【連載】『令和4年度卒業記念特集』第61回 真道虎太郎、小池崇仁、田中樹/山岳

山岳

 リスクを背負いながら自然と向き合うということは、並大抵の覚悟でできることではない。想像してみてほしい。一歩間違えれば命を落とす危険があり、特に冬山では、慎重に行動したとしても過酷な状況下で過ごすことに変わりはない。そんな‟本物の強者”が集う山岳部から今年度、真道虎太郎(政経4=神奈川・湘南)、小池崇仁(商4=東京・芝)、田中樹(教4=兵庫・夢野台)の3名が卒業する。前述の通り、山行にかかる身体的、精神的な負担は測り知れないが、それらを乗り越え、常に先陣を切ってきた彼らの背中はこの上なく頼もしい。その一方でユーモアあふれるトーク力も持ち合わせるなど、魅力が尽きない卒業生。山岳人生幕開けの話、少し変わった寮生活の話、活動中のヒヤリハット、ヒマラヤ登頂エピソード、これからの展望などを、個性豊かなメンバーによる軽快なトークとともにお楽しみあれ。
※取材の機会が少ないため全員と対談を行いました。本来であれば記者が記事を執筆するのですが、選手同士の掛け合いを含む取材そのものが魅力的であったため、山岳部に関しては対談形式でお届けします。

寮に帰りたくない!?「閉店間際までずっとマックにいたときも」

誰よりもストイックな真道。過酷な寮生活も耐え抜いた。写真はヒマラヤ登頂時のもの

――自己紹介からお願いします

田中 教育学部4年の田中樹です。

真道 政治経済学部卒の真道虎太郎です。よろしくお願いします。

小池 今フリーターの小池崇仁です。

――田中さんが真道さん、真道さんが小池さん、小池さんが田中さん、という感じで他己紹介もお願いします

田中 真道さんは1つ上の先輩なんですけど、とにかくストイック、とてつもなくストイックです。一時期、部員にトレーニング中毒なんじゃないかと疑われたほどストイックで、どんな環境でも生き抜いていけるような、生物としての強さは抜きんでている感じです。トレーニングとかは想像したらわかると思うんですけど、山で朝ごはんを食べているときに、朝が早かったこともあって真道さんが一度戻しちゃったんですよ。でもそれをもったいないって言って完食したのが、本当に生き物としてストイックだなと思って。それが僕の中で一番印象に残っていますね。

一同 (笑)

小池 吐き出してたよね(笑)

田中 反芻(はんすう)動物…。

――それを受けて、真道さんはどうですか

真道 そうですね、僕は特にストイックという感覚はないんですけど、逆にストイックストイックって言われすぎて、部内でちょっと浮いていたんじゃないかなと思います(笑)自分がやりたいことをやっていた結果、みんなからストイックって言われていました。でもまわりの山岳部の人とか見ると、別に僕はそんなにすごい人ではないのかなという気はするんですけど。

田中 いやいや、そんなことはない。

真道 小池は、まじで山が好きなんだなって。ことあるごとにクライミングの道具の話とか、クライマーの歴史とか、暇さえあればそういうことを話している気がします。

田中 噂では、女の子とご飯に行っても山の話をしちゃうとか。

小池 確かに、山のうんちくを語ってしまうなというのは自分でも思います。それが自分では一番楽しいと思っているので、よく話したりはしますね。ちなみに女の子と会ったときに山の話はしないです(笑)

一同 (笑)

――噂だったんですね。

田中 噂というか、でっちあげだね(笑)

小池 田中に関しては、関西人なこともあって、すごい話が面白いです。ユニークですし、合宿に行っているときもムードメーカーになっていますね。ふざける感じと言えばふざける感じなんですけど、僕にとっては辛い合宿の中で田中とおしゃべりするのは、とても気が楽になっています。

――どういう感じで盛り上げていらっしゃるんですか

田中 99%はちょっと言えないことなんですけど、どうしても合宿ってなると辛くて、下界とも格別された環境になってしまうので、そんな中でもまず自分が明るくしようと。本当に、すいません、下品なことを中心に、くだらない笑いでみんなと盛り上がっているって感じですね。

――そういうのは鎌形(祐花、法2=千葉・市川)さんも普通に聞いているのですか

田中 そこは配慮しています。

小池 全員が男子のときは、山の中では9割そういう話しかしないです(笑)

田中 それが息抜きみたいになっています。

――前回対談したときに、真道さんはゴキブリが大量にいる寮に住んでいらっしゃると伺ったのですが、どんな生活をされているんですか

一同 (笑)

真道 そういう話をしたというのは聞いていました。確かにゴキブリも結構いますし、冬は氷点下になるくらい(寒い)。パソコンをいじっていてもパソコンが冷たくなって、手の先がかじかんで(笑)結構過酷な環境ではあるんですけど、そこで住んだ分、山での適応能力は養われた気がしますね。

田中 家じゃないやん、もう。

真道 僕に聞くより、そこに住もうとしない2人に聞いた方が…

小池 まず1つのエピソードとして、台所があってそこにたわしが入っている袋があったんですね。その中にゴキブリが5匹いて、今はもういないんですけど、その時は「これが5Gか!」って(笑)夏は1日に1回出るレベルだったらしいんですけど、最近は改善されたみたいです。

真道 ブラックキャップみたいなものを置いたら、一切出なくなりました。

小池 その代わり、窓を開けたら上からムカデが降ってくるとか。

田中 それの方が嫌だわ。自分も住もうとして断念したんですけどその断念した理由が、お風呂場を見たときに、爆心地かなと思うくらい壁が真っ黒で、呪われているレベルの黒さだったので、ちょっと難しいなと。積極的に住もうとは思えなかったです。

――それでも真道さんが住もうと思えたのは、どうしてでしょうか

真道 家賃がタダだからっていうのと、クライミングができるボードがあったり、学校から少し近い、山が少し近いというのも。岩場は基本東京の西側にあるので、色々メリットがある中で、これくらいの環境なら耐えられるだろうと思って住んでみました。途中ちょっと心がくじけそうになったときはありましたけど、なんだかんだ(笑)

田中 家に帰れないみたいな時ありました。

小池 マックに逃げ込むらしいです。帰りたくなくなる家ってなに(笑)

田中 1人暮らしでそれは聞いたことないよ。

真道 12月から2月はめちゃめちゃ寒くて、暖房は一応あるんですけど部屋が広すぎて効かないし、あっためようとするとすごい電気代がかかるので…閉店間際までマックにずっといて、みたいな。

田中 絶対あだ名つけられてるわ~。

小池 コーヒー1杯で粘るやつ。

田中 家出って呼ばれてるんちゃう。

――楽しいお話、ありがとうございます(笑)ところで、3人とも中高の部活は何をされていたのですか

田中 中学がバスケで高校がラグビーです。

真道 僕は中高野球部で、軟式と硬式をやっていました。

小池 僕は中高剣道部でした。

――みなさん、山岳とは全く違う競技をされていたのですね。大学で新しく山岳を始めたきっかけは何だったのですか

真道 僕はイッテQという番組をずっと見ていて、それでイモトさんがエベレストに挑戦するという企画で世界のいろんな名立たる山を登っていて、すごいなって。山の偉大さ、地球上にこんなものがあるんだというのと、そこに命をかけて向かっていくクライマーのカッコよさに触れて、僕もこういうことをやってみたいなと思って、僕も大学で始めました。山岳部はそれができる環境だと思って、他と迷うことなく入りました。

小池 僕は、小さい頃に父親が田舎の方に住んでいて、そこで山登りを少しやっていたというのもあって、大学入ってから最初は探検部というサークルに入っていて、探検部に入る中で「自分はどんな探検をやるんだろう」と考えていて、洞窟にもぐったりとか色々活動する中で、登山が一番楽しいなと思えたので、探検の中で登山って何だろうなと思ったらやっぱり未踏峰を狙いたいなと思って、それができるのは山岳部なんじゃないかなと思って、山岳部に入部しました。(一番最初に登った山は)僕は探検部の遠征で1回インドネシアに行ったことがあるんですけど、それが一番初めに登った大きな山だったかな。洞窟遠征という体で行ったんですけど、洞窟にもぐってから山に登った時、山の方が楽しいなと思ってしまいました(笑)

田中 僕も最初探検部に入っていて、小池が1個上の先輩だったんですよ、入部したときの。その影響を受けて、山、未踏峰を目指しているところがかっこいいなと思いました。探検部でそういう活動はあったんですけど、もっとハイレベルな、もっと真剣で安全にって考えたときに、山岳部がベストかなと思って、ほとんど同じタイミングで、1か月くらい遅れて入部した感じです。探検部では大きい山は登っていなくて、山岳部で初めて登りました。最初に登ったのは三ツ峠山という、山梨にある山で、一応クライミングが目的で行ったんですけど、片道2、3時間でめちゃくちゃ短い方なのに、最初で本当にバテて疲れて。時間的には2、3時間くらいで行けたんですけど、舐めていたなというか(笑)ショッキングでしたね、最初は。

小池 荷物が全然違うので…

――それでも続けようと思われたんですね

田中 さすがに最初だったので、こんなもんかと思って(笑)

――真道さんが最初に登った山はどこですか

真道 僕は、合宿のさらに前に靴慣らし山行みたいなものがあって、それで多分高尾山に登りました。高尾山と、あと近くに人馬山というのがあるんですけど、そこを縦走して歩いたのが最初です。

――入部したときに定めた目標やスローガンなどはありましたか

小池 僕はやっぱりヒマラヤに行きたいという思いがありました。できればヒマラヤの未踏峰を登りに行きたいということは、入部当初から思っていましたね。

真道 僕ももともとイッテQを見て山を目指したというところで、海外登山、それこそヒマラヤの7000、8000mの山にいずれは行きたいなという気持ちで山岳部に入ってきました。

田中 最初は僕も海外、ヒマラヤとかそういうところに登っている写真を見て憧れたというのがあるので、漠然と大きく「行けたらいいな」と思っていました。

――みなさんが、危険や死とも隣り合わせとなる山岳に取り組む一番のモチベーションは何ですか

真道 山に登り続けている理由はやっぱり、海外、ヒマラヤに行きたいという目標がずっとあるので、辛いときも頑張っていました。

――山行で一番きつい場面はどんなところでしょう。冬山は全体的に大変だと思いますが、夏山はいかがですか

小池 夏は快適なイメージですよね。山の中では。

田中 夏は合宿で言うと縦走って言って何日もかけてピークを越えていく山行が一番山場になるんですけど、冬と比べたら荷物も軽いですし、テント生活も快適なので、冬は段違いで過酷ですね。夏は涼しいですね、ある程度の標高を超えるまでは暑いんですけど、超えたら朝晩はむしろ寒いくらいです。

小池 冬山は厳冬期という季節があったりして、12月から2月のシーズンなんですけど、そこは日本の気象条件的に一番天候も読みにくいですし、雪が大量に降ったりする期間で、日本の中ではその厳冬期に山に入るのは難しいよねと言われています。冬山合宿が年末に1回と、あと合宿というわけではないんですけど、八ヶ岳でロープを使ったクライミングをするというのが毎年やっている流れですね。

山での生活を経て「日常の些細なことにも感動する」

主将を務めた田中。登山中、田中の面白さに救われた部員は多い

――今までの山行の中でヒヤリハットなどはありましたか

小池 そんなに、死ぬかも、みたいなことはまだないですね。誰かが脱落したとかはないです。

真道 寒すぎてしんどいと思うことはあるんですけど、山を下りれば自分の身の安全は確保できるので、その点で死ぬということはないんですけど、合宿は成功させないといけないので、ずっと山にい続けないといけないというところで、ずっと雪が降っていて寒い中テントから雪をかき分けたり、テントの中でガスを1本たいて暖を取るという習慣は確かにきつかったです。

小池 多少の雪崩を食らったりとか、岩場がぶっ飛んだりということはありました。俺1回八ヶ岳の大同心の下でちょっと小さいの食らった。

田中 流れた?

小池 ちょっと流れた。真道さんスライドしてきた(笑)ちょっと危ないシーンでしたね。

――雪崩はどのように対策しながら歩いているんですか

小池 雪崩の弱層テストというのをやったり、雪崩地形のときがあったりするんですけど、そのピンポイントでやったとしてもじゃあ他の場所はどうなのって言うと謎なので、やっぱり日頃から天気予報を見たりして、入山前にどれくらい雪が降ったのかなとか、あとは雪が入った直後に日差しが当たったら雪崩になる確率が高まるとかを本で勉強したりして、予測していく感じです。

――なるほど、ありがとうございます。田中さんのヒヤリハットはありましたか

田中 八ヶ岳に1月に行って、ロープを使ったクライミングをする機会があって。リードっていう先頭で登って行ってロープを後ろの人にかけてあげる役割があるんですけど、登っていくときに、途中途中でカラビナと呼ばれる道具にロープをかけて、そのカラビナは木とかボルトみたいなリングにかけるので、こうボルトがあったらここに登りながらロープをそこに通すみたいな、ここで落ちると、この部分に落ちるんですよ。ただ止まるみたいな。それをどんどんつなげていって、上でロープをかけて、下の人を引っ張り上げるみたいな感じなんですけど、それをかけるのをかなりサボっていて、まあ大丈夫かって思ったのと、あとはあまりかけるポイントがなかったというのもあって、最後その中で難しいポイントになったときに、行けるかと思って、見切り発車であまり見ずに、ちょっと自分の方に突き出ているところを行ったら、アックス2本で行ったんですけど、途中で動けなくなって。やばい、って思って足も手も動かせない状況、どこか動かしたら落ちるってなってしまって、だから力尽きるのを待つみたいな(笑)そういう状況になってしまって、それで無理やり動いたら案の定滑って、そのまま落ちていたら下にいた真道さんも落ちるくらい、かなりの距離だったんですけど、たまたま身体とつなげているアックスがめちゃくちゃ地面に刺さっていて、それでなんとか細い紐で耐えて。ヤバかったっすね。ひやっとしました。

小池 一番やってはいけないのがグランドホールって言って地面に落ちることなんですけど、大けがしちゃうんで。なので、そのランナーっていう中間地点を外しちゃうとロープの分、さらに2倍落ちることになるので、田中の状況はおそらくそこで落ちていたら地面に落下していたっていう。リーシュで止まってよかったです。

真道 僕は、ビレイっていってロープを止める役をやっていて下で見ていたんですけど、なんか急に田中が落ちてきて、「ああっ」って思って、本当にビビりました。死んだかな~と思って(笑)でも止まっていて、すぐそのあと登っていたのでよかったですね。

小池 なんか叫んでいたとか。

田中 たぶんランナーで止まったと思っていて、普通にちょっとフォールしただけだと思っていたので、まさかリーシュだけで止まっているとは思ってないですよね、そんな止まり方ないですから(笑)

真道 そうだね。確かに、支点は全然とってないなっていう印象はありました。すごい小指くらいの木しかなかったよね。確かに取りにくかったけど、ゼロよりは絶対取っていた方がいいから。取った方がいいんじゃないかなと思いながら、ビレイしていた記憶はあります。

――そういう危ないときに、先輩が下から叫んだりするのですか

田中 そうですね、下から結構「そこ取れるんじゃないか」とかアドバイスもらいながら登るって感じですね。このときも(先輩から)言われました(笑)

――でもそのまま行ってしまったんですね。真道さんは特にそういう経験はありませんか

真道 僕もそういえばこの前落ちたな、と思って。2人とは一緒に行ってないんですけど、別の人と行ったときに2回くらい落ちて、ただ僕の場合は支点取った直後だったので、そんなダメージはなかったんですけど。やっぱり山のルートにもグレードがあって、上がれば上がるほど支点を取る場所が少なくなったり、残っている支点も壊れていたりとか、ルート自体も難しいので。僕も初めてそこで落ちたくらいです。木をつかんでいて、それがボキッって折れて。落ちる落ちる!じゃなくて、不意な落下でした。けがとかは幸いありませんでした。

田中 支点は何だったんですか。

真道 支点はハイマツ、どっちも木でしたね。難しかったですし、反省点もいろいろ、勉強になることも色々ありました。落ちても命が無事だったからこそ、糧にできるということもあるし、あとはクライマーが多そうだけど、ビレイしている方も結構怖いよね。危なっかしい登り方していると、大丈夫かな、みたいな。

――お二人がヒヤリハットにあった場所は、結構事故が多い場所なのですか

田中 僕のところはあんまりなくて、本当に未熟だったっていうだけですね。

小池 真道さんのところは、あまり入る人がいないですね。

――なるほど。今ヒヤリハットを伺ったんですけど、逆に山岳をやっていてよかったと思う瞬間はどんなときでしょうか

小池 僕に関しては「楽しい」というのが一番にあって、その中でもルートを登り切ったあと、危ない場面を突破して、ふと山頂で気が緩むというか、「ここを登ってきたんだな」とルートを上から眺める時間は気持ちよい瞬間ですね。下山もしっかり注意しないといけないんですけど、そういうレベルの高いものをやり遂げたあとに感じるやりがいや達成感を、一緒に登ってくれた他の人と分かち合える瞬間は嬉しいですね。

真道  僕はきつければきつかったほど、その時は本当にきついんですけど、登った時の達成感は何倍にも膨れるし、登った後に街に帰ってきて思い出すと、きつかったけどいい思い出になっていることの方が多いので、晴れててすっと登れたときも嬉しいと言えば嬉しいんですけど、雪が多くて苦労したとか、吹雪で寒い思いをしたとか、そういう苦しい状況で登り切ったような時が達成感があります。苦しい状況ほど登りたくなります。

田中 僕は方向性が違うというか(笑)山にいるときはとにかく過酷なので、それが終わったあと、特に家帰って屋根があるところで布団敷いて寝るときの幸せな気持ち、あれは何にも代えがたいものなのかなと感じますね。冬山とか行くと、水も自分たちで雪を溶かしてつくらないといけないとか、休む時間もなかったりするので、本当に日常の些細な、水道の蛇口を捻っただけで水が出てくることにも感動するというか、感謝の気持ちが溢れるみたいな。そういうことがあるので、それはいい経験だなと思います。

――それはお二人も同じでしょうか

小池 はい。電波もつながるのも嬉しいです。

――山で電波がつながらないときはどうしているのでしょうか

小池 それこそラジオの気象情報を聞いて天気図で予想したりしています。

――なるほど。また、山岳部で積んだ経験が日常生活に活きることはありますか。例えば前にワンダーフォーゲル部さんにお話いただいたときは「不快耐性がつく」と仰っていたのですが

小池 確かに不快耐性はつくかもしれないですね。ホームレスに向いているかもしれないです。

田中  全然できる。

小池 僕はそんなに言えたものじゃないんですけど、例えば山の中で物が敗れてしまったときとか、裁縫したり。真道さんはよく裁縫していますけど、意外とそういう家庭的な技が身についたり、あとはあるもので対処しないといけないという考えになるのかな。何でも万能にならないといけないというか、持っているもので自分が生きるためにやらなければならない状況を強いられるので、それも下界では活かせるかもしれないですね。

真道 スポーツというより、山の中で生活するという感じなんですよ、登山って。なので、街にいれば料理もできているし、家も服もあるし、って与えられるものですけど、自分で確保してつくってってなるので、料理も生活の1つ1つを自分で考えてスキルを身につけるというところが、ここに帰ってきてつながりますね。

田中 山って過酷な環境なので、下界での生活が多少辛いことがあっても、「あれと比べたらな」っていう比べる材料になったりとか、普通の人よりも幸せの基準が低くなっているので、本当に下界で生活しているだけで、自分であったかいご飯作って家で食べているだけで、めちゃくちゃ幸せに感じますね。

――10年程前の山岳部さんの対談で、「山で限界を迎えるのは良くない」と書いてあるのを見たのですが、「余力を20%程残しておいて、リスクがあったときに対処できるようにする」ということを当時の主将がおっしゃっていました。山を登っていて、限界を突破することはあまりないですか?

小池  リーダーはその気持ちでやらなければならないのではないかなと思いますね。下級生は全力を出して、100%で登っていった方が成長すると思いますが、上級生は20%を何かあった時に対処できる余力を残しておくべきなのではないかなと思っていました。

田中 (小池と)同じで上級生という立場だと、余力を残して余裕を持った状態で状況判断をしないといけないと思っています。逆に下級生は100%どころか120%出し切ってやっと合宿を終えられるようなものだと思っていたので、そこのバランスだと思います。

――新しく入ってきた後輩とは体力などの差があると思うのですが、どういったサポートをされているのですか

小池  声をかけるとか(笑)。

田中 1年後にはさらに下級生が入ってくるので、歩ける状態になっておかないといけないです。差がある状態は前もって分かっているので、その中でも全力を出させるというか、メンタル的にも身体的にも、言葉で励ますということが多いですかね。

――山岳部の皆さんで一緒に登っていたら部としての団結も深まるかと思うのですが、山以外での交流はいかがですか

小池  真道さんとは一緒にクライミングジムに行っているので、日常も顔を合わせることが多いです。飯はおごってもらえないけど(笑)。

真道  でもゼロではないよね(笑)。

小池  そうですね(笑)でもみんなで遊びに行くみたいなことはないですね。

田中  部活自体が何日も一緒に寝泊まりしてご飯も一緒という感じなので、そこが濃すぎて。

日本人として第2踏!ヒマラヤ山脈ムクトヒマールへの登頂に成功

真道とともにヒマラヤへ挑戦した小池。念願のヒマラヤ登頂で涙も

――ヒマラヤのお話を伺ってもよろしいですか?インスタグラムをフォローしていたのですが全然更新されなくてすごく心配していました

真道  更新に関しては途中から電波がなくなって、そこから途切れていました。その後いろいろあって、あまり公にしない方がいいという話になっていました。結果から言うと、ヒマラヤのダウラギリという山の近くにある6,000mちょっとあるムクトヒマールという山と、ホンデヒマールという6,500ちょっとある山の二つを登ろうとしていましたが、結果的にはムクトヒマールという山だけ登って帰ってきました。

――1カ所しか行けなかった理由は何ですか

真道  登山許可を取らなければいけないのですが、プラス3~40万円かけないと取れないという状況になって、出発が決まって(予算が)これだけという風に決まっていたので、グレーゾーンの中登らなければ行けなくなるということが1つです。それでも登るかという話にはなっていたのですが、天気が悪くなってしまったのと、僕らも疲れていてこの状態で登るのはきついということで下山しました。

小池  天気が悪くなってしまったのは異常降雪があって、ベースキャンプでも1mくらい雪が積もってしまって、想定外の山の状況になってしまって、アタックはできないという状況になりました。最後に雪崩のリスクがあったりする横斜面を歩いて行くところが怖いということがあったのと、一緒に居たスタッフ達が雪山の装備をほとんど持っていないんですよ。ベースキャンプまでは普通の登山道で雪山の装備はいらないので。それでも雪が降ってきてしまい、救助ヘリを呼びました。若干、僕と真道さんも高山病のようになっていたので、ベースキャンプからはヘリで救助してもらって近くの街に降りてくるというかたちでした。

――それ以外にハプニングはありましたか

真道  食あたりで下痢と嘔吐に襲われました。ベースキャンプまでは料理はガイド兼コックの人が作ってくれるのですが、最初は味も美味しかったし、食べられるうちに食べろとは言われていました。3日目の朝にすごく脂っこい麺が出てきて食べたのですが、昼くらいにすごくお腹が痛くなってきて、パンパンにお腹が張ってそこからずっと下痢で。下痢止めを飲んでも嘔吐しちゃうというのがずっとで、すごくきつかったです。

小池  自分も途中で下痢になりました。ヒマラヤ遠征あるあるなんですけど、現地の食事が合わなかったりすると、お腹を壊しながら登ることになったりとか、それが敗退の原因になったりというような。高度が上がると水をいっぱい飲まなければならないのですが、下痢になったら脱水症状になって、下痢と高山病の悪循環になっちゃうというのが遠征ではよくある話です。

――他の登山者もいましたか

小池 僕たちの登る山には誰も居なかったです。ベースキャンプから街の歩きであるキャラバン中も現地の人くらいしかすれ違わなかったですね。

――あまり登られない山なのですか

小池  そうですね。一応日本人では第2踏。

――そうなんですか!?

小池  そんなのは無数にある山の1つなので大したものではないんですけども。全体でも第6踏くらいです。その山に関しては登られている山ではあったのですが、ルートが未踏ルートということで、そこをこの遠征では1番に登りたかったです。

――感動したシーンは

小池  山頂では涙ぐみましたよ。

真道  体調を崩してしんどかったというのと、未知の標高で6,000mを超えたあたりから息苦しくて、永遠に雪の稜線が続くのではないかという気持ちになりました。でも山頂はちゃんと待っていて、たどり着いたときは感動しましたね。

小池  コロナで1回行けなかったこともあったので、山登りとは関係ないですけど、下界での手続きであったりトレーニングであったりとか煩わしいことも含めてちゃんと6,000mに立てたんだという気持ちはすごくありましたし、真道さんとやれたのもすごく楽しかったです。

真道  僕も同じくです。

――山頂で校歌は歌われましたか

一同 (笑)。

小池  うちはそういうことをする人たちではないので(笑)

田中  覚えてないんちゃう(笑)

――登っているときの報告のようなものは受けていましたか

田中  ちょこちょこ写真とか撮って送ってもらっていたので、それを見て、こういうの食べているんだとか、今こういう感じなんだというのを想像しながらという感じでした。

――体調も壊していたのも知っていましたか

田中  いえ、そこまで詳細には伝わってきていなくて。下山後に詳しく聞きました。

――計画は山岳部全体で立てていたのですか

小池  僕たちは一応OBとして行くことになっていたので、早稲田大学山岳部としてではないんですけど、本当に卒部してから3日後ぐらいにネパールに発つというような感じだったので、母体としては早稲田大学山岳部のOB会として行きました。

――計画には特に関わっていなかった感じでしょうか

田中  一緒に立案はしていないのですが、それまで部員として一緒に活動していたので、部員活動の傍らで海外遠征の準備をしてという苦労は間近で見ていて、僕も下界にいて見守っていた側ですが、そういうのも見ているので、登頂報告や安全に帰ってきたということを聞いたときには、感動しました。

――他の部員の方も同じ感じですか

田中 そうですね。まずは安堵というか。生きて大きなケガなく帰ってきたということが大きかったですね。ただ真道さんの顔が高度の影響でパンパンになった写真が送られてきて、本当に別人みたいになっていたんですよ。病院で点滴を受けて。15歳くらい老けていましたよ(笑)。

真道  僕も自分の顔見て驚いた。

――下山した後に病院に行かれたのですか

真道 そうですね。下山したときにはだいぶ症状が治まっていたんですけど、保険の関係で一応病院行くか、って。

小池 (入院中の写真を見せて)これですね。多少は演技も入っていると思いますが(笑)。

田中 下半身がパンパン(笑)ガンダムのドムみたいになってる。

真道 ムクトヒマールから降りてきて2日目くらいが一番やばくて。また下痢になっちゃいました。

――小池さんは特に変わらず?

小池 そうですね。そこまで高山病にはならなかったのかなと僕は思っています。

好奇心、冒険心が旺盛な人はぜひ山岳部へ!

登頂し笑顔の山岳部員

手前から、小池、田中、真道

――ヒマラヤについてのお話はここまでで。4年間振り返っていただいて、一番思い出に残っている登山と、その詳細について教えてください。

田中 僕は1年生の6月に入部したので、初めての合宿が夏山合宿だったんですよ。その1年生の夏山合宿が僕の中で一番印象に残っています。最初の三ツ峠山を登った後の1発目の登山が2週間くらいの登山になっていて。(それまで)テントで寝たこともなくて。そんな中での登山だったので、体力的にも精神的にも過酷でした。小池以外にもう一人同期がいたのですが、なんとか3人で頑張って乗り越えたという思い出があって、今でもその記憶は鮮明に残っていて、思い出です。

真道 ヒマラヤ以外で言うと、1年生の時の春山合宿という1年間の最後にやる合宿が印象に残っています。初めてというのもあったし、つらかったというのもあるんですけど。何がつらかったかというと、冬山だからというのもあるのですが、同期2人がケガで参加していなくて、1年生の僕と上級生3人で行ったので、助け合う同期も居なくて。荷物も冬山になればなるほど重くなるので4~50㎏ぐらい持って、山岳人生で一番重い荷物を持って入山しました。入山どころか東京駅に向かう徒歩でもう帰りたいと思うくらいでした。5日間くらいかけて三俣蓮華岳という富山県と長野県と岐阜県のちょうど境にある北アルプスの山に行くという合宿で。雪も降ってかきわけて、すごくしんどかったです。百名山でも何でもなく、すごい山ではないのですが、たどり着いたときはすごく感動しました。

小池 やっぱりヒマラヤが一番記憶に残っているというか、思い出深いですね。入部当初からの夢が叶ったというのと、キャラバン中から見える山がでかくて、日本では見られないなという新しい知見を得たというか。山も大きいですし、空も青いですし。日本にはほとんど無いだだっ広い氷河にも触れることが出来て、ますます自分の登山のフィールドが広がりました。

――今後は登山を続けますか

田中 僕は多分しないですね。今のところはそういう風に考えています。就職する会社もかなり激務なので、そちらに集中して新しい方で頑張っていこうと思っています。企業の合併を仲介する会社で働きます。本当かわからないですけど、小耳に挟んだ話では3~4年目まで土日がないぞというような話を聞きました。

――山岳部で培った耐久力で…

田中 それで耐えられたらいいんですけどね(笑)。

小池 僕はもっと山を続けようかなと思っています。学生みたいに長期の山行はできないので、いわゆるウィークエンドクライマーというのですが、週末にクライミングとかやって。ヒマラヤも行きましたし、もっとレベルの高いところ、難しい山に登っていきたいです。

――今後挑戦したい山は

小池 できるか分からないのですが、もう一度ヒマラヤに行って未踏峰、未踏ルートにチャレンジしたいです。通信会社で働くので、電波を山に送りたいです。僕が入るところは、あまり山に強くないところなんですけど(笑)

真道 僕もここまでやってきたので、続けたいです。山が好きというのもありますし、山をやっていると非日常の所に身を置くので、感情だったり経験だったりいろんなものを得られる機会をくれるので。もっと難しい山に行きたいというのもありますけど、そういうところに身を置いて多感な人生を送りたいので、できる限り続けたいです。

――目標の山は

真道 この前はヒマラヤで、歩きで6000m登ったんですけど、やっぱりクライミングで高い山に登る方が楽しいなという感覚があったので、そういう所に早稲田の後輩や先輩と一緒に行けたらと思います。

――最後に、後輩や新入生に向けてメッセージをお願いします

田中 今いる後輩に対しては、僕自身夏合宿前に休部して一瞬戻ったんですけど、すごく迷惑をかけて、不安定な体制の中2年生の岩波(健、法2=東京・芝)がリーダーとなる形でなんとか頑張って活動をしてくれていて、申し訳なさと、そんな中でも腐らずに頑張ってくれていることへの感謝がすごく大きいです。来年岩波はまたリーダーになると思うのですが、自分がやりたい山を全員見つけてそこに向かって頑張ってほしいなと思います。新入生に向けては、体育会はいろいろあったりサークルもたくさんあると思うのですが、(山岳部は)かなり特殊でここでしか出来ない体験も多いと思うので、是非好奇心があったり自然が好きな人は挑戦してほしいなと思います。経験未経験関係なく、気持ちさえあれば全然出来ると思うので、是非いろんな人が来てくれたらと思います。

――女の子でも大丈夫ですか

田中 はい。気持ち次第です。

真道  他のスポーツと違って山の中って決まったルールとか無くて、山岳部っていう組織のルールはあるかもしれないですが、山でやることは本当に自分が好きなことをやりたいようにできます。大会も無いので。自分の好きな目標を立ててそこに向かってやっていくということができる自由なスポーツです。自由な分だけ自分でいろいろ決めなきゃいけないという部分もあるので、何か1つこれという目標さえ定まれば、そこに向かっていくモチベーションが大きくなると思います。まずはやりたいものというのを見つけてもらって、1年間、2年間やってきていろいろ技術とか知識とか身についてきたと思うので、あとは目標を見つけてそこに向かって頑張っていってくれればいいなと思います。

――新入生に向けてもお願いします。どういう人に来てほしいですか

真道 好奇心が旺盛な人が結構合っているのかなという気がします。スポーツだけじゃなくて勉強もそうだし、天気とか医療とかいろいろなことを考えながらやるスポーツなので、勉強に対する好奇心とか、自分の体力を鍛える向上心とか。いろんなことに対して興味を持って取り組んでいける人が、いろんなことが出来るからこそ、活動の幅も広げていけるし、より楽しい活動が出来ると思うので、そういう人に来てもらえればいいかなと思います。

小池 僕は後輩に向けては、とりあえず山にいっぱい登ってくれと。山もそうだし、沢登りもそうだし、アイスクライミングもそうだし、いろんなジャンルに手を出して、もっと山に使う時間を増やしていけば活動の幅も広がっていくと思うので、もっと楽しくなるはずだということを伝えたいです。新入生に向けては、この3人もそうですけどほとんど全員未経験者なので、男女問わず、未知の場所に行きたい人だったり、普段見たことがない景色を見たい人、冒険心溢れる人が居ると、すごく山岳部にマッチするんじゃないかなと。登山をやるんだったら山岳部が一番じゃないかなという風に、いろんなサークルを見ましたけどやっぱり山岳部が一番山に登るには適しているんじゃないかなと思うので、是非来てください。

――ありがとうございました!

(取材 槌田花、編集 吉岡直哉、写真 山岳部提供)