【男子バスケ】城戸賢心 ケガからの復活を遂げた早大旋風のラストピース 「ずっと迷惑をかけてきたので…」

男子バスケットボール

 関東大学リーグ戦(リーグ戦)の首位を走る早大に頼れる男が帰ってきた。抜群のディフェンス力を誇る大学屈指のシューティングガード、G城戸賢心(スポ3=福岡第一)。輝かしい経歴を持ち、ルーキーイヤーから活躍を見せた城戸であったが、この2年間は故障に悩まされていた。

華々しいキャリア

 城戸が歩んできたバスケット人生は、まさにエリート街道そのものだった。中学時代には全国中学校体育大会(全中)ベスト4に輝き、高校は全国屈指の名門・福岡第一高に進学。3年生時にはキャプテンとしてチームを全国高等学校体育大会(インターハイ)とU18日清食品トップリーグの二冠に導いた。

 早大に入学した後の城戸はルーキーイヤーから躍動。平均8.8得点、1.1スティールを記録し、攻守の両面でチームに欠かせない選手となった。2部降格が決まった山学大戦の後には人目をはばからず涙を流したが、この試合でも20得点を記録した城戸に輝かしい未来が待っていることを疑うものはいなかった。

1年生時の新人インカレでプレーをする城戸

怪我を乗り越え、大学屈指のSGへ成長

 しかしここからの2年間、城戸は怪我に苦しみ続ける。きっかけは1年生の2月に負った右膝の半月板損傷だった。2年生時は関東大学選手権(スプリングトーナメント)を欠場し、リーグ戦も本格復帰は後半戦から。全日本大学選手権(インカレ)では活躍を見せたが、城戸自身からすれば不本意なシーズンだった。

 そして再起を懸けた今季は、スプリングトーナメントで飛躍を遂げる。得意のディフェンスで数多くのポゼッションを奪ったほか、オフェンスでは高精度な3Pシュートが光った。 

「スリーポイントも武器にしたら選択肢が増えて、自分のプレーの幅も広がる」

 ディフェンダー、セカンダリーハンドラー、そしてシューターとしての質を高めた城戸は、シューティングガードとしての完成系を迎えていた。

スプリングトーナメントの城戸

2度目の悲劇と猛烈なリハビリ

 しかしスプリングトーナメント後の5月、城戸はコート上から姿を消した。原因は1年時に負った右膝の怪我の再発だった。「リハビリが上手くいかず、2年間同じ状況が続いていた」と城戸。「リーグ戦前に抜けてしまい申し訳ない」と悔しさをにじませた。一部ではインカレに間に合うかも微妙という声もあった。しかし、城戸の目から闘志の炎は消えていなかった。

 「怪我中でも気持ちを切らさず練習に早く来て、リバビリに取り組んでいる姿勢はすごく尊敬しています」

 こう語るのは城戸の同期である嘉手川太智(商3=沖縄・開邦)。1日でも早い復帰を目指し、城戸は懸命にリハビリを続けた。リーグ戦で快進撃を続けるチームメイトをベンチで盛り上げつつ、裏では己自身と戦っていた。

離脱中はベンチからチームを支えた

待望の復活に「感謝の気持ちでいっぱい」

 そしてこの努力は実を結ぶ。1巡目最終週の専大戦、倉石平ヘッドコーチ(昭54教卒=東京・早実)がついに城戸の名前を呼んだ。観客席からは大歓声。城戸の復活は、早大にとってまさしく念願だった。

 「2年間ずっと怪我でチームに迷惑をかけてきたので、ここまで復帰できたことに対して感謝の気持ちでいっぱいです」

 仲間への感謝を胸に、城戸はふたたびコートに向かって駆け出した。

今季初得点を記録した日大戦

 復帰後は主にディフェンダーとして活躍中。2巡目の日体大戦では3スティールを記録し、ハッスルプレーでもチームを勢いづけた。試合に出る感想を「楽しい」と一言で表す城戸。 その表情に、数カ月前までの曇りは一切なかった。

 「この2年間分の悔しい気持ちをプレーで表現し、チームを勝利に導けるように戦っていきたいです。支えてくれた皆さんに恩返しできるよう、全力を尽くしたいと思います」

 あの日の栄光をもう一度味わうため。あの日の悔し涙を嬉し涙に変えるため。57年ぶり優勝を目指す早大のラストピースが埋まった。

(記事 石澤直幸)