1-2と劣勢の中、体格が一回り大きい相手選手に必死に立ち向う澤入迅人(スポ2=静岡・常葉菊川)。しかし、無情にも試合終了を告げるブザーがコートに鳴り響く。この瞬間、早大男子団体組手メンバーの戦いは終わった。大会3連覇中の絶対王者・近大の前に無念の敗戦。目標の『日本一』には手が届かなかった。しかし一年間掲げ続けてきた『前に出る組手』を全員が体現し、全国から110校が参加した全日本大学選手権(全日本)で堂々のベスト8入り。紛れもなく一年間の歩みを証明した2日間だった。
第一の関門は10月の全九州大学選手権で優勝を果たしている長崎国際大との2回戦だった。先鋒・末廣祥彦(スポ3=東京・世田谷学園)が試合開始から30秒を経たずして上段突きで1点を先制すると、残り時間が10秒となった場面でも鋭い上段突きを決め、先勝する。次鋒戦では黒星を喫したが、中堅・今尾光(スポ3=大阪・浪速)が傾きかけた流れを早大に戻すかのように快勝。再び2-1とリードする。しかし続く澤入が試合を決められず、勝負の行方は大将・末廣哲彦主将(スポ4=東京・世田谷学園)に託された。ここ最近の試合では思い切って技を出せず、後半に失点して敗れるケースが目立った末廣哲。しかし、この日は違う。「負けられない、絶対に2日目に残るんだ」。重圧を跳ね返すように開始10秒で思い切り良く上段突きを繰り出し、欲しかった先制点を奪う。中盤に追い付かれたがすぐさま上段突きを決め再びリード。その後は相手の攻撃をしのぎ切り、接戦をものにした早大が3回戦進出を果たした。
2回戦で流れを引き寄せる1勝を挙げた末廣祥
そして迎えた大会2日目。3回戦の東北大を3-1で下し、準々決勝進出を懸けて日体大との4回戦に臨んだ。先鋒・末廣祥が黒星を喫するが、次鋒・今尾は得意の上段蹴りを2度も決める会心の勝利で一つ目の勝ち星を手に入れる。すると中堅・笹野由宇(スポ1=東京・世田谷学園)も小刻みに点を重ねて快勝。コートには試合を決めるべく主将の末廣哲が向かう。またしても巡ってきた勝利まであと1勝という局面で、高校時代から何度も戦ってきた日体大・砂川純輝(4年)と相対する。先手を取ったのは末廣哲。開始40秒で上段突きを決めた。その後は追加点を取ろうと必死に前で技を出すが、手の内を知り尽くした好敵手同士なだけあってお互いに技が決まらない。片時も油断できない時間帯が続いた末に、ついに試合時間の2分が経過。一進一退の攻防を制した末廣哲が今度も試合を決め、早大が準々決勝進出を果たした。
ここ一番での勝負強さが光った主将の末廣哲
『日本一』へ向け避けては通れない強豪校のカベ。大会4連覇を狙う近大との一戦はかねてから予想していたものだった。早大は先鋒・末廣祥、次鋒・末廣哲、中堅・今尾とし、先手必勝を狙う。何としてでも最初に勝ちを奪いたい末廣祥だったが、終始相手のリズムを崩すことができずに無得点で敗戦。続く末廣哲はすぐさま中段突きで先制し、中盤まで1点をリードをする。しかし、試合時間がちょうど残り半分になった時間帯に上段蹴りによる痛恨の一本を決められてしまう。この3点を取り返すことができずにタイムアップ。もう後がなくなった。この負けが許されない状況で登場したのは今尾だ。試合開始から間もなく先制を許すが、「強豪校にチームとしても個人としても負けたくなかった」と負けん気の強さを見せる。立て続けに突きでポイントを重ね、4-1で見事に勝利。強敵から1勝を挙げ、簡単にはチームを負けさせない。しかし、反撃もここまでだった。副将・澤入が0-4で敗れ万事休す。準々決勝敗退が決まった。するとその瞬間、末廣哲の目にはうっすらと涙が。目指し続けた頂点に届かなかった悔しさ、そして17年間続けてきた空手との別れに対する寂しさ。込み上げてくる様々な感情を抑えることができなかった。それでもすぐに笑顔をつくり、うなだれる後輩の元へ歩み寄る。「このメンバーにこれまで助けられてきた。本当に感謝ですね」。涙をぬぐった主将は気丈に振る舞いコートを後にした。
近大からチーム唯一の1勝を挙げ意地を見せた今尾
「前に出る」。ことし一年、いや、昨年から掲げ続けてきたテーマだ。後ろに下がるのではなく、自分から積極的に前に出て攻撃を仕掛ける。全員がその意識を徹底し、やっと理想とする組手ができた。そして末廣祥が「後ろにも信頼できる選手が控えている」と語るように、団体戦で強さを発揮した。ことし一年の個人戦の成績は良かったとは言えないかもしれない。それでも、最後は全員の力で勝っていけるチームになった。一人一人の力は小さくとも、全国でベスト8にまで登り詰めた。それは主将の末廣哲を中心とするチームが『日本一』を目指して歩んだ一年間の集大成そのものだ。とはいえ、やはり最後は頂点にたどり着けなかった悔しさが残る。「きょうのように勝負していったことが来年以降の財産になれば」(末廣哲)。今回の男子団体組手のメンバーの内、4年生は末廣哲のみ。来年も経験者が多く残り、早大はまだまだ伸びしろのあるチームだ。これで満足する気は到底ない。まだ見ぬテッペンからの景色を見るためにーー。一つの時代が終わるとともに、『日本一』を目指す新たな挑戦が始まった。
(記事 郡司幸耀、写真 秦絵里香)
結果
▽男子団体組手
1回戦 ○3-1愛知大
2回戦 ○3-2長崎国際大
3回戦 ○3-1東北大
4回戦 ○3-1日体大
準々決勝 ●1-3近大
早大 ベスト8
コメント
末廣哲彦(スポ4=東京・世田谷学園)
――今のお気持ちを聞かせてください
近大に負けたんですが、いい勝負もできましたし、チーム力は上がったと思います。このチームでやって一年間やって来られて良かったと思いますね。あとは…もう少し空手上手くなりたいですね(笑)。
――負けはしましたが、やり切った感じはあるのでしょうか
そうですね。一つのヤマ場として近大だと考えていて、3連覇中の近大と戦えたというのは自分の中で納得がいきます。
――ベスト8という結果はどう受け止めますか
(男子団体組手が公式戦でベスト8に入るのは)2年ぶりなんですけど、やっぱり日本一を目指してきたんで、ベスト8で終わってしまったというのは悔しいですね。それはもう来年に任せて、という感じです。
――主将が勝てばチームの勝利が決まるという場面が二度ありました。まずは2-2で回ってきた2回戦の長崎国際大戦を振り返っていかがですか
めちゃくちゃ緊張しましたね。でも負けられない、2日目に絶対残るんだという気持ちで勝負できたので個人的に良かったと思います。
――4回戦の日体大戦では2-1で回ってきました。
日体大の相手(砂川純輝選手、4年)が高校時代から戦っている相手だったのでやりづらいという気持ちはありました。公式戦で4回くらい対戦してるんじゃないですかね。今回5回目で3勝2敗です(笑)。前の方で勝負をして勢いを付けたいという思いがあったので、前に出て勝負できました。今尾(光、スポ3=大阪・浪速)がいいかたちで勝って帰って来てくれたのであそこは気楽にやれました。
――最後は熱い抱擁を交わすシーンもありました
普段から飲みに行くほど仲が良いです。「最後はやっぱりお前だったね」という話をしてコートで別れました。
――ここ最近は個々の力が足りていないとお話しされていましたが、みんなで力を合わせれば全国のベスト8まで来られる、近大にも食い下がれるというのを感じたのではないですか
チームとしてここまで勝てるというのを証明できたので。個々の力じゃなくて一人一人にチームのために前に出る空手をしようという姿が見られました。そこはずっと課題としてきたことなので、それが実現できたのは大きいなと思いますね。
――主将としてチームを率いたこの一年間を振り返ってみていかがですか
正直、主将として迷うことも多かったです。ただ、試合に出たら絶対に負けないという気持ちでやってきました。なんとかチームを引っ張って来られたのかなと思います。
――いつもの試合以上に、劣勢の場面で後輩に声を掛け、負けた後は寄り添う姿が見られました
自分自身がきょう出ていたメンバーにこれまで助けられてきたので、本当に感謝ですね。あとは今回の結果を生かしてほしいというのももちろんあります。前に出ず、何もできずに終わってしまうのではなく、きょうのように勝負していったことが来年以降の財産になればなと思います。そう思ってずっと声を掛けていました。
――最後は目に涙も浮かべていました
17年間やってきた空手なので、ここで終わってしまう寂しさがありますね。負けた直後は試合に負けた悔しさとこれで終わりだという寂しさなど、込み上げてくるものがありました。
――公式戦はこれで終わりますけれど、来週は後期の一つの目標であった早慶戦が控えています。それに向けて意気込みを聞かせてください
早慶戦は総力戦になると思うので、一年間チームでやってきたことが試されます。そこで縮こまるのではなく、きょうのようにみんなで勝とうという気持ちでやれたらなと思います。絶対に勝ちます。
今尾光(スポ3=大阪・浪速)
――ベスト8という結果になりましたが、今大会を振り返っていかがでしたか
チームとしては負けてしまいましたが、自分自身の試合結果には満足しています。自分でつくっていた課題を徹底して直すことができたので、自分の組手の動きは良かったと思います。全体ではベスト8で終わってしまったので、非常に悔しいです。
――後期は不調気味でしたが、今大会は調子が良かったですね
そうですね、自分自身でもすごく改善されたと思っています。日々、自分のダメだったところを徹底して直してきたところが、今回の大会につながったのかなと思います。
――得意技の蹴りが随所に決まっていましたが
今までは蹴りをメインに狙っていたのですが、それをやめて、突き技でポイントを取って、その間に蹴り技を入れるなど、バランスを調整することで試合を運べるようにしました。
――4回戦の日体大戦では先鋒の末廣祥彦選手(スポ3=東京・世田谷学園)が負けてしまいましたが、その後今尾選手が7-0と完勝すると、そのままチームの勢いに乗り勝負を決めましたね
日体大の(先鋒の)森優太選手も非常に強い選手で、先鋒の祥彦(末廣、スポ3=東京・世田谷学園)が勝っても負けても後ろに繋げるために、常に前にでる気持ちでできたのがすごく良かったと思います。結果として7-0になったのですが、先制点を取ることができたので、それが勝利に通じたと思います。
――近大との5回戦ではチームで唯一の勝利となりましたが、意地を見せられたと思いますか
強豪校にチームとしても個人としても負けたくなかったので、個人的には勝てたことは良かったです。
――今期の公式戦が終わりましたが、来年はどんなチームを作っていきたいですか
来週の早慶戦に3年生が何人か出るのですが、来年につながる試合になると思っているので、様子を見て来年どうしていこうか考える予定です。個人的には、明るく楽しく強いチーム作りをしていきたいと思っています。
――来週の早慶戦で4年生と行う最後の試合になりますが、意気込みをお願いします
楽しく、気持ちよく先輩を送り出したいと思うので、自分の仕事をこなしていいかたちで終われるようにやっていきたいです。
末廣祥彦(スポ3=東京・世田谷学園)
――今のお気持ちは
目標は優勝だったんですけど、ヤマ場はいろいろあって。トーナメントを見て2回戦の長崎国際大も九州1位だから足元をすくわれないように、その先はこのあたりが来る、またその先を見て近大だから「ここまでは行きたいね」と。きのう終わった時点で(準々決勝の)近大までは行こうと話していました。そこまで来れたのは良かったのですが・・・でもやってみたら勝ちたかったですね。
――ベスト8という結果については
ここ最近では一番いい成績なので、「ワセダは変わったぞ、強くなったんだぞ」というところを証明できたのではないかなと思います。
――先鋒として最初の勝ち星を持ち帰れない中、仲間に助けられることが多かったと思います
そうですね。自分の場合は先鋒で行くのが一番いいので。戦い方はもう知っています。日体大も相手がエースなので、ここは最悪抑えれば勝てるというのはありました。後ろにも信頼できる選手は控えているので。あとはあまり後輩にプレッシャーを掛けたくないと思っています。哲先輩(末廣哲彦主将、スポ4=東京・世田谷学園)や光(今尾、スポ3=大阪・浪速)の存在は心強いです。
――関東大学選手権の試合中にひねった足の調子はいかがですか
最近は練習が全然できなかったです。今は痛まないですが、これから後になって痛くなると思います。まだ完治はしていないですね。
――来年は今尾選手と最上級生としてチームを引っ張っていくことになりますが、どうしていきたいと考えていますか
(今尾選手とは)これまで受けてきた指導が違うので、いろいろな意見が飛び交っておもしろいと思います。これまでは哲先輩が中心にチームをつくってきたのですが、これからは高校時代に東京(世田谷学園高)と大阪(浪速高)で主将をやっていた自分たちが方向性は固めながらもお互いに意見を出し合いたいです。良い意味で違うタイプの自分たち二人がトップに立てるので、すごく良いものができると思います。
――現体制で戦う最後の試合になる早慶戦ではどんな戦いを見せてくれるでしょうか
気持ちで組手をするのは得意なので、ケガを考えずにいけば結果は付いてくると思います。そういう姿勢が他の選手にも影響してくると思うので。きょうのように全国のトップでやっている自分たちが押されることはないと思うので、絶対に(慶大を)倒しにいきたいと思います。