波乱も糧に乗り越えた4年間
昨年度から最前線でチームを牽引してきた加藤真奈(スポ4=静岡・浜松西)。7年間の競技生活、そして「自分を大きく変えることができた」漕艇部での4年間を振り返る。
競技を始めたのは高校1年生。中学時代は卓球部というボートとは縁のない競技に打ち込んでいた加藤だったが、ボート部の雰囲気に惹かれ、入部を決意した。大学進学後も漕艇を続けようと早大を選んだのは、高校の先輩が早大で競技に打ち込む姿に憧れたからだ。高校で競技は引退するつもりだったが、「一緒にここで頑張りたい」という思いが、加藤をつき動かした。
大きな飛躍となったのは2年次の全日本大学選手権(インカレ)だ。早大は舵手なしクォドルプルを上位4名で構成し、得点源とする作戦を取っていたが、惜しくも5番手となった加藤はシングルスカルでの出場となった。競技人生初めての1人乗り、さらに当時は競技力も十分ではなかったという状況の中、加藤は猛練習を重ね、優勝をつかみ取った。
選手としての自信を携えて迎えた3年次は、「自分たちがチームを引っ張る側になったのを実感した」一年だったと振り返る。この年は当時主将の猪野日向子(令7スポ卒)とダブルスカルを組み、全日本選手権(全日本)とインカレを戦った。猪野が日本代表の活動で不在がちな中、二人での練習時間は限られていたが、互いの漕ぎのイメージを丹念に擦り合わせ、感覚を積み上げていった。全日本で3位、インカレで優勝と、この年も輝かしい成績を残した。

昨年度のインカレで優勝を果たす(写真左)
一つ上の代から指名を受け、女子主将に就任した4年次。当初はメインコーチの離脱、女子coxの不在が重なり、不安の多いスタートとなった。それでも春の早慶レガッタでは、35連覇のプレッシャーと、初のcoxという不確定要素を抱えながら、わずかなリードを守り切り、見事優勝を果たした。主将として加藤が一貫して意識していたのは、「チーム全体で強くなる」ことだ。けが人が出た際にも孤立させないよう積極的に関わり続け、チーム目標「To Win」を全員で体現すべく、尽力した。
しかし最後のインカレは、想定外の連続だった。全日本では舵手なしクォドルプルに出場し、インカレでも同じメンバーでの優勝を狙っていたが、大会直前の欠員によって、当初の予定はかなわず。同じクルーに乗っていた小野紗耶果(スポ3=長野・諏訪清陵)とのダブルスカルでの出場が決まったのが、なんとインカレの一週間前のことだった。限られた時間の中で漕ぎの感覚を合わせ、500メートルで先頭に立つという戦略を立てて本番に臨んだ。プラン通りのレースを展開したが、終盤にスタミナが尽き、惜しくも3位でフィニッシュ。「理想には追いついていなかった」と悔しさをにじませながらも、「人生で一番、自分の力を出し切れた」と晴れやかに言い切った。

最後のインカレでは3位入賞
漕艇部での4年間で加藤が手にしたのは、タイトルだけではない。チームのために考え、動き、後輩を引っ張る力——それは競技を離れた先でも、加藤を支え続けるはずだ。「自分を大きく変えることができた」。その変化は、これからの人生でこそ、本当の意味で花開いていく。
(記事 長屋咲希)