圧倒的強さを誇り、さまざまな競技でその名をとどろかせている早稲田大学体育各部。その一つである体操部に、日本一の称号を保持する男がいる。ことし全日本種目別選手権(種目別)跳馬3連覇という偉業を達成した小倉佳祐(スポ4=千葉・習志野)だ。NHK杯ではロペスハーフを日本人で初成功。今まで跳馬の出場権しかなかった種目別にことしはつり輪でも登場し、世界選手権の補欠に選出されるなど大躍進を遂げた。そんな小倉もことしで卒業。日本体操界のホープに、今までの種目別の振り返りや今後についてのお話を伺った。
※この取材は8月11日に行われたものです。
「決勝に残ったら楽しくやるだけ」
小倉
――初めて種目別に出場したのはいつですか
小倉 高校2年生の時です。
――初出場からことしまでの種目別の成績を教えてください
小倉 最初は4位、高3で1位、次は2位、後は1位です。
――初出場の際はどのような意気込みで臨んだのですか
小倉 参加する、という感じですね。周りが結構失敗していて、結果的に4位になったというくらいで。その時は実力がそんなにあったわけではないです。
――高3の優勝は狙っていましたか
小倉 狙ってはいましたが航平さん(内村航平=コナミ)が出ていないので何とも言えないです。斉藤優佑さん(コナミ)がドリックスをやっていて、他にも強い選手がいたけど不調だったりして予選通過できなかったので。本当に全員が予選でうまくいっていたら優勝できていなかったかもしれません。難しいところですね。
――大学1年生の時は2連覇というプレッシャーがあったと思います。当時を振り返ってみていかがですか
小倉 大学に入って1年目だし、周囲から期待もされていたので緊張はしていました。(跳躍の)2本目が足が合わなかったり、足も痛めていたので、2位で済んだのが奇跡だなと思います。
――ことしは「世界選手権の日本代表入りしたい」ということを何度もおっしゃっていましたが、きょねんやそれ以前は意識していたのですか
小倉 おととしは厳しかったですね。基準点があってそれを越えないと入れなかったので。それを越えるにはことし行ったロペスハーフを跳ばないときつかったので、単純に(跳馬で)優勝を狙いにいっていました。きょねんはチャンスがあれば狙いたいなと思っていたのですが、とりあえず(跳馬で)優勝だけは狙ってやっていました。
――大学の関係者や両親からの期待を感じることはありますか
小倉 期待はされますけど、そういう期待はプレッシャーとしてではなく、応援されているというかんじで受け止め、あとは自分ができることをやるだけだったのでそんなに気にしていなかったです。
――ことしは「つり輪のことしか考えていない」と種目別のインタビューの際おっしゃっていました。例年より跳馬に懸ける思いは薄かったのでしょうか(※世界選手権代表に選出されるには、つり輪で予選時に8位以内に入り、決勝に進むことが優位であった)
小倉 つり輪で決勝に残らないと代表に入れる可能性が低くなってくる、逆につり輪がうまくいっちゃえば代表に入れたかもしれないというかんじでした。なので、別に(跳馬で)優勝したくないとかではなく、(跳馬の)優勝はまた別物というかんじで捉えていました。
――跳馬の予選(※予選を2位通過)後には笑顔が見られませんでした。やはり前のつり輪の演技(※18位で予選敗退)のことを引きずっていたのでしょうか
小倉 それもありますね。あとは、跳馬で決勝に残ったときにロペスハーフを多分跳べるけどちょっと恐怖心があったり、ケガしたくないとかいろいろ考えていたので…。でも一番はつり輪ですかね、やっぱり。
――つり輪予選の演技内容など改めて振り返ってみていかがですか
小倉 自分的には悪くないと思っていたのですが、それでも評価されなかったのは自分の詰めが甘かったということなのだと思います。いつもより力は入っていたのですが、気を付けたいところに重点を置きすぎて他のところで減点されていたので、つり輪は詰めが甘かったです。
――決勝への気持ちの切り替えはうまくいきましたか
小倉 はい。
――切り替えがもともとうまくいくタイプなのでしょうか
小倉 跳馬に関しては決勝に残ったら楽しくやるだけなので、自分的には。切り替えはできますね。
――緊張などは
小倉 緊張はしますよ、もちろん(笑)。ポディウムがあるときはポディウムに入る前までは結構緊張しますけど、ポディウム上がってからはずっと楽しむかんじでやっています。
――他の大会とは違い、種目別の決勝は1人での演技となりますが、雰囲気は違いますか
小倉 緊張感は増しますけど、逆に自分が得意としている種目なので自信を持ってやるだけです。
――種目別決勝で実施されたロペスハーフはNHK杯を上回る点数が出ましたが、点数が伸びた理由は
小倉 NHK杯の時よりは着地がまとまっているし、着地を狙いにいけているかんじがあったので、そういう点が評価されたのだと思います。NHK杯は自分的にはひねっているだけというかんじで。着地するのがようやくだったので、おまけされている感はありました。
――種目別決勝でのロペスハーフは手応えはありましたか
小倉 そうですね。手応えはありました。
――普段からロペスハーフの練習はどのくらいされているのですか
小倉 今は全然していないです。NHK杯から種目別までの期間は間に東インカレ(東日本学生選手権)があったので、1回しかやっていないです。
――その1回の練習だけで本番に臨まれたのですか
小倉 そうですね。多分1本しか跳んでいないです。
――他の跳馬の技の練習はずっと行っているのですか
小倉 ロペスはずっとやっています。東インカレもロペスをやったので、それに合わせてNHK杯が終わった後はロペスの練習をやっていました。(東インカレが)終わってから1週間くらいしかなく、(ロペスハーフを)1回はやっておかないと怖いなと思ったため、1本だけ跳んで種目別を迎えました。
――緊張がある中でもロペスハーフなどの大技を成功させる勝負強さはどこからくるとご自身ではお考えですか
小倉 どこからくるんでしょう(笑)。重く考え過ぎないところじゃないですかね。緊張しながらやるんじゃなくて、楽しんでやろうとしていることが、結果的に勝負強くなっているのだと思います。
――ロペスハーフを挑もうと思ったきっかけは世界を意識しているからでしょうか
小倉 それもありますけど、馬場コーチ(亮輔=平18人卒・埼玉栄)が勧めてくださったからですね。練習とか遊びとかではちょくちょくやったりしていましたが、ちゃんと試合を意識して練習したのは馬場コーチが「代表を狙えるチャンスがあるんだから挑戦はしないと」とおっしゃったので。代表選考の要項をもらってからなので、3月くらいからやり始めました。
――小倉選手にとって種目別とはどういう大会ですか
小倉 跳馬に関しては目立てる大会であるし、自分が日本代表になるチャンスがある大会ですね。
――小倉選手の「楽しんでやる」という言葉がとても印象的ですが、そのように思い始めたきっかけは
小倉 昨年の種目別ですかね。1年生の時は2連覇がかかっている試合ということで緊張してしまい優勝できなくて、その次の年は挑戦する側だったので楽しむ余裕はあまりありませんでした。でも3年生になって経験も詰んできたので、周りから優勝を願われてもそこはあまり気にせず、「(試合に)出ている人たちと一緒に楽しくやろう」という気持ちに変えてやるようになりました。
「つり輪と跳馬はこいつなら絶対に任せられる」という選手になれたら
種目別決勝で演技をする小倉
――そもそも跳馬が得意になった理由は
小倉 高校の時、冬場にコナミで練習するという合宿があったのですが、そこに沖口誠さん(コナミ)や関口栄一さん(コナミ)がいらっしゃって。その二人に跳馬を教わったことが得意になったきっかけだったなと思います。
――小倉選手が考える跳馬の魅力は
小倉 細かいところを気にしないということですかね。跳馬以外の5種目は、いろいろな技に注目しなきゃいけないというのがありますけど、跳馬は本当に一瞬で、ひねったり回っている回数が分からないにしても、「これはすごい」というのは分かりやすいので、跳馬はそういうところが魅力だと思います。
――小倉選手の安定感の秘訣は
小倉 なんでしょうね(笑)。ヨー2に関してはあまり練習していないのでなんとも言えないのですが、ロペスは日頃からやっているので、どこの局面に重点を置いてやるかを意識してやっていることが安定させる秘訣なのかな。何よりも緊張して自分の力が出せないことを避けるように考えながらやっています。
――跳馬でこだわりを持っているポイントは
小倉 あまり足を開かないように意識しています。跳馬の入りってだいたいみんな足を開くじゃないですか。一番のこだわりは足を開かないようにすることですかね。あとはひねりのときに足がばらつかないようにしたいと思っているんですけど…。まだできていないですかね。
――種目別予選直後のインタビューの際、決勝では状況に応じて練習でもやったことがないヨー2ハーフを実施するかもしれないとおっしゃっていましたが、そういったことは可能なのでしょうか
小倉 気持ちじゃないですかね(笑)。分からないですけど、できると思ったらできるんじゃないですかね(笑)。
――種目別後はヨー2ハーフの練習をしましたか
小倉 しましたができなかったです。
――練習していけばできそうですか
小倉 そこを練習していかなければいけない、というのはあります。日本代表になるためには貢献度としてもっと得点を上げる必要があるので、ロペスハーフとヨー2ハーフをやっていかなければいけないっていうのはあります。
――そういった高難度の技に挑む恐怖心は
小倉 練習ではそんなないですね。でもいざ試合でやろうとなったときの会場練習とかは怖いです。試合になれば「今までやってきたし、思い切ってやれば大丈夫」という気持ちになれるのですが、会場練習が一番怖いですね。
――それはなぜでしょうか
小倉 あまり会場練習は動きが良くないことが今まで多かったからですかね。3分アップの時はロペスが一番いいアップができているかんじがします。それでロペスハーフができる自信がつきます。
――ヨー2やロペスはもう自分のものにしているのでしょうか
小倉 ロペスは9割5分くらい自信を持って立てます。ヨー2はあまり練習していないです。おととしのインカレ(全日本学生選手権)はすごくひどくて、(ヨー2を)練習していない状況でインカレの種目別決勝に残って、そのまま(ヨー2を)やって立てたので、立つだけだったらできるだろうと思っています。
――ことしの種目別は同じ名前を持つ鈴田佳祐選手(福岡大)との対決が話題だったと思いますが、小倉選手にとって鈴田選手はどういう選手ですか
小倉 本当にすごいなって思います。
――鈴田選手が実施しているリ・セグァンに挑む予定は
小倉 絶対に、絶対にやらないです、あれは(笑)。
――それはなぜでしょうか
小倉 自分はカサマツがものすごく下手なので。ひねった方が思いっきりできるので、回るよりはひねった方がいいです。
――今後、新しく跳馬で取り組もうとしている技はありますか
小倉 ことし中とかではなくいずれだったら、今のロペスハーフにもう半分です。練習でピットにマット1枚だけ入れてやったんですけど、ひねりだけだったらそっちの方がやりやすかったです。
――手応えはいかがでしたか
小倉 ひねりのかけ方はロペスに近かったです。最後腰を折ってねじり込むかんじなので。もともと前向き着地が苦手で、そっちの方がひねりやすいっちゃひねりやすいだけで、ケガの危険性を考えたらいつやるか分からないですけど、いつかはやりたいなと思います。
――そういったひねりのこつなどは自分で見つけてらっしゃるのですか
小倉 跳馬はもう自分でやっています。
狙い目は東京五輪
種目別の表彰式でメダルを首にかける小倉
――世界に行きたい思いは強いですか
小倉 はい。
――らいねんにはリオデジャネイロ五輪がありますが意識はしていますか
小倉 どうですかね…。選考方法が分からない限りちょっと微妙だし、厳しいかもしれないです。狙い目は東京五輪と言われています。
――世界に行くためには他種目の強化も必要になってくると思います。つり輪以外に強化していきたい種目はありますか
小倉 あん馬か平行棒かな。ゆかは怖くてあれ以上できないので…。鉄棒はもうどうしようもないです。これから頑張っていくのであれば、あん馬か平行棒しかないですかね。
――ゆかと跳馬はひねりの点で似ていると思うのですが、怖いとおっしゃられる理由は
小倉 中学生くらいに脳震盪(のうしんとう)をやってしまったからです。高校生の時もそこまではいかないけど頭を打ったりして、そういうのがあって今でもちょくちょくできないことはありますね。これ以上Dスコア(技術点)を上げるより今の構成のままでEスコア(出来栄え点)をなんとか上げていく方法でいきたいと思います。
――ことしは世界選手権の日本代表補欠に見事選出されました。心境を教えてください
小倉 嬉しかったです。代表ではないけど、代表選手の練習を見たりできたので、そういう面でも良かったなと思いますね。
――代表合宿で得られたものは
小倉 参考になるものはいろいろありましたね。ゆかはもうこれ以上なんかしたいとは思わないのですが、あん馬や平行棒はみんなレベルが高くてすごく勉強になりました。でも自分に応用するとなったら、ちょっと難しいなというのはあります。あとは色んなコーチもいるし、色んな大学や社会人の人がいる環境で練習できたのは大きいです。早大だけで教わっていたらできないこともあると思うので良かったと思います。
――補欠として同行したアジア大会の感想は
小倉 日本が強いということを改めて実感しました。
――東京五輪までにどのような選手になっていきたいですか
小倉 「つり輪と跳馬はこいつなら絶対に任せられる」という選手になれたらいいなと思います。
――つり輪では今の構成よりさらに高難度のものに取り組んでいきたいですか
小倉 それもありますけど、Eスコアでちゃんと点数を取れないとしょうがないので、高難度の技を覚えつつ、今の自分に合った構成できちんと点数を取れるようにしていきたいです。
――跳馬に関しては先ほどおっしゃっていたものをやっていく予定でしょうか
小倉 どうかなあ。ロペスハーフのままでヨー2ハーフをやるか、ヨー2のままロペス+1回をやるか、どっちもやるかというかんじです。
――日本代表への思いを改めて聞かせてください
小倉 今ルールも変わってスペシャリストが代表に入れるチャンスが巡ってきているし、ずっと体操やってきたからにはそういうところを目指してやっていきたいと思います。
――ありがとうございました!
(取材・編集 中村ちひろ)
世界で活躍する姿、楽しみにしています!
◆小倉佳祐(おぐら・けいすけ)
1993年(平5)12月27日生まれ。身長158センチ、体重54キロ。千葉・習志野高出身。スポーツ科学部4年。ことし初めてファンの人にサインを求められたという小倉選手。全くの想定外だったらしく、本当に驚いたそうです。「ちゃんと日本代表になったらそういうのを考えたいな」と話してくださいました。小倉選手の自作のサイン、早く見てみたいですね!