【連載】『平成27年度卒業記念特集』 第28回 小倉佳祐/体操

体操

栄光への助走

 会場の張り詰めた空気を一気に突き破る助走の音。力強い踏み切りから誰よりも高く宙(そら)に舞う。大きな弧を描いた放物線は、着地点にしっかりと刺さった――。4年生で出場したNHK杯で、小倉佳祐(スポ=千葉・習志野)は跳馬の最高難度の大技ロペスハーフを日本人で初めて成功させた。全日本種目別選手権(種目別)では跳馬3連覇を達成。世界選手権の日本代表補欠に選出され、もう少しで世界に手が届くところまで登りつめた男の、これまでの体操人生とは。

種目別で会心の跳躍を披露した小倉

 高校時代にスペシャリストから指導を受けたことがきっかけで得意になったという跳馬。種目別は6年連続で決勝に進んでいる。個人戦では跳馬で輝かしい成績を残してきた小倉だが、ワセダに入学したことで団体戦の難しさを知ることに。1年生からチームの一員として、全日本学生選手権(インカレ)団体3位という目標達成を目指した。小倉はインカレでも個人でタイトルを獲ったことはあるが、団体3位だけは毎年かなわない。全日本団体選手権(全日本)でも、大学3年生まで決勝に行けなかった。団体戦とはこんなにもうまくいかないものなのか。団体の戦い方を模索する日々は続いた。

 4年生としての1年間で小倉は大きく飛躍した。補欠という立場ではあるものの、代表合宿に参加したり国際試合に出場するなど、体操王国ニッポンを担うメンバーと過ごした時間で、小倉は多くのことを吸収した。それらを実践しようと最後のインカレに臨んだが、下級生を引っ張っていくことができず。ワセダは団体5位に甘んじた。インカレの雪辱を果たすべく決勝進出を目指した全日本予選では、高得点を期待された跳馬でまさかの失敗。個人戦ならば取り返しのつかないミスだった。しかし言い換えると、団体戦だからチーム全員で失点をこつこつ埋めていくことができた。チームメイトは予想外の事態にも気落ちせず演技をつないでいく。小倉に真の団体の戦い方を教えてくれたのは、同じ目標に向かってずっと練習してきた仲間だった。「出られなくなった選手の分までしっかりしないといけないな」。自分の演技は自分だけのものじゃない。念願の決勝進出にあたり、応援してくれるチームメイトの思いも背負って挑もうという自覚の表れだろう。ワセダでの最後の団体戦は「みんなで納得できた、本当に良い試合だった」と振り返る。後輩へは「1年1年を大切にしてほしい。失敗しても次がある、と思うのではなく、その1年を全うしてほしい」と、激励の言葉を送った。

 中学卒業時に体操をやめようと思っていた。つらい練習、そばでどんどん上達していく友達。なかでも、同じクラブだった野々村笙吾(順大)は当時から憧れの存在だった。このまま自分が体操をやっていてもどうしようもない。そんな思いを抱えていたとき、コーチに声をかけられ、野々村とは違う高校で体操を続けることに決めた。進んだ習志野高体操部の先生のもと、小倉は才能を徐々に開花させていく。ワセダではタイプの違う2人の先生から「自ら望まない限り成長はない」ことを学び取り、能動的な練習を心がけた。「指導してもらえてなかったら、世界を目指せるところまで来られなかった」と今までお世話になった指導者への感謝は尽きない。そして日本代表の経験があり、小倉の理想とする、美しさと力強さを兼ね備えた体操を体現している野々村の背中を追いかけて、社会人でも体操を続ける。「できることなら笙吾と日本代表として試合に出たい」。

 小倉にとって体操とは「全てを懸けてきたもの」。長い体操人生に裏付けされた、この揺るがぬ思いと跳馬への絶対的な自信を胸に秘め、これからも代表入りを狙い続ける。栄光への助走はどこまでも、力強い。

(記事 大浦帆乃佳、写真 大森葵)