)年10月16日生まれ。東京・立教女学院出身。社会科学部4年。スナイプ級クルー。90年以上続く早大ヨット部で、未経験ながら史上初の女子主将となった鶴岡選手。「相互研鑽」を体現した部員全員で悲願のインカレ優勝を果たします!
◆松尾華(まつお・はな)
2000(平成12)年10月12日生まれ。広島修道大鈴峯女出身。スポーツ科学部4年。スナイプ級スキッパー。こまめな節電にも気を遣っているという、まさにヨット部の「母」のような松尾選手。引退後のネイルや派手髪にも注目です!