初安打は4年春――。戦後15人目の三冠王・今井がラストシーズンに咲かせた大輪の花/今井脩斗

野球

 この男がいなければ…。早慶戦が『優勝決定戦』となった今秋の東京六大学リーグ戦(リーグ戦)。戦後では15人目となる三冠王に輝き、打線をけん引した今井脩斗(スポ4=埼玉・早大本庄)の存在がなければ、『奇跡』の逆転優勝の可能性すら見えてこなかったかもしれない。このスラッガーを抜きに、今シーズンを語ることはできないだろう。

 


2年秋にリーグ戦デビューも安打は生まれず。初安打は4年春の早慶戦だった

 今秋まで、十分な実績を残していたわけではなかった。2年秋にリーグ戦デビューを果たすも、安打を放つことはできず。3年時には故障もあり、試合に出ることすら叶わなかった。リーグ戦初スタメン、初安打を記録したのは今春の早慶1回戦。春季リーグ戦が終わった段階で、「ここぞという時の集中力をもっと上げないといけない」と課題を見つけた今井は、それまでも行っていた占部晃太朗新人監督(教4=早稲田佐賀)らと実戦形式の練習を通して、課題を克服していった。夏季オープン戦ではチャンスの場面でも緊張することなく、むしろ楽しんで打席に臨めるようになった。本塁打も放ち、レギュラーに名乗りを上げた。

 


今秋の明大1回戦で逆転打を放つ今井。この試合では2本塁打含む4安打5打点の大活躍を見せた

 ところが、開幕カードの立大戦はベンチから外れた。チームも2連敗スタートと、不穏な空気が漂った。それでも次の東大戦で復帰すると、8番・一塁で先発出場。1回戦(〇23―1)で5安打7打点と「人生で一番」と振り返る大暴れ。続く2回戦(〇19―0)でも猛打賞の活躍。チームも2戦続けての大勝だった。法大戦を2試合とも引き分け、優勝に向けて勝利しか許されない状況で迎えた明大戦。この日、初めて4番の重責を担うことになった今井が、神宮で一番の輝きを見せた。1回戦は、序盤からリードを許す苦しい展開になったが、今井は1人気を吐く。自身初の2打席連続本塁打に続いて、8回には2点差に迫る適時打を放つ。打線も、2点ビハインドの9回2死走者なしと追い込まれた状況から粘りを見せ、1点差に迫ると、なおも2死一、二塁のチャンス。ここで打席に今井が入る。捉えた打球は、右翼手の頭上を越える、逆転の2点適時打。文字通り、チームを勝利に導いた。優勝のかかった早慶戦では、2試合で1安打に封じられ、試合後には優勝を逃したことへの悔しさを口にした。

 シーズンを通しての成績は、まさに圧倒的だった。打率4割7分1厘、3本塁打、14打点。戦後では15人目となる三冠王が、ここに生まれた。これまでに三冠王を獲得したのは、高橋由伸(元読売ジャイアンツ)、鳥谷敬(平16人卒=現千葉ロッテマリーンズ)ら、のちにNPBでも活躍した強打者の名前がある。偉大な打者に肩を並べ、六大学野球の歴史にその名を刻んだ。

 


閉会式で首位打者賞の表彰を受ける今井。自身初のベストナインにも満票で選出された

 下級生の頃は1軍でもなかった選手が、ラストシーズンにレギュラーを掴むどころか、三冠王をも獲得したことは、神宮での活躍を目指して日々努力を重ねる後輩たちへ、大きな希望となったことだろう。今井はその打力をアピールして、レギュラーに定着。そこからスターダムを駆け上がった。定位置をつかめていない後輩には、「自分の強みをしっかり見極めて、ストロングポイントをどんどん前面に押し出していってもらえたら」とメッセージを寄せた。

 野球は大学で終える予定だった。しかし、ラストシーズンでの活躍をきっかけに、社会人野球の名門・トヨタ自動車への加入が内定した。今井は次なる大舞台へ向けて、エンジン全開で走り出す。

(記事 高橋優輔、写真 瀧上恵利氏、高橋優輔、山崎航平)

 


明大1回戦で逆転打を放った後、三塁コーチャーの占部と抱き合う今井。この時の占部の目には涙があったという