【連載】2016年度インカレ直前特集『Everglow』 第5回 孫シンリ―

体操

 選手のそばに寄り添い、共に戦う。トレーナーは選手が輝く上で欠かせない存在だ。学生トレーナーとして早大体操部を支え続けてきた孫シンリ―(スポ4=台湾・竹東)。台湾で生まれ育った孫が、早大に留学し体操部で学んだこととは。トレーナーをしていく上で、孫が大事にしていることは何だろうか。4年間の集大成である全日本学生選手権(インカレ)を前に話を伺った。

※この取材は8月2日に行われたものです。

「体操競技は純粋に『すごい』」

はきはきと質問に答える孫

――ワセダに留学したきっかけを教えてください

 最初は将来トレーナーになりたくて、いろんな国を迷っていました。日本はスポーツ科学の技術が一番進んでいたので、日本に決めワセダに入りました。

――母国の台湾では自転車チームに所属していたと伺いました

 英語から中国語と、中国語から英語の通訳をやっていました。子どものときに自転車競技をやっていて、流れで進学するのをやめて、1年半くらい働きました。

――トレーナー業の経験はなかったのですか

 なかったですね。自分は通訳しかできなくて、選手と一緒に海外の試合に行っても自分のできることが少なすぎて、他のこともできたらいいなと思っていました。そういうことがきっかけでトレーナーになろうと思いました。

――他の部活もある中、なぜ体操部を選んだのですか

 最初は他の部活もいろいろ見学に行きました。もともと体操競技を見るのが好きだったのと、1年生のときに今はやめてしまった女子選手に誘われ、雰囲気とかも結構良くて体操部に入りました。

――もともと好きだったとおっしゃっていましたが、体操との出会いはいつですか

 台湾は全然体操が有名じゃなくて、オリンピックのときとかにテレビで見るのが好きでした。

――選手が目の前で体操をしているのを実際に見てどのような印象を受けましたか

 「本当にすごい!」って(笑)。純粋に思いました。

「選手の痛みが分からないのがつらい」

選手のそばで試合を見守る

――体操部のトレーナーの仕事内容を教えてください

 基本的に選手が練習に入る前にストレッチをかけたりとかテーピングをしてあげたりとかです。「きょうは体調どう?」と聞いて、コンディションの把握をしたりする感じですね。

――試合本番はどういうことをしているのですか

 試合が始まる前は予備の氷を準備します。試合中は選手がけがをしなければやることがそんなになくて、本当に周りで見守る感じです。

――トレーナーに関する知識はどういうところで勉強しているのですか

 スポーツ科学部のトレーナーコースの授業があって、解剖学とかスポーツ相対評価の授業を取り、家に帰ったら自分で解剖学の勉強をひたすらやっていました。

――トレーナーをしていく上で孫さんが大事にしていることは何ですか

 選手との信頼関係や選手とのつながりですね。体操は個人競技なので自分の世界に入る人が多く、選手と仲良くなるために苦労しました(笑)。

――どのように信頼関係を築いていったのですか

 ケアしているときに、体操のことだけじゃなくて私生活のこととかを聞いたりしています。選手のインスタグラムやツイッターをフォローして、体育館のときだけじゃなくて私生活ではどういうことをしているのかなということを気に掛け、あらゆる面から話を振っていくうちに、選手が「ああ、自分見られているんだ。」と思ってくれたらいいなと思っています。そうやって信頼関係とかつながりを増やせるのかなと思います。

――下級生のときは特に大変だったのではないでしょうか

 それは結構大変でした。1年とか2年のときは知識とかが全然足りていなくて、本当にできることが少なかったんです。それに加え、体操競技のルールも知らなくて大変でした。

――ルールの勉強はしたのですか

 はい。最初は選手が練習していて仕事がないときに、体操のルールの本とかを見て技の名前とかを覚えました。

――普段の練習で心掛けていることはありますか

 「ドン!」という音がしたらすぐに誰が何をしたのかを探し、「どうしたの?」といった声を自分から掛けます。選手が直接言いに来なくても、例えばゆかの3回ひねりをやったあとに腰を押さえていたら「ああ、今腰が痛いんだ」と分かるように、小さい動作を見逃さないように心掛けています。

――では、試合中に心掛けていることはありますか

 試合のときはなんだろうな…。試合のときは私も一緒に緊張していて(笑)。というのも、結構(選手と)近いじゃないですか。すぐそばで見ているので、本当に緊張しちゃって。試合が始まる前に選手とハイタッチして「頑張って」という一言しか言えないです。

――トレーナーをしていてやりがいを感じたことはありますか

 けがをした選手を復帰させたときはやっぱり一番やりがいを感じます。一番感じたのは2年前に周防(周防優花、スポ3=東京・富士見)が2月に捻挫をしてしまったときです。4月に東日本学生グループ選手権があったのですが、本当に本当にギリギリで復帰をさせて、東インカレ(東日本学生選手権)に出場できるようになったときはトレーナーとしてのやりがいをすごく感じました。

――逆につらいなと思ったことはありますか

 自分は体操競技をやったことがないから選手の痛みが分からないんです。後輩の河野(河野純治、スポ2=福岡・戸畑)と「選手の気持ちを味わいたいから自分もけがしてみたい」と結構言っていて(笑)。選手の立場に立って痛みを分かって、それで復帰させるということは結構難しかったです。あと最初は日本語とか(台湾と)生活の背景とかバックグラウンドが全然違うので、選手と仲良くなるためにはそこが一番つらかったですね。

――孫さんにとって後輩トレーナーの河野さんはどのような存在ですか

 頼りになれる後輩というか、私がいなくても本当に一人でやっていけると思います。

――学生トレーナーを続けていって、自分の中で変わったなと感じることはありますか

 本当に小さいことでも気づくようになってきたというか、人の気持ちが前より分かるようになってきました。それが一番変わったことかなと思います。

――トレーナーと選手はどのような関係ですか

 私から見るのと選手から見るのでまた違うと思うのですが、上下関係ができたら距離を感じちゃうと思っていて。後輩とかにもできるだけ上下関係を感じさせず、1、2年生の人もけがをしたらすぐ私のところに来れるようにしているので、上下関係とかなくてみんな平等な感じです。

「全員けがをせずにインカレに行くのが目標」

選手の小さな変化も見逃さない

――トレーナーの孫さんから見た体操部の雰囲気を教えてください

 個人主義かな(笑)。本当にみんなそれぞれ自分の世界を持っていて、性格が濃くて面白いです。

――推しメンはどなたですか

 高橋(一矢、スポ2=岐阜・中京)です。メンタルが一番強いと思います。

――他の大学にない早大体操部の魅力はありますか

 他大とかは部員が多いのですが、ワセダは少数精鋭…とは言えないんですけど(笑)、少ない人数で一生懸命頑張っているのを他の人にも知ってもらいたい、という気持ちがあります。

――ことしのチームカラーはいかがですか

 ことしは結構みんな明るくなりました(笑)。1年生も柏木(柏木寅冶、スポ1=千葉・市船橋)とか南(南亜蘭、スポ1=大阪・太成学院大高)とかめっちゃさわやかです。うるさいけど(笑)。1年生なのに2人が結構存在感があります(笑)。4年生はそれぞれ違うタイプです。浅野(浅野祐樹主将、スポ4=東京・明星)が超まじめで、岸本(岸本邦秀、スポ4=兵庫・市尼崎)が寮に住んでいるからうまく後輩たちをまとめて後ろで支えています。宮田(宮田雅博、創理4=神奈川・山手学院)は研究室が忙しくて(練習に)来れる時間が少ないんですけど、それでも平日学校が終わって6時とか7時とかでも練習に来て1時間でも時間を大切にして練習したりするので、それは本当にすごいと思います。

――孫さんにとって去年のインカレはどのような大会でしたか

 去年は本当に一番(体操部が目指す)3位に近かかったなって思ったんですけど、1週間前に昇平さん(藤原昇平前主将、平28スポ卒=相好体操クラブ)が肘を脱臼してしまって。その時点で「ことしは3位終わったな」と正直思ってしまいました。

――そのように思っていた中、実際の試合をご覧になっていかがでしたか

 跳馬から始まり、(2種目目の)平行棒から失敗が出てきて、鉄棒も何人か落ちていって。本当にすごく悔しかったです。「昇平さんが試合に出られないからその分みんなで頑張ろう」、「いい成績を残して4年生にプレゼントしたい」といった気持ちがあったのですが、結局それが全然できていなくて本当に悔しかったです。去年の3年生全員で試合後めっちゃ泣きました。

――去年のインカレ後に、「トレーナーとして選手にけがをさせたのは自分のせいだ。」とおっしゃっていたのがとても印象的でした。やはり責任を感じるのでしょうか

 感じますね。もうちょっと「気を付けてね」の一言だけでも掛けていたらけがしてなかったのかな、って思います。

――選手にとってインカレは一番大事な大会だと思いますが、孫さんにとってはどのような大会ですか

 やっぱり1年の集大成ですね。この1年どうやって頑張ってきたり練習してきたりしたのを人々に見せる大会です。

――トレーナーとしてのことしのインカレの抱負を教えてください

 インカレまで残り少ないんですけど、全員けがをせずにインカレに行くことです。あと先生たちはそんなに期待をしていないんですけど本当に体操競技は奇跡を起こせる競技だと思うので、全員が演技を完璧にやったら、3位になれる可能性はないわけではないと思います。

――ありがとうございました!

(取材・編集 中村ちひろ)

色紙には、インカレに向けての意気込みを書いていただきました!

◆孫シンリ―(そん・しんりー)

1991(平3)年7月14日生まれ。台湾・竹東高出身。スポーツ科学部4年。10月に行われる全日本団体選手権で引退を迎える孫さん。そんな孫さんにとって体操部は『家族』のような存在だそうです。「最後の2か月間、みんなで一緒にワイワイ終わりたい」と笑顔で語ってくださいました!