【連載】ラグビー卒業記念特集『雄飛』第3回 武者太郎

ラグビー男子

克服の4年間

 組織のことを考える経験をできなかったこと、中高時代何かに打ち込むことができなかったこと、そんな後悔の念を晴らすための4年間だったと語る武者太郎(スポ=東京・江戸川)。ラグビーのプレー経験どころか知識もない中で入部し、トレーナーとして組織に貢献し続けた。そんな武者は何を考え、何を得たのか。ラグビー部の中でもがいた4年間をひも解く。 

 中学までは野球部、高校はテニス部と、ラグビーとは無縁の生活を送っていた。早大に入学しようと思ったきっかけは、学生トレーナーを特集しているサイトを見つけたことだ。「何かに打ち込むこともなく、ダラダラと生きていた自分を変えたかった」こう感じていた武者にとって、ラグビー部に入部することは魅力的に映った。早大を代表する部活であり、多くの人々が注目する環境。その中で大きな目標に向かって努力したいと考えた。さらに選手と直接関わることができ、競技特性を考えると活躍のチャンスが大きいとことから、トレーナーとして入部することを決意した。 

 期待と決意を胸に入部した武者だが、厳しい現実が立ちふさがる。1年生の頃には、技術不足を理由に選手からテーピング処理の担当を拒否されてしまったことがあった。また、ラグビーに関してほとんど知識がなかったこともあり、高い意識やモチベーションを持つ同期のメンバーに対して引け目を感じていた。技術面でも精神面でも至らない部分が多いと感じ、自分の存在意義について思い悩んだという。 

 「日本一を目指す思いは簡単に作れない。いろいろなことを試行していく過程で徐々に芽生えてくるものだと思った」。そう語る武者は、自分にできることは何かを必死に考えた。トレーナーとして入部したからには、部内で一番の知識をつけようと勉強し続けた。ラグビーの知識がない分、ケアに関する豊富な知識に基づいたアドバイスや、選手とのコミュニケーションで自身の価値を見出していった。「自分なりの早稲田ラグビーへの思いは、知識量とそれに基づいた行動で表現することができるようになった。結果として、ラグビーに対する知識や思いを技術でカバーすることができた」。ほとんど話したことのないような相手に自分自身のコンディションを語る選手は少ない。練習時間外においても、関係構築のためのアクションを欠かさなかった。選手の体を直接触るトレーナーにとって、信頼は第一だと考えたのだ。まずは選手と仲良くなるためのコミュニケーションを積極的にとった。すると、日常会話でも選手の方から話しかけてもらえるようになった。早大ラグビー部にはプロのトレーナーも在籍している。その中で、武者は学生トレーナーとしてどんな価値を発揮できるかを模索し、選手との距離の近さを武器に差別化を図った。選手の正確な状態を他のトレーナーに伝え、選手に対しては専門用語を噛み砕いた上で伝えるというささいな努力を怠らなかった。 

 2021年の秋、武者にとって印象的な試合があった。Cチームのオープン戦での出来事である。試合終了間際、WTB米田圭介(政経=島根・石見智翠館)が決勝トライを決めたのだ。米田は下級生の頃からケガに悩まされており、まさしく復活のトライだった。リハビリをサポートし見守ってきたトレーナーとして、「すごく報われた気がした」とうれしそうに話す。 

トレーナーとしての仕事をする武者

 「数ある選択肢がある中でラグビー部に入り、いろいろなものを犠牲にしてきた。トレーナーとしての信頼を得たくて、弱い自分を克服するために情熱を注ぎ続けた。その過程で弱い自分を克服することができた」。4年間を振り返る武者の表情は晴れやかだ。早大ラグビー部でもがき続けた姿勢は後輩たちに引き継がれ、今後の彼の人生の道標となるだろう。 

(記事 阿部健、写真 早稲田大学ラグビー蹴球部広報チーム提供)