今月9日の早慶戦をもって馬術部の4年生は引退となりました。引退を迎えた4年生8名のコメントをご紹介します。
髙田雅主将(人4=大阪女学院)
――最後の馬場馬術となった学生賞典を振り返っていただいていかがですか
如月とコンビを組み始めたのが3年生の早学戦(全学習院対全早稲田定期戦)なのですが、そこから馬と一緒に成長してS1という課目をこなせるようにトレーニングしてきました。なかなか難しいことが多くて、自分ができないことが多いし、馬に教えないといけないことも多いし、そもそも自分の技量が足りないのでトレーニングが進まなかったりもしました。その中でも初めて出会った性格の馬だったので、あそこ(S1課目)まで来られたのは馬の協力があったからで、如月には感謝しています。最後の演技としては、最後の辺りでミスが重なって完成度が低い部分があったので、点数(が低いこと)は仕方なくて、ベストを尽くせたわけではありませんでした。ですが、今までで一番良かった部分もあったので、真摯に結果を受け止めて、如月が結果を残すのは後輩に託そうと思います。
――最後の障害馬術となった中障害についてはいかがですか
「よくあそこまで助けてくれたな」という部分が大きいです。そもそも自分が4年生で中障害に出ることは想像していなかったのですが、現実的になって1、2年間トレーニングをしていました。「最後の最後にあの内容か」と感じる部分もあります。ただ、コンビを組んできたのが長くてお互い分かり合えているのか、本番ではしっかり人を助けてくれる馬だと再認識した走行でした。
――早慶戦にはどのような気持ちで臨みましたか
最後なので「楽しみたい」という部分もありましたが、結果も大事だと痛感した1年だったので、「勝ちを狙いに行くぞ」ということをみんなに認識してもらって和気あいあいと試合に臨めたらいいなと思っていました。
――4年間を振り返って
毎年違う立場でこの部活に参加してきました。1年生は自馬を持ってきて初めて部活に入った年でした。団体で行動するのを初めて経験して、先輩方が関東(学生競技大会)、全学(全日本学生大会)、早慶戦に出ているのを見ていた側でした。2年生の時はサポートする側に立ちました。吉田(光佑、スポ4=東福岡)がプリンチペスコに乗って全学とかに出たのですが、それをサポートして間近で見て「選手は選手で本気でやっているんだな」というのが見えました。3年、4年は自分が選手になりました。本当に身をもって選手の大変さを痛感しました。最終学年は主将というかたちで試合に臨んで、本当に勝ちに貢献したいと思っていたのですが、あまり振るわずで。最後まで情けない主将についてきてくれた部員とOBOGさん方と家族といろいろな人に感謝の気持ちが芽生えています。そういう気持ちになったのは初めてです。人生の中でいろいろ糧になる経験をさせてもらえたなと思っています。
――主将としての1年間はチームの偉業尽くしになりました
自分の中では予想外でした。あまり狙いに行って出た結果ではなかったので、少し腑抜けた部分はあるのですが、その中でも振り返ってみると、「それぞれが頑張ってくれてたんだな」と思います。早稲田として久々に盛り上げられた年だったなと思います。その代にいられたことにうれしく思います。
――馬たちに伝えたいことは
馬との向き合い方は最後の1年本当に悩みました。その中で軸があれば、馬はついてきてくれるのでうまく関係性も築いていけると思うのですが、私自身軸があまりなくて。それでも練習に付き合ってくれて、試合で頑張ってくれました。言葉はしゃべってくれないので、私のことをどう思っているかは分かりませんが、私は今まで関わってくれた馬たちが本当に大好きだし、一生忘れないし、感謝しています。
――部のメンバーへのメッセージをお願いします
自分自身が部活のことを考えてきたことは自信を持って言えるのですが、それ以上にここまでやってこれたのは、私が一人走りしているのではなくてそれぞれがついてきてくれたからだと思います。OBOGさんに関しては私の気持ちをくみ取ってすごく動いてくださったし、同期に関しては4年間一緒にやってきて「切っても切れない関係」というか、死ぬまで絶対に思い出す人たちだと思うので、自分の周りに「早稲田の人たち」という新たなコミュニティが生まれて、本当にうれしいし、これからもOGの立場として関わっていこうと思うので、まだまだよろしくお願いします。
吉實陽介主務(政経4=埼玉・昌平)
――最後の障害馬術となった小障害についてはいかがですか
こんなところで止まるはずのない馬なので、馬に対して申し訳ないという気持ちです。
――早慶戦にはどのような気持ちで臨みましたか
正直引退という実感はわかなくて、引退試合という特別な意識は持たず、これまでのいろいろな試合と同じように考えていました。ですが一昨日馬が疝痛で体調が悪くなって、今回万全ではない状態で出場していました。そういうところでも自分の中では自信がなかった状態で臨んでしまった感じです。
――4年間で思い出に残っている試合は
2カ月前にあった全日本学生です。その時は今日より一つ高い110センチメートルのクラスで第5位に入賞することができました。
――馬たちに伝えたいことは
馬がいてこそ試合に出られるので、アイシングラーをはじめ乗ってきた全ての馬がそういった舞台に連れて行ってくれたと思っています。動物に直接感謝を伝える方法はありませんが、感謝してもしきれない思いです。
――部のメンバーへのメッセージをお願いします
4年生で小障害に出たのは私と熊田(泰希、法4=東京・早実)だけで、下級生もどんどん出てきてくれています。3年生は少ないですが非常にみんな勇気もあって実力もかなりあると思っているので、「なせば成る」という感じで、きっとうまくいくと思っています。
金子泰三(法4=東京・早実)
――引退を迎えて率直な心境はいかがですか
「寂しい」というのが率直な感想です。馬と触れ合うことや部員と日々話すこと、馬術をすることが日常になりすぎていたので、そのありがたみを感じました。「寂しいな」と本当に思います。
――4年間で思い出に残っている試合、出来事は
公式戦にはあまり出たことがないのですが、その中でも出させていただいた六大(東京六大学競技大会)が印象に残っていますね。結果はダメダメだったのですが、部活に対して真剣に取り組めた試合の一つだったので、良い意味で思い出に残っています。
――馬たちに伝えたいことは
自分の持論なのですが、馬たちは本来乗馬なんてしないで、エサを食べて寝て、歩いて、自由に駆けることが幸せだと思うのですが、下手にもかかわらず乗せてもらえて、日々運動してくれて本当に感謝です。うちにいる馬には本当に感謝してもしきれないです。あと個人的な話にはなりますが、稲蓮という馬がすごく好きで、下級生が下手に乗ってもよく運動してくれるし、部員ではない大学生が授業で馬に乗る時もずっと運動してくれていて健気さがありました。
――部のメンバーへのメッセージをお願いします
馬術は楽しいし、楽しいから馬術部に入ってくれていると思うのですが、これから楽しんでいるだけではうまくいかないこともあると思います。ですが、そこには大切なことがあると思うので、頑張ってほしいです。ただ、そもそも楽しむために馬術部に入ったからには、楽しむことは第一目標にしてほしいです。
熊田泰希(法4=東京・早実)
――最後の馬場馬術となった第3課目Aを振り返っていただいていかがですか
細かいミスはあったにせよ、これが今の自分の実力かなと思います。(得点率が)60パーセントだったのですが、運が良ければもう少し取れたかもしれないし、良くも悪くもこれが今の実力かなと思います。
――最後の障害馬術となった小障害についてはいかがですか
馬と同期の吉田が調整してくれて、すごくいい状態で渡してくれたので、完全に馬はパーフェクトだったのですが、人が途中で手網を離すミスをしてしまって、そこは悔やまれます。ですけど、馬場の如月も障害のアルボアも4年間やってきたことなので、あれ以上は望めないなと思います。
――早慶戦にはどのような気持ちで臨みましたか
自分は中学から早稲田の付属にいるので、慶應には負けたくないなという気持ちで4年間やってきました。最後に全員が関わる試合なので、全員で一つになって勝てればいいなと思っていました。
――4年間で思い出に残っている試合は
4年生で関東(学生競技)大会に総合馬術で、ビビアンリストという馬で出させてもらったのですが、クロスカントリーの競技でも1個くらいしか飛べなくてダメダメな試合でした。唯一自分が1つ大きな大会に出させてもらったというのと、自分の実力の無さ、普段の調整から含めて全く馬のことを分かっていなかったことが分かった試合で、それが後々にも生きてきているなと思うし、自分は馬の牧場に就職して(馬術を)続けるので、それを含めていい思い出になったかなと思います。
――馬たちに伝えたいことは
色々な馬に乗せてもらって、本当に感謝しかないです。ただ、自分は大学から(馬術を)始めて本当に右も左も全然分からない中で馬術に携わった自分が乗って、本領を発揮させてあげられた馬が1頭もいないので、とても申し訳ないなという気持ちと、「そんな自分に付き合ってくれてありがとう」という気持ちですね。あとは、自分は今後も馬を続けるので、その経験を生かして、今後の自分の馬との人生とか早稲田の馬術部に後々貢献して、自分の人生に生かしていければ、その馬たちへの恩返しになるかなと思います。
――部のメンバーへのメッセージをお願いします
正直、順風満帆では無かったのですが、最後に主将の髙田とか同期の吉田とかがサポートしてくれて試合に出させてもらったので、なんだかんだいろいろとありましたけれど、最後は感謝の気持ちです。馬術部を卒業しても今後も良い関係でいれたらなと思います。
坂藤仁美(教4=東京・順天)
――最後の馬場馬術となった学生賞典を振り返っていただいていかがですか
全学の時は馬が気合が入っちゃって、できることもあまりできなかったのですが、今日はできた部分はきれいにできたなと思うので、最後の出場としては頑張れた方かなと思います。
――最後の障害馬術となった小障害についてはいかがですか
去年のこの試合でもプリンチペスコに乗せてもらって出場できたのですが、またこのコンビで出られると思っていなくて、出場できたこと自体がとてもうれしいです。あとはコースで本当に馬が頼もしくて、本番は自分の不安を吹き飛ばしてくれて楽しめました。
――早慶戦にはどのような気持ちで臨みましたか
皆さんこの場に足を運んできて応援してくださったので、自分が頑張ってきたことを発揮できるように、感謝の気持ちを忘れずに最後までやり切りたいなと思っていました。
――今年は飛躍の年となりましたが、そちらについてはいかがですか
本当に素晴らしい馬と出会えて、ココドロが私の知らなかった景色をいっぱい見せてくれたので、本当に感謝と尊敬の気持ちでいっぱいです。
――4年間で思い出に残っている試合は
私の場合は1年生からいっぱい試合に出ていたわけではなく、3、4年生で自分の実力も伴わないまま出ていた試合も結構多かったのですが、一番印象に残っているのはやっぱり今年の全日本学生です。
――プリンチペスコやココドロをはじめ馬たちに伝えたいことは
馬ももちろん緊張している時に人も緊張してしまっていることが多かったのですが、「いろいろな場面で助けてくれてありがとう」という気持ちです。あと、「毎日癒してくれてありがとう」ですね(笑)。
――部のメンバーへのメッセージをお願いします
私は正直に言うと集団行動が苦手だし、今まで部活というものに入ったことがなくて、初めてこういう組織の一員として生活することになったんです。どうしても迷惑をかけてしまう部員だったのですが(笑)、そのたびにみんながいろいろな面で、いろいろな方法で助けてくれました。最後まで続けてこられたのはみんなのおかげだと思っているので、感謝です。
マギー絵莉加(政経4=東京・国際)
――最後の馬場馬術となった第3課目Aを振り返っていただいていかがですか
今できるベストが出来たかなと思います。最後勝ちたかったのですが、今できるベストが尽くせたかなと思います。
――どのような気持ちで臨みましたか
私が2年生の早慶戦の時もこの馬で出たのですが、(馬の)クオリティが高くても難しいところがあって全く乗り切れなかったので、成長したところを見せられるようにしたいと思っていました。あとは馬にたくさん学ばせてもらったので、いい結果を与えてあげたいなと思いました。
――ロッキーロイヤルに伝えたいことは
「ありがとう」という言葉ですかね。乗ることだけではなく、お世話からいろいろなことを学ばせてもらって、大変だった時もあの馬がいたから続けられた部分があるので、この4年間はあの馬がいたからこそあったもので、すごく感謝しています。
――4年間で思い出に残っている試合は
今年の関東学生の試合が思い出に残っています。私はずっと関東(学生)、全学出場という目標を立てて1年生から馬場でやってきたのですが、結果ロッキー(ロイヤル)とあまりうまくいきませんでした。全学は吉田に乗り変わったのですが、関東学生の試合で学ばせてもらったことは多かったです。あの試合をきっかけに自分の乗る姿勢を一から見つめ直すことができて、早慶戦の舞台に立たせてくれたので、その試合が一番記憶に残っています。
――今年は飛躍の年となりましたが、そちらについてはいかがですか
主将が引っ張っていってくれて、皆それぞれやる気があって、あとは馬とのコンビ力を深めて(試合に)臨めたので、それがあっての記録だったかなと思います。
――部のメンバーへのメッセージをお願いします
4年間楽しいことも大変だったこともあったと思うのですが、振り返ってみると全てが学びの機会で、指導者や馬がその機会を通じて与えてくれていることはこの先の人生も含めて財産になると思うので、「楽しんで頑張ってください」と伝えたいです。
松竹梨月(文構4=埼玉・淑徳与野)
――引退を迎えて率直な心境はいかがですか
私は家が遠かったので、朝起きるのがすごく早かったんですよね。なので、「朝こんな寝てて大丈夫かな?」という感じになっています。急になくなってしまったので、戸惑いや慣れない気持ちがあります。
――4年間で思い出に残っている試合、出来事は
私は2年生の終わりに試合に出ないことにしたので、試合の思い出は数少ないのですが、試合だと1年生のときの六会ホースショーが印象に残っています。練習が思うようにできないまま出場しないといけなくて、良い馬に乗せてもらっているのに何もできなくて、「もっと頑張ろう」と思うきっかけにはなりました。でも私は試合よりも部活動での日常の方が印象に残っています。2年生の終わりから担当させてもらっているアルピニストという新馬がいたのですが、最初は人間のことがすごく嫌いな馬で、蹴ったりかんだり、誰が触っても怒っていたのですが、その馬を担当してだんだん私に心を開いてくれて触らせてくれるようになったり、うまく乗れたり、名前を呼んでこっちに来てくれたりしたことが印象に残っています。
――馬たちに伝えたいことは
早稲田の馬全般に対しては本当に感謝ですね。4年間乗せてくれて、試合で結果を残してくれた面での感謝が大きいです。個人的な話にはなりますが、先ほども話に出てきたアルピニストにはもちろん感謝もありますし、とにかく健康で幸せでいてほしいなと伝えたいです。みんなに大事にされていってほしいなと思います。
――部のメンバーへのメッセージをお願いします
4年間を振り返ってみると、楽しくなかったことやしんどかったこともたくさんありましたが、最終的に全てが自分の財産になると思うので、4年間でしかできない経験をたくさんしてほしいと思います。できることをきちんとやって、4年間を振り返った時に「自分の財産になったな」と思えるような部活動をしてほしいと思います。
吉田光佑(スポ4=東福岡)
――最後の馬場馬術となった学生賞典を振り返っていただいていかがですか
あの馬(ロッキーロイヤル)に2年くらい乗っているのですが、今年はなかなか馬と呼吸が合わず苦しいシーズンでした。それでも最後の最後にお互い波長が合っていい演技ができたのでほっとしています。
――最後の障害馬術となった中障害についてはいかがですか
予想はしていませんでしたが、良くはなかったです。ただ馬の調子は良かったのでそこは満足しています。あの落下は想定外でした。来週試合があるのでそこに向けて備えていきたいです。
――早慶戦にはどのような気持ちで臨みましたか
今シーズン通して早稲田の調子が良くて歴史を塗り替えてきたので、最後も勝って終わりたいと思っていました。ただ、中障害が始まる前に勝敗が決まっていて勝ちきれなかったので悔いが残ります。
――今年は飛躍の年となりましたが、そちらについてはいかがですか
そうですね。僕自身、今日の中障害に出た馬とは今年からコンビ組み始めましたが、前半戦は馬の調子を見ながら乗っていました。ただ関東学生くらいからは大体わかってきて、全日本学生で勝って(個人優勝して)、全日本ジュニア(第46回全日本ジュニア障害馬術大会)のヤング(第7競技・ヤングライダー障害飛越選手権)も3位だったので、振り返ってみると結果的には良かったです。ですが、もう少しいろいろなことが出来たかなとは思います。結果に関してはたまたまな部分も多かったと思います。
――アルボアやロッキーロイヤルをはじめ馬たちに伝えたいことは
僕は入部する前に海外に行ってプロになるというのが目標で、それが達成できました。そのスタートに立つことが出来たのはこの2頭(アルボア、ロッキーロイヤル)から教わったことが大きいので、感謝の気持ちでいっぱいです。
――早大馬術部での4年間を今後のプロ生活にどう生かしていきたいですか
早稲田は自主的に練習するのですが、入ってきたときに比べると成長したと思います。海外に行くとレベルが格段に違うので一からのスタートになりますが、早稲田での経験を踏まえて、オリンピックや世界選手権で団体として日本代表で出てメダルを獲りたいと思います。
――部のメンバーへのメッセージをお願いします
4年間いろいろな思いでそれぞれやってきたと思いますが、こんな僕と一緒にやってくれて、感謝の気持ちもありますし、謝罪の気持ちもあります(笑)。
(取材・編集 新井沙奈、出口啓貴、横山勝興、梶谷理桜、濵嶋彩加)