【連載】ラグビー卒業記念特集『雄飛』第1回 河村謙尚

ラグビー男子

努力と『成長』の日々

 ラグビーは、ピッチに立つ15人だけで戦うものではない。そのあり方を示してきたのが河村謙尚(スポ=大阪・常翔学園)だ。リザーブとして赤黒を身にまとうだけでも名誉なことではあるが、自身が望むスタメン出場はなかなか叶えられない。河村は何度もその歯がゆさを感じてきた。しかしその過程で河村が見出してきたものは、自身の役割を明確にするということ。そんな河村の努力と成長の日々を振り返る。

 遡(さかのぼ)ること16年前。兄とラグビースクールを見学したことから、河村のラグビー人生がスタートした。河村は幼い頃から早稲田ラグビーを見ていたことで、ずっと憧れを持ち続けていた。満員の観客、湧き上がる歓声、実際に肌で感じた国立競技場での早明戦はいまだに忘れられないと話す。「こういうところでラグビーが出来たらいいな」。小学生のときに抱いた早稲田ラグビーへの憧れが早大を志すきっかけとなった。

 入部した1年目は高校時のCTBからSHへのポジション変更もあり、上のチームで経験を積み重ねることに集中。2年時の関東大学対抗戦(対抗戦)は赤黒メンバーに定着していたものの、全国大学選手権(大学選手権)は部員席から大学日本一の瞬間を見届けることになる。「チームが大学日本一になったことはうれしかったが、あのグラウンドには立てなかった自分が悔しかった」。3年生になると、河村は委員に選出され組織づくりにも尽くした。同じく4年生でも委員を務め、部員全員が方向性を同じくするためにはどうすれば良いかを考え、チームを客観的にみることを常に意識してきたという。自分の思いを積極的にコーチ陣や選手に発信する、そして全員を同じ方向に向かわせること、それが委員としての河村の役割だった。しかしそんな自身の役目を果たす一方で、自身が望むスタメン出場を果たすことはできなかった。

日体大戦で相手のディフェンスを交わそうとする河村

 4年生に進級し、初陣となった関東大学春季大会。河村はAチームで9番を背負うことに。しかし「たくさんボールを動かすという部分で、早稲田のハーフとしての役割を全うできなかった」と、悔いが残る。それでも、秋に行われたBチームの試合ではゲームキャプテンを多く務めた。Aチーム昇格をかけたアピールの場としても重要なBチーム。そのなかで自身のプレーに集中するだけでなく、練習を通してどれだけAチームにプレッシャーを与えられるかと、チーム全体の士気を高めることにも目を配った。さらに、最終学年ということもあり、勝ちにこだわる姿勢を周囲に見せようと全力を尽くすが、それは簡単なことではなかった。ゲームキャプテンをやり遂げるなかで「自分の思うようにはできなかった」と河村は思い悩んだ。そして迎えた4年目の対抗戦、リザーブ出場ながらチームの勝利に貢献。そのなかで対抗戦での早明戦は4年間の中で忘れられないものになったという。特に河村が挙げたのは後半戦、両者譲らぬ展開のなか自陣で守る時間が続いた場面だ。明大の連続攻撃を、粘り強いディフェンスで阻む早大。「全員が体を張って絶対に明大に勝つという気持ちが全面的に表れていた」。途中出場ではあったが、仲間の熱く立ち向かう姿が、最後まで全力で戦い続ける河村のエネルギーとなったのだろう。その結果、早大は17ー7で宿敵との一戦を制し、喜びをあらわにした。

 そして3週間後、大学日本一を獲るためには一戦も落とせない大学選手権の日がやってきた。相手はまたもや明大。この試合も河村はリザーブだった。「なんで出られへんねん」。悔しさをぶつけたかのようにも見えたが、違った。「試合をどのように締めくくるか、負けている時間帯に出場した場合どうチームに勢いをつけられるか」。目の前の現実を受け入れ、リザーブにしかできない重要な役割を考えていた。もちろん悔しかった、何よりも悔しさが打ち勝っていたはず。それでもブレずに、真っすぐとラグビーに向き合う河村の姿があった。どうしてだろうか。その理由を河村は話す。河村の目標は、入部当初から変わらず『早大の9番を背負って日本一』。「自分の目標が明確になっていた上に、目標を達成して恩返しできるように頑張ろうという気持ちがあったので、苦しい時期があったとしてもその目標が乗り越えられる原動力になっていたと思います」。河村の表情は明るく、穏やかだった。

 大学4年間における目標を達成することはできなかった。それでも、早大でのラグビー人生を『成長』と振り返ったように、河村の前向きで責任ある行動がチームに残したものは大きいはずだ。「お世話になった人たちへ自身のプレーで恩返しがしたい」。その思いを抱き、春からは中高時代でラグビーと共に育った大阪を拠点とする、花園近鉄ライナーズでのプレー継続を決意した。自身が置かれる状況の中で、自分の役割を考えそれらを行動に移す。自分のことよりも、周囲のことを真っ先に考える。それが河村の生き様だ。どこまでも謙虚である。この謙虚さこそが河村の最強の武器であり、今後のラグビー人生を豊かなものにしていくと確信している。

(記事 谷口花、写真 鬼頭遥南氏)