【連載】『令和4年度卒業記念特集』第21回 藤尾拓海/体操

体操

一歩ずつ、着実に

 途中で立ち止まっても、目標に向かって、こつこつと努力し続けてきた選手がいる。体操部の主将を務めた、藤尾拓海(スポ=岡山・関西)だ。何度も悔しい思いや挫折を経験しながら、それでも歩み続けた大学4年間の軌跡を追う。

 藤尾が体操を始めたのは小学校3年生の頃。家の中でよく側転をしていたのがきっかけで、家の近くの体操教室へ連れていかれたという。小学校の後半からは県内で実力のある体操クラブへ移り、「体操が好きで強くなりたい」という思いから本格的に体操に取り組むようになった。中学校でも同じクラブで競技を続け、高校進学の際はクラブの練習の本拠地が関西高校だったため、自然と関西高校を選んだ。

 そんな藤尾が早大を志望した理由は、少数精鋭である体操部は大人数が苦手な自分の性格に合い、なじみやすそうだったこと。また、藤尾の2年先輩にあたり、元主将でもある山田元大(令3スポ卒=現朝日生命体操クラブ)に憧れていたことも大きかった。山田の演技は一つ一つの動作が美しく、高校生だった藤尾はその技の行い方に魅せられた。「きれいでかっこいい。早稲田に行ってみたい」。

あん馬の競技前に挙手をする藤尾

 そうして山田と同じ早大のスポーツ科学部に進んだ藤尾に、入学してすぐ、ターニングポイントとなる出来事が訪れる。それが東日本学生選手権(東日本インカレ)への出場を懸けた、部内での選考会だ。選考会は数回にわたって行われるが、藤尾は1回目の選考会で失敗。個人での出場権は得たものの、目標の団体メンバーには選ばれず、悔しい気持ちが残った。高校までは指導陣の教えに従うことがほとんどだったが、大学からは各選手の自主性に任された練習が主になってくる。自分で考え、自分に厳しくやっていかなければ成長できないことを痛感したのである。この経験は練習の内容や意識を見直すきっかけとなり、藤尾の大学4年間において、最も価値あるものとなった。

 2年時にはコロナ禍の最高潮を迎え、試合の数が激減。さらに始めの3カ月は自粛期間ということで部活動が停止するなど、厳しい状況に置かれる。しかし自粛期間中、地元に帰った藤尾は関西高校のOBと共に練習を続けることで、この逆境を「プラスの面で大きい」1年に変えた。そして3年時、藤尾は体操人生において大きな飛躍を遂げる。「いきなりすごく進化した。体操が良くなった」。2年時の1月からケガをしていた藤尾は、トレーニング中心の練習をすることに。ここでトレーニング自体のやり方を見直したことで、進級後のケガ明けに体操の動作が変化し、きれいで自分らしい体操ができるようになったのである。

 着々とステップアップを重ね、主将となって迎えた4年時。藤尾は得意のあん馬で、念願だった全日本種目別選手権(種目別)への切符をつかんだ。しかし予選で23位に終わり、本戦に出場することはかなわなかった。「何のために体操をやっているんだろう」。1カ月ほど、体操に対する気持ちが切れてしまった。そこで1、2週間、思い切って体操から離れて一人でいろいろなところに行くなどし、それでも1日の終わりには体操について考える生活を送った。実力もついてきた今、自分にとって体操とは何なのか、自分は体操で何がしたいのか。考えた結果、これまで体操でお世話になってきた人に恩返しするには、体操でしか返せないという思いに行きつく。「しっかり努力して結果を出すというのが形として返せる方法。それをやり切りたいと思った」藤尾は、前を向いた。

 競技を再開してからは、高校の先輩の教えにも助けられ、妥協せずにやれることを全部やっていこうとさらに自分を追い込んだ。加えて、主将として、団体でいい結果を残すためにどう部員を引っ張るか、どんな練習をしたら勝てるのかを考えた。結果は東日本インカレでは団体5位、全日本インカレでは団体8位。けして満足のいく結果ではなかったが、全員で努力することの難しさを学ぶことができた。また、当初は部員をまとめることに不安を持っていたが、部員がしっかりついてきてくれたことで自分に自信がつき、人間的な成長にもつながった。さらに個人では全日本インカレの鉄棒で8位に入賞。鉄棒は大学の先輩方のおかげで上達した種目であり、演技に組み込んだ順手背面車輪(チェコ式車輪)は、1年生の頃に原田脩氏(令3スポ卒)から教わって武器になった技だった。思い出の詰まった技を使って結果を出せたことは「すごくうれしかった」。

あん馬の演技に挑む藤尾

 卒業後は早大スポーツ科学部の院に進学し、体操競技を続ける藤尾。早大に入学した時からずっと持ち続けている目標は、得意かつ全国でも戦えるレベルにあるあん馬で結果を残すことだ。この4年間で全日本個人総合選手権や種目別といった大きな大会に出られるようにはなったものの、そこで技を成功させることは難しく、上に行くためにはメンタル面の強さが必要なことを学んだ。「ここからは自分のためにしっかり向き合って、体操でどれだけ結果を残せるか、自分の行きたいところを明確にして、甘えずに努力をしていきたいと思っています」。着実に目標は近づいている。藤尾がこの先、目標へ無事にたどり着くことを祈って。

(記事 荒井結月、写真 田中駿祐)