【連載】『令和3年度卒業記念特集』第27回 神山夢来/バスケットボール

女子バスケットボール

仲間に恵まれて

 試合中、笑顔で楽しそうにプレーする姿が印象的な神山夢来(スポ=埼玉栄)。4年時の全日本大学選手権(インカレ)では、主将としてチームを5年ぶりのベスト4へと導いた。「とにかく人に恵まれた」という大学での競技生活を振り返る。

 小学生の頃、初めてシュートを決めたときからバスケの楽しさに魅了された。高校までは下級生の頃からチームの主力として活躍。常にバスケを楽しむという気持ちを大切にしていた。誘いを受け、初めて訪れた早大の試合で楽しそうにプレーする選手の姿を見て、「ここでなら楽しいバスケができる」と、すぐに早大を志望することを決めた。入学して最初のシーズンは土台作りの1年となった。高校までとは違い、自分よりうまい先輩たちの中でもまれる日々。短いプレイタイムで自分らしさを出そうと努力した。2年生はシックスマンとしての働きを求められるもうまくいかず、バスケを楽しめなくなって一番きつかった時期だという。新型コロナウイルスに苦しめられた3年時は、チームが小さく勝てないことが多かった。しかし4年生がいいチームをつくってくれたから、自分たちの代でもこういうチームにしたいという目標ができた。

 迎えた最終学年。関東大学女子リーグ戦の期間中は勝てない試合が続き、雰囲気は良くなかった。神山個人としても目の前のことに集中できず、うまくいかなかったとき、大西真由監督(平20卒)に「このままじゃ後悔するよ」と叱咤された。その後は気合を入れ直して練習に臨み、チームで話し合ってそれまでで最高の状態でインカレを迎えた。インカレ3位決定戦後のインタビューでは、「日本一にはなれなかったけど、勝って終わることができたので最高です」と語った神山だが、日が経つにつれて「日本一になったらもっと違う景色が見られたのかな」など悔しい気持ちが生まれてきたという。しかし、クリーン・ザ・ゲーム賞(一番応援が印象に残ったチームが投票で選ばれる賞)を獲得し、違う意味での「日本一」になれたことは最高のチームにするという目標において、素晴らしい結果だった。「個性はバラバラだが、それぞれの足りないところを補い合える最高の同期と、頼りになる後輩がいる」このチームでなければとれなかった賞だ。「周りに恵まれて最高の大学生活を送ることができた」と笑顔を見せた。

 ドライブする神山

(記事、写真 冷水睦実)