【連載】『令和4年度卒業記念特集』第63回 小西結/ラグビー蹴球部

ラグビー男子

自分を変えてくれた場所

 「トレーナーになりたい」。この将来の夢を叶える一心で早大・ラグビー蹴球部へ入部を決めた小西結(スポ=埼玉・大宮)。だが卒業を迎える今、小西結が決めた次のステージはトレーナーの道ではない。『日本一』を目指すチームで過ごした4年間、小西結が見つけた新しい自分とは ーー。

 小学6年生から中学3年生まで海外で過ごしていた小西結。もともとバスケットボールをしていたため、帰国後は高校でバスケットボール部に所属し、競技を続けるつもりだった。しかし、海外生活の間はクラブに入って運動できる環境ではなかったため、自らトレーニングを考え体力を保たなければならなかった。そんな環境の中、試行錯誤する小西結に手を差し伸べてくれたのが、マラソン好きの学校の教頭先生。一緒にトレーニングをしていくうちに、理論に基づいた練習や体のケアについて学ぶことが増え、トレーナーに興味を抱くようになった。

 その後、日本に帰国し予定通り高校でバスケットボール部に所属したものの、大きなケガに見舞われ、3年間ほとんど試合に出場することができなかった。自らリハビリを経験し、心身に与えるケガの影響が大きいことを改めて実感した小西結は、そこでさらにトレーナーを強く志すようになる。そして、トレーナー制度が整っているとの話を聞き、早大・スポーツ科学部に進学。全身のケガを見ることができると勧められラグビー蹴球部へ入部を決めた。

仕事を全うする小西結

 「自分のことのためだけに入った私が居ていいのかな」。これまでに感じたことのないチームの熱量、そして強い憧れを持って入部していた同期に圧倒され、怖気づいてしまった大学1年生の春。ラグビーと全く無縁だった小西結にとって、最初は苦難の日々だった。「選手、チームのためになるスキルも行動力もなかったので、ただただ毎日居るだけなんじゃないかと思っていました」。シーズンが深まっていくにつれ、チームの中で自分の存在意義が分からなくなっていた。優秀な先輩も、プロトレーナーもいる中で「自分に何ができるんだろう」。頑張りたいのに何もできないという葛藤が続いた。

 そんな中、チームが11年ぶりの『日本一』を手にした。国立に鳴り響く『荒ぶる』、そして「その時の同期の顔が今でも鮮明に思いだせる」と当時を振り返る。折れそうになっていた小西結の心を奮起させた出来事だった。「3年後、同じように最高な形で終われるように頑張りたい」と決意して大学2年目がスタート。「少しでも先輩や選手たちの役に立てるように一人のトレーナーとして自立しよう」。ラグビーについて改めて猛勉強した。

 特にリハビリ担当をしていた期間が小西結の大きな転機になった。ケガから復帰するまで選手と一対一で密に関わる中で、自分の至らない点をたくさん突きつけられ、勉強不足に落ち込むことが多かった。しかし、分からないことを素直に伝えて一つ一つ解消させていくことで、自然に選手の心と向き合えるようになっていった。「素直になることで人と本当の関係が築けるんだ」。選手と積極的にコミュニケーションをとるようになった小西結は、自分の存在意義をトレーナーに限定することをやめた。専門的な知識や技術が必要とされるトレーナーとしてのアプローチはプロトレーナーに劣っているかもしれない、でも「近い目線で選手とコミュニケーションをとることは学生にしかできない」と同じ学生だからこそできること、そこに自分の存在意義があると確信した。

 「外からちゃんと見てるよって、誰かが見てくれていると思える環境を作りたい」。以降、全カテゴリーの選手がチームから疎外感を感じてしまわないように、雑談レベルで会話ができるように、常に小さい動きもくまなく見るように心がけた。2年、3年時と100人以上いる選手と会話を重ねた小西結。「こういう立場の選手ってこういうことを思っているんだと私が気づかなかった部分、想像できないような心の気持ちを打ち明けてくれました。それから1番上から1番下のチームまで選手の表情とかが鮮明に自分の頭に入ってくるようになったと思います」。そこには以前とは違う『トレーナー』としてではない、『チームの一員として』行動する小西結の姿があった。

最終学年、トレーナースタッフのリーダーを務めた

 ラストイヤー、小西結はトレーナースタッフのリーダーを務めた。「誰にでもできることを何でも率先してやること」。それが小西結の思うスタッフとして大事な心持ち。あえて後輩にやらせず、リーダーである自分が先に行動することでスタッフとしてのあるまじき姿勢を示した。そして、常に小西の軸になっていたのが「選手と向き合う毎日を積み重ねる」こと。シーズンが終盤にかかるにつれて表情、行動が引き締まっていく選手たちの姿を小西は見逃さなかった。

 年越しがかかる大一番となった全国大学選手権(大学選手権)の準々決勝、相手は昨シーズン年越しを阻まれた明大。「年内にシーズンが終わってしまうかもしれない」。ロッカールームにいた小西結の脳裏に苦い記憶がよぎった。だが、これまで『日本一』のためにたくさん悩み、苦労してきた仲間の姿を見てきた。「まだ終わりたくない」と選手たちを信じ、いつも通りにピッチへ送り出した。祈ること80分、試合終了のホイッスルと共に満面の笑顔を見せた選手たち。その笑顔を見て小西結はうれしさと感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。

 そして、無事に決勝まで勝ち進んだ早大は、ついにその日を迎える。当日、小西結がいざベンチに立ってみると感じたことのない壮大な気持ちになり、これまでの思い出が呼び起こされた。葛藤し続けてきた4年間、そこには常に手を差し伸べてくれる同期の存在があった。「チームにいたい」。そう思えたのも4年間毎日近くで見てきた同期への思いがあったから。「すごくつらくて何回も辞めようと思いましたが、最後の最後までこれて良かったなと、ここまできた自分を誇らしく思いました」。『日本一』には届かなかったが、それよりも小西結が4年間で得たことには価値があった。

大好きな早稲田ラグビーは『自分を変えてくれた場所』

 トレーナーとして沢山の人と関わる中で人と向き合うことの大切さを学んだ。「スポーツ選手に限らず、世界中にいる一人一人の心に寄り添える人間になりたい」。4年間を経て小西結が出した答えだった。将来トレーナーになるために行動していた自分が、いつしかチームのために、仲間のために行動するようになった。『自分を変えてくれた場所』。小西結は早稲田ラグビーをこう例える。「どんな環境でも努力し続ける人たちを見てきたから頑張ることを恐れない自分になれた」と新しい第一歩を新しい自分と踏み出す。その勇気がきっと、さらに小西結を成長させてくれるはずだろう。

(記事 川上璃々 写真 谷口花氏、山田彩愛氏、川上璃々)