第3回はCTB黒木健人副将(教4=宮崎・高鍋)。華々しい代表歴は持たないが、ワセダのディフェンスは黒木の確実なタックルに裏打ちされている。昨季の関東大学対抗戦(対抗戦)、全国大学選手権(大学選手権)を振り返りつつ、副将として臨む一年間への思いに迫った。
※この取材は2月28日に行われたものです。
「同大のしたいことをさせてしまった」
落ち着いた口調で昨季を振り返る黒木
――山下大悟監督(平15人卒=神奈川・桐蔭学園)が就任して1年が経ちました。振り返ってチームとして変化したことは何でしょうか
攻め方から全て決められていて、それを遂行していく1年でした。それができなかったから負けたのだと思います。それまでは、感覚ではないのですが臨機応変にやっていました。山下監督に変わってからは全てが明確でした。こういう陣地ではこういう風にしようと決まっていて、ある意味ではやりやすかったです。後藤前監督(禎和、平2社卒=現ワセダクラブ)の下でもやっていましたが、より明確になりました。
――具体的なプレーで挙げるとどのようなものがありますか
キックオフでボールを取ったら絶対にキックをするから誰々がチェイスして、といったことです。ディフェンスラインまでの練習を何回も繰り返したり、相手がこうしてくるからここをしのいでボールを奪いに行く、といったことを練習の段階から手順を踏んでやっていっていましたね。
――ご自身の変化はありますか
1番はポジションが変わったことです。FBとCTBでは視野が違います。FBは一歩引くので心に余裕があったんですけど、CTBだと瞬時に判断しなければいけません。そこは今も苦労しています。
――ポジション歴を教えてください
僕は(体が)小さかったので中2までSHをやっていて、少し身長が伸びて中3でSOをやりました。高校ではだいたいFBをやっていました。
――昨季は日体大戦後練習中にケガをされましたが、復帰への焦りはありましたか
まずはふがいない気持ちでした。日体大戦の内容が悪くて修正しようとチーム全体が意気込んでいる中、僕自身も気持ちを入れて練習に臨んでいました。準備が足りなかったのか、なぜなのかは分からないんですけど。チームを離れて迷惑をかけました。早くチームに戻りたいという気持ちでいっぱいでした。
――故障中にチームが照準をおいている帝京大戦がありました
帝京大戦をターゲットにやってきていました。対抗戦では1つ目のターゲットとして筑波大戦を挙げていて。その後の対抗戦は体作りの期間に充てていたので内容はそれほど良くはなかったのですが、帝京大戦では何か得るものがあったはずなので、チームと一緒に出場してもう一伸びできたら良かったと思います。
――復帰戦となった早慶戦、続く早明戦で連勝しました
早慶戦の内容は勝ったことだけが良い、内容はひどいと言われていましたが、僕自身の中では手ごたえがあった試合でした。自分ではディフェンスもできていて、ミスもありましたけどアタックでもいい形でできていました。その中で勝利できたことはうれしかったですね。早明戦はチーム自体は良かったんですが、僕自身があまり良くなくて。初出場で少し緊張してしまって、まだまだ途上の部分があると感じることができました。
――連勝して周囲から反響はありましたか
初めて親の前で試合に出たのがことしの早慶戦でした。去年も来てくれていたのですが自分は出ていなかったので、親の前で勝利できたのは良かったです。試合後には地元の人にも「いい試合だったよ」と声を掛けてもらって、それが本当にうれしかったですね。
――では早明戦はどのような舞台ですか
昔明大に高鍋の先輩がいて、高校時代に監督が練習を早く切り上げてテレビで見せてくれた時がありました。こういう場で試合できたら幸せだな、いいなと。出られて良かったと思いますね。
――CTBは黒木選手がディフェンスを、CTB中野将伍選手(スポ2=福岡・東筑)がアタックを強みにしていると見受けますが、互いに認識していますか
将伍の方が突破や裏に抜けたときのパスも上手かったりするので、僕も行かなければならないのですが、任せる部分もありました。その分僕はディフェンスでしっかりカバーしようと思っていました。ディフェンスでの運動量は将伍より頑張ったつもりです。
――運動量はどのようにして測っているのですか
スタッフ陣が測ってくれていて、本当にありがたいです。他の大学の同じポジションの人もやってくれています。東海大のCTBがすごかったですね。東海大では僕が最低限という感じです。
――現在はそれぞれの強みを生かしたCTBでやっているということですか
そうですね。でも本来は両方できなければいけないので、お互いがお互いのディフェンス、アタックくらいできるようになるのを目指していきたいです。
――ディフェンスが強みになったのはいつ頃ですか
僕はもともとあまりタックルをしたくなくて。中学時代は本当にしたくなかったです。高校時代はFBをやりたくてずっとやっていました。高校時代に自然と上手くなったのかなと思っています。FBは最後1対1になった時止めなければいけませんし、人のせいにできない部分が大きいので鍛えられたと思っています。高2くらいから相手に抜かれてきても1対1ならだいたい止められるようになりましたね。
――昨季のチームでのご自身の役割は何だと考えていましたか
監督からも言われていましたが、DFを引っ張るリーダーのような感じで、ディフェンスの時は声を出して絶対バックスラインにはゲインされないように意識してやっていました。
――同大戦は悔しい結果となりました
相手のしたいことをしたいようにさせてしまった試合でした。どこかで止めないといけなかったですし、自分たちで変えられる場面は何回かあったのに、そのままずるずると行ってあの結果になってしまったと思っています。
――同大はスピード感のある攻撃をしていましたが、タックルの難しさはどのような点にありましたか
走るコースがいいとやはり外側に行けず、そのパターンにはまってしまいました。普段だったら僕も(本田)宗詩さん(平29スポ卒=福岡)も外側に行けるところを、相手がしっかりとコミットしてきて足が止まる場面がありました。そこで僕が声をかけていれば修正できたと思うんですが、試合中に修正しきることができませんでした。
――大学選手権は帝京大が8連覇しました
素直にすごいと思いますね。勝ち続けるのはなかなか難しいことだと思うので。僕が1年生の時も(ワセダが)勝つだろうと言われていたのに苦戦しました。勝てる状況でも勝ち切るというのは本当に難しいことなのに、それを8年間もつづけているのは層の厚さやチーム力の高さが理由ではないかと思います。
――日本選手権の大学枠撤廃についてはどのように考えますか
大学生が社会人に正式な試合でチャレンジする場面が減るのは、もったいないような気もします。正直なところ、社会人のチームはまだこの時期にも試合をやっているので、負担を減らすためには仕方ないのではと思います。
――帰省中は何をして過ごしましたか
毎年OB戦があって同期と親が集まりました。花園から帰ってきた高校生を3年生はOBとして迎えて2年生以下の新チームと対戦します。
――授業がない期間の食事はどうしていますか
オフ以外は朝昼晩出してもらっているので、体作りにはこれ以上ない環境が整っていると思います。特に昼ごはんをみんなおいしいって言って食べてますね。昼前になるとみんな献立を気にしています。
「先輩が残してくれたもの」
――同大戦後練習はいつ、どのように再開されましたか
オフがあって1月5日に再集合することになっていました。その時はまだ(大学選手権)決勝も終わっていなかったですし、その時期から始められるのはアドバンテージとしてとらえてやっていこうということで、体作りに集中して取り組みました。
――ことしも『BE THE CHAIN』を掲げていますが、練習の方針も変わらないのでしょうか
変わっていないですね。基本の部分は変わらずにグレードアップしていく感じです。
――新体制のBKは層が厚いと感じます
大学選手権で年越しを経験している選手がいなくなってしまったので、経験値はある意味みんな同じですね。試合に多少出ていたとしてもそれ以上のステージは知らないので、ことしは大事な年になってくると思います。
――副将就任は予想していましたか
BKは僕らの代である程度去年試合に出ていたのが僕だったので就任もあるかなとは思っていて。それなりの覚悟はしていました。
――副将になったことで周囲から声を掛けられましたか
特に何もありませんね。地元に帰った時にみんな冗談半分で「キャプテンやれよ」って言うので「いや、ないない」って話はしました(笑)。それなりの気持ちは話していたんですけど、正式な発表があってからは特に何も言われていないです。変にプレッシャーかけないようにしてくれてるんですかね。
――高校時代は主将でしたが、主将と副将の役割の違いは何ですか
キャプテンはチーム全体を見なくてはいけなくて大変ですが、副将は心に余裕がある部分もあると思うので主将が気づけない部分をサポートしていけばいいんじゃないかと考えています。
――副将としてこうありたいという考えはありますか
僕自身キはャプテンをやっていていっぱいいっぱいでした。人を使うのが下手でけっこう自分でやりたがっちゃうんですよね。そこを直してしっかり全体を見たいです。宗詩さんはそういうところがうまかったので見習ってやっていこうと思います
――身近なところに理想像があるのですね
そうですね、ずっと見てきたので。1年の時から(小倉)順平さん(平27スポ卒=神奈川・桐蔭学園)や布巻さん(峻平、平27スポ卒=東福岡)だったり(佐藤)譲司さん(平28スポ卒=山梨・日川)だったり。いろいろな先輩を見てきてそれを経験として使っていかないともったいないというか、先輩が残してくれたものにならないので、大事にしてやっていきたいと思います。
――副将になって変化したことはありますか
僕は練習中あまりしゃべらなかったんですけど、なるだけ発言するようにしています。BKでまとまって話すときに最後まとめたり、自分が気付いたことを言ったりすることは役目なのでやっています。
――チームの士気を高めるような言葉も掛けているのですか
そうですね。僕が言うだけでなくみんな言うので助かっています。そういういい雰囲気ができあがっています。
――プレッシャーは感じていますか
今のところは深く考えないようにしています。シーズンが始まったら嫌でも考えることになると思うので。でも深くは考えていないだけでそれなりには考えています。僕が引いたら何にもならないので、言いたいことがあったらしっかり言っていこうと思っています。
――もうすぐ新入生が入部します
コミュニケーションを取りやすいようにやっていきたいです。ある程度は話しやすい関係を作りたいですね。
――春シーズンに向けて意気込みを聞かせてください
去年対抗戦を2位で終えたため上位の大学と戦うことができるので、一試合一試合タフな戦いになると思うんですけど、そこで勝ちにこだわっていけるようにやっていきたいです。
――ありがとうございました!
(取材・編集 曽祢真衣)
迷わず色紙に『責任』という言葉を書いてくださいました!
◆黒木健人(くろき・けんと)
1995(平7)年10月5日生まれ。179センチ、90キロ。宮崎・高鍋高出身。教育学部社会学科4年。ポジションはCTB。朝の西武線が苦手という黒木副将。地理歴史専修では中国史を専攻しているそうです!